第12話 事件調査 その2

 翔と澪の二人が百合と玲の隠れ家を出て暫くした後のことだ。由美を狙った襲撃犯たちと更新が途絶えたことに気づいた彼らの仲間が住宅街の住民に扮して様子を見に駆けつけると、人払いの結界を張っているはずの実働部隊の四人が全員倒されているところを目撃した。


 すぐに携帯から彼らの上役に電話を繋ぎ、報告するのと同時に指示を仰ごうとしたが、結界の効果が切れたせいでそこに目撃者が数名現れてしまい、慌てて物陰に身を隠した。


「リーダー、こちら偵察班。実働部隊の見張り役が全員やられています。全員、気絶しているだけで息はあります」


『目撃者は?』


「既に結界の効果は切れ、騒ぎを聞きつけた住民たちが集まってきています。次期に警察もやって来るかと」


『そう。なら、全員やっちゃって。彼らを警察に引き渡すわけにはいかないからさ。証拠はちゃんと消さないと。襲撃役の方は?』


「連絡がつきません。恐らくは……」


『あっそ、返り討ちに遭ったんだ。なら、そっちも証拠がありそうなら消しといて』


「了解」


 男は電話を切ると、一度手をギュッと握ってから再び広げた。そこには紫色の小さな球体があり、見張り役が倒れている地面の側へと投げた。


 すると、球体から紫色の煙が噴き出して地面を覆い尽くすように広がり、突如として出現したように見えた怪しい気体の存在に住民たちはその場を離れていく。


 すぐに煙は霧散してしまったが、住民たちも流石に心配になったのか倒れた人たちの様子を確認すると……。


「……おい、死んでるぞ!」


「きゃああああああ!」


「警察! 警察を呼べ! 救急車もだ!」


 ピクリとも動かなくなった遺体らを確認してパニックに陥っている様を遠目で眺めていた仲間は、作戦成功を確信すると踵を返して歩き出す。


(俺の異能力は毒生成。この手に自分の知り得る限りの毒を作り出し、任意に周囲に拡散、操作できる。今回は即効性が高く、空気に溶けると霧散するオリジナルの毒物を使った。証拠は残らない)


 彼は携帯を操作して、別働隊で動いている仲間に連絡を取る。


「俺だ。そっちは? ……そうか、影も形もなかったか。それなら都合が良い。……ああ。問題ないだろう。異能力を持たない一般人からすれば、人払いの結界を作っている呪符はただのお札に過ぎない。今回は人が多く回収が困難だが……。警察に証拠品として押収されても何もできやしないさ。……了解、次の作戦に備える。そっちも気をつけろよ」


 男は電話を切ると、そのままフラフラと住宅街から続く大通りへ出られる道に方向転換する。


「……任務完了。これより、本部に戻る」


 男は駆けつけたらしいパトカーや救急車のサイレン、野次馬たちの騒ぎの音に足音を隠しながら歩き、やがて大通りに出ると人混みに溶けて行ってしまった。まるで、彼の作り出した気化性の毒物のように。


 事件の起きた例の現場に、一台ずつ警察車両と救急車がほぼ同時に到着した。


 警察車両の中から降りてきたのは、何とも言えない奇縁なのか、山中と松下のコンビだった。山中はブラウン色のトレンチコートを靡かせ、松下はスーツの襟を正しながら現場を見渡した。


「ここが、通報のあった事件現場ですか」


「そのようだな。まずは現場保存、それから現場検証だ。その後、遺体を救急隊に引き取ってもらえ」


「了解!」


 松下は山中の指示通り、現場保存や写真の撮影などを十分に行い、その間に山中が住民を現場から遠ざけ聞き込みをしたり、救急隊の人たちに挨拶をしたりと動く。


 そして、現場保存ができたところで山中も松下と一緒に遺体の状態を確認した。


「どうだ、見た感じは」


「分かりません。特に苦しんだ様子もなく、拘束された後、暴行を受けた後もありません」


「そうか。実はな、聞き込みの結果、こいつらは突然死んだらしいんだ」


「突然、ですか?」


 突然死ぬなんて信じられないと驚いた様子で聞き返す松下に、山中は「ああ」と無愛想に短く答えた。そして、ポケットから煙草を一本取り出すと反対のポケットにあったライターで火を点けてぎこちなさを払拭するように吹かした。


「変だと思うだろ? だが、重要な証言があった。ここ一体に、一瞬だけ紫色の煙が出たらしい。その後、こいつらは逝っちまった」


「つまり、毒物だと?」


「ああ。即効性、しかも証拠が残らないタイプだな。この近くには防犯カメラもねえし、目撃者がいなけりゃ犯人特定は難しい。あるいは、集団自殺の線もあるな。ここでやってたことがバレそうになってな」


「はあ……。ですが、こんなところで何をしていたのでしょうか? 見たところ、特に目ぼしいものも無さそうな場所ですよね? 誰かが宝くじで当たったとか? それとも、何か別の犯罪の証拠があったとか? あるいは、もっと別のことでしょうか?」


「さあな。聞き込みしてみねえと分からねえことだらけだ。そもそも、こいつらは何てったってこんな格好してんだ? 黒いローブにマスクで顔隠して、犯罪者ですって名乗ってるみてえなもんだろ。どうして、こいつらが死ぬ直前まで通報がなかったんだ?」


