第四十七話 イルス祭2

既に日は中天を過ぎて西に傾き始めた頃、テラ、アヴァン、エルサら三人は王宮の中庭に来ていた。

本日に限り、王宮の城門は解放されている。城門を潜ると中庭が広がり、目の前には高い壁を持つ王の宮殿が聳え立つ。宮殿の壁にはバルコニーが中庭に向けて出っ張っており、さらに宮殿の前には木造の舞台が用意されている。

いったい、何が始まるのだろうか?テラは疑問に思う。

「今年はどんな催しがあるのかしらね?」

エルサはいつもよりトーンの高い声で興奮したようにアヴァンに訊く。

「さあね、毎年何をやるかは当日まで秘密だからなぁ~」

アヴァンも興奮気味に答える。テラもこれから起こることに期待に胸を躍らせながらその時が来るのを今か今かと待っていた。


「どどどん──!どどどん──!」

盛大な太鼓の音が辺りに響きわたる。


「わぁ――っ!」と人々の歓声があがる。峻厳な気候に晒され決して豊かとはいえないイルス王国では、娯楽はそう多くない。年に一度王都トレドで開かれるイルス祭に集まる者たちの熱狂はピークに達していた。

歓声に包まれながら一人のでっぷりと肥満している男が壇上に現れた。

「宰相モルガン様だー!」という声が辺りから上がる。宰相モルガンは四十代半ばで政治家として脂がのってきた頃である。近年では、リヴァイア帝国へ接近する外交によって、東域連合の最高意思決定機関である東域連合府からは度々非難の声が上がっている。

イルス王国は東域連合の西の端にあり、リヴァイア帝国と国境を接する国の一つであり、東域連合の防衛線の要の一つではあるからだ。しかし、実際は切り立ったランサス山脈によってリヴァイア帝国とは分かたれており、未だかつてその国境をリヴァイア帝国軍が超えた試しはなく、実際のところ国境守備のための東域連合軍はほとんど駐屯していない。イルス王国は峻厳な山脈が守護する天然の要塞を擁していると言えるのだ。そのため、イルス国内では税を課すばかりの東域連合府への不満が以前から燻っていた。そこにモルガンの外交手腕である。モルガンは巧みな外交手腕に東域連合加盟国でありながら、リヴァイア帝国から少なくない利益を引っ張り出し、イルス王国に対いて莫大な富をもたらた。その結果、大幅な減税政策を実施し、イルス国民からは絶大な支持を得ている。


モルガンは鷹揚に両手を挙げて歓声を鎮めようとする。しかし、しばらくのその歓声は鳴り止まず王宮に響き渡った。さも満足げにその様子を眺め、歓声が静まった頃合いを見て、ゆっくりと口を開いた。

「民の者たち、はるばるこの王都へよくぞ来てくれた。諸君のイルス王国への忠義心しかとこのモルガンは受け取った!」

モルガンはそう言うとにっこりと笑みを浮かべる。周囲からは再び歓声が上がった。モルガンはただイルス祭を楽しみにやってきた民の動機を、国への忠誠心と置き換え、人々の誇りをくすぐった。

「――では、国とは何であろうか?」

モルガンが問いかけるように群衆を見回す。皆、少し困惑したように、暫しの沈黙が流れた。時間にして数秒だったはずだが、待たされている群衆には永遠にも感じる時間だった。

「あなた方一人一人があってはじめて国となりえる。つまり、あなた方、一人一人なくしては、イルスはイルスたりえないのだ!」

モルガンは声を高くして述べる。その後、ここにいる民一人一人の必要性と民の考えがこの国を作っていくのだという演説を行った。万雷の拍手に囲まれながら、モルガンは舞台袖に下がって行った。モルガンは短い演説を通じて、完全にこの広場にいる群衆の心を掴んでしまった。


歓声が鳴り止んで少しすると再び歓声が上がる。人々は壁から突き出たバルコニーを指さしている。テラは背伸びをしながら必死でバルコニーの方を見上げる。バルコニーの上には金の王冠を被った壮年の男が立っているのが見えた。第十一代イルス国王――ヴァルナ王だ。白くなった長い髭が風に靡く。よく見ると王の両側には二人の男が控えている。甲高く熱狂的な演説を行ったモルガンとは対照的に、ヴァルナ王は深みのある低い声で静かに群衆一人ひとりに語りかける。群衆は静かにその語りを受け取った。ヴァルナ王の声が一段上がる。

「――さあ、私からのささやかな贈り物を受け取ってほしい!」

そう言うとヴァルナ王は一方後ろに下がった。再び太鼓の音が鳴り響き、舞台に奇妙な格好をした一団が登場した。背丈体格がバラバラな5人だが、全員奇妙な仮面を被って顔を隠して、全身を覆うローブを纏っている。四つの仮面はそれぞれ喜怒哀楽の表情を浮かべ、端の一つだけは真っ黒に塗りつぶされている。

「アルテマ旅団だわ!」

エルサが驚いて言う。

「ええ!!この人たちがそうなの!?」

テラも驚く。

アルテマ旅団こそ、国境なく世界を又にかける最高の曲芸集団だ。

「ああ、確かにそうだ!あの喜怒哀楽の4枚の仮面は最高の曲芸を納めた者にしか授けられないものだ!しかも、あの真っ黒な面は……旅団長のものだ!」

アヴァンが五人の中央に立つ人物を指して言った。中央に立つ細身の長身の者こそ、漆黒の仮面を付けるアルテマ旅団長であるゼルゼパードだ!

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