第五話 もう衛士に戻れる事はなくとも。
庭先の大きく平らな石に、
柿の木の屋敷では、ずっと門に張り付いているわけではない。寝ずの番もしない。
ただ、不審な者が屋敷に押し入ろうとしてきたら、いつでも切って捨てられるように、準備だけは怠らない。
今、この屋敷の女主人となった
飯売は、
「……可愛いよな。」
オレはポツリともらす。
「なんだ、
笑いつつ、
「古志加は、良かったよ。幸せになって。」
三虎も、古志加も、まだ十代の頃から知っている。
二人とも、卯団衛士皆で可愛がってきた。
途中、邪悪な目で見た輩を出してしまったのは痛恨の極みだが……。
いくら美しくなろうとも、古志加は、皆で見守る可愛い
そして今、古志加が一途な恋を成就させて、ようやくか、と祝う気持ちしかない。
今、オレが言うのは、違う
「……
「ふふ、そう言うのは珍しいな、川嶋。おまえの事だ。三虎が言うような、いや、古志加が言うような、首を
好きにしたら良いさ。オレは、手はださんよ。」
そう、もと
「ああ。」
オレは、そう一言だけかえす。
それだけで、充分だ。
白梅の香りが、どこかから漂ってくる。
二月の陽だまり。優しく晴れた空。
オレは目を細めて、空を見上げる。
* * *
衛士は屋敷内を
女官の方も、衛士とすれ違う時はつんと顎をそらし、もし衛士に眺めまわされたら、キッ、と
同じ敷地内にいるが、それぞれの職務は交わることがない。
それが、女官と衛士だ。
正確に言えば、もう福益売は女官ではないのだが。
愛らしい顔立ち、シュッと綺麗にとがった顎、いつも笑っているような目。美しい仕草。
一目で、可愛いな、と思った。
もったいないな。
きっと、
全然、この美貌を知らなかった。
途中、古志加と三虎が
オレは福益売を見て、心をこめて、言う。
「とにかく、しっかり家は守ります。もちろん、古志加、
美しい
安心してください。
必ず、あなたの事は守ります。
つい、じっと見つめすぎてしまった。
福益売が顔を伏せたので、あわてて、衛士らしい礼儀で、顔を見るのをやめた。
そして、自分の心に苦笑をする。
(……衛士らしい礼儀。笑えるな。)
オレはもう、衛士ではない。
傷は深く、もう、長時間、剣をふる事はできなくなった。
衛士としてのオレは、終わったのだ。
オレは衛士の務めが好きだった。馬を駆り、武芸の稽古にはげみ、立派に
自分で志願して、十五歳から、二十九歳まで。
オレの楽しみ、喜びは、あそこにあったのだ。
戦えない者は衛士ではいられない。
オレは、生家、
家では、歳の離れた弟が、こわみ(
オレは畑を耕し、その
「嫁をもらえば良い。」
弟はそう屈託ない笑顔で言ってくれた。
そう、嫁をもらい、この家を出ていき、新しい家をたて、畑を耕し、──このぬるま湯のような日々を
「オレは、嫁はいらんよ。」
オレは、そう答えた。
もともと、口数は少なく、言ったことは、頑として譲らない性格だ。
それを良く知る弟は、あっさり引き下がってくれた。
もう長時間、剣は振れないというのに、
もう衛士に戻れる事はないというのに、オレは一人で、武芸の鍛錬を欠かさなかった。
意味のない事を。
そうオレは心のなかで、あざ笑う。
十五の歳から、そうやって生きてきたのだ。
なぜ鍛錬して悪い。
オレは剣を握りたいのだ。
オレは帰りたい───。
そう、心のなかで、何かが叫ぶ。
オレはをばな(ススキ)の穂が揺れ、
三虎が、六年ぶりに、その懐かしい姿を見せ、
「
そこに住み込みの警備人となってほしい。
と照れつつ誘ってくれた時には、生家への未練は少しもなかった。
「驚きませんよ。」
もと衛士として。
三虎から信頼してもらえる
三虎の
願ってもない生活だった。
「驚きません。」
オレの居場所は、そこだ。
胸に、
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