飲まれたキミに飲まれるボク

砂漠の使徒

お酒の飲み過ぎには注意しよう

「ねぇ……佐藤?」


 彼女は顔を赤らめ、ゆっくりと僕に近づいてくる。

 まるで猫のように足音一つ立てずに、しかし確実に距離を詰める。

 それはさながらネズミを見つけた猫。

 もちろん、ネズミは僕だ。


「……」


 えーと、なんでこんなことになったんだっけ?


――――――――――


 突然だが、諸君。

 ここは異世界だ。

 日本の法律なんて機能していない。

 もちろん一定のルールはある。

 人を殺してはダメ、とかね。

 まあ、そんなのは人間が人間らしく生きるための不文律。


 問題は……だよ?

 この世界では未成年の飲酒も認められている。

 自己責任ってやつだ。

 つまり、その気になれば子供でもお酒が飲めるのだが……。


「ダメだ」


 僕は、愛する妻であるシャロールがお酒を飲むことを禁止している。

 だって、まだ彼女は10代だ。

 ……僕もだけど。

 もう少し歳をとってから飲まないと体に悪い。

 てなわけで、彼女がお酒に手を出さないよう気をつけていたのだが……。


――――――――――


「たらいま〜」


「おかえり……って、シャロール?」


 玄関をくぐったシャロールの顔は一目見てわかるほどに真っ赤になっていた。

 よっぽど友人との食事会が盛り上がったから……ではなさそうだ。

 帰宅後に手を洗うのは感心だが、その足取りはどこか怪しい。


「楽しかったか、シャロール?」


「うん〜、とってもたのひかった〜」


 やはり、呂律が回っていない。

 彼女は酔っているようだ。


「お酒……飲んだのか?」


 別に怒る気はない。

 だが、彼女の様子を見ていると不安になってきた。


「ううん、気持ちよくなれるじゅーちゅらっへ〜」


 んなわけあるか。

 騙されたな。

 この悪友とは縁を切るべきか……。

 いや、ひとまずそれは置いておこう。

 彼女を休ませないと。


「えーと……シャロール、シャワーを浴びてきなさい」


「りょーかーい」


 うーん、変な感じだ。

 彼女は元より明るい性格だが、今回は妙に上機嫌だ。

 なにをするかわからない危うさがある。

 早く寝かせたほうがよさそうだ。


「えへへ〜」


「あ〜、ちがうちがう! シャワーはこっち!」


 僕は寝室に向かう彼女の手を引いて、お風呂場へ連れて行く。

 まったく、危なっかしいことこのうえない。

 よくここまで無事に帰ってこれたものだ。

 次からは迎えに行ったほうがよさそうだな。


「……」


 無事彼女をお風呂場まで誘導した僕は、彼女が出てくるのを待つ。

 さすがに体を洗ってあげる必要はないと思ったのだが……。

 やってあげた方がよかったかな……。

 不安で顔が青ざめる一方、彼女の体を洗うことを考えて赤くなる……。

 我ながら忙しい奴だなと思う。


「……ん?」


 脱衣所で物音がした。

 もう着替えているのだろうか。

 それならよかった。

 ベッドはもう整えているので、後は……。


「ねぇ……佐藤?」


 そう呟きながら出てきたのは、パジャマ姿のシャロールだった。

 ホカホカと湯気が立ち昇り、お風呂上がりであることは一目瞭然だ。


「な……」


 僕が驚いたのは、パジャマのボタンが一つも留まっていなかったからだ。

 そのせいで、彼女の首からおへそまでの縦一直線の素肌が見えている。

 胸も半分ずつ見えてしまっており、普段の下着を着ているときよりも盛り上がっているそれに一瞬目を奪われてしまった。


「頭がふわふわして、ボタンとめらんないの」


 スッと僕の正面に立った彼女は、上目遣いで僕を見つめた。

 目は半分閉じ、目尻には涙を浮かべている。

 苦しそうにも、気持ちよさそうにも見える表情だ。

 近くでまじまじと聞くと、彼女の呼吸は荒く……なぜかとても艶めかしかった。


「はやく……しゃむい」


 呆気にとられていると、彼女は僕の腕を掴み……自身の柔らかな胸に押し付けた。


「……。……!?」


 ち、ちがう!

 訂正する。

 彼女としては、ボタンを留めてくれということなのだろう。

 だが、ボタンは彼女の胸の上だ。

 結果的に胸に押し当てられたのだ。

 触りたかったわけではない!


「わ、わかった!」


 焦った僕は、急いでボタンを留めようとする。


「んぅ……」


「……っ!?」


 ボタンを触っただけだったのだが、彼女は妙に色っぽい声を出した。

 お酒を飲むと敏感になってしまうのだろうか。


「やさしくしてぇ……」


「あ、ああ! ごめん!」


 もはやこれ以上刺激を受けると僕が保たない。

 テキパキとボタンを留めていく。


「さとー、じょーずだね」


 ようやくお腹あたりのボタンまでたどり着き、全てのボタンを留め終わったときだ。

 彼女は優しく語りかけてきた。


「そ、そうだろ? ボタン留めるくらいなら……」


「ううん、おっぱいさわるのが!」


「ぶふぉっ!?」


 だから違うって!

 胸触ったのは事故だから!

 不可抗力!


「えへへ〜」


 だめだ……。

 今日のシャロールはいつもより無邪気で子供っぽくて……そこがたまらなくかわいい。

 かわいすぎて悪影響が出てるから、早く酔いが覚めてくれ……。


「さとー、こっちみて」


「ん?」


 お腹のボタンを留めるためにかがんでいた僕は顔を上げ……。


「えっ……え?」


 彼女に頭を掴まれた。

 ちょうど目線が彼女と並ぶところで。

 わりと力が強く、簡単には抜け出せそうにない。

 そんな彼女はというと、先ほどとは打って変わって真剣な面持ちになっている。

 目はキリッとしているし、口もキュッと結んでいる。

 酔いが覚めた?

 いや、顔はまだ赤い。


「シャロール、なにを……んんっ!?」


 彼女は突然グッと顔を近づけた。

 ぶつかるっ!

 と思ったが、おでこがごちーんとなることはなかった。

 代わりに、唇に柔らかいものが触れた。

 この感触は忘れもしない。


「うむっ……ふぇ!?」


 なんだ……これ!?

 しばらくの戸惑いの後、彼女が舌を入れてきたことに気づく。

 初めての感覚に僕は彼女のなすがままにされる。


「んあ……んぅ……」


 キスは何度かしたことがある。

 でも、彼女からなんて珍しい。

 それに、こんなにすごいのは初めてだ。


「ん……!」


 しばらく僕の舌を弄んで満足したのか、彼女は口を離した。

 そして、満面の笑顔で。


「がんばったさとーに、ごほーびだよ!」


「あ、ありが……とう……」


 このとき僕は、二度とシャロールを酔わせてはいけないと決意した。

 だって、こんな顔何度も見せられたら僕の理性が弾け飛んじゃうからね。

 ましてや、人前でなんて見せられない。

 酔ったシャロールを見ていいのは僕だけさ。


(おしまい)

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