犬の世界 5人バージョン 5人用台本

ちぃねぇ

第1話 犬の世界

ジョン:いいかお前ら、俺達は箱庭の鳥だ。自由なように見せかけて実は外の世界に出ることを制限された可哀そうな生き物だ

タッキー:俺たち犬だよ?

ジョン:そこは比喩だよ

タッキー:比喩使う意味あった?

ヒナ:つっこんじゃだめだよお父さん。おやっさんはもう歳なんだから

神楽:そうよ、ボケが始まってんのよ、ボケが

ジョン:誰がボケたって?

神楽:あら、まだ耳はいいのね

ジョン:まだもなにも!俺は十分若いだろうが!

マナ:おやっさん、今年いくつだっけ?

ジョン:ピチピチの8歳だが?

タッキー:バリバリのシニア世代じゃん

マナ:もう還暦?

ジョン:人間の歳に置き換えるんじゃない!

ヒナ:それで?おやっさんは今の生活に不満があるの?

神楽:信じらんない。あんなに拓也君に愛されてどんな不満があるって言うのよ

ジョン:不満だらけだ

タッキー:どこが

ジョン:まず第一に!散歩が短い!

タッキー:えー?

ヒナ:そうかなぁ?私むしろ、長すぎるくらいだと思うんだけど

マナ:そうねぇ

ジョン:小型犬のお前らにはわかるまい…ドーベルマンが!一日30分の散歩で納得するわけなかろうが!

ジョン:大体にして俺の次に飼う犬がチワワって!なんでだよ!しかも雄!なんでだよ!俺の嫁さん候補とか飼えよ!

タッキー:えぇ~?おやっさん、俺のことそんな風に受け入れたの?ショックなんだけどー

神楽:ちょっと!いくらあたしが可愛らしい雌だからって、飛び掛かってきたら容赦しないわよ!あたしは拓也君以外とキスしたりしないんだから!

ヒナ:神楽はホントに拓也君が好きだねぇ

神楽:当たり前じゃない!拓也君の「おいでー」っていうあの優しい声!あぁぁ!早く帰ってこないかなぁ~

タッキー:あと、おやっさんがモテないのは飼育環境のせいじゃないと思うよ?だってガールフレンドなら散歩中にいくらでも作れるわけだし

神楽:あんたはチャラいのよ。あんた今ポメとチワワと…あとゴールデンレトリバーと仲いいんだっけ?体格差えげつないわよ

タッキー:犬種なんか関係ないよ、かわいこちゃんとはもれなく全員お付き合いしたいもん。ああでも…一番大好きなのはマナだからね

マナ:ふふっ。知ってるわよ

ジョン:黙れタッキー!滅べリア獣!大体、なんでお前だけ同じ犬種の雌あてがってもらえてんだよ!ずりぃじゃねぇか!

タッキー:それは運がよかったとしか言えないね。…まぁ、もしマナが他の家の犬だったとしても結ばれる運命だったと思うけど

マナ:まぁ

ジョン:見せつけてんじゃねぇ!

ヒナ:おやっさん、涙拭く?

ジョン:泣いてねぇよ!拭かねぇよ!…タッキー!お前、自分がちょーっとコミュニケーション能力高いからって威張ってんじゃねぇぞ!

タッキー:別にそんなつもりはないけど

神楽:おやっさんって他の雌に会うと「あ…こんにちわ…いい天気っすね」ってそればっかりだもんね。どもるし。天気の話で話が広がると本気で思ってる?

ヒナ:神楽、おやっさんはコミュ障なんだから。そんなに言ったら可哀そうだよ

ジョン:お前が一番ひでぇよヒナ!

タッキー:それに、おやっさんもう歳なんだから30分の散歩時間って適切なんじゃない?

マナ:そういえばこの間、少し息切れしてなかった?

ジョン:す、するわけないだろう!ドーベルマンだぞ俺は!な、何言ってんだぁっ!?

