第五十三話 イルス祭8
ルミナス騎士団のノイシュヴァンとテメレア――。二人は傾いた陽光に照らし出されてテラの眼には眩いばかりだった。
ノイシュヴァンはテメレアに再び近づき耳元に呟く。
「儂等の戦力では心許ない。よく心を見極めて真の王国兵を味方に引き入れるのじゃ。儂は本部に通達し、敵の首魁を探す――」
そう言うとノイシュヴァンは姿を消した。
テメレアは軽くうなずくと地面に落ちていた棒を拾い、ルミナス旗を括り付け高々と掲げた。
「さあ、皆さん、ルミナス騎士団が来たからにはもう安心です。私に付いて来てください!」
テメレアはそう叫ぶと旗を進行方向に少し倒した。テラたちはその後ろに続く。混乱の中、ルミナス旗に気が付いた人々が続々とその後に続いた。
「すいませんが、旗を持って頂いてもよろしいでしょうか?私は万全の態勢で戦えるようにしておきたいので」
テメレアはすぐ後ろを歩くテラ達に問いかけた。
「もちろんです、私が持ちましょう。あなたには命を救って頂いた御恩があります」
アヴァンはそう言って恭しくルミナス旗を受け取り天高く掲げた。テラたちに合流する前に王国兵から守ったくれたのはテレメアだったのだ。
徐々に後をついてくる民衆は増えていく。故郷からイルス王国までの道中を共にした人の姿もあり、共に生存している喜びを分かち合った。
テメレアはついてくる民衆をよく守護し導いた。襲い掛かってくる者たちを一刀のもと斬り下げ、混乱する民を優しく諭して率いて行く。
テラにはテメレアは物語の中に出てくる英雄そのものを眼前で見ているようだった。
道中で本物の王国兵や傭兵たちをも次々と仲間に加えていく。その中には傭兵隊長ジェイスの姿もあった。テメレア率いる集団は進む度にその数を増していく。戦えるものも増え、テメレアは陣形を指示して進む。今のところ犠牲者は一人たりとも出していない。しかし、未だに周囲では混乱が渦巻き、一人、また一人と無辜の人々が地に伏していき、イルス王城の白亜の石畳は朱に染まる。
ところで、イルス王城は王の住まう王宮を中心として円形の城壁がぐるりと囲っている。城壁の中には王宮以外にも城勤めをする者たちの豪勢な邸宅が軒を連ねる。円形の城壁の外周には水堀があり、東西南北にそれぞれの方向に橋が架かっている。王城の中に眼を戻すと、王宮の三階には大きなテラスがせり出しており、そこから真下にある舞台を観覧できるようになっている。王は舞台での催し物があるときはいつもテラスから観覧なさるのが習わしだ。
テラスの上に立って真正面を眺めると大きな南の城門が目に入る。その城門の先には橋の一つが架かっている。
今、テメレア率いる一行はこの城門を目指して、王城からの脱出を試みようとしていた。
「ローレンスの旦那――!!」
後方からジェイスの叫び声が聞こえ、テラの耳元を一陣の風が過ぎた。ジェイスが猛スピードで走り行く背が目に入った。
「待て──!」
テメレアが制止の声を上げるがジェイスはそんな声が聞こえなかったかのように走り去る。
ジェイスの向かう先では、2人の男が戦っていた。1人はロングソードを振るう中背の細身の男。もう1人は奇妙な武器を扱う筋骨逞しい男。
後者は片手に四本ずつ、計八本の剣を手にして戦っている。それぞれの剣の柄を指の間に挟むことで片手に四本もの剣を握れるようにしているのだ。
両方とも見覚えのある者だった。細身の男はイルス王国までの道中でお世話になった商会長のローレンスだ。そしてその相手はアルテマ旅団の”剣舞の”ブレイドだ。
「ハァハァ……、歳はとりたくないものだ」
ローレンスは肩で息をしながらブレイドの攻撃を弾きつつ、少し距離をとって、剣先をブレイドの胸に向けて構え直す。ローレンスの背後には、まだ幼い小間使いであるルイがいた。
よく見ると、ローレンスの腕や肩、太もも……、あらゆるところから血がとめどなく流れて服に赤い染みを作っている。
「爺さんのくせにここまで戦えるとはな、正直驚いてるよ……」
ブレイドはそう言って右手を胸の前に掲げる。右手に握られた四本の剣が日の光を浴びてギラリと光った。
「私も少々剣を嗜んでいるのでな。次は渾身の一撃をお見舞いしよう」
身体にはあちこち致命傷を帯びているが、ローレンスはまだ余裕を見せる。
「引導を渡してやるよ」
ブレイドはそう言うと両手を後方に大きく引いて、ローレンスの元へ素早く距離を詰める。
ローレンスは向かってくるブレイドへ上段から素早く斬り下げようとする。年齢を感じさせない素早い振りだ。
ブレイドはその一撃に左手の四本の剣を優しく当てその軌道を僅かに左へ逸らし、すぐに反対の手に握られた四本の剣を横凪に一振り。
死の一閃がローレンスの元に近づく――。
「待て──!」
ジェイスは必死に叫びながらローレンスの元へ走り寄る。
ジェイスの伸ばした剣はブレイドの攻撃に届くかと思えた。ブレイドに驚愕の表情が浮かぶ。しかし、ジェイスの剣はあと拳一つ分の距離を残して空を切っていた。
朱い霧が上がる。
ローレンスはゆっくりと力なく崩れ落ちる。間に合わなかったのだ。
「旦那!!」
ジェイスは崩れ落ちそうになるローレンスの身体を全身で受け止めた。
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