第四十五話 王宮の密議

「──手筈に抜かりはないんだろうな?」

闇の中で嗄れた男の声が響く。

「もちろん、抜かりはございません」

もう一人の男は自信のある声で答えた。

部屋には暖炉の灯りだけで薄暗い。その中で二人の男の影が揺れる。一人は中肉中背でかなり肥満した男。最初に話しかけた男だ。もう一人は全身をローブで覆いそのシルエットははっきりしないが、上背がかなりあることが分かる。


「全ては予定通りですよ。──あとはあなた様が……」

ローブ男の声はどこか楽しげだ。

「そ、そんなことは分かっている!」

肥満の男は口調を荒げるが、その声には微かに恐怖が滲んでおり語尾が震えている。

「そうでしょう、そうでしょう!では、手筈通りにお願いいたします」

対照的に、ローブを纏った男は丁寧だがとても落ち着いている。ローブの男の語尾が強かったためか、中肉中背の男は黙ってしまった。

「──では、これを渡しておきますよ」

ローブを纏った男は打って変わり、優しい声で言う。ローブの男が一歩一歩近づく度に、肥満した男は身体を硬くした。そしてローブの男は肥満した男の手を掴み、何かを渡すとふっと姿が闇に溶けて見えなくなった。

サッと顔を一陣の風が撫でる。生温かくて不愉快な風だ。

「お、おい!」

肥満した男の声は虚空に吸い込まれる。

「ヒューッ」と窓から風が入り込んで部屋の温度を下げる。先程まで閉め切っていたはずの窓が開いている。

ここは王宮の東塔の4階。地上までは高さが十五メトル程もある。下にローブの男の人影を探すが見当たらない。視線を起こし王都トレドの全体を見下ろす。王宮は街の中心にある丘の上にあり、王都トレド全体を上から一望することができる。

王都トレドはすっかり夜の闇に呑まれているが、中央市の行われている大通りは、天の河のように闇の海の中に浮かび上がっている。街中の喧騒が風に乗ってここまで届いてくる。

「明日が運命の日か──」

肥満した男──イルス王国宰相ローバン──は大きな窓の欄干に重たい身を傾け、夜闇に溜息を吐いた。

この平和なトレドの風景を眺めていると明日起こることは全て嘘で、先程来たローブの男も存在しなかったのではないかと思ってしまう。いや、思いたいだけだ。

しかし、先ほど手渡されたものが掌の中に確かにあるのを感じると、これが現実なんだと改めて思い知らされる。

ヒューッと夜風が頬を攫う。ローバンは急いで窓を閉め、燭台に火を灯す。

部屋の中は小綺麗で物は少なかった。もう明日からここに用などないのだから──。シンプルな机と椅子、空の本棚、ベッド。机の上には数冊の本が積み上げられ、ローバンのサインを待つ書類が積まれている。

ローバンはゆっくりと重い体を椅子に沈め、手渡されたガラス瓶を机の上の灯りにかざす。そのガラス瓶は人指し指の長さ程度。表面には非常に凝った彫刻が施されており、コルクで蓋がされている。瓶の中には血のような深紅の液体が入っている。少し瓶を振ると血のようにドロリと波打ち、透過した赤い光をローバンの顔へ投げかける。

ローバンはガラス瓶を大切そうに引き出しの中にある鍵付きの箱へしまこみ鍵を掛けた。

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