タッキー:怪しい

マナ:怪しいわね

ヒナ:お父さん、お母さん。会話には逃げ道作ってあげないと。おやっさん涙目になってるよ

タッキー:お前はホントにしっかり者に育ったな。流石マナの遺伝子だ

マナ:やだ、タッキーったら

ジョン:誰が涙目じゃぁぁ!隙あらば惚気んじゃねぇぇぇ!!それに!第二の不満!飼い主の俺達に対する理解力の無さ!俺はもう我慢ならない!

タッキー:話変えた

マナ:変えたわね

ヒナ:つっついちゃだめだよ

神楽:この親子怖えな

ジョン:俺がいくら吠えたって「いい子だから静かにしてね~」って受け流すあの態度!そうじゃない、そうじゃないだろう!

ジョン:俺は、お前の服が裏表逆だから教えてやってるのに!いい子だから教えてやってるのに!気づけよ!その左側にあるタグになんで気づかねぇんだよ!

神楽:拓也君、抜けてるとこあるからなぁ。そういうとこも可愛いんだけど

ヒナ:神楽にとっては、拓也君は何しても可愛い存在だもんね

神楽:うん!

タッキー:そういう時は服のタグで遊べばいいじゃん。そのうち気づいてくれるよ?

神楽:そうよ!大体、人間に犬語がわかるわけないじゃんね。吠えてうるさいって怒られるのがオチよ

タッキー:おやっさんは人間に多くを求めすぎなんだよ。もともと違う種族なんだから、分かち合えない部分だってあるよそりゃ

マナ:おやっさん、8年も生きてきてまだ適応できてないのは…正直どうかと思うのよ?

神楽:あたしまだこのおうちに来て3年だけど、コミュニケーション能力に関しておやっさんに負ける気しないわ。対人でも対犬でもね

ヒナ:みんな、そんなに言ったらおやっさんの心が折れちゃうよ!

ジョン:うるせぇ!黙れ!!だ、第三の不満だ!これはもう重罪だ!心して聞け

タッキー:また変えた

マナ:変えたわね

ヒナ:もう!おやっさんは老犬なんだよ?老犬なんだからもっと労わろうよ

ジョン:だからお前が一番ひでぇんだよヒナァァ!!老犬老犬連呼すんじゃねぇぇぇ!!

神楽:んで?不満って何さ?

ジョン:あいつら!俺たちを虐待するじゃないか!

タッキー:…虐待?

神楽:いつ?

マナ:ヒナ、覚えある?

ヒナ:ええ?ないよっ!

ジョン:この間も!俺がいるのに気づかずに扉閉めてベランダに放置して!

タッキー:…ああ。掃除機の音にビビったおやっさんがカーテンの隙間から脱走したあれか

ジョン:ビビったんじゃない!驚いただけだ!

神楽:どっちも一緒でしょ。…まさかカーテンすり抜けてベランダに出てるなんて、あたし達ですら気づかなかったわよ

ジョン:おかげで俺は熱中症になりかけたんだぞ!

タッキー:自分で勝手に逃げたくせに

神楽:10分で熱中症とか…ダッサ

ヒナ:そんなに責めたら可哀そうだよ、おやっさんは歳なんだから

ジョン:ヒナァァ!

マナ:この子、自分が一番おやっさんを抉ってるって自覚無いのかしら

タッキー:誰にも物おじしないいい子に育ったなぁ。流石マナのDNA

マナ:やだ、タッキーったら

ジョン:そこぉ!隙あらばいちゃつくんじゃねぇぇ!

神楽:おやっさんは、あの時拓也君がどれだけおやっさんのこと探したか知らないの?あんなに心配させておいて…

ジョン:う…うるさいっ!!とにかく俺はもうこんな生活は嫌なんだ!

神楽:なによ、じゃあ家出でもするつもり?

タッキー:こんな炎天下の中?10分外にいただけで熱中症になりかけたおやっさんが?

ヒナ:おやっさん!もう無理しちゃダメだよ、若くないんだから

ジョン:だからお前が一番殺傷能力高けぇんだよ!………大体っ!お前らも虐待を受けてるじゃないか!

タッキー:ええ?

