第2話 黒い粉と禁忌
この世界に住まうとても偉い誰かが考えた。
火薬を使った兵器がこんな悲惨な戦争を齎した。
銃弾が人の体を貫き、砲弾が御し難い冒涜的な挽肉を生産する。
こんな事を繰り返さない為に、今後この世界で火薬は一切使うことを禁じよう、と。
また別の偉い誰かが考えた。
人々が魔術の道を探求し過ぎたが為に、魔獣などという生命の理を外れた歪な人類の敵を生み出してしまったのだ。
人間が神秘の領域を侵してはならない、魔術もまた禁じられるべきだ。
そう言った。
電気も。
蒸気も。
全てを捨てて、退化した果ての人類が今、ここにいる。
==========
「死体は、これで最後か」
「こんな幼い女の子まで…」
城塞都市、「ヴィエラン・ケール」の城壁が破られた事件から一週間。
数万体の魔獣の侵入による死者数は市民総数の2割近くにまで達しており、人民軍と騎士団は今も尚食い殺された、或いは拡散種によって魔獣に変異し同胞に葬られた人々の死体の処理に追われている。
そんな彼らの内の何人かが、ある町外れの森の中で一人の少女の死体を見つけた。
額には2つの風穴が、後頭部は地面に叩き付けたスイカのようにぱっくりと割れて中身が飛び散って木の幹にこびり付いてしまっている。
彼らは飛び散ったそのピンク色の何かから目を逸らしながら少女の死体を優しく持ち上げる。
「にしても変わった死に方だな。噛み傷は兎も角、頭に何かを撃ち込まれたような…」
「見ろ。あそこの大木、根元から吹っ飛んでやがる」
「いったいどんな攻撃をしたらこんな威力が…」
「心当たりは…一人だけいるな」
騎士団の団員の一人が暗闇に包まれた森の奥を睨みながら呟くように言った。
「何だって?」
「大隊長から聞いた事がある。この森の奥に、禁忌を犯して追放された一人の男がいると」
「禁忌を…という事はこれは…」
「十中八九魔術か、燃える砂の力だろう」
森の奥からは何の気配も感じない。
僻地であり人が集まる理由も無いから。
しかし、この惨状が彼の言う禁忌を犯した者の存在を証明する根拠となっていた。
「森の中に侵入したのは全部で34体って所か」
「それをたった一人で……?馬鹿な……」
森の中に横たわる34体、大小様々な魔獣の死体。
体に大穴を穿たれた者もいれば、半身を両断された者もいる。
両断された魔獣は断面が不自然な程に整っており、それが彼らの目に付く。
「名匠の鍛えた名剣とて、ここまで綺麗にバッサリは無理だな」
外骨格や中の骨すら砕けること無く肉体と共に断ち切られ、転がり落ちている。
「火薬の使い手にして剣の達人、か」
「もし本当にいるにしたって政府は何故こんな僻地に野放しにしてるんだ。禁忌を犯すなんて即刻処刑モンだろ」
「さあな、それよりさっさと片付けて次の場所行くぞ」
==========
それから更に2週間の時が経ち、状況も大分落ち着いてきた頃、森の中に立ち入る者達がいた。
獣道にも等しい荒れた林道を歩くのは、完全武装の騎兵数人と彼らに守られているこのような森とは不釣り合いなドレスに身を包んだ一人の女性。
誰も立ち入ることの無い森の奥深くに彼女達の目指す場所はあった。
「ここがあのフェヌカが遺した工房にして……」
森の奥に佇む大きな一軒の廃墟を見つけると彼女は歩みを速める。
「……これから我々が世界の命運を押し付ける男の住処」
ヴィエラン・ケール政府を率いる国王。
その子女たる彼女、「リーンバック・ヴィエラン」が廃墟の扉を叩けば、彼はすぐそこにいた。
「手紙で指定された通りの時間に来ました。今度こそ、我々の話を聞いて下さるのですね」
リーンバックは目の前にいる小柄なボロ布に身を包んだ男と目を合わせる。
「禁忌の使い手、ニグル・パルヴァー」
ニグル、と呼ばれた男はリーンバックの言葉に僅かに鼻を鳴らす。
「禁忌フルコンプした俺なんかに世界を救え、とか世も末だな」
「ええ正に、言葉通り世も末ですね」
リーンバックは彼女が送ってきた手紙の内容を鼻で笑った二グルに対し、微笑みながら皮肉を放つ。
「誰もが……私でさえも踏み出せずにいる人類救済への一歩……」
「…それを、貴方に踏み出して頂きたく馳せ参じました」
「俺に選択肢は?」
「ありません、と言うよりかはこれを拒めば数年後か数か月、或いは数週間後に貴方は我々と滅びの運命を共にして頂くことになるでしょう」
彼女の口調から本当に切羽詰まっている状況なのだと察した彼は少しの間目を閉じ、考える。
