第七話 真剣に、息苦しいほどの気持ちで。
あたしは
爽やかな、二月の木漏れ日。
湯殿に向かう道すがら、そっと、古志加に打ち明ける。
「
古志加は明るく、
「うん、川嶋は良いヤツだよね。弓矢も上手。でも、
と言った。
(えっ?)
そんな過去が? あの人は、何もそんな事を
「かわいそうだわ……。さぞや辛い思いをしたんでしょう。」
あたしは女官部屋で、女官の皆と震えながら抱き合う事しかできなかった。
とにかく、恐ろしかった。
そんななか、衛士たちは、川嶋は、勇敢に戦ってくれたのだ。
そして深い矢傷を受けたのだ。どんなに痛く、苦しんだろう。
───卯団に呼び戻してくださっても、構わないんですよ。
本当は、まだ衛士でいたかったのだ。
衛士を辞める時の悔しさは、いかほどか。
それなのに、川嶋は、寡黙なまま、何事もなかったかのように、柿の木の屋敷に立っている。
あたしに優しく、気を使ってくれる……。
「でもあの人は、弱音を吐かず、優しくて、とても強そうよ。
川嶋がこの屋敷を守ってくれてると思うと、すごく安心して、夜、眠れるわ……。」
そう。安心するのだ。一緒の屋敷内に、あの強い人がいる。それだけで、すごく。
「そうだね。矢傷があったって、川嶋は強い。
と古志加が笑顔で、ぎゅうっとあたしに抱きついてきた。
(いつもと逆ね。)
「古志加。ありがとう。……川嶋って、あの、妻はいるのかしら? 知ってる?」
ちょっと照れながら、古志加に訊くと、
「ううん! いないよ!」
「でも、
「それもないよ! あたしもう、前に川嶋と二人で卯団に行ったときに、訊き出したもん!」
古志加はあたしから身体を離して、誇らしげに言った。
「古志加っ! 大好き!! ありがとう!」
今度はあたしから、古志加に抱きつく。
* * *
あたしは、じっと、
庭を歩く彼を。
門に立つ彼を。
老麻呂と談笑する彼を。
昼餉、夕餉、ふとした時に。
近くから。
遠くから。
彼の姿を見つけると、立ち止まり、
そんな事して、どうしたいというのだろう?
わからない。
何か伝えたい気もする。
何か聞きたい気もする。
でも、なにも喋らず、ただ、見つめたい、という気もする。
大川さまと違う。
大川さまは、どの角度から、いつ見ても美しくて、見てるだけで、ぽーっと幸せな気持ちになれた。
でも、こんなに、真剣に、息苦しいほどの気持ちで、見つめたい、とは思わなかった。
川嶋は、寡黙な
我慢強い
強い男だ。この屋敷を、ここの女達を、守ってくれる男だ。
あたしは、ここで暮らす事で、この
川嶋には、あたしはどう見えているのだろうか。
もう、二十八歳のあたしは。
聞いてみたい気もする。
でも、川嶋を見つめると、言葉がでてこない。ただ、見つめてしまう。
ああ、これか、と思った。
古志加は、ずっと、三虎を目で追っていた。
これは、きっと、同じ目を、あたしは川嶋にむけているんだわ。
あたしは、川嶋のことが、本当に───。
「母刀自。」
夜寝る前、母刀自と布団に向かい合って座り、あたしは母刀自に話す。
「川嶋のこと、どう思う?
もし、あたしが、川嶋に恋したとしたら、母刀自は許してくれる?」
「まあ……、福益売。
一緒に暮らしていて、川嶋は、とても良い
川嶋が、あなたを大事にしてくれるなら、許すわ。」
「母刀自、ありがとう。あたし、川嶋が、恋しいみたいなの。
すごく、すごく、恋しいの。まだ、伝えてないんだけど。」
微笑んだ母刀自は、あたしを優しく抱きしめてくれた。
「あたしの可愛い娘。あなたの好きにして良いのよ。……幸せにおなり。」
「うん……!」
あたしは、ぎゅっと、母刀自を抱きしめかえした。
あたし、恋してるの。
* * *
夕餉が終わり、
「川嶋。話があるの。」
あたしは、
「どうした……? 福益売。」
少しかすれた声で、川嶋が答えた。
「ええと、あの、庭で。」
恥ずかしくて、顔を見れない。川嶋は首をかしげ、
「……?」
「庭に行ってこーい!」
古志加と老麻呂の両平手が川嶋の背中に炸裂した。
しずしずと、川嶋と人気のない庭に立つ。
夜空に満月が見え、星が瞬く、
あたしは大きく息を吸い、
「か、川嶋は、恋うてる
ズバンと切り込んだ。
川嶋は黙り込んだ。
* * *
これは、どういう事か。
期待して良いのか。
期待ってなんだ。
そうだ、オレは、こういった事にうといのだ。すでに、混乱は極みに達している。
眼の前の、美しい
「か、川嶋は、恋うてる
オレは噴火した。
頭のなかに火山があったとは知らなんだ。
「ふ、ふ……。」
福益売だ。そう言え。
「ふ、ふ、福益売は、誰かいるのか。」
オレのバカめ───!!
福益売は、困り顔でぱっと横をむいた。
「あ……。」
その顔を見て、何か、ガツンときた。
オレと三虎が稽古をした朝。
珍しい微笑をした三虎が福益売を見た時、福益売は顔をそらした。
困った顔で。
なにか、はにかんだ顔で。
それと、同じ顔だった。
三虎の───。
思わず、福益売の左腕を強くつかんだ。
「三虎なのか?!」
「はぁ──────っ?!」
腹から響く声をだし、福益売が怒った。
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