神楽:だからいつよ

ジョン:ついこの間も!タッキー、お前拓也に尻尾踏まれて「ギャン」って叫んでいただろう

タッキー:あ~…まあそんなこともあったような

ジョン:神楽だって!ブラッシングが強すぎて逃げ出したじゃないか

神楽:あ、あれはたまたまブラシに毛が絡まっただけで

ジョン:ヒナだって!俺の餌と間違えられてしょんぼりしてたじゃないか!

ヒナ:シニア用の餌ってあんなに味が薄いんだね…あれが数年後の私たちのご飯だと思うと…泣けて来ちゃったよ

マナ:そうねぇ…私たちも昔よりは薄味になってきたからねぇ

タッキー:仕方ないさ。その分ジャーキーを沢山もらえるよう愛嬌をふりまいておこうぜ

神楽:あたし、毛が絡んだくらいで拓也君のこと嫌いになるとかあり得ないんだけど!

ジョン:は!お前はかわいそうなやつだな?神楽

神楽:なによ、どういう意味よ

ジョン:お前が拓也を好き好き言ってても、拓也がそれに応えることなんかねぇんだよ

神楽:はぁ!?毎日毎日「可愛いね、大好きだよ」って笑ってくれてるのよ!?愛されてるに決まってんじゃない!

ジョン:お前、知らねぇんだろ?拓也が小学校で…彼女作ったってことをよ!

神楽:な……なんですってぇぇぇぇ!?

ジョン:あいつ、俺と一番付き合いが長いからな~「ジョン聞いて!僕ね…今日2組の沙耶香ちゃんに告白されちゃったんだ。付き合うことになったんだよ!」って嬉しそうに報告してくれたな~

神楽:なっ…なぁっ!?

タッキー:あ、沙耶香ちゃんと拓也君、ついに付き合ったんだ。まあ遅かれ早かれくっつくとは思ってたけど

神楽:はぁぁ!?ちょっとタッキー!誰よ沙耶香って!あんた知ってんの!?どこの女よぉぉ!!

タッキー:ほら、俺のガールフレンドのゴールデンレトリバーの飼い主だよ

神楽:はぁぁぁ!?

マナ:もうタッキーはホントに…気が多いんだから

タッキー:あれ、もしかして妬いてる?

マナ:ふふっ。それでも私が一番なんでしょう?

タッキー:マナのそういうとこ、大好きだよ

神楽:ちょっとタッキー!いちゃついてないでその沙耶香って女のところ連れて行きなさいよっ

ヒナ:神楽、落ち着いて!大体、会ってどうするのさ?

神楽:そんなもん……焼き入れてやんだよ。他人の男に手ぇ出した落とし前、しっかりつけてもらおうじゃねぇかぁ!

ヒナ:神楽落ち着いて!拓也君はもともと神楽の男じゃないよ!

神楽:はぁぁぁ!?

マナ:この子の煽りスキル、ほんとに私の遺伝子?

タッキー:ああ、間違いなく君の遺伝子だよ

マナ:そうかしら…?

ヒナ:神楽!

タッキー:…マナ、そろそろ止めてあげたほうがいいかもね

マナ:そう?そうねぇ……。…神楽

神楽:なにさっ!

マナ:神楽、聞いて?拓也君は今何年生?

神楽:はぁ?何突然

マナ:拓也君は小学4年生。たったの10歳なの。私たちの世界じゃ、たったの半年なのよ?そんな生まれたての子が、好きだの愛してるだの…続くと思う?

神楽:え…

マナ:今は仲が良くても、いずれ沙耶香ちゃんと喧嘩するかもしれない。別れるかもしれない。そんな時、傷ついた拓也君に寄り添えるのは私たちだけだと思わない?

神楽:あ…

マナ:沙耶香ちゃんは所詮、他所の人よ。このお家で食べるときも寝るときも一緒に過ごしているのはだぁれ?沙耶香ちゃんにそんなことできる?

神楽:ああ…

マナ:学校で嫌なことがあった時、慰めてあげられるのはだぁれ?拓也君が「大好きだよ」って頭を撫でるのはだぁれ?

神楽:そんなの……あたしに決まってるわっ!!

