第十話 狼襲撃2

一行は馬車を円陣に並べた。馬車でてきた円陣の中に女子供と馬を入れて囲い、中央に巨大な焚き火を置いた。円陣の外側にはたくさんの松明を配し、傭兵隊と男衆が武器を持ち狼に備える。


「いつでもきやがれ……」

ジェイスは右手に大剣を左手に銃を持って、仁王立ちして目の前の闇を見つめている。


やがて一方向から聞こえていた狼の遠吠えは四方を囲むように聞こえてきた。

囲まれている……。

アヴァンの手は強く猟銃を握りしめた。


「隊長、狼どもは俺たちを囲んでやがる……」

傭兵隊の一人は焚き火の炎に照らされ、頬から落ちる一筋の汗がきらりと光る。


「くれぐれも村人には動揺を伝えるなよ。パニックになったらそれこそ収拾がつかねぇ」

ジェイスがドスの聞いた声でつぶやくのが、アヴァンにはうっすら聞こえたような気がした。


「ヴヴヴゥゥ……」

狼の唸り声が聞こえる。周りの樹々が創り出す深い闇には、爛々と光る双眸が幾つも浮かび上がる。

「来たか……」

ジェイスの後ろで小銃を構えるアヴァンは、浮かび上がる双眸の眉間に狙いを定める。

ジェイスは刃渡りが一・五メトルもある大剣を隻手で軽々と一回転させる。剣は松明の明かりを鋭く反射し、ブンっと風を切る低重音がアヴァンのところまで聞こえてきた。


「ヴヴヴ……」

一対の爛々と光る眼が徐々に近づいてくる。

樹々の陰からまず口が現れた。真っ赤な口に真っ白な歯列。歯列の間からは涎がダラダラと汚らしく垂れている。


ジェイスの全身からは汗が吹き出し松明の明かりが反射する。しかし、ジェイスは汗を拭うことはせず、目の前の狼から視線を外さない。軽く一歩踏み出し、大剣と拳銃を腰の辺りに構える。大剣と拳銃は少しずつ動く狼の眉間を寸分違わず追従し続ける。

ついに一匹の狼は樹々の隙間からその姿を現した。体長はゆうにニメトルはある大型の狼だ。

あの時の狼より遥かにでかい……。

他に出てくる狼はいない。奥では依然としていくつかの双眸が闇の中に浮かんだままだ。おそらくこいつは群れの斥候なのだろう。

「吠え面かかせてやるぜ」

そう言ってジェイスはニッと笑みを浮かべた。ジェイスは自らが危機に直面するほど、その生を実感し、全身の血がたぎるような生粋の戦士なのだろう。


「ヴヴ……」

狼は血のように真っ赤な口蓋を大きく開き、白光りする牙を見せつけ威嚇する。

「そんなちゃちな牙じゃあ、俺は引かんぜ」

ジェイスは狼の双眸を睨みつけたまま、ピクリとも動かない。

ジェイスと狼の間の緊迫した空気を感じたのか、狼の唸り声、鳥の啼き声、風で揺れる梢の音──そんな音はすべて掻き消え、あたりを重い沈黙が包みこんだ。

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