【1-31】 老獪――戦場の呼吸を読んで 下

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330660761303801

【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

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 帝国暦384年10月下旬、ズフタフ=アトロン大将率いる帝国軍後詰は、ヴァーガル河の手前20キロの地点にさしかかった。


【10月26日8時】ヴァーガル河の戦い 地図①

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668835049580



 河畔には、先の戦闘でブレギア軍に敗北を喫した味方が留まっている。親鳥を求めるひなのように打ち震え、一刻も早い来援を求めてきた。


 しかし、この老練な将軍は、すぐに合流することを避けた。初戦に勝利し士気高まる騎馬民族と、真正面からぶつかることを避けたのである。


 帝国軍の後詰は、見かけこそ大軍であるものの、その多くが募兵したばかりのであることを、彼は心得ていた。



 アトロンの目論見は的中した。後詰を遠方に布陣させることで、見事にブレギア軍の熱気をなすことに成功したのである。


【1-18】 形勢逆転 上

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330661504959713



 もう大丈夫と言わんばかりに、を河畔に残してきびすを返した。


【11月5日23時】ヴァーガル河の戦い 地図②

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 を求めて鳴かなくなっていた。この先の展望――が舞い戻って来たあと、の振舞うべき方法について、書状をもって言い含めておいたからだ。



 帝国軍後詰が旧都に引き揚げた――と、ブレギア軍首脳部は信じた。


 アトロンは、頃合いを見計らって進路を南へと改めた。帝国軍後詰は、夜陰に紛れての迂回に成功する。


【11月6日3時】ヴァーガル河の戦い 地図③

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 月齢を計算した上での行動である。幸運にも夜空を覆う雲は厚みをなし、星々の姿も隠していた。


 周囲は完全な闇である。


 この日は3メートル先も見えず、事前に木々へ結びつけておいた目印を、先行隊は危うく見落とすところであった。


 将兵にはいかなる発声も禁じ、馬には枚(ばい)を噛ませて進んでいる。しかし、人間のしわぶきや、馬匹の鼻鳴りまでは皆無にできない。


 ブレギアの斥候騎兵に追尾されていないか――帝国将校にとって、気が気ではない暗夜行軍が続いた。


【1-23】 闇夜の行軍

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 作戦行動を秘匿ひとくするため、この間、各国の新聞記者や観戦武官は戦地から遠ざけられた。そのため、アトロンが急ごしらえの軍隊に夜行軍を成功させたという驚嘆すべき事実は、周知されずに終わる。



 こうして、ヴァーガル河下流に回り込んだ帝国軍後詰は、備えの薄かったブレギア軍最左翼を急襲したのである。


【11月8日5時】ヴァーガル河の戦い 地図④

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 形勢判断が「帝国優勢」となりながらも、アトロンはすぐにヴァーガル河を越えようとしなかった。


 数日間、舟筏ふないかだこしらえて過ごし、河辺を霧が包み始めた頃合いをもって、それらを一気に漕ぎ出させたのである。



 ブ軍左翼のブイク・ナトフランタル両将軍による反撃に、序盤こそ大きな損害を計上したが、アトロンが渡河を敢行させた軍勢は5万にも及んだ。


【11月10日6時】ヴァーガル河の戦い 地図⑤

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330669274412940



 数の多さに油断することなく、帝国軍は徐々にブレギア両宿将の部隊を弱らせていった。むしろ慎重過ぎるきらいこそ見せながら。


 だが、ブレギアの宿将たちとの戦いは、あくまでも作戦の一過程に過ぎない。


 河畔の敗残兵に帝国軍本軍を釘付けにさせると同時に、制圧した最左翼を起点に一挙に対岸を北上――ブレギア本軍へ側面から決戦を挑む。



 アトロンの描いたシナリオは、仕上げに差し掛かろうとしていた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


地味だけど優秀なアトロン老将が好きな方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


アトロンが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「遠雷 上」お楽しみに。


帝国軍総指揮官・ズフタフ=アトロン大将の起床時間は早い。毎日夜明け前には身支度を整えている。


この日も、軍服を襟元まできちんと締め、軍支給のパンだけという簡素な朝食をもそもそと食べ終えている。食後は、角砂糖を1つだけ沈めた珈琲を口に運びつつ、書物に目を通していた。


11月14日、対岸の異変に帝国総指揮所で最初に気がついたのは、この早起きの老大将であった。

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