第三話 王都トレドへ1
翌日の朝六時。
辺りはまだ薄暗い闇に包まれた中、テラの家に灯っていた明かりが消えた。
テラ、エルサ、アヴァンの三人は旅装に身を包んで馬車に乗り込むところだった。馬車の荷台には、この一年間サルネ村で採れた野菜や干し肉、チーズ、生糸、毛織物等々の品が満積されている。これらを中央市で売るつもりだ。
朝早いにも関わらず、村の住人が十数人が見送りに来てくれている。
「アヴァンさん、よろしくお願いしますね」
サルネ村の村長がアヴァンに声をかける。アヴァンより二回りも小さい村長は見上げながら、アヴァンの手を取った。
「はい、任してください。きっといい品々を手に入れてきますよ」
アヴァンは応える。
これだけの品があれば代わりに中央市でいいものを手に入れられるはずだ。
アヴァンは希望に満ちた笑顔で頷いた。
「それと、馬の世話も頼みます。馬は高価なものなので…」
村長が目を伏せながら小声で念押しをする。白長い眉とまつ毛で、アヴァンからは瞳が見えない。長く伸びた髭をそわそわと触りながら話すのはいつものことだ。
村長は村のこと、天候のこと、家畜のこと、なにかにつけて心配している、生粋の心配性である。
「これ、道中で小腹が減った時に。」
アヴァンの手に麻袋を握らせる。中には干し肉が詰まっていた。干し肉を渡し終えると、村長は頭を下げていそいそとアヴァンの下を離れた。
ただ心配するだけでなく、心遣いも忘れないところが、村人からの人望が厚い理由だ。
「ありがとう、村長!」
アヴァンは大きな笑顔を見せ、御者台に飛び乗った。
「テラ~、お前いいよなぁ、王都に行けて!俺も連れてってくれよぉ!」
テラと同い年の男の子、レントが叫んだ。今にも地団駄を踏みそうな勢いだ。
「あなたも来年行けるでしょ。それまで我慢よ!」
テラはそう言って馬車の荷台に乗り込んだ。
レントはいつまで経っても子供なんだから…男の子ってみんなそうなのかしら?
荷台からいじけているレントを見て、テラはため息をついた。
「エルサさん、例のアレお願いしますね…」
レントの母親が駆け寄ってエルサに小声で言う。
「分かっていますよ。オーランド村の職人が作る有名な化粧品でしょ」
エルサはウインクを返した。
「旦那には内緒にしてるんで、そこのところもお願いします…」
エルサはにこりと頷き荷台に飛び乗った。
「さあ、行こうか」二人が馬車に乗ったのを確認し、アヴァンは馬に鞭を当てる。手をふる村人たちの見送りを背に、馬車はゆっくりと進み出す。
村は既に遥か後方の景色に溶け込み、村の輪郭は曖昧に景色に溶け込んでいく。
「ああ、遠くまで来ちゃったんだね」
ちょっぴりテラは不安になってきた。
村を出発してから六時間ほど経ち、日は南中した。馬車は細い谷間の道を抜けて、幾筋もの谷間の道が交わる少し開けた土地に出た。
中央にテントが建てられているのが見える。テラ達と同じように、沢山の荷物を載せた馬車が既に十輌ほど停まって、人々がたくさん集まっていた。
「どうしてこんなに沢山の馬車がいるの?」
テラが聞いた。普段これほど人と馬が集まったところは見たことがない。隣村以外とはほとんど交流がないサルネ村にいたテラにとって、これは驚くほどの賑わいだった。
「此処から王都までは、無人の道をいくつか越えていくんだ。道中には狼や怪物、それに盗賊なんかもいたりする。だから、みんなで集まって移動するんだよ。王都まで行くときは、いつも行商人にみんなの護衛を頼んでいるんだ。ほら、あそこにいる人達が見えるかい?」
そう言ってアヴァンは向こうにいる一団を指差した。
そこには腰に剣を佩いている男や、弓を肩に背負った男など、およそ十人ほどが輪になっている。
「あの人たちは?」
テラはきょとんとした顔で男達を眺める。なんだか強そうで、ちょっと怖そう。テラの大きな瞳は男たちを捉えて離さない。
「あれは行商人が雇っている傭兵よ」
エルサが代わりに答えた。
「あなたは行商人の長ローレンスにサルネ村から到着したことを伝えないといけないでしょ。さあ、早く行って来て」
エルサはアヴァンの肩を叩き、テントの方へアヴァンを押し出した。
テントの周りでは先に到着した他の村の代表者達で賑わっていた。
「俺からの授業はここまでだ。あとはお母さんが教えてくれるぞ」
アヴァンはそう言って行商人の待つテントへ小走りで向かっていった。
「あの、一番身体の大きい人は?」
テラは傭兵隊を見つめながら母に訊ねる。屈強な傭兵隊の中でも、頭ひとつ抜きん出た体格をしており、一際強そうな男の人がいる。その腕には数本の傷跡が走っている。
「ああ、あの人は傭兵隊長のジェイスよ。腕のいい傭兵で、確か…イルス王国の武闘大会にも出場したこともあるそうよ!」
やっぱり、強い人なんだ……。なんか怖いな……。
ジェイスの横に小さな影が見えた。どうやら、テラと同い年くらいの少年だ。金色のまっすぐな髪に、陶器のような滑らかな白い肌。栗色の瞳は長いまつ毛で縁取られている。きれいな顔……。その少年は傭兵たちの騒がしい笑いに合わせて笑みを浮かべる。あんな怖い人たちの中に入っていてすごいなぁ。
「あら、あの子が気になるの?」
エルサが目ざとく気が付き言った。
「えっ……、そ、そんなことないよ!!」
テラは恥ずかしそうに頬を紅くする。
「もうそんな年なのねぇ。お父さん、悲しむだろうなぁ……」
エルサはひとりつぶやく。
「ん??何か言った?」
テラはエルサの顔を下から覗き込む。
「ううん、なんでもないわ」
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