第5話「世界はたまにバグるらしいと、不真面目少年は思った」
不真面目少年こと天城咲斗が死にものぐるいで望んでいた冬休み一日目。
保健室から戻ってから数十分ほど掃除をした咲斗は、担任の山田先生の判断のもと、帰宅を許されることになったのだ。
その開放感と嬉しさから、天パ頭の少年は共に罰を与えられていた枢木を誘ってオール覚悟のゲームパーティを自宅で開催した。
咲斗の家は、かなり古いアパートの一室であり、声は響きやすい。
が、このアパート。
入居者が咲斗ら家族以外は大家さんしかいないため、苦情は入ったことがない。
一昨日買ったゲームを含め、二人でプレイできるものからRPGまで、色々と。
少年たちの感覚で、今朝方までこのパーティは続いた。
♢
体が揺さぶれてる感覚がする。
どうやら、誰かが咲斗を起こそうとしているようだ。
「……くん」
直ぐ耳元で、甘い声が囁いている。
「……城くん」
とても、聞き覚えのある声がする。
「天城くん」
「………ん?」
揺さぶられたことで意識が半分ほど覚醒した咲斗は、その目をゆっくりと開く。
ぼんやりとした視界の先には、心配そうに咲斗を見下ろす少女の顔があった。
と、同時に身体の節々に痛みが襲ってくる。
まだハッキリとしない視界で周りを見回すと、どうやらベッドではなく床で倒れ込むように寝ていたようだ。
そりゃ痛いわけだ。
「ふむ」
体の痛みに納得した咲斗は、上半身を起こして座る。
そして、目の前にとある少女が座っていることを視認する。
はて?
先程見えた顔は咲斗が見た幻覚だと思っていたのだが、どうやら違うらしい?
手を伸ばして、つい頭を撫でてしまう。
その行動は彼女も予想外だったのが、頬を赤めながら大きな声を出す。
「はにゃ!?あ、天城くん……。い、一体どうしたのですか?あ、頭!なんで急に…撫でて……」
「いや……本物なんて……ん…本物!?」
咄嗟に撫でていた手を引っ込める。
そして、自分の手と少女の顔を交互に見ながら、その顔が次第に青ざめてくる。
次の瞬間、目を見開くと少女に問いを投げかける。
「え?なんで一ノ瀬さんがここに?」
「えっとぉ…話すと長くなると言いますか、あの…」
「しかも、枢木がいない。え、枢木が一ノ瀬さんになったの?え、枢木なの?この一ノ瀬さんぽい人は」
「はいぃ?」
世界もたまにバグるように、彼の頭の中もどうやらバグっているらしい。
オール覚悟でのパーティで寝てしまい、目が覚めたら共にオールしていたはずの男友達が同級生の少女に大変身。
これは、脳内の処理が間に合わなくても仕方がない。
今の彼の頭の中は、絶賛暴走中。
天パ頭の少年は頭を抱えつつ、今の状況を整理するために質問をする。
「で、枢木。どうやって一ノ瀬さんになったんだ?お前、黙っていただけで、まさか忍者の末裔とか?」
「し、質問が随分とおかしいです!私は、一ノ瀬眞白です!枢木くんじゃありません!」
「一ノ瀬……さん?」
「はい。正真正銘、一ノ瀬眞白本人ですよ」
「ふむ。なら、枢木は何処に?」
「私が来た時にはいませんでしたけど?」
「そうなの?じゃあ僕が寝たから帰ったのかな」
「今の発言をまとめると、そうなりますね」
なら一安心。
咲斗は立ち上がると、台所へと向かう。
今の状況は理解出来たが、完全には目が覚めていないため、コーヒーを淹れに行く。
「今からコーヒー淹れるけど、一ノ瀬さんもいる?」
「はい、いただきます」
咲斗は部屋を出てリビングにある食器棚からマグカップを二個取り出すと、戻って眞白が座っているテーブルの上に置く。
そして、テーブルの上に置かれているインスタントコーヒーの粉をマグカップに入れると、お湯を注ぐ。
「今朝方にお湯を沸かして置いて良かったよ。ほら、どうぞ。砂糖とミルクはお好みで」
「い、いただきます。というか、今朝方って……。枢木くんと何をしていたんですか?部屋が大分と散らかっていますし…」
「パーティだよ、パーティ。無事に冬休みを迎えられたからね」
「はぁ…それで……」
今眞白と咲斗が座っているテーブル付近には、様々なものが散らかっている状態だ。
お菓子の空き袋にゲームのコントローラー、カップ麺の食べた空箱など、挙げれば挙げるほど沢山の物で溢れている。
まぁ、何故か整理されている物もあるのだが……。
