ラーメン屋と思い出


 黒い壁にラーメンの写真ばかりが貼られている。所々錆びた、赤い缶の灰皿の横に並んで立ち、ひたすらそのラーメン達を私は見つめていた。今日はいつもと違うものを選ぶべきか、やはりいつもと同じものを食べるべきか。


「うす」


 聞きなれた声だった。低くはっきりとした音が私の耳に届く。彼とは決まってラーメン屋で集合する。


「久しぶり」


 短く答え、私たちはそれ以上の言葉を交わすことなく店の中へ入る。

 ドアベルが大きく響き、店主らしきおじさんがこちらを見た。「いらっしゃい」と元気に声をかけてくれる。券売機で食券を購入し、店主に渡す。そしてカウンター、店に入って一番奥の席に座る。いつもと変わらない。


「最近どう」


 近くにあったピッチャーを手に取り、私はたずねた。少しだけ熱を含んだ、こもった空気。注ぐ水の透明度をより一層上げている。


「何も。変わらず。そっちは」


「一緒」

 

 私はそう答え、彼に目をやる。丸みを帯びた髪型、身長と合っていない椅子。私たちは友人のような、友人ではないような、曖昧な関係をずっと続けている。

 一、二年前。夜中、突然呼び出してドライブに出かけたり、飲みに行った帰り、わけもわからず手を繋いだり。ほかの友人を誘えばいいものを、なぜか二人だけで遠出をしたり。結局、お互い何もなかったかのようにいつも通りラーメンを食べに行く。

 付き合いたい、と思わなかったわけではない。結局のところ、お互い動こうとしなかっただけなのだ。そのままにしてしまった淡い気持ちは徐々に冷えて、色あせていき、ついにはダメになってしまっていた。

 私たちはいつも行動に移すのが遅い。


「そういや今度、ミカの結婚式行く」


 私は思い出したように声を上げる。彼はお冷を一口含み、こちらを見た。


「へぇ。結婚するのか、おめでとう」


 そう口にした彼の声は、少しだけ高くなっていた。そして「みんな結婚してく」と小さく付け足す。

 二人、ラーメン屋のカウンター。肩を並べて誰かの結婚を祝う。私たちはこれ以上、先に進むことはない。出来上がったラーメンが、目の前にやってきた。激しく立ち上る湯気を、ひたすら目で追いかける。

 そういえば、夜通しドライブをしたあの時。結局私たちは何もせず、ただただ眩しい日の出を拝んで帰ったのだった。


「そうだね」


 呟いた私の声は、湯気に紛れて隠れてしまった。




 

 

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