月.ico
プログラミングをしている。ずっとしている。
パソコンの画面に、文章でも詩でもない、妙に規則正しい英字を打ち続ける作業のことで、知らないから人から見れば何をしているかわからないし、実のところ私も自分のこと以外はわからないから、プログラミングという行為が人間にもたらす時間というものが、真実としてどのようなものなのか、という話は出来る気がしないのだけど、どんなひげ剃りにも固有の哲学があるように、私のプログラミングにも固有の時間があって、その話ならまだ書ける気がする。
16歳ぐらいの夜で、私は古いコンピューターを使ってウィンドウシステムを作ろうとしていた。電気屋にあったWindows3.1を触った感覚を忘れないうちに、昼の風景をスケッチブックに書き留めるみたいに、家にあるコンピューターでそれっぽいものを作っているのだった。
プログラムを実行すると、真っ黒な画面にぽつんとアイコンが表示される。アイコンをダブルクリックすると、アイコンの枠の四角形の線が瞬いて、それが大きくなったかと思うと、素早く四角形の形が真っ白に塗りつぶされて、ウィンドウが現れる。
作っているものも、最終的な目標も、特に実用的なものではなくて、せいぜいファイル一覧がそれっぽく(当時のFileManagerのように)表示されるだけのもので、コンピュータがユーザーの招請に応じてウィンドウという形で返答をよこす、という感覚と、それを見た驚きと、そこにあるちょっとした喜びが表現できればそれで良かった。
VRAMの範囲をXORすると、その部分の色が反転するから、黒い背景はそこで白色になって線になる。もう一度XORすることで白が元の黒に戻るから前の線を消すことができる。キーを叩いて、そういったことをする英語の塊を書いて起動すると、白い四角形の枠が星みたいに瞬きながら動いていって、部屋の外の音がだんだん消えていく。
テストのアイコンはただの■だったから、ちゃんとしたものを入れたくなって、ツールを立ち上げる。16×16ドットの月の絵をモノクロで書いて、さっきのプログラムに埋め込んで。
ディスプレイに夜があって、部屋の外に夜があって、そのどちらもが自分の手の上にある気がする。ぽつんと浮いた月のアイコンに私の手が触れると、枠線から光が溢れてどんどん広がっていく。フロッピーディスクドライブがカタカタと音を立てる。コンピューターがセクタを読み取ってファイルエントリの一覧を取得している音。
夜に窓が開く。
散文集 @megamouth
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