第二話 あたしの恋は進展することがない。
同じ女官部屋の皆と、洗濯桶に布を山と積み、小川に向かう。
あたしは、気になった事を訊いてみた。
「ね、ねえ、女官ってさ、
「んまあ! あなた!」
「やっぱり大川さまを一目見て、ビックリしたのね!」
「わかるわあ。」
一気に
「大川さまは、誰も閨に呼ぼうとしないの。
「皆ねえ、狙ってるのよ!」
「だってカッコイイしね!」
「花を渡したり、もう沢山まばたきして見つめたりね。」
きゃはははっ、と皆笑う。
「でも駄目、あの麗しい笑顔で、皆に冷たいのよーぅ。」
「本当、おかたいのっ!」
ねーえ、と皆の声が重なる。
(なあんだ……。)
残念……。でも、同じ屋敷に暮らしてることに変わりない。
すごい美貌だった。
また、明日、見かけることができたらいいな。
そう思うだけで、毎日、頑張れるじゃない?
どんな暮らしだって、あたしは、元気を失いたくない。
明るく笑って、朝の一日を始めたい。
* * *
大川さまは、一月もしないうちに、奈良へ行かれてしまった。
年あらたまり。
あたしは十六歳。
ここでの暮らしにもすっかり慣れた。
仕事はせわしないが、生家にいる時より、ご飯はたっぷり食べさせてもらえるので、あたしは少しふっくらした。
春。
盆に置いた
春の若い緑の柳が揺れ、桃の花が可愛らしい色合いで咲いている。
(
ちょっとぼんやりしてしまっていたようだ。
石畳の道を
「あっ! あっ! す、すみません、ごめんなさい!」
擦り切れた
「大丈夫よ。
この下人に掃除を命じた者が見ていたら、この下人は注意散漫だと怒られるかもしれない。
優しく笑顔でそう告げると、
「はいっ! すみません、失礼します。たたら濃き日をや!」
それが
その
古志加は十一歳で、ちょうど、あたしの
もじもじ恥ずかしがり屋で、ちっちゃいのに、大川様の従者が大好きで。従者の話になると、顔を真っ赤にする。
もう可愛くて、可愛くて、あたしはほっぺをムニムニしてやったものだわ。
そして、女官としての務め、赤ちゃんの世話が落ち着くと、決まって、従者の姉である
話がはじまると、頬を染め、うっとりと目を潤ませて、聴きいっている。
毎日のことで、日佐留売も話の種がつき、繰り返しの話になってきても、飽きずにせがむので、
「もぉ、いつも古志加は、そればっかり!」
とあたしが音を上げると、
「だって、聴きたいもん……。」
と、ぷうっとほっぺを膨らませ、眉が困りつつ、譲る気がまったくない。
(どんだけ恋うてるのよ。)
やれやれ、と日佐留売と目線を交わしてしまう。
日佐留売はくすりと笑う。
やはり、自分の弟がこれだけ慕われてて、日佐留売も悪い気はしないのだろう。いつも話をしてくれる日佐留売は、とても優しい。
これだけ、恋い慕う気持ちにつきあわされると、古志加の恋が叶いますように、と、応援したくなるというものだ。
だが、恋した相手が悪かった。
* * *
三月。
あたしは二十一歳。古志加は十六歳。
夜、女官部屋で、
「あ、あたし、三虎のこと恋うてる。」
古志加が真っ赤になって頭から湯気をだしそうになりながら、言う。
「何を今さら。知ってるわよ。」
と至極当然のことを言うと、
「ひぃ……………!」
と顔を両手で覆い、身体をぷるぷる揺すって古志加は恥ずかしがった。
しかし意を決したように、顔から両手をはずすと、
「そ、それでね、きっと三虎がまた、墓参りに連れてってくれると思うの。
三虎と、二人きりでゆっくり話せるのは、その時しかないから、どうすれば良いかなあ?
知恵を貸して……。」
聞き耳を立てていた他の女官が、くわっ、と一斉にこちらを向いた。
目が夜の野獣のごとくランランと光っている。
ざっ、と一気に古志加のまわりに人垣ができた。
「古志加……、良い? まずはね……。」
あたしはその人垣を従え、堂々と、以前、他の女官からキャッキャッと聞いた知識を披露する。
だってあたしもねえ、お相手はいないんですから!!
大丈夫よそれでも。お姉さんに任せなさい。
「
ふんっ、ふんっ、と鼻息荒い女官達が同意する。
そうして、皆で知恵を授けて、古志加を送り出した。
結果。
惨敗である。
頭を撫でられて、白酒もらって満足して帰ってきた、って、あんたら幾つよ?
ええ? あんたのことですよ、いつも無愛想の口悪し従者!!
それでも、古志加がほわんと幸せそうだから、始末が悪い。
その夜は、女官部屋十一人でやけ酒のごとく、白酒をガッブガッブいただいた。
白酒は非常に美味しかったですっ!!
* * *
古志加は成長して、ますます美しく、お胸も立派な
古志加は、女官でもあり、
あの従者は
なんであんなに、うまくいかないのだろう?
そう思いつつ。
あたしの恋は進展することがない。
麗しいお姿を、見れれば、その日は幸せ。
まだ難隠人さまが
大川さまが抱っこするのに、側近くで、手渡しをする事があった。
大川さまの近くに寄ると、甘く、辛く、奥深い、複雜な香木の香りと、
一瞬だけ見る大川さまの至近の顔は、難隠人さまを穏やかな笑顔で見ていて、この世のものと思えないほどの清らかさと美しさだった。
本当に一瞬であり、大川さまは、あたしを見る事はなかった。
あたしの、大事な思い出。
それだけ、といえば、それだけだ。
どうにもならないのだ。
なぜなら、きっと、あの完璧な美女で家柄も良い日佐留売も、きっとそうだったのだ。
どんなに恋い慕っても、大川さまは優しく冷たいままなのだろう。
日佐留売は何も言わない。あたしも何も言わない。
でも、あたしは、分かってる。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093087247121928
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