「単に、通報する気がなかったとか? ほら、野次馬根性とかで」


「そうかもな。何でも、こいつらはここで気絶してたんだと。昼間から飲んでたって可能性も考えたが、どうやら違うらしい。見ろ、遺体を」


 山中はその場にしゃがみ込み、遺体の口元から手を仰いで匂いを嗅ぐ。そして、手袋をした手で遺体の顔を触り状態を確認する。


「アルコールの匂いがしない。こいつらは酒を飲んでたわけじゃねえんだ」


「じゃあ、なぜ倒れてたのでしょう?」


「……分からん。だが、四人とも一斉に気絶したってのは不自然だな。恐らく、誰かに気絶させられたんだ」


「やはり、犯人にってことでしょうか?」


「その可能性が高い。毒物も、きっとそいつが使ったんだろう。まず、こいつらを気絶させて一箇所に固め、毒物を使用。星は恐らく、他の住人を殺す気はなかったはずだ。だから、気化性の物を用いて証拠が極力残らないようにした。犯人の遺物や証拠品が落ちてるかもしれねえ。隈なく探せよ、松下」


「イェッス、サー!」


 しかし、近くに犯人らしき人物が残した証拠は見つからず、もうダメかと思われたときだ。山中が遺体の所持品を確認してみると、そこには呪いの類に使われると思われる怪しいお札を発見した。墨で描かれた象形文字に似た日本語の羅列を解読することは出来ず、山中は首を傾げながら松下にお札を見せて意見を求めた。


「松下、これを見てくれ。何だか分かるか?」


「何でしょう、神社とかによくあるお札みたいですね。これ、どうしたんですか?」


「遺体の一人が持ってたんだよ。何かの宗教にでも入ってんのかと思ってな。一応だが、知ってたら教えてもらおうかと思って見せてみた」


「分かるわけないじゃないですか。僕、無宗教派ですし。それに、単に遺体がお守りとして持ってたってだけじゃないですかね。そういうのって、魔除けとかに使われるじゃないですか」


「魔除け……。だが、何て言えぁいいのか分からんが、これから嫌な感じがするっつうかな……。ただの札ってわけじゃ無さそうだ。何か感じないか?」


 松下は山中からお札を受け取り、裏返したりマジマジと見つめてみたりとしてみたが、特に山中の言う嫌な感じはしなかった。松下からしてみれば、何の変哲もない、ちょっと君の悪い文字が並び立てられた紙切れに過ぎなかった。


「やっぱ、何も感じないっすよ。気のせいじゃないっすか? 重要な証拠品ですし、そろそろ鑑識に渡す準備しないと」


「……いや、こいつは持って帰る」


「え!? いや、それは辞めたほうが……」


「何でだ?」


 「何でも何も、あんたの方が先輩だろ!」という心の中の悲鳴にも似た訴えを喉元でグッと堪え、山中に耳打ちする形で問いに答える。


「現場の物証品を持ち出すなんて捜査の妨害、立派な規律違反です。バレたりしたら、先輩が停職、謹慎命令を食らうかもなんですよ? 良いんですか?」


「何、バレなきゃ良いのさ」


「この間、ルールは守られるべき物とか言ってませんでしたか?」


「言ったな。だが。これはまだ証拠品として挙げられてない。ルールは守ってるさ、ちゃんとな」


「そう言うのを抜け道って言うんじゃないんですか? それなら、この間に僕が言った組事務所の奴らを潰した犯人たちについてはどうなんですか?」


「何度も言わせんな。犯人はルールを犯した犯罪者、それに変わりはねえ。対外的には、ちゃんとルールは守られてるように見えなきゃいけねえんだよ。だから、不正ってのは基本できねえようになってんだ。それに、この違和感を見逃したら事件が解決できなくなるって確信がある」


「勘ですか?」


「ああ、勘だ。だが、長年で培われた自分の技術を信じねえのは愚かなことだ。だから、こいつは持って帰る。もしも、お前が報告してえならすれば良い。そうした場合、俺は停職が、謹慎命令で動けなくなるだけだが」


 山中は「報告するか?」と言外に尋ねてみるが、松下は小さく首を横に振った。


「しませんよ、そんなことは。それに、今回の事件は色々と不可解です。このまま解決できずに迷宮入りなんて、させたくありません。ですから、今は山中警部の勘を信じてみたいと思います」


「……そうか。ありがとな」


 山中は奇妙なお札をポケットの中にしまうと、残りの物証品やら遺体やらは引き渡してしまった。


 唯一、手元に残った犯人を見つけられるかもしれない手がかりの一品を帰りのパトカーの中で山中はじっと見つめていた。


 前の座席でラジオから聞こえてくる最近流行りの曲に乗せた松下の奏でる鼻歌が少し耳障りだったが、その不快さが気にならなくなるくらい集中力を高めていく。


 じっと札を見続け、まるで心と心で会話をしているかのような様子を松下はミラー越しに観察していた。


(先輩の感じた違和感って、何のことだったんだろう?)


 器用にも鼻歌を歌いながら思考はそちらへと回し、鏡に映る札に少し意識を向け続けてみるが……、やはり、何も起こらない。


(僕って、霊感ないんだな……。とほほ……)


 昔から超常現象の類に興味はあってまも、それ系統に遭遇する運もなければ特別な力もない。


 その点、山中は勘とやらで事件を解決に導いたりしてしまうのが羨ましかった。第六感、そんなものがあるのなら、すぐにでも欲しいくらいだった。


 しかし、無い物ねだりしても仕方がないことくらい分かっている。自分はもう大人、厨二病のような夢を見ることはとうに諦めている。


 だから、ここは素直に活躍の場を尊敬する先輩に譲ることにする。


(あとは任せましたよ、先輩)


 先輩の感じている細い一本の糸のような薄い手がかりが効果を発揮することを願って、彼は車を警察本部へと走らせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逆異世界転生した元最強は、モブのままではいられない 黒ノ時計 @EnigumaP

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