[9] 急転

 社長に呼び出される。いいことをした覚えはないが、わるいことをした覚えもない。こちとらなんてことない一社員だ。事情を探ろうとそれを通達してきた上司の表情を探ってみたが、どうやら彼も知らないようだった。 なんなんだか正直よくわかんないなあという態度で出向く。「失礼します」と社長室に入って行けば、メガネにスーツときりっとした感じの秘書っぽい女性の人がいて、それから紋