眞白は周囲を見渡し終えると、「もう…全く天城くんは……」と呆れたようにため息をつく。
咲斗は、その様子を微笑ましく見つめながらも、先程から気になっていたことを聞く。
「で、さっきも聞いたけど、一ノ瀬さんはどうしてここに?」
「山田先生からの課題を届けに来ました。昨日渡しそびれたみたいで…」
「え、課題?冬休みの宿題にプラスであるの?」
「はい、そうみたいですけど」
「わーお、なんて生徒思いの担任なんだ。よし、一ノ瀬さんには『僕の家に来たけど、留守だったから課題を渡せなかった』ということにしてもらって、その課題を持って帰ってもらおう」
「ダメです」
「えぇ!どうしても?僕、冬休みは休みだから宿題はやらない主義なのに?」
「どうしても、です。分からなかったら、教えてあげますから…というか、教えるなら天城くんの家に来るための理由になりますし…(小声)……」
「最後の方聞こえなかったけど……まぁ、それならいっか」
一ノ瀬さんに教えてもらえるのなら、課題も直ぐ済むだろうと考えた咲斗は、課題を進める方向で折り合いをつける。
これで冬休みの宿題も安泰だ。
と、ここで咲斗はあることに気がつく。
目の前に座ってコーヒーを飲む少女。
先程、山田先生に頼まれて咲斗の家まで課題を届けに来たこの少女。
その際、枢木とはすれ違わなかった。
なのに、部屋の中にいて、咲斗を起こしてきた。
合鍵を持っているはずの枢木が鍵を閉め忘れたのか。
いや、それはない。
理由は幼い時からの知り合いだが、合鍵を渡してから鍵を閉め忘れたことがないからだ。
となればこの少女。
学年一位の頭脳を持つ少女。
どうやって、彼女は咲斗の部屋に侵入できたのだろうか。
その疑問が浮かぶと同時に、咲斗の額に汗が浮かぶ。
「い、一ノ瀬さん」
「はい、どうかしましたか?」
「えっと……どうやって僕の部屋に入ったの?鍵がかかっていたと思うんだけど……」
「………」
「あれ?一ノ瀬さん?」
無言で、不敵な笑みを浮かべる少女。
息を飲む咲斗。
数秒ほど、お互いに見つめ合った後、眞白は諦めたようにポケットからとある物を取り出す。
鋭い、ドライバーのような物。
これは、ピッキング用品だ。
「……ピ……ピッキング……!?」
「ふふっ………」
「…………(絶句)」
彼女のとった行動に、まともな反応ができない咲斗。
それを楽しそうに眺める少女。
わなわなと震える咲斗を十分に堪能した眞白は、真実を語り出す。
「ふふっ…冗談ですよ」
「じょ……冗談?」
「はい。この、ピッキング用品、見覚えがありませんか?」
はて?
どこかで見覚えが……と思ったのも束の間。
その正体に気がつく。
何を隠そう、このピッキング用品は咲斗のものだったのだ。
数年前、父親の金庫を開けようと買ったもの。
咲斗の机の上に置きっぱなしになっていて忘れていた。
「あ、僕のやつだ」
「そうですよ、天城くんの机の上にあったのをお借りしました。ふふ、びっくりしました?」
「焦りすぎて変な汗まで出てきたよ」
「なら、この冗談を言って良かったです。とてもレアな顔が見れて満足です!!」
「まぁ、一ノ瀬さんが満足ならいいんだけどさ」
「最高の顔でした!あ、部屋には大家さんに借りた鍵で入りました」
「あの大家さん、お茶目なところあるからね。鍵くらいすぐに貸してくれるか。はぁ…良かった。寿命が半年ぐらい縮んだよ」
「まぁ、それは大変ですね。私が朝食でも作ってお詫びしますよ」
「やったぁ。寿命戻ったかも。あ、冷蔵庫の中の物好きに使っていいからね」
眞白は立ち上がりつつ、「分かりました」と返答をする。
「そういえば、僕が『どうやって部屋に入ったのか』の質問をするって分かっていたんだね。事前にポケットにピッキング用品を入れておくなんて」
「まぁ、あの状況なら、疑問に持つと思ったので」
「でも、まぁ良かったよ。一ノ瀬さんがピッキングできるわけないもんね」
「…………」
「一ノ瀬さん?」
驚きつつ台所の方を見る咲斗に、てへっと舌を出す眞白。
その返答の仕方は、彼女がピッキングできることを示していた。
(いや、できるの!?ていうか可愛い、その顔)
やはり、学年一位の頭脳を持つ少女は、別格だったと思い知らされる咲斗だった。
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