第四十九話 イルス祭4

あちこちから王国兵の悲鳴が上がる。王国兵は群衆から突如現れた間者に不意をつかれて次々と倒れていく。それに伴い群衆からも悲鳴が上がり、広場はパニック状態に陥っている。アヴァンとエルサは両側からテラの手を引き、舞台から離れようとするが、あたりは悲鳴と喧噪で混乱し、思い通りに進むことができない。

「民の中に間者が紛れ込んでいる。互いに死角を補い合えるよう円陣を組め!」

王国兵の隊長が叫んだ。

王国兵は近くにいる者で互いに背後を守りあう円陣をとった。不意打ちすることができなくなった間者は一人、また一人と王国兵の組織的戦いで倒されていく。

人と人が殺し合いをするなんて……。

テラは衝撃的な光景に身体から力が抜けていく。必死で踏ん張ろうとするが足に力が入らず萎えてしまう。まるで他人の脚を動かそうとしているようだ。テラは二人に引きずられながらゆっくりとその場を離れていった。


テラは二人に手を引っ張られれながら広場を後にする。突然、テラの体は地面に吸い寄せられるように倒れた。その反動で二人と繋いでいた手が離れる。

「テラ!」

アヴァンとエルサが驚いて振り向いて叫ぶ。

テラは足下に目をやると、周囲で逃げ惑う人々の影になってよく見えないが何かが転がっているのが分かる。テラはそれに足を引っ掛けて躓いてしまったようだ。急いで腰をあげ、二人の元へ駆け寄ろうとすると足が引っ張られるのを感じた。そして、鋭い視線も感じる。改めて足元を見ると、地に男が伏しており、鋭い視線を向けながら、手を伸ばしてテラの靴を掴んでいた。先程は人々の影になってよく見えなかったが、テラが躓いたのは倒れた男の身体だったのだ。その男には腰から上しかない。腰からは赤い血潮が石畳のを朱色に染め上げる。男はテラに向かって口をもごもごと動かすが、声は出ずただ赤い液体をゴボゴボと溢すだけだった。それもわずかの間で、すぐに身体は動かなくなり、男の眼からは光が失われていく。しかし、

その眼は光を失ってもなおテラを睨み上げ、その手はテラの靴を決して離さない。まるで道連れだとでも言わんばかりに。

「テラ!」

アヴァンがテラの元に駆け寄り、男に掴まれた靴を強引に脱がせる。テラの身体は弛緩してしまい、アヴァンにされるがままだ。

昔、家のヤギが狼に襲われたあの夜──。ヤギたちの目もこの男と同じように徐々に光を失ってこうべを地に垂らしていた。

これが、死……。

テラは夢と現実の狭間を彷徨っているような浮遊感の中にいた。

「うあああぁぁぁぁ──!」

男の断末魔がテラの耳朶を打ち、テラは再び現実に引き戻される。

大柄な王国兵の胸から剣が生えていた。その王国兵は握っていた剣を落として地に臥していた。

「隊長──!」

兵の一人が叫んで、倒れた男に駆け寄る。隊長と呼ばれた男は背中から深々と剣を刺されて身体を完全に貫通している。深緋の血溜まりが隊長の周りにできる。


「お、おまえ、何をしているんだ!」

駆け寄った兵が隊長を貫いた者を睨みつける。それがその男の最後の言葉になった。

次の瞬間、その首は宙を舞っていた。その顔は命を失ってもなおその首を落とした者を睨み付ける。隊長と兵の一人を殺した者もイルス王国の鎧を纏っていた。

間者は民衆の中だけではなく、王国兵の中にも紛れ込んでいたのだ!

しかし、次の瞬間その裏切り者は隊長と同じように地に臥していた。その背後を別の王国兵に襲われたのだった。


この騒ぎの黒幕は間者を民に紛れ込むことで、王国兵同志に背中を預け合わせて戦わせた。しかし、その後、王国兵の中に潜んでいた別の間者が背後から王国兵を襲わせる。背中を預け合っている仲間から攻撃を受け、王国兵の中に疑心が一気に広がった。その騒ぎを収拾して規律を建て直すはずの隊長を始めとする指揮官たちは、隊長と同様に王国兵の中にいた刺客によって襲われ絶命していた。二回目の襲撃は指揮官をまず襲い組織的反抗を絶つ巧妙なものだった。当然の結果として、王国兵の中に瞬く間に混乱が広がり、イルス王国兵は瓦解していった。

王国兵は互いに疑心暗鬼となり、互いに銃剣を向け牽制し合う。その隙に民衆に紛れた間者が王国兵を襲う。王国兵たちは自らの身を守るために周囲にいた人々には容赦なく銃剣を振るう。恐らく何人もの無辜の民も王国兵に襲われているだろう……。

王城の白亜の石畳は深紅に染まり、辺りは鼻を刺さるような血煙が充満する。

正に王城内は阿鼻叫喚の地獄絵図――。

目の前で繰り広げられる惨劇に次ぐ惨劇は少しずつテラの正気を奪っていく。許容量を越えてしまった心を体が本能的に守ろうとしたのだろう。

テラは無意識にただアヴァンとエルサに手を引かれていく。もはやその瞳には何の像も映していない。テラたち三人は群衆にもみくちゃにされながらも広場の端の方までようやく辿り着いた。三人の身なりは所々が破れ誰のとも分からない深紅の点が付着していた。

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