第三話 アホ相手に辛い恋をしていた古志加が。
冬。
あたしは二十四歳。
「わああああん!」
明るい茜色の衣を美しく
男なら誰でも振り向く美貌に、あたしと日佐留売で力をあわせて仕立てた。
あたしは日佐留売の二人目の子、
それなのに、何があったというのだろう。
「み、三虎が、舞の途中で、あたしを連れ出して、
あたし、あたし、こんなに頑張ったのに、全然、駄目なんだよ。
ぎゅうぎゅうとあたしを抱きしめながら、古志加は、わあ────ん、と声をあげ、ぼろぼろと泣いた。
「もうっ、ひどい
思いつくかぎりの言葉で慰め、もう、落ち着くまで泣かせてやる。
古志加は泣いて、泣いて、ふう、くすん、と鼻声で泣き止むまで、時間が相当かかった。
* * *
そんなアホ相手に辛い恋をしていた古志加が、とうとう、想いを成就させたのです。
春。
あたしは二十八歳。
完璧美女の日佐留売が、以前にもまして完璧な計画をたてた。
酒で酔わせて美女隙だらけ攻撃である。
その夜、女官部屋の十人は、真っ暗な部屋のなか、寝床におさまりつつ、
仕掛けた夜はこれが初めてではない。
「今回はどうかな?」
「もういい加減、うまくいってほしい……。」
「また、どよーんとした暗い顔で帰ってくるのかしら?」
「もう本当、何やってるのよ、あの従者!」
「やはり
「いや、
「案外、今頃、大成功かもしれないわよ。」
「大成功……。」
ごくり、と何人かが唾を飲み込んだ。
「い、今頃、どうなのかしら……。」
「そりゃあ……。」
あたしは耐えきれなくなった。
「キャ─────ッ!」
とうとう叫びはじめてしまった。
「福益売! 落ち着いて! 落ち着いて!」
あわてて
長い夜を過ごし……、やがて、ぱたん、と女官部屋の
「……帰りました。」
細い声で報告したのは、古志加だ。目がギンギンの十人は、
「どうだったの?」
と質問する。
すすっ、と自分の居場所、あたしの隣の寝床に滑り込んだ古志加は、
「や、や、やりました。三虎はあたしの、
「やったああ!」
「キャ───!」
皆は衾を蹴り上げた。古志加に迫り、寝ようとしていた古志加の
「どうだったの!」
「ちゃんと、さ寝したのよね?」
古志加は、ひー、と言いながら、真っ赤にした顔を両手でおさえ、座り直した。
「……精を二回、いただきました。」
おほわああああ、と皆がどよめいた。
「で、どうだったの?」
「───ええと、……三虎に抱き上げられて、寝床に運ばれて、まず三虎が頭を撫でてくれて、さ丹つらふ
「ごくり。」
「そ、それで。」
「三虎の手がね、あたしのね……。すごく……、気持ち良くて……。」
古志加と十人の女官のなかなか寝れない夜はふけていった……。
* * *
何年も待たされた、恋の成就の話を聴けて、あたしと女官の皆は満足した。
でも、その数日後、古志加から、
「
あたしの
あたしにとって、福益売は大事なお姉さんなの。」
とお願いされるとは、思ってもみなかった。
古志加は良い子だ。
古志加の働き
あたしも、古志加とずっと一緒にいられたら、楽しい。
でも、
その思いが、あたしに即答を迷わせた。古志加には一日、待ってもらった。
麗しい大川さま。
見ているだけで、大川さまのまわりだけ光が降り注いでいるかのように、いつまでも恍然としてしまう。
あたしのささやかな楽しみ。
でも、大川さまは、もう、
大川さまの目に、あたしが映ることは、この十三年間、なかった。
この先も、ないだろう。
見ているだけの、恋。
あたしは、諦めなければならないのね。
そっと、宝物である、
これは、もったいなくも大川さまも身につけている香り。
「良い匂い……。」
そういえば、これも古志加がくれた物だった。
古志加がいなければ。
そう思い、ふっ、とあたしは笑った。
古志加に、あたしの人生を賭けよう。
* * *
未はじめの刻(午後1時)
「これからの新しい住まいね!」
三虎がもうけた柿の木の屋敷へ、古志加と連れ立って行くと、そこにいたのは三虎と、四十を過ぎた、白髪交じりの──
「ああ……!! 母刀自……!!」
「福益売……。かわいいあたしの娘!」
あたしは駆け、母刀自の胸に飛び込んだ。
「許してね……。この母を許してね……。」
母刀自とは、母親を敬って呼ぶ言葉だ。あたしを売った自分には、母刀自と呼ばれる資格はない、というのだろう。
そんなことない。
あたしにとっては、ずっと、母刀自だよ!
「母刀自、あたし、恨んでなんかない。
これで、一年は食べていける、って言ってたじゃない。
だからあたし、あたし……、うわあああ!!」
あたしは母刀自の肩で泣いた。
十五歳、寂しさに一人泣く夜があった。
普通に恋をして、普通に歌垣でときめく夜を過ごし、普通に
でも、仕方ないじゃない。
あたしが身を売らなかったら、家族四人、どうしようもなかったじゃない。
恨んでないよ。
あたし、できることをしたんだよ。
また、また会えたの。
もう、生きているうちは、会えないと思った。
「わああああああ───!」
ありがとう、ありがとう、古志加。
あたしの
この柿の木の屋敷で、あたしと働きながら暮らさないか、と誘われて、夢かと思ったのだと、母刀自は泣いた。
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