第四話 王都トレドへ2

「なに、まだカトラ村の代表が来ていないのか?」

テントの中から大きな声が漏れ聞こえ、テラとエルサは顔を見合わせた。

カトラ村はヴォールト古王国との国境付近にある村だ。


声の主は、先ほどアヴァンと話を終えた行商人の長ローレンスだ。


「もう出発の時刻が迫っているというのに…早馬での連絡もない。既に出発の予定時間を一時間も遅らせているんだ。あと十五分経っても来なかったら出発するぞ」

ローレンスはイライラした声で部下にそう告げた。



カトラ村から連絡が来ないまま、テントの片付けが終わり、出発の刻限となってしまった。


「そこの木に、先に出発したという手紙をくくりつけておけ。さぁ、出発するぞ!」

ローレンスが全体に声をかけ、行商人、村の馬車、傭兵隊は王都へ向けてゆっくりと進み出した。


「ようやく出発のようだね。少し時間が押してるな」

アヴァンが先程から確認していた金の懐中時計をカチリと閉めた。その金の懐中時計はよく手入れが行き届いており、日の光を反射してキラリと光った。


「やったぁ~ようやくね!早く王都に行きたいわ!」

テラは実を言うと退屈していたのだった。やや苛立っている父の手前、そんなことは口にできなかったけれど。

エルサはテラの舞い上がった気持ちに気づいたのか、ここからが長いわよと軽く諌める。


ローレンス商会率いる馬車の列はゆっくりと進み出す。

やがて目の前には鬱蒼と茂った巨大な森が広がってきた。イルス王国内で最大の広さを持つ、エレボスの森である。テラたちのいる王国北西部から、王国中央にある王都トレドへ至るには、まずこの巨大なエレボスの森を抜ける必要がある。

エルボの森は溟い。

エルボの森には背の高い樹々が鬱蒼と生い茂げる。平均でも15メルトを超える樹々が天蓋のように上空を厚く覆い、地面にはほとんど陽は差さず常に薄暮の観である。


一行は薄暗い緑の天蓋の下を進む。

ガタガタガタ……

テラの乗る馬車に別の村の馬車が近づいて来た。

「やはり、アヴァンさんでしたか!」

隣の馬車から声がかかる。馬車には嬉しそうな笑みを浮かべた短髪の男が座っていた。


「おお!久しぶりですね、ソランさん」

アヴァンは驚きながら笑顔で応える。


ソランはアヴァンの住むサルネ村のすぐ近くのパイル村の者だ。パイル村もサルネ村と同じく三十人くらいの小さな村で、二つの村は徒歩で約三時間ほど離れている。お互いの村で収穫物を交換したり、合同で祭を行ったりと交流が深い。

アヴァンとソランはお互いの村の状況や今回持って来た村の収穫物等の話でひとしきり盛り上がった。


「そういえば、ほんの先日ミネア侯国がリヴァイア帝国に落とされたって聞きましたよ」

ソランは頭を振りながら言った。

「えっ……」

ミネア侯国といえば、イルス王国の隣国であるヴォールト古王国の西隣にある国でかなり近い国だ。これで三カ国がリヴァイア帝国に落とされたことになる。アヴァンは驚きのあまり言葉を失ってしまった。

「東域協会はいったい何を考えているんでしよょうね?」

ソランは続ける。

東域協会とは東域連合評議会の顧問機関である。最高意思決定機関である東域連合評議会は実質この顧問機関である東域協会の決定をなぞっているに過ぎない。東域連合の動きは東域協会が決めていると言っても過言ではなく、絶大な権力を有している。

「こんなふうに一国ずつ切り取られていったら、何のための『連合』なのか分からなくなってしまいますよ!」

ソランは不満そうに眉間に皺を寄せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る