第6話「学年一位の頭脳を持つ美少女だって、知能が低下する時ぐらいある」
一ノ瀬眞白の朝は早い。
今日は十二月二十三日。
冬休み一日目のはずなのに、彼女はいつものように目覚めていた。
毎朝のルーティンをこなすと、午前六時半頃には学校に到着する。
彼女がこんな早い時間に来る理由はただ一つ。
環境委員の当番があるからだ。
とはいえ、こんな早くに学校に来る必要はないのだが、彼女の習慣となっている早起きを今更辞めることもできず、結果として早い時間帯に来て当番を終わらせることに決めたのだった。
「あれ、一ノ瀬。どうしたんだ?早いな」
「おはようございます、山田先生。環境委員の当番で、花壇にお水をあげに来たんです」
学校に着くと、校門には山田先生が立っていた。
彼女もかなり早く来たはずだったのだが、山田先生は眞白を凌駕するほど早く来ていたようだ。
ジャージ姿なのを見ると、挨拶運動や生徒の見守りの活動をしているのだと容易に予想することができる。
朝から大変そうだ。
山田先生は、眞白の理由に感心したのか、深く頷くと話を続ける。
「お、そうなのか。じゃあ丁度いい」
「丁度いい?ですか?」
「あぁ。天城に課題を届けて欲しいんだ」
「課題……ですか?」
「そうだ。あいつ、あの成績じゃこの先不安だからな。復習用の追加課題を用意したんだ。本来なら昨日に渡すべきだったんだが、間に合わなくてな。とはいえ、俺も忙しい身で、誰かに届けてもらいたかったんだ」
「それで、都合の良いところに私が来た、ということですか?」
「その言い方はなんか悪意を感じるんだが……」
「あら、そうですか?」
ふふっと微笑む眞白を見て、山田先生は顔を顰める。
まるで、浮気相手に不倫の関係のことを言及されている気分になったが、感情を抑える。
いや、教師である山田先生が不倫なんてするわけがないのだが……。
なんか、そんな感じの気分になっただけで。
「まぁいい。一ノ瀬、お願いできるか?」
「分かりました。私も少々気掛かりですし……」
「ありがとう。帰る時にでも職員室に寄ってくれ。あ、住所とか分かるか?これ結構重要なんだが…」
「分かります。というか、生徒に他の生徒の住所とか教えたらいけないのでは?」
「まぁそうだろうな。分からなかったら仕方がないと諦めようと思ったんだが……」
「大丈夫ですよ、ばっちり脳内に記憶してますから」
頭を掻きながら、思い出したかのように質問をしてきた山田先生は、眞白が住所を知っているという発言を聞くと、安堵する。
そして、「じゃあ環境委員の仕事頑張ってな」と言い残し、通学路の方へと向かって行った。
♢
一ノ瀬眞白は、天城咲斗の家に行ったことはない。
とはいえ、住所は前に聞きたことがある。
それは、夏休みのことだった。
今思えば、夏休みまでの眞白はどうにかしていたのかもしれない。
思い出せば思い出すほど、苦い記憶。
が、彼との出会いは彼女の人生の中でも
なにせ、彼女自身が自覚するほどの気持ちの変化が訪れたのだから。
『僕は君のお兄さんでもなくお姉さんでもない、一ノ瀬眞白という個人に興味があるんだ。だから、君のやりたい事をやろう。その為の手伝いくらいはできるからさ』
彼女の兄でも姉でもなく、彼女自身を見てくれた彼の言葉。
こんな記憶が甦るほどには、眞白の心は踊っていた。
いや、正確には心だけではなく体まで踊ってしまっていたわけだが……。
と、そんなテンション爆上げ中の彼女を見ていた老人が話しかけてくる。
「なんじゃ、こんなところで朝っぱらから儂のアパートの前で体をクネクネさせているお嬢ちゃんは」
「へ?あ…お、おはようございます……。私、一ノ瀬眞白と言いまして、ここに住んでる天城咲斗くんに会いに来たのですが……」
「ほう、咲斗くんに」
「はい……」
「ふむ……。それは分かったのじゃが、あの不可思議な動きは一体……」
「そ、それは……お気になさらず……」
まさか、彼の家に着いてテンションが上がって踊り出してしまったと説明もできない眞白は、次第に火照ってくる頬を両手で押さえながら、目を伏せる。
その様子を見ていた老人も、どこか納得した表情を見せると言葉を続ける。
「そうか、なら君は咲斗くんのいい人なのかな?」
「はい(断言)」
眞白はキメ顔でそう言った。
そこには、迷いとか躊躇とかは全くなかった。
