第九話 狼の襲撃
ガタン……。
馬車が大きく揺れる。テラはゆっくり目を開ける。エルサの安らかな寝顔が目に入った。エルサの頭は左右にゆっくりと舟を漕いでいる。頭を少し起こすと、自分が母の膝の上で寝てしまっているのが分かった。もう一回母の膝で寝ようと頭を持ち上げる。
「あら、起こしちゃった?」
エルサは大きな目をパッチリと開いてテラを見つめている。エルサの手がテラの方へ伸び、テラの前髪をさらりと撫でた。
「ワゥーゥウウ、ワゥゥー」
狼の遠吠えがテラの心の臓を揺さぶった。
テラはハッと目を見開き、エルサの腰に抱きつく。身体の震えは止めようとも止まらない。
「ワゥーゥウウ、ワゥゥー」
再び狼の遠吠えが再び聞こえた。先程よりも声が少し大きい。
狼は一行との距離を着実に詰めてきている……。
「どうも狼に目をつけられたようですね、隊長」
馬車の外から知らない人の声が聞こえる。多分傭兵隊の者だろう。
「今ここで襲撃に遭うのはまずい……。隊列は伸びきっているからな。全員を守るのが困難だ。少し進むと開けた場所に出る。そこで円陣になり火で追い払うぞ。マイルワ、ローレンスの旦那に伝えて来い」
傭兵隊長ジェイスの声が聞こえた。
「どうしたの?」
テラは馬車の足が遅くなって不安な顔をしながら尋ねた。
「大丈夫よ、今日はこの辺で泊まるみたいね」
エルサはテラを力強く抱きしめた。
「いい?お父さんのところに行ってくるから少しここで待っててね」
エルサはそう言って、荷台から御者台のアヴァンの方へ向かった。
「何があったの?まだ止まるには早すぎると思うけど?」
とエルサが訊く。
「前から緊急停止の合図が上がったんだ……。ここで迎え撃つんだと思う…… お前はテラと共にいてくれ。あの子だけはなんとしても守るんだ」
アヴァンの声がうっすらとテラの耳に届いた。
エルサが幌をめくって荷台に帰ってくる。一瞬めくれた幌の隙間から、アヴァンがちょうど猟銃に弾を込めているのが見えた。
一行は狭い道を抜け、樹々が開けた場所に出た。各村からの十台の馬車と商会の三台の馬車が集まった。
「少し早いが今日はここで野営する。女子供たちはいつものように火をおこしてくれ。足りない木材は傭兵隊が森から集めてくる。それから男たちはこっちに集まってくれ。以上だ!」
ジェイスは落ち着いた声でテキパキと指示を出した。
「じゃあ行ってくるよ」
アヴァンは猟銃と短刀を身につけ、テラとエルサに声を掛ける。
気をつけて、といいながらエルサは不安そうな表情を浮かべている。アヴァンはそんなエルサの手を握りしめ、最後にテラの頭を撫でたあとジェイスの元へ向かって行った。
「ワゥ──。ワゥ──」
アヴァンの耳朶を打つ不快な遠吠え。さきほどよりも確実に近づいているが、姿は見えない。
「聞こえるように狼の群れがこちらに近づいている。俺たち傭兵隊で守るが、お前たちにはその援護してほしい」
ジェイスの言葉に村の男たちは沈黙していた。どの表情も暗い。
自分も同じような表情をしているんだろうな。アヴァンはかつて狼に山羊の囲いを襲われた時のことを思い出していた。
鉄の味がする……。
口元を拭うと腕に血がついていた。無意識に歯を食いしばり、唇を噛み切っていたのだろう。
「自分たちの家族を守るんだ……。まあ、狼の群れくらい俺たち傭兵隊の手にかかればイチコロよ。ハハハッ!」
不敵な笑みを浮かべて、豪快に笑うジェイス。絶望の表情を貼り付けていた村人たちはジェイスを凝視した。
腰に佩いた大振りの剣──刃渡はゆうに一・五メトルはある──左手には精巧な細工が施された拳銃。そして、狼の首根っこを締め殺してしまいそうな分厚い胸板と逞しい腕。村人達とアヴァンの表情は自然と安堵の表情に変わっていった。
「微力ながら助力させていただきます!」
アヴァンは手に持った猟銃を力強く握りめた。
「おう!その息だ!」とジェイスに肩を軽く叩かれる。
村人たちも各々の武器を力一杯握りしめ、覚悟を決めた鋭い眼差しで周囲を囲う森を睨みつける。
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