第五十一話 イルス祭6

巨大槍は空を切る不気味な音を立て、槍が生んだ風圧が少し離れているアヴァンにも伝わる。

日光がアヴァンの目を襲う。何が日光を反射してアヴァンの視界は白一色になった。

カーンっと鋭い金属音──。

アヴァンは瞬きをして前方を見るとアイザックの巨大な槍は振り切る途中の姿勢でピタリと止まっているではないか……。まるで時が止まってしまったみたいだ。

砂煙の中、テラとエルサの前には白のフード付きローブを身に纏った者が立っているのが見える。そのも者は八メトルある巨大な槍を、それに比べると遥かに小ぶりの剣で受け止められているではないか!

まるで、剣撃を針で受け止めたようなものだ。

遅れて槍の風圧が襲い掛かる。槍を止めた剣士の白いローブが激しく靡きフードがずれ落ちる。フードの中からは長い白髪と白髭を持った老人が現れた。剣士は村長と同じくらい老齢に見えるが、その年齢を感じさせないほど上背があり体躯は逞しい。しかし、アイザックの巨大な体躯と比べると小さく、とてもあれほど巨大な槍の一撃を止められるようには見えない。アイザックは驚愕の表情を一瞬浮かべたかと思うと、老剣士の剣を弾き飛ばそうと更に力を込めたかに見えた。

しかし、アイザックの巨大な槍は一ミリメトルたりとも動かない……。

老剣士は涼しい顔でアイザックの攻撃を止め続ける。

アイザックはこれ以上の押し合いは無駄だと悟ったのか、飛びすさり老剣士から一度距離を取る。その顔は怒りと力を籠めすぎたせいで赤銅色に染まっている。

アヴァンはその隙にテラとエルサの前に滑り込み、二人を背後に庇う。

「お父さん!」、「あなた!」という二人の声が背後から聞こえる。すぐにでも振り返って二人を抱きしめたいという衝動を必死で抑え前方のアイザックを睨み付ける。

二人を守らねば……。

「二人とも、早く逃げなさい」

アヴァンは前を向いたまま叫んだ。

肩にポンと何かが当たる。

「ここは儂に任せなさい」

老剣士はアヴァンの肩を叩いてそう言うと、アイザックの方はゆっくりと近づいていく。

距離を取ったアイザックは巨大な槍を頭上に掲げると両手で回転させ始める。ブーン、ブーンと槍が高速で空を切る音がアヴァンの耳まで届く。

老剣士とアイザックが互いの動きを窺いつつゆっくりと近づく。

老剣士が唐突に姿を消した──!

と同時に一瞬眩い白光があたりを照らしたかと思うと、カラーンという鋭い金属音が耳の奥に突き刺さる。

巨大な槍はアイザックの手元を離れて地面に落ちていたのだった。

アイザックは驚愕の表情を浮かべて地に落ちた槍を見つめている。

「ただの力技か……芸がないな」

と老人剣士は言いつつ、剣を垂直にし柄を頭の位置まで持ち上げた。

老人の刀身は鈍い銀色の輝きを発している。日の光を反射しているだけではなく、刀身自らが光を発している様に見えた。

刀身の輝きが少し増したかと思うと、老剣士が宙を舞っていた──。

「ううっっ……」

アイザックが苦しげな声を上げる。

アイザックの背中からは剣が生えていた。老剣士の剣の鋒がアイザックの胸を刺し貫いたのだ。アイザックは口からゴボリと血を吹き出すと巨躯は少しずつ平衡を失いゆっくりと地に倒れていった──。

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