マナ:そうよ。彼の癒しになるのはあなたよ。他所の女に喧嘩売って「なんてことするんだ!」って拓也君に叱られるより、他所の女にすら笑ってやって「ほんとに可愛いね」って拓也君に褒められた方がお得よ

神楽:マナ……!!あたし、間違ってた!!

マナ:ふふっ、分かってくれて嬉しい

ヒナ:さすがお母さん

タッキー:やっぱりマナは最強だなぁ

ジョン:な、なんだよ!なんだよ……お前ら結局人間に歯向かわねぇのかよ…


0:尻尾を丸め不貞腐れるジョンを見ていたタッキー、ふと言葉を漏らす。


タッキー:……まあ確かに、おやっさんの不満もわからないではない

ジョン:え?

マナ:…タッキー?

ヒナ:お父さん?

タッキー:おやつを忘れることもあるし、餌の買い置きを切らすこともある。…彼らも完璧じゃないからね。物言いたくなる時もなくはないよ

ジョン:タ…タッキー…

タッキー:上手く意思疎通がはかれなくて、もどかしい思いをしたことも何度もある。…だよね、おやっさん

ジョン:お前っ!お前ってやつはぁ!そうだよ!お前ならわかってくれると思ってたんだよ……!

タッキー:おやっさんはそう言う小さな不満を、ちょっと大げさに誇張(こちょう)しただけなんでしょ?

ジョン:そうなんだ!そうなんだよ!俺が言いたかったのはそういう事なんだよ!

タッキー:それで?不満を持っているおやっさんは、具体的に一体何をするつもりだったの?お気に入りのソファをめためたに引き裂くとか?

ジョン:そ、そこまで怖いことは考えてなかったよ…ただちょっと…奴らにほんのちょっとだけでも反省してもらおうかと…

マナ:反省?

タッキー:具体的には何をどうするつもりだったの?

ジョン:た、例えば…わざと餌を食べ残して心配をかける、とか

神楽:はぁ?バカじゃないの?そんなことすれば

タッキー:…いいねそれ

ヒナ:お父さん?

タッキー:おやっさん、ナイスな考えだよ!さすがドーベルマン!いやぁ、俺には全然思いつかなかった斬新(ざんしん)なアイディアだよ!すごいよおやっさん!

ジョン:え?そ、そうか?

タッキー:うんうん、すごいよ!きっと拓也君もお母さんも慌てふためいて「この間熱中症になりかけたせいだわ、私のせいだわ」っておやっさんのこと、ものすごく心配してくれるはずだよ!

ジョン:そ…そうだろう!?お前もそう思うだろう!?

タッキー:うんうん!早速今日からご飯を食べ残してみなよ!善は急げって言うしさ!

ジョン:わ、わかった!俺はやるぜ!やってやるぜ!


0:意気込むジョン退場。


神楽:ちょっとタッキー、あんたなんであんなこと言ったのよ。ご飯をわざと食べ残すなんて…そんなことしたら…

タッキー:俺ね、ちょっと本気で怒ってるんだよねぇ。あんなに愛されてるのにそれを当たり前だと思ってるおやっさんの態度。飼い主に巡り合って大事にしてもらえるって相当レアで幸せなことなのにさ

神楽:あんたまさか、わざと?

タッキー:ふふっ…ちょっと、お灸を添(す)えてあげようかなって

ヒナ:ねえ、お母さん?なんかお父さん、黒い笑顔…してない?

マナ:やっぱり、ヒナの性格はお父さん似だと思うのよねぇ…


0:数日後。(タッキー役の方拓也を、ヒナ役の方母を兼ねてください)


拓也:お母さん!絶対変だって!ジョンのやつ、もう三日もご飯を残してるんだ!あんなに食いしん坊のジョンが!ジョンがぁ!

母:そうね、一度病院に連れて行きましょう。拓也、ジョンの確保お願い

拓也:任せて!ほぅらジョン、リードだよぉ、散歩行こうね、散歩~

ジョン:わん!

神楽:あーあ…ご愁傷様

タッキー:いってらっしゃい、おやっさん(すごくいい笑顔)

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