第四十八話 イルス祭3
旅団長のゼルゼパートが群衆に向かって深くお辞儀をした。
「それでは早速我々アルテマ旅団の曲芸をごらんに入れましょう!まずは怪力自慢の男――、アイザック!」
ゼルゼパートから紹介があると、左端に立っていた一際体の大きい男が前に進み出た。高身長に見えるゼルゼパーよりも更に頭三つ分ほども大きい。アイザックと呼ばれた者は喜怒哀楽の内、怒の仮面を付けている。
ゼルゼパートがアイザックの紹介を続ける。
「この男は何といっても力!!その力は百人力だ――!見てください、この鍛え抜かれた身体を!!」
アイザックと呼ばれた男は他の者と同じように頭から足の先までを覆っていたローブを脱ぎ捨てた。
「おお!」
群衆から感嘆の声が漏れる。群衆はアイザックの筋骨隆々の身体に感嘆の声を上げたのだった。全長二メトル半はありそうな上背の節々に盛り上がった筋肉が所狭しと付いている。
しばらくすると、王国兵七名がアイザックの前にゆっくりと現れた。王国兵は何か巨大な棒状の重量物を運んでいるようだ。それはあまりにも巨大な青銅の槍だった。この槍は人間が振るうために作られたものではない。あまりにも巨大なためだ。長さは五メトルはある。
「あれは初代国王の像が持っていた槍じゃないか?」
アヴァンが言う。
「……ああ、王都の広場にあるやつ?」
エルサが聞き返す。
兵士たちは巨大な青銅の槍を慎重にアイザックの前の床に下ろすとそそくさと壇上を去った。
「一体何をするんだろう……?」
テラは不思議に思った。アヴァンもエルサも首を傾げる。その疑問には壇上のゼルゼパートがすぐに答えてくれた。
「さて何をするのだろうと皆は思っているであろう……。さて、まずここにある青銅の槍は初代イルス国王カイアス像が手に持っていた槍だ。総重量二百六十二キログラン、長さ八.三メトル。これは普通の人間ではまともに扱うことができない槍だ……。ただし、このアイザックにはどうだろうか……?さあ、アイザック、見せてやれその怪力を!!」
アイザックは丸太のように太い両腕を天に突き上げて「はっ!」と鋭い気合いを入れたかと思うと、ガシッと青銅の槍の柄を掴んだ。なんとアイザックはその青銅製の巨大な槍を持ち上げようというのだ。その両腕には血管が浮き出てさらに一周り太くなったように見える。しかし、槍は微動だにしない。
「さすがのアイザックでもこれは難しいか……??」
ゼルゼパートが煽る。
「うおおおぉぉぉお──!!」とアイザックは獣のような声を上げる。
ズズズ……っという音が響く。
巨大な槍は地面を擦りながら、ゆっくりと地面から浮き上がり始めたではないか!アイザックは全身に過剰な力を入れているからか、その身体は僅かに赤銅色に変化している。
ついにアイザックは巨大な槍を完全に持ち上げきり槍を天高く突き上げた。
「おお〜!!!」
群衆から大きな歓声と割れんばかりの拍手が沸き上がる。ヴァルナ王もバルコニーから身を乗り出してアイザックへ拍手を送っている。
「すごい……、あんなに重たいものを持ち上げちゃうなんて!」
テラは驚きのあまり目をまん丸くしている。
テラだけでなく、アヴァンやエルサさらには集まった人々も”怪力の”アイザックに目が釘付けだ。
アイザックは槍をゆっくりと回転させ、しまいにはぶんぶんと空中で勢いよく振り回す。巨大な槍が回転することで、天をも裂いてしまいな轟音が広場に轟く。人々の歓声や拍手はその轟音にかき消されてしまった。
アイザックはしばらく巨大な槍を回したのち、槍を垂直の姿勢に戻し、穂先の反対側の石突で舞台に着地させようとする。しかし、槍のあまりの重量に舞台床が耐えきれず、床板に穴が開いて槍の先が貫通してしまった。
その後もアルテマ旅団による芸の披露が続く。次は蛇女のエンバーと呼ばれた者が前に出る。エンバーは喜怒哀楽の内、喜びの面を付けている。エンバーは突然ローブを脱ぎ捨てる。ローブの中から現れたのは胸元と腰回りにしか衣を纏っていない女だ。アイザックと比べるとその体は異様に小さく見えるが、通常の女性より背は高く、引き締まった体をしている。