そして答えはすぐに出た。
「お断りだ、お前らが滅ぼうと壁外にはここと同じようなコミュニティが掃いて捨てるほどある。バッタみてえに住処を変えるだけのことだ」
ニグルの返事は明確な拒絶。
以前からリーンバックとは手紙でやり取りをしていたが、その手紙から人類の救済に見合う報酬を彼らが用意できないほどにどん詰まりだと知っていた彼が断わるのも当然だった。
単純に政府の連中と関わりを持ちたくなかったというのもあるが。
彼の言った通り、このヴィエラン・ケールが滅べば次の人類のコミュニティに潜り込めばいいだけの事。
少なくとも彼にはそれを成せるだけの力がある。
「……ハア、そう来るとは思っていましたよ。だから用意はもう済ませてあります」
「用意、ねえ?」
その瞬間、ニグルの頭上から5人の兵士が襲い掛かった。
真下に向かって突き立てられた長剣を、回し蹴りで軌道を逸らしバランスを崩した一人の兵士の首を腰の鞘から抜き放った片手剣で刎ねた。
瞬きした時には首無しの死体が大きな音を立てて地面に激突した。
他の4人は瞬時にニグルを包囲し、睨み付けながら様子を伺っている。
比較的軽装に身を包み、身のこなしの良さから騎士団の中でも精鋭であることが見て取れる。
「シェシク、拘束しなさい」
「はっ」
そんな中、リーンバックの背後に控えていた団員が右手をニグルに向け構える。
すると、ニグルの周りを紫色の粒子が舞い始める。
明らかに拘束術式、魔術だった。
「
団員が術式を発動させるための詠唱を終えようとした時、大きな爆発音が森の中に響き渡った。
何事かと振り返ったリーンバックは、顔がズタズタに吹き飛んだシェシクの死体を見つけた。
「お前らですら禁忌を犯すとは、ずいぶんと必死だな」
ニグルが構えている銃身と銃床を切り詰めた上下二連式の散弾銃の銃口からは黒色火薬特有の大量の煙が吐き出されている。
けたたましい銃声で少しの間硬直していた団員達だったが、すぐに我に返り一斉に斬りかかる。
一人目が放った突きを腕で往なし、散弾銃に残っていたもう一発のバックショット弾を至近距離から胸部に撃ち込んだ。
その衝撃で目の前の団員が後ろに倒れると同時に背後から長剣を袈裟懸けに振り下ろした団員の顔面に、散弾銃を捨て新たに取り出したライフルの銃床を食らわせた。
めり込んだ顔面から血を垂れ流しながらまた一人倒れる団員を見て、残った2人が激昂しながら見事な連携で左右から挟むように一般人なら目にも留まらぬ速さで首と腹目掛けて長剣を横なぎに振るおうとする。
しかし彼はそれをも超える反応速度で攻撃を防いだ。
レバーアクション式カービンライフルのスリングで右から来た敵の長剣を巻き取り、奪い取るとほぼゼロ距離に等しい位置からカービンライフルの引き金を引く。
頭にライフル弾を一発食らった団員は即死し、左から来た団員もまた片足を撃たれバランスを崩して前に倒れ、そのまま首をナイフで裂かれた。
この間、15秒と経っていない。
「どうだ、これで帰ってくれる気になったか?」
護衛を全員失い、孤立したリーンバックは身震い一つせずニグルと目を合わせる。
「それでも、貴方に救ってほしいのです。貴方でなければだめなんです」
「……報酬が割に合わなさすぎるんだよ。壁内一等地での居住権と全ての税金免除が人類救う報酬とか足元見てんだろ」
「それは現政権…我が父の判断です。私にはどうにもできません……」
リーンバックはいつもの飄々とした態度からは想像もつかないような必死の形相で彼に訴えかける。
「それでも…それでも…どうか……誰も踏み出せなければ我々は滅びます…今の世界は、皆を導く先駆者が必要なのです!!」
涙を浮かべながら懇願する彼女の姿に、彼はため息を吐きながら歩み寄る。
彼の表情はうんざりしているような、諦めたような、何とも言えない微妙な表情をしていた。
「どうしてもってんなら、俺の提示する条件を絶対に守れ」
「条…件?」
「お前が次の政権を勝ち取れ、そして俺が人類救済の旅から帰るまでに国王の権限を行使して俺が満足する報酬を用意しろ。それが守れなきゃいつでも俺はここを放棄する」
「で、では……!」
「……まずこの旅に際してお前らが用意できるモンを見せろ、話はそれからだ。」
Journey of Pulver COTOKITI @COTOKITI
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