青年と狼
蒼(あおい)
青年と狼
―とある森を訪れているライ。
ライ:…いつ振りだろうな。この森に入るのも。
ライ:(М)村が狼に襲われた一件があってから、俺はアイツと会っていない。
ライ:(М)…というか、会いに行く事すら、村の人達が許さなかった。
ライ:(М)『狼は恐ろしい生き物なんだ。人間を襲うバケモノなんだ。』と…。
ライ:(М)クロワール…クロの存在すらも否定するような言い方に、俺は、とても悔しい思いをしながら、その時が来るまで我慢をしていた。
ライ:(М)『成人の儀』が行われる、その日まで……
ライ:アイツはそんな奴なんかじゃないのに…。
―日も傾き始め、森の中が暗闇に染まり始める。
―すると、草むらがガサガサと揺れる。
ライ:……!?
―草むらから兎が飛び出してくる。
ライ:なんだ、兎かぁ…。
―兎の後から、大きな影が、ライに襲い掛かってくる。
ライ:うわっ……!?
―ライ、狼に押し倒され、体勢を崩す。
―狼は、ライに牙を向け、唸り声をあげている。
ライ:…っ!くそっ!離せ…!
ライ:俺は、アイツに会いに来たのに…!
―ライ、狼の脇腹部分に、傷痕がある事に気づく。
ライ:この傷……
ライ:お前、もしかして…クロ?
―狼が、ピクッとライの声に反応する。
クロ:………
クロ:…ライ?
ライ:…!やっぱりそうだ!お前、クロだろ?!
クロ:何で、ライ…お前がこんな所にいるんだ…?!
クロ:こんな、森の奥になんか…
ライ:クロを探しに来たんだよ!やっと会えた…
クロ:俺を探しに?
ライ:そうだよ
クロ:村はどうしたんだ?
クロ:まさか…また……
ライ:嘘ついて追い出された訳じゃないよ。もうそんな子供じゃないんだから。
ライ:成人の儀も終えて、立派な大人だよ。
クロ:…大人、ねぇ……?
ライ:なんだよ?
クロ:その割には、あんまり変わっていなさそうだけどな。
クロ:身体が大きくなっただけで、中身はあの頃のままだろ?
ライ:…?!そんなことないし!
クロ:そうやって、ムキになる所。どう見ても子供だろうが。
ライ:そ、そういうクロこそ、見ない間にだいぶ老けたんじゃない?
クロ:なっ…!?
ライ:爺ちゃんになった?
クロ:ジジイ言うなっ!そこまで老けてねーよ!
ライ:そう?
クロ:……お前の喉元、噛み千切ってやろうか?
ライ:ふふっ……
クロ:…?なんだよ?
ライ:いや?そのセリフ、前にも聞いた事あったなぁ…って思ってさ。
クロ:あぁ、あの時か。
ライ:懐かしいなぁ……
クロ:……なぁ、ライ。
ライ:何?クロ。
クロ:お前……本当に、ここに何しに来たんだ?
ライ:言っただろ?クロを探しに来たって。
ライ:…お前に会いに来たんだよ。
クロ:村はいいのか…?
ライ:うん。
ライ:俺の村は、『成人の儀』を終えたら、立派な大人として認められる。
ライ:その後は、村に残って家業を継ぐ奴もいるし、村を出て、別の場所で何かをする奴もいるし、自由になるんだ。
クロ:へぇ…
ライ:だから俺は、この日が来るのを、ずっと待ってたんだ。
クロ:待ってた?
ライ:そう…待ってた……
クロ:………。そうか。
ライ:クロは?
クロ:うん?
ライ:クロは『あの日』以来、何してたの?
クロ:傷が癒えるまで、暫くは大人しくしてたかな。
クロ:その後は、生きる為に『狼らしい』生活をしてたよ。
ライ:そっか…
クロ:あぁ…
ライ:人間の事、嫌いになった…?
クロ:…?何で?
ライ:いや、だって…体を張って、俺の村を守ってくれたのに、あんな事……
クロ:………。
クロ:嫌いには、なってねーよ。ただ…
ライ:ただ?