エンバーは両肩を少し上下させると、ゴキッという骨の折れたような不気味な音が響いた。エンバーの両腕は力なくダラリと垂れ下がっている。なんとエンバーは意図的に自らの肩関節を外したのだ。
テラを始め他の民衆も痛そうに顔を顰めて思わず顔を背けた。
エンバーは再びゴキッという音を鳴らして両肩を持ち上げると、肩関節は元通りに嵌っていた。あたりからまばらに拍手が沸き上がる。次に王国兵が細長い筒を持ってきてエンバーに置く。その筒は丁度人の頭の大きさくらいの穴が開いており、五メトルほどの長さがある。筒をエンバーの前に置くと王国兵は舞台から去った。エンバーは再び肩の関節を外し、さらには体中の至る関節を外す。その姿はまさに血を這う蛇のようだった。そして筒の中に這っていき蛇のようにするりと通り抜けた。群衆からは一段と大きな拍手が鳴り響いた。
続いては炎のフレイムという男が口から炎を吐き出す演舞を行った。最後は剣舞のブレイドで、5本の抜き身の剣を空中に放り投げては掴んでを繰り返す。様々な方向に投げたり、時々素足を使って投げたりとヒヤリとさせる剣舞を披露した。
群衆の盛り上がりが最高潮に達した時、旅団長ゼルゼパートは前に出て言った。
「最後に、私からも皆さまに一つ余興をお見せしましょう!」
これまで、アルテマ旅団の団員である怪力のアイザック、蛇女のエンバー、炎のフレイム、剣舞のブレイドは驚愕の技を見せてきた。その団長にあたるゼルゼパートはいったいどんな演舞を見せてくれるのだろうかと、テラは息を潜めて舞台を見つめる。ほかの群衆も同じように静かに舞台を見守っていた――。
「――あれ?」
テラの眼にはゼルゼパートの身体が一瞬浮かんだように見えた。
いや、気のせいではなかった。確かにゼルゼパートの身体が地面から十センチメトルのところにふわり浮き上がっている。
「どういうことだ、あれは!!」とアヴァンが叫ぶのがかすかに聞こえたが、あたりも同じように悲鳴に近い歓声が上がる。
ゼルゼパートの身体は上昇を続け、高さ一メトル程の中空で停止した。
ゼルゼパートは空中をまるで地面を歩くようにして行ったり来たりしながら、観客に向けて手を振る。テラをはじめ、辺りからは割れんばかりの拍手と歓声が響き渡った。
「――?」
テラはふと拍手を止める。なぜか胸が押さえつけられるような感覚に捕らわれたからだ。
「何だろう……?なんだか、怖い……」
テラは思わずアヴァンとエルサの服の裾を掴む。しかし、アヴァンはそれには気が付かずに目を大きくしてゼルゼパートを見つめ続ける。エルサも同じように頬を赤らめながら、ゼルゼパートを注視している。
テラは拍手の合間にガチャガチャというわずかながらの金属音を聞いた気がした。テラは出元を探そうとあたりをきょろきょろする。しかし周りには両親と同じようにゼルゼパートに釘付けで拍手喝采をする人たちばかりだ。
そんな中、黒色のフード付きローブで頭から足の先まで全身を覆っている者がテラの眼に入る。その者は拍手はしないばかりか、ゼルゼパートが宙にいるのとは反対の方向を見上げている。
「一体何を見ているんだろう?」とテラはその様子に違和感を覚えたが、周りの人たちはその様子に全く気が付いていない。その者はゼルゼパートの方ではなく、王宮の上の方を見上げている。
突如、黒ローブの者が軽く左右に首を動かし始めた。テラは黒ローブの者の斜め後方にいるため、黒ローブの者はテラには気が付いていないようだ。なぜか気が付かれてはまずいという予感がした。しかし、なぜか黒ローブの者から視線を外すことができない。黒いローブの者は今度は明確にこちらへ振り向こうと首を捻ろうとする。突如、テラと黒ローブの者の間に人影が入り、テラは魔法が解けたように視線を黒ローブの者から急いで外した。そこでテラは黒いローブの者が見上げていた方向へ目を向ける。そこにはちょうど王宮のバルコニーがある。
バルコニーでは何やらヴァルナ王とその護衛兵がもみ合っている。何が起こっているんだろう?