彼女は心のままに、今の心境を伝えた……のだが……。
(ハッ!思わず心のままに答えてしまいました。学年一位である私が、まさかこんな失態を……。とはいえ、私はいつでも彼を堕とすつもりではありますけれど……)
流石学年一位の頭脳を持つ少女である。
少し冷静になれば、正しい判断に思考を戻すことができる。
まぁ、彼のことになると途端に知能が低下してしまうのは欠点ではあると思うのだが……。
そんなことをいちいち気にしては日常生活は送れない。
それ程までに、今の彼女の生活には彼が欠かせないのだ。
が、今の発言は現在の関係性とは相違があるので、不本意ながらも訂正を加える。
「じょ…冗談です。ただの友達です…まだ」
「まだ?……いや言及はよしておこうかのぉ」
老人は、眞白の表情を見るなり、話を続けることは辞めておくべきだと判断した。
後に分かったことだが、この時の眞白の目は獲物を狙う虎のように鋭かったらしい。
まぁ、口元はかなりニヤついていたみたいだが……。
「なら、この鍵を使うといい。部屋は二階に上がって一番手前じゃ」
「え、いいんですか?」
「見るからに咲斗くんのお友達っぽいからのぉ。帰る時に返すか、咲斗くんにでも預けておいてくれ」
「あ、ありがとうございます」
老人が去ると、眞白はすかさず二階へと向かって行った。
階段を上がって一番手前の部屋、つまり201号室のドアに鍵を差し込む。
ガチャリと音がすると、眞白はドアを開く。
「し、失礼しまーす。天城くん、起きてますか?」
「…………」
挨拶をしながら玄関へと踏み入る眞白。
だが、部屋の中からは何の返事も返ってこない。
玄関に置かれている靴も、咲斗のものと考えられる白靴しかない。
大家さんである老人から鍵を渡された時から察してはいたが、どうやら彼のご両親は不在らしい。
眞白は靴を脱いで部屋に上がると、ドアが半開きになっている部屋を発見する。
他の部屋はしっかりと閉まっているのに、この部屋だけが開いているところを見ると、ここが咲斗の部屋で間違いない。
そう判断した眞白は、一応部屋をノックしてから侵入する。
すると、そこには床に倒れ込むように寝ている天パ頭の少年が一人。
(寝顔!!おかわわわわわわ!!)
つい油断していた眞白は、寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている咲斗を見て興奮してしまい、鼻血を出してしまう。
咄嗟にポケットからテッシュを出してその鼻血を受け止めると、すぐに止血行動に移る。
数十秒ほどで鼻血が止まるのを確認すると、部屋を物色し始める。
床に散らばっているプリント類を整理し、彼のテーブルの上に置く。
制服も脱ぎっぱなしのままだったので、ハンガーにかける。
そして、つけっぱなしテレビを見て、RPGのセーブ時間が午前四時十二分を示している事を確認し、テーブルの上に散らばっているお菓子類と枢木拓実と名前が書かれたプリントを見つけると、彼が枢木と夜更かしをしていたことを確信する。
(夜通しでゲーム……。中学生が朝まで友達とゲームをすることに親が注意しない可能性は低いことを考慮すれば、昨日から今日にかけてご両親は家に帰宅してない可能性が高い。前日も昼からの登校でしたし、色々と家庭の事情がありそうですね……。そういえば、夏休みの時も、彼自身は自分の家のことについて何一つ語りませんでしたし……)
考えれば考えるほど心配な要素が溢れ出てくる光景だった。
そして、過保護な自分の両親と比較してしまう。
「私の家庭とは正反対……ですね。あ……」
比較しながらも部屋の物色を続けていた眞白は、彼の机の上に置かれているピッキング用品を見つける。
(これは……使えそうですね……ふふっ)
眞白はそのピッキング用品を手に取ると、セーラー服のポケットに突っ込む。
彼女がこの部屋にいる現状に対して、彼の驚く様子が目に浮かんでくる。
そんな想像をしながらふと時刻を確認すると、午前九時を迎えようとしていた。
そろそろ彼を起こさないと、今後の冬休みの生活習慣に乱れが生じてしまう。
そう判断した眞白は、彼の寝ている横に座り込むと、彼の体を揺らし始めるのだった。
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