[10] 物語

ちっちゃなスライムがいました


どのぐらいちっちゃかったかと言うと

だいたいあなたの小指の先ぐらいで

しかも透明に近い色をしていたので

余程注意していなければ

すぐに見失ってしまうほどでした


もしかするとあなたの近くにいたこともあったのでしょうが

見つけられなかったのかもしれませんね

何気ない風景の中でも目を凝らしてみましょう

ちっちゃなスライムでなくとも

思ってもみなかったものが見つかるかもしれませんよ


そうした何気ない発見が人生を豊かにするという考え方があって

まあそういうのもいいんじゃないかと思いますが

個人的にはそんなに真剣にその説を信じているわけではないので

深くは立ち入らず適当に流すことにしましょう


ちっちゃなスライムはどこにでもいます

あまりにちっちゃいので風に乗って簡単に移動できます

そのかわりに自分の行きたいところには行くことができません

いつも風に流されるまま生きています


けれどもそれで問題ありません

ちっちゃなスライムには特に行きたい場所というのはないので

時にはないこともないですが

いつかそのうち風が連れていってくれるとわかっています


もちろんその時の気分と風の吹いた先が

ぴったり合っていれば最高なのですが

そういうことは年に1回あるかないかです

まあ多分人生というのはそんなものでしょう


ある時ちっちゃなスライムは山に登りたいなあと思っていました

するとぴゃあっと強い風が吹いてきて

ちっちゃなスライムをどこか遠くへさらっていきました

気づけばそこは山のふもとでした

つまりはその日は年に1回あるかないかのすばらしい日だったのです


早速ちっちゃなスライムは山登りを始めることにしました

おあつらえ向きに風は山頂に向かって吹いていて歩くのは楽々でした

都合のいいことは重なる時には重なるものです

逆に困ったことに都合の悪いことは悪いことで重なるものですが

それは今は関係ないことなので気にしないでください


半分ぐらいまで山を登ったところで

ありんこたちが寄り集まってなにやら話し合っていました

興味が向いたのでちっちゃなスライムは彼らに話しかけることにしました

やあやあありんこたち

そんなに寄り集まって何をしているんだい?


ありんこたちは答えました

おいらたち喉が渇いてしかたがないんだ

でも迷ってしまってどこに水があるのかわからないんだよ

むやみやたらに歩き回って体力を消耗するのは避けたいところで

といって現状は行き詰っていてどうしたもんかと困ってるんだ


ちっちゃなスライムは言いました

そういうことならおまかせあれ

スライムはほとんど水でできている

どこに水があるかなんてなんとなくわかるんだよ

そこのところは安心して君たちはついてきてくれるだけでいい


実際のところどうしてスライムに水の場所が見つけられるのか

よくわかっていません

ただしそれは人間が理解できていないだけの話であって

とうのスライムにはきちんとわかっているはずですよ

わかっていない可能性もあることはありますが

わかっていようがわかっていまいができることはできるのです


ちっちゃなスライムはありんこたちの先頭に立って歩き出しました

彼らはみんなちっちゃなものたちだったので

その歩みはずいぶんとゆっくりとしたものでしたが

風がやさしく助けてくれたので

思ったより早く目的地にたどり着くことができました


さらさらと音が聞こえて細い川が流れていました

水しぶきが霧みたいにそこらに舞っていて

すずしげな雰囲気を漂わせています

あまりに太い川ではひょっとすると流されてしまうので

それはちっちゃな彼らにとって実にちょうどいい川でした


ありんこたちはもちろん

ちっちゃなスライムもいっしょになって

存分に水分を補給しました

実のところスライムもここまで登ってきて少し疲れていましたから


ありがとうありがとう

ありんこたちに見送られながら

ちっちゃなスライムは再び山頂に向かって

旅立ちました


ちまちまちまちまちまちま歩いていって

ちっちゃなスライムはようやく

てっぺんまでたどり着くことができました

すっかり遅くなってしまって

日の沈んでいる時間でした


ちっちゃなスライムは一番高いところに立って

真っ赤な太陽が消えていくのをながめていました

ちっちゃなスライムはその色がとても好きだったのです

それからその光を受けてきらきら輝く自分の体も好きでした


ほんのりとした温かさのおかげで

まるでお風呂に入ってるみたいに

その日一日の疲れが空気の中に溶けだしていきました

ぼんやりと考えるでもなしに今日のことを振り返って

楽しい一日だったなあとちっちゃなスライムは思いました


その時再び強い風がぴゅーいと吹いてきて

ちっちゃなスライムの体をどこへやらと飛ばしてしましました

ちっちゃなスライムがその後どこに行ったのか

だれも知りません

もしかするとまたあなたの近くにいるのかもしれませんよ


最後にひとつ質問があります

あとちょっとで終わるので

ほとんど終わりかけているので黙って聞いてください

お願いします


あなたは

今これを読んでいるあなたは

この物語からいったい何を読み取ることができましたか?

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スライム飼うことにした 緑窓六角祭 @checkup

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