ヴァルナ王が兵を押しやって、欄干に手を掛け、まさにバルコニーから飛び降りようとしているではないか!
「キャーッ!」
テラはバルコニーを指しながら悲鳴を上げた。しかしその悲鳴は歓声に呑まれて誰の耳にも届かない。
「誰か、止めてー!!」
アヴァンとエルサの服が破れるくらい強く引っ張りながらテラは叫び続ける。
ゼルゼパートはそんなことには気が付かず空中をまるで地面の上でも歩くように動き、群衆の歓声に両手を挙げて応える。
突如シュッと鋭く空を切る音を発しながら白い閃光が王宮の方へと伸びた。
「一体なんだ!?」と群衆が騒めく。
剣を持った男が飛び出して行ったようだ。男の剣が眩いばかりに光り輝いており、その男の飛び出しがあまりに速すぎたため白い閃光に見えたのだ。
バルコニーの上では、ヴァルナ王が正気を取り戻したようで、飛び降りようとするのを止め、腰を抜かしたように兵の一人に倒れ掛かっていた。
「おい、何だあいつは!?」
群衆は突如舞台の上に現れた男を指さす。
男が飛び出したことによってゼルゼパートのショーを邪魔したと非難の声が上がる。しかし、男はどこ吹く風と言ったように群衆の非難を無視し、怪力のアイザックを睨みつける。
「これはどういうことか……、ショーが過ぎるのではないか?」
男はそう言って剣を持つ手と反対の手を上に掲げ、思いっきり引っ張るような動作をした。すると、怪力のアイザックの右手がその動きに合わせて動く。
「ヴァルナ王の身体にこの細いワイヤーを括り付け、バルコニーから引っ張り落そうとするとは言語道断である!!ルミナス騎士団・
レイヴンと名乗った男はそう高らかに宣言した。
ヴァルナ王の纏っていた鎧には極細のワイヤーが付けられており、怪力のアイザックがワイヤーもう一端をを引っ張ることでヴァルナ王をバルコニーから落そうとしていたのだ。
「アルテマ旅団が王を殺害しようとしていただと……!!」「ルミナス騎士団だってよ……!」
あたりからざわめきが広がり広場は騒がしくなる。
「衛兵たちよ、アルテマ旅団をとらえよ!」
バルコニーからヴァルナ王が大声で命令を発した。
レイヴンはカトラスの鋒をゼルゼパートに狙いを定めながらゆっくりと近づく。
舞台近くを警備していた王国兵五名は急いで舞台に上がり、アルテマ旅団を包囲しようとじりじりと近づく。
「私のショーに邪魔が入ってしまい非常に残念だ……。フィナーレと行きましょう!」
ゼルゼパートは漆黒の面を剥がしながら言った。なんとゼルゼパートの漆黒の面の下には美しい女の顔があった。どうやら面に細工をして男の声に変えていたようだ。面を脱いだ今、それは女の声になっていた。ゼルゼパートに扮した女は右手を高く上げた。
それが合図となったかのように、”炎の”フレイムがその口から巨大な炎を天高く打ち上げる。昇っていく炎はまるで伝説の魔獣、龍のように宙を掴みまるで意志でもあるように蛇行しながら空を昇っていく。龍は昇り続け王宮を最上階を超えてもまだ上り続けている。
突然、あたりから悲鳴が上った。悲鳴は広場を護衛していた王国の兵士たちから発されたものだ。突如、群衆の何人かが王国の兵士に襲いかかったのだ。その者たちは各々包丁やナイフ、拳銃などの武器を持っている。不意をつかれた王国兵はは次々と倒れていく──。
テラは目の前で起こっていることが理解できずただ呆然と眺めていることしかできなかった。
あちこちから阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。
「テラ、エルサ。早くこっちへ!!」
アヴァンはテラの手を強く握りしめて険しい声で言った。アヴァンの手の温もりがテラを現実に繋ぎ止めてくれる。
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