第二話 イルス王国2
テラとエルサはいつも通り、親子揃って夕食の準備をしていた。夕食は2人で作るのがフィリア家の昔からの習慣だ。夕食の準備を終え、少しテーブルでおしゃべりに興じていると不意にドアが開いた。父アヴァンが帰ってきたのだ。ドアが開くのと同時に冷え切った夜風が家の中に舞い込む。谷間にあるサルネ村は夜はかなり冷え込む。
「いや〜、今日も馬車の修理とメンテナンスで時間がかかってしまったよ……」
アヴァンは肩から年季の入った鞄を下ろし深く息を吐いた。
鞄には工具や様々な測定器がたくさん詰め込まれている。修理工の使う道具だ。テラの父アヴァンはサルネ村で唯一の修理工だ。鍋から馬車、はたまた家に至るまで、修理が必要なものはなんでも引き受け直してしまう。腕ききの修理工として村のみんなからの信頼が篤く、村人からは朝晩問わず呼び出されて引っ張り凧だ。
部屋の灯りに照らされたアヴァンの顔は油で黒く汚れ、服は土と油で茶色く変色し、裾はくたびれてヨレヨレになっている。
「本当にお疲れ様でした。新しいものに着替えてしまって」
エルサはアヴァンに優しく声をかけ、洗い立ての変えの服を用意した。
「いよいよ明日、王都の中央市に行くんだよね。楽しみだな!」
テラは目を輝かせて言う。
「ああ、そのための馬車の準備もバッチリだ!」
アヴァンは親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
トレド中央市──。単に中央市とだけいうことも多いが、年に一度イルス王国の王都トレドにて開かれる特別な市場のこと。
農作物、肉等の食材や陶器、布等の生活必需品や化粧品、装飾品、本等の嗜好品であったり武器など幅広い品物が販売される。このトレド中央市には、王国内の街や村々からその土地の特産品を持った代表者がやって来て販売を行ったり、国外の商人が来て国内では手に入らない食材や生活雑貨なども売りに来る。そんな様々な物品が一度に会し、売り買いされる年に一度の大きな市場だ。トレド中央市での仕入れたものや売上や購入できた品々によって各村々の一年の生活が大きく左右されるのだ。各村々からは毎年代表者が選ばれ、村の収穫物を代表者が王都まだ運んで販売をし、さらには村で必要なものを中央市で大量に買い付け村に持って帰る。
今年のサルネ村の代表がテラ達フィリア家なのだ。
「テラは一度、王都トレドに行ったことがあるのよ。覚えてないかしら?」
エルサがテラに訊く。
「えっ、私、全然覚えてないよ」
「まあ、あの時あなたは確か……、二歳くらいだったから覚えてないかもね。もう、こんなに小さかったんだから」
そう言ってエルサは扉の近くに置いてあるカボチャを指差した。そのカボチャはウルマールカボチャといって大陸一の火山であるウルマールの名を冠すだけあってとても巨大なカボチャだ。しかし、いくらウルマールカボチャと言っても今のテラの腰にも届かない。
「私はそんなに小さくなかったわよ。もうお母さんったら」
テラは頬を少し膨らませて、非難の目をエルサに向ける。
「まあ、そんなに小さくはなかったかな?10歳のテラは私の肩くらいの背丈があるものねぇ。ほんとに驚いちゃうわ!」
エルサは鍋を温め直しながら、ふわりと目を細める。
エルサの視線の先ではぐつぐつとシチュウが煮立つ。
エルサは巨大な鍋をどんっとテーブルに置いた。
「さあ、夕食の完成よ!さあ今日はみんな大好き、テラとエルサ特製のシチュウよ〜!」
家族3人でわいわいとシチュウ鍋を取り囲み、様々な話に花を咲かせる。父は仕事の苦労話を、テラは動物たちの話を。そして母は2人を話に笑顔を浮かべながら合いの手を打つ。多な幸せで温かい時間がゆっくりと過ぎていく。
テラのおしゃべりなところは父親似だ。どれだけ農業や仕事で疲れていても、家族で食事を囲むと、そこにはいつも笑顔があった。
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