クロ:諦めた…かな。
ライ:諦めた…?
クロ:人間と仲良くなる事。
クロ:…やっぱり、昔から深く根付いた印象は、そう簡単には覆せない。
クロ:人間にとって、狼は、悪者…バケモノなんだよ。
クロ:それを、あの時、痛い程思い知らされた…。
クロ:あの時感じた人間の視線や恐怖、怒りが……『怖い』とまで感じる程にな。
ライ:………。
クロ:だから、もういいんだ。
クロ:そういった意味では、お前は変わり者なんだよ。ライ。
ライ:俺…?
クロ:だってそうだろう?他人から見たら、俺達は『決してありえない関係』なんだから…。
クロ:十分変わり者だろう?
ライ:そう、かもね…。
ライ:あの頃の俺は、嘘をつく事でしか、村の人達と関わる事が出来なかった。
ライ:子供ながらに、俺の存在を認知して欲しかった…のかもね。
ライ:逆効果だったけれど…。
クロ:そりゃあな。
ライ:でも、そのお陰で、森でクロに出会えたんだ。
ライ:俺を認めてくれる奴に出会えたんだ…。
クロ:……狼だぞ?
ライ:知ってるよ。それでも…嬉しかったんだ。
クロ:………。
ライ:単純に嬉しかったんだよ。クロと一緒に過ごす時間も、凄く、楽しかった。
ライ:でも、村の人達は、クロを認めてはくれなかった…。
ライ:俺の大事な友達だったのに…!
クロ:ライ……
ライ:凄く悔しかった…!狼ってだけで、『恐ろしい生き物』『バケモノ』って一緒にされてしまう事が…!
ライ:クロは…クロはそんな奴なんかじゃないのに……!
クロ:もういいよ。
クロ:お前が、俺の為にそんな顔しなくていい。
クロ:感情剥き出しにして…泣いてんだか、怒ってんだか…。
ライ:…っ、だって……
クロ:ありがとうな。お前だけでも、俺の事、理解してくれて嬉しいよ。
クロ:俺と出会ってくれて、友達になってくれて、ありがとうな。
ライ:…っ、なん、何で、これでサヨナラみたいな言い方するのさ。
ライ:勝手に話進めないでよね……!
ライ:そんな事を伝えに来た訳じゃないんだから…!
クロ:…?どういう事だ?
―ライ、深呼吸をして真剣な表情をする。
ライ:俺、『人間』を辞めに来たんだ。
クロ:………は?!
ライ:だから、人間を辞めるんだよ。
クロ:お前、自分が何言ってるか、分かってるか?!
クロ:いや、違う。俺が理解に追いつかない。
クロ:『人間』を辞める…?!
クロ:一体どういう事だ?!
ライ:そのままの意味だよ。
ライ:『人間』を辞めて、『狼』になる。
クロ:(溜息)……俺は悪い夢でも見てるのか?
ライ:現実だよ?
クロ:分かってるわ!何でそんな奇天烈な言葉が出てくるんだって話だよ!
ライ:もう、俺は大人として認められたんだ。
ライ:何をしても、それは自分自身の責任だ。
クロ:そりゃあ、そうだろうけど……
ライ:人間でも、狼でも、選択する自由はある。
ライ:『進化』があるなら、『退化』を選択しても、別に良いだろう?
ライ:これは、俺自身が決めた選択だ。
クロ:………。
クロ:お前の言いたい事は分かった。
クロ:いや、正直、理解したくないが…
クロ:狼になるってことは……俺と一緒にこの森で生きていく、って事か?
ライ:うん。
クロ:二足歩行が、四足歩行になって?
ライ:一緒に走れるまで時間掛かるだろうけど、置いて行かないでね?
クロ:狩りもして?
ライ:視力と聴力鍛えないとだね。
クロ:肉を喰らうのか…?
ライ:爪は勝手に伸びてくるし、良い感じに鋭く出来ると思うよ?生肉は、未知の味だね…頑張るよ!
クロ:頑張るところ、違うだろうが……。
クロ:(溜息)本当にそれで良いのか?
ライ:もう、決めたんだ。
クロ:他の人間達に奇異な眼で見られるぞ?絶対。
クロ:一時の気の迷いとかじゃないのか…?
クロ:お前は人間で、俺は狼だ。それはどうやったって覆せない事実だ。
ライ:………。
ライ:知ってるよ。
クロ:なら……
ライ:クロはさ、知ってる…?
クロ:…何を?
ライ:狼に育てられた、少年の話。
クロ:いや?聞いた事ないけど。そんな話、本当にあるのか?
ライ:あるよ。狼以外にも、猿やダチョウなんかに育てられた少年や少女がいるって言う話もある。
クロ:へぇ…
ライ:何でそんな話があると思う?
クロ:さぁ?
ライ:人間が自分の都合で子供を森に捨てるからさ…
クロ:…?!
ライ:金銭的な問題もあったりするんだろうけど、虐待だったり…捨てる理由は色々さ。
ライ:その少年少女たちは、一度、捨てられているんだ。
ライ:それを救ってくれたのが、たまたま、そういう感情を持ってくれたかは分からないけど、
ライ:奇跡的に森の動物達に救われた。生きることを、教えられた。
ライ:そりゃあ、『人間らしく』は成長しないけど、でも、生きてるんだ。
クロ:そうだな…
ライ:そうして、数年後に森を訪れた人間に発見されて、保護される。
クロ:保護されたんなら、良かったじゃないか。
ライ:本当に……?
クロ:え…?
ライ:本当に、その少年少女たちは、保護される事を『望んでいた』のかな?
クロ:それって…どういう事だ?
ライ:人間の…自分たちのエゴを正当化して、押し付けて……
ライ:助けられたっていう美談なのかもしれないけれど、
ライ:それは、本人達が望んだ『結末』なのかな…?
クロ:………。
クロ:その後、その保護されたって奴等はどうなったんだ?
ライ:人間らしさを『強制』されて、世間に馴染む努力をさせられた。
ライ:それで大人になった子もいるらしいけど…
クロ:けど…?
ライ:大概が死んでいるよ。
クロ:……!?
ライ:『自由』って、何なんだろうね…?
クロ:………。
クロ:それが、お前の奇天烈じみた言動のきっかけ…なのか?
クロ:『人間』を辞める、っていう……。
ライ:…まぁ、そういう事。
クロ:(溜息)分かったよ。
ライ:クロ…?
クロ:それがお前の覚悟なんだろう?
クロ:なら、俺も覚悟決めなきゃならないだろうが。
クロ:全く…厄介な奴と友達になっちまったもんだ。
ライ:それって…
クロ:言っておくが、狼として生きるって事は、獣の…バケモノの道を歩むって事だ。
クロ:弱肉強食…弱い奴が死に、強い奴が生き残る……そういう世界だ。
ライ:…うん。
クロ:常に生死と隣り合わせだ。
ライ:…うん。
クロ:俺の教えは、そんなに甘くないからな。今から覚悟しておけよ?
クロ:後で泣きついても、文句言うんじゃねーぞ?
ライ:泣かないよ。もう子供じゃないんだから。
クロ:ふんっ…どうだかな。さっきまで感情剥き出しで面白い顔してた奴が言うことかねぇ?
ライ:…?!そ、そんな顔してないし!
クロ:いいや、してたね。表情筋が迷子だったぜ?
ライ:そんなことないし!
クロ:今も面白い顔になってるぞ…?
ライ:もうっ…!クロに嚙みついてやるぞ…!
クロ:ハハッ…!やれるもんならな……!
クロ:(М)これは、少年が青年となって森で出会った狼と再会し、共に森で生きていく…
クロ:(М)『進化』ではなく、『退化』の道を選択した、一人の青年と
ライ:(М)人間と仲良くなる事を夢みていた狼が、とある村での事件をキッカケに
ライ:(М)諦めてしまった後(のち)、種族を越えて同じ道を歩むと決めた一匹の狼の…
クロ:(М)そんな、ふたりの、お話―。
― fin. ―
青年と狼 蒼(あおい) @aoi_voice
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます