ロールケーキぐらい。

木田りも

ロールケーキぐらい

小説。 ロールケーキぐらい

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また、やってしまった。

私は、だから私はこんな私が嫌なのだ。

自然と手を出されてしまう病気。世のため、人のためとは都合の良い言葉。本当は消費され、使われ飽きたら捨てられるだけ。たくさん得たはずなのに失ったものの方が多く感じる。お金が増え、お金で買えないものが失われていく。大人になるってそういうことだと思っているが、何かもっとはっきりしたものまで失くしてしまっているような。


風呂上がりのようなこんもりとした湿気を感じながら、夜の街を歩く。肩を組み、仲良さそうにしている男女や、たぶんお酒を飲めるようになったばかりの大学生のような集団が街中でひしめいている。その頃のような若い力はもうない。日々を処理していくので精一杯。


もらったお金は今日もあなたに消えるのだ。私のことどう思ってる?なんて聞けないまま消費されていくそれが愛だと思ってしまっている。愛なんて見返りはいらないなんて思っていたけど、こうもなると、私は何を期待していたのかわからなくなってきた。

頭が回り、空が明るくなり、私はまた帰路についている。何も変わらないまま。明日も来てねという言葉だけが聞きたくて駄々を捏ねてみたり、目が合いたくてお金を使ったり。

だから、私はどうでもいい男に身体を売っている。20代の女というものは1万も2万も価値があるらしい。私は誰も拒まず、キスをしてハグをして、手も繋ぐ。声を出してって言われれば出すし、感じてるフリもする。化粧品とか美味しいご飯とかも、買ってもらえる。何不自由ない生活。足りないのはきっと見返り、ただそれだけ。ただその化粧品をもらった人ではなく、あなたに使うことについて、私は罪悪感を感じてしまうくらいに、人間味が残っていると思う。


仕事と言われれば仕事なんだと思う。毎日を生きていくために行う行為。それが少し特殊なだけ。私は、そんな自分に自信を持って今日も生きている。私を認める私とどこまでも私を認めない私が混在している。私は何を求めているのか時折わからなくなっているのだ。


 これが、しあわせの形だ。

これが今の私だ。

これが愛だ。

これが、私だ。

これが人を信じる気持ちだ。

これが、たぶん、私の限界だ。

夢の中で、私は彷徨っているんだ。

得体の知れないものを探したり、永遠の時間の中で、いつかは目を覚ますまで探してて、見つかるはずのないもの、何を探してるかもわからないまま、歩き続ける。

光の先。過去の私がいて、手を振り続ける。

今の私に向けて憧れの目を向けた私は、きっと綺麗な未来を夢見ている。


日常の中の不確かな部分。不鮮明で濁ってる。狭いワンルームの家は滞っていて、音が響く。

私が持っていた夢が私から離れていった。

得体の知れないものに対しての畏怖。起きるかわからないこと、先の見えない未来への不安。いつか失うこの美貌。そう人生は、失ってから気付く。もう戻れなくなってから気付く。私にとって今起きている全てが変わろうとしているのだろう。普通のしあわせ、普通の生活。家族を手に入れて、子育てをして、やがて孫ができて、看取られる。そんな昔からある普通の生活というものを嫌った。何か違うことをしようとして。踏み外した。

戻れなくなり、それからは、流れてしまった。いろいろなことを諦めることが日常になった。お金を理由にしたくなくて、お金を稼いだ。自尊心もついて、自分を自分として認めた。不自由というものから離れた。世間の目から離れ、自由を手に入れた。お金を払えば居場所ができる世界から、現実を見ていた。いつしかそれに慣れていき、私というものが消えていった。

いずれ消えていく需要。私に価値がなくなっていく。私というものを私は認められなくなっていく。真っ当に生きたい私。私はどこへ行った?


 何かきっかけがあったわけでもなく、私は歩いてそこへ向かう。いつもタクシーを使っているが、自分の足で向かう必要があると思った。そして、私は関係を終わらせた。もう無駄なお金は払わないということだった。私にとって、失恋と同義なくらい心に穴が空いたが、いずれ埋まる穴であり、長く考える必要のない問題であることは分かりきっていた。私がまともな人間に戻るための第一歩。現実へ帰る。


 空っぽな人間は、失うものはないのだ。

お金を使って変えていく。

貰ったもの。無理矢理握らされたもの。

使わないけどいらないって言えなかったもの。供養するかのように。

物に罪はない。人に罪はない。


 欲望とか、執着とか。そういった人の嫌な部分が作り出した呪いが物に宿り、家に残る。捨てるのは今しかない。決断をした私は、変わる。化粧品もぬいぐるみも、手をつけなかったお金まで。捨てて、寄付をして。それが必要な人に巡らせて、少し良いことをした気分になって、断捨離をする。

そして、何から始めようか。何をしようか。

世間知らずなまま育ってしまった。ならこれから知っていけばいい。希望。前へ。


 明くる日。私はお客様の元へ行った。まだ向こうは私に期待をしている。

お客様はいつものように私に見合わないお金と差し入れをくれる。

行為をしようと好意を向けてくる。

私は拒絶し、謝罪する。もう今後、このようなことはしないと言う。お金は返すから、帰る。ひどい罵声を浴びる。ブサイクだの、一生しあわせになれないだの、どうせまたこっち側に戻ってくるだの、色々なことを言われた。部屋から突き出され、1人で家に帰る。

なにも守ってくれるものなんてない。現実はそういうもの。拠り所とか、安心とかそういったものを捨てて、私は家にいる。貰った差し入れに、1つのロールケーキ。

食べたら、久しぶりに甘くて美味しいって思った。これまで、物は物でしかなく、気持ちの押し付けだと思ってたけど、ケーキを作った人だったり、これを買ってくれた人が存在することに気づけた。私が失ったものはきっとたくさんあるけど、取り戻していくために生きていこうと決めた。


これは1歩目。


終わり。




あとがき

「お金で買えるものが増えて、お金で買えないものを失っていく。」


友達と飲んだりすることが増えてその中で話題になった内容だった。あの頃の情熱とか、夢中になれてたこと。いろいろ経験してしまったことで、失くしてしまったものがあまりにも多いと感じている。多感な年齢であるなぁと思うと同時に、まだ可能性がある年齢だとも思っている。諦めたり期待しなくなるにはまだ早いのではないかなんて思うのだ。

とは、言いつつ、焦りに追われ、このままでいいやという自分もいたり、悶々とするのが鬱陶しい。笑

自分の生き方を確立して、また、生きやすいように生きていく術を探していきたいと思う今日この頃です。

読んでくださりありがとうございます。

良い一日に。ハブアナイスデー。

(2023/05/06)

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