第四話 つれないアホな無愛想口悪し従者はどこにいった。
さ
(梓弓は引けばよる、
万葉集 作者不詳
* * *
三虎と
働き
屋敷を警護する
初めて二人と引き合わされた時。
川嶋に不思議と目が吸い寄せられた。
大柄で肩幅が広く、全体、がっしりとした体つき。屈強な衛士だったのだろう。
目は小さめ、顎がしっかりして、誠実な性格を思わせる顔つき。
落ち着いた雰囲気と、頼れる風格がある
「歳はいくつなんですか?」
つい気になって、川嶋にむかって質問してしまった。
三虎が、
「
と淡々と言った。
「
川嶋が静かな口調で訊く。
なんだろう? 女性に歳を訊くのって、ちょっと失礼じゃないのかしら? と少し戸惑いつつ、
「あ、あたしは、二十八歳です。」
と答えたら、急に恥ずかしくなった。
郷の娘だったら、二十歳までに結婚するのが普通だ。
あたしは未婚で、もうこの歳だ。
だから、この歳だって、今まで恥ずかしいなんて思った事はなかった。
でも、もうあたしは女官じゃないんだわ……。
母刀自が、三虎に不安そうな目をむけた。
三虎が、はは、と作ったような笑い声をあげた。顔が無表情なので、いちいち、感情の機微がわかりにくい。
「心配するな。老麻呂も川嶋も、腕前だけじゃなく、人格もオレが保証する。
同じ屋敷に住んでいても、何もおきやしない。安心しろ。」
「あ、あの……、そういった意味では……。気を悪くなさらないでください。」
母刀自が恐縮した。
「あ、だ、大丈夫だよ、
「何かあったら、あたしが首を
「ひ……!」
古志加が花をちょん切るように気軽な口調で言ったので、母刀自が固まった。
「ほら、古志加。お前、飯売を怖がらせてるじゃないか。」
まったくしょうがない奴め、と三虎が古志加の右耳の後ろの髪に指を差し入れ、わしわし、とした。
両耳の上にふっくら盛り上げた
「そうかなあ、そうかなあ。」
とあまり意味のない言葉を口走っている。多分あれは、三虎の手の感触に気を取られて、あまり頭が回っていないに違いない。
そして三虎も、古志加の頭を撫で続け、古志加を愛おしそうに見つめている。
髪型が乱れていくばかり。
三虎はこんな甘い雰囲気の
誰だこいつ。
つれないアホな無愛想口悪し従者はどこにいった。
「とにかく、しっかり家は守ります。もちろん、古志加、飯売、福益売のことも。」
川嶋が、あたしを見て、しっかりと言った。あたしはなぜか、
(二十八歳にもなって、恥ずかしい。)
そう思ったのは、きっと、少し、頬に朱がさしてしまったからだと思う。
* * *
古志加は、本当に三虎に大事にされている。心を掴んだ。
三虎は毎日、柿の木の屋敷に帰ってくる。
そして、夜、古志加にこれでもか、というほど、さ寝にさ寝をする。
古志加の声が元気なので、どうしても屋敷内に筒抜けになってしまう。
いや、古志加のせいではなく三虎のせいなのか。
気になったので、古志加に訊いてみた。
「み、み、三虎のせいだよ。も、も、もう。恥ずかしい……。」
と古志加は真っ赤になって両手で顔を覆うのだが、あの声は恥ずかしいというより、瀧が流れ落ちるように元気いっぱい喜んでる声量なのだが。
(まったく可愛いわね、古志加。)
良いでしょう! これなら、三虎から飽きられて捨てられて、皆で
あたしは古志加の可愛さを引き立てるべく、髪型を凝ったものとする。今日は、木型をしこんで、高い
女官を離れ、自由な髪型にできるのが楽しい。
三虎は、高級な化粧紅も、たっぷり用意してくれた。
紅の粉を目の粗い木綿で丸く包み、ぽんぽん、と日焼けした古志加の頬にはたく。
ほんのりと頬が紅く染まる。
水で湿らせた細い筆で、唇にも丁寧に紅をさす。
上品で健康的な艶が古志加から溢れ出す。
「本当に綺麗!」
心から言うと、
「うふふ。ありがとう。あたし、幸せ。」
と古志加がニッコリ笑って言うので、ますます可愛いのであった。
「よしよし。」
と肩を撫でてあげると、また、うふふ、と笑う。
古志加は今宵も、三虎に愛される。
* * *
早朝。
あたしは働き
庭先で、三虎と川嶋が、素手で稽古をしていたからだ。
「はっ。」
拳を打ちあう音。
「ふっ!」
土を散らし、三虎の蹴りが舞い上がる。川嶋が両腕で止め、身をひねり、素早く左足を蹴り上げ、三虎がスレスレで半身となり
動きが早く、二人の位置がどんどん変わり、二月の冷えた朝に、熱気が渦巻く。
(すごい迫力。三虎も強いし、川嶋も、強いんだわ。腕前も、人格も保証する、と言ったのは、本当ね。)
やがて、どちらからともなく、身構えをといた。稽古が終了したのだ。
「腕は衰えてないな。はは、たいしたものだ。」
三虎が汗をかきつつ、満足そうに口元だけで笑った。
うん、今のは、表情がわかりやすかった。
「ええ。
川嶋は静かな口調だが、大きな声だった。
「川嶋……。」
三虎が口ごもり、
「オレだって、惜しいと思ってる。
ここの警備を頼む。スミレの花のような、オレの大切な
と淡々と言った。
「もちろんです。さっきのは、忘れてください。命に替えても、オレはここを守りますよ。」
さっきほどの大声ではないが、川嶋もさっぱりとした口調で言った。
「頼む。───福益売。」
三虎にいきなり呼ばれて、ビックリした。
「はい!」
「古志加ならまだ寝てる。昨日──、ふ。まだ寝かしてやれ。」
三虎がこちらをチラリと見て含み笑いをした。
その腫れぼったい目には、自信にあふれた
(う。なんだこの色っぽさは! 従者のくせに!)
と福益売は心の中で
「承知いたしました。」
と
背中に、川嶋の視線を感じた気がした。
きんくま様から、ファンアートを頂戴しました。
きんくま様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093079393902709
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます