第四十六話 運命の日

「いよいよ、今日はお祭りだね!やった、やった!」

朝早いが、テラの声はいつもより高い。ついにやってきたイルス祭に心躍らせているのだ。

イルス祭とは中央市の最終日に開催されるお祭りのことである。中央市に訪れた人々へ感謝の意を表して、イルス国王から食べ物、酒、余興等が振る舞われるお祭りだ。通常の中央市では、イルス王国の各村の代表者たちが各々の特産品を持ち込んで店を開いて販売したり、特産物を交換しあったり、行商人が他国の珍しい商品を販売したりもする。店を出すためには王都に税を納める必要があり、王都にとっても重要な収入源だ。各村にとっては一年に一回貴重な物資を手に入れる重要な機会で、行商人たちにとっても巨大な取引の機会であり、税をはるかに上回る価値がある。テラたちの住んでいるサルネ村のように、王都トレドまでかなり距離のある村が少なくない。そのため王都への道中、危険な獣や魔獣、盗賊・野盗の類いから身を守る必要がある。そのため、近くの村々で協力してお金を出し合い、傭兵を擁した行商人に道中の保護を依頼するのが一般的だ。テラ一家や他のいくつかの村の人が集まって、行商人ローレンスと一緒に王都まで来たわけだ。

イルス祭では、村や行商人のお店は全て畳まれて、代わりに王室が出すお店や、王室が呼んだ各国の珍しい店々が大通りに軒を連ねるようになるのだ。

「さあ、中央市の華・イルス祭よ!今日はおしゃれな服を着ましょうね」

そう言ってエルサはクローゼットから花柄のワンピースを引っ張り出した。

「あ、私のお気に入りの服だ!」

テラは嬉しそうに白地に真っ赤な花柄の描かれたワンピースへと着替える。


遠くに見える王城は色鮮やかな布地が掛けられ装飾されている。一段と目を惹くのは、真紅の下地に玉を咥えた大鷲が描かれた旗だ。これはイルス王国旗だ。大鷲は正義と平和の守護者を表し、玉は高貴さを示す。

イルス王国旗の左右には二枚の東域連合旗が揺れる。青地に五十三もの金色の星が円環を造り、その中心に北斗七星が鎮座している。星の円環は東域連合の五十三の加盟国が対等の関係であることを示し、中央の北斗七星は東域連合の創始者たる七人の始祖を表している。東域連合旗の隣には各加盟諸国の国旗が並び風の中で踊る。


まだ、朝は早いが、大通りでは既に多くの人々で賑わっている。皆、不思議とおしゃれな服で着飾っているように見えた。大通りにある全ての店はイルス王室を表す大鷲の国旗を掲げ、様々な色彩を使って装飾を施され、一段と華やいでいる。

「うっわぁあ〜、すごーい!」

テラは首を右へ左へと忙しそうに動かしている。その眼をキラキラと輝かせ頬を上気させている。

目の前をテラよりも幼い子供が横切ろうとする。その子供は手に見たこともないものを持っている。その子供は棒を手に握り、その棒の先には赤い球体が突き刺さっている。

あれは何だろう?

子供は棒の先に付いている赤い球体を頬張り満面の笑みを浮かべて通り過ぎる。

「――あれ、私も食べたい!あれはなに?」とテラは少年を指差しながら二人に言った。

「あれは、リンゴ飴というんだよ」とアヴァンが教えてくれた。

「ああ、あの赤いのはリンゴなのね!」

テラは目を輝かせる。リンゴはテラの大好物なのだ。テラはアヴァンとエルサの手を引いて走り出す。向こうにあるお店には沢山のりんご飴が立てて置いてある。

「早く〜!リンゴ飴は待ってくれないよ!」



テラはリンゴ飴の棒を両手で掴んでかぶりつく。

「甘くて、おいしい〜」

テラは満面の笑みを浮かべる。アヴァンとエルサはその笑顔を愛おしむように笑みを浮かべ、その頭を撫でた。

「バン!バン!バン――!」

上空で爆発音が響き渡る。

テラはリンゴ飴にかじりつくことをやめ、怯えたようにアヴァンの背中に隠れた。

背中の後ろからちらっと覗いてみると、イルス王城の上空で色鮮やかな火花が次々を上がっている。

「テラ、大丈夫よ。あれは花火というものよ」

エルサがそう言ってテラの額を撫でる。安心したテラは、アヴァンの背中に隠れるのをやめて、”花火”というものを改めて見上げた。

「テラは見るのが初めてだったね。きれいだろう?」

アヴァンは自慢げに言う。

「うん、ちょっと怖いけど、きれい!」

テラは大きい音に驚きながらも花火の美しさに見とれた。

「花火は本当は夜の方がきれいなんだけどな。これはお城で王様の挨拶がある合図だ。もうそんな時間になっていたか、お城に急ぐぞ!」

アヴァンが二人を急かす。

「えっ、お城の中に入れるの!?やったー!」

テラは嬉しそうな声を挙げて二人に付いて駆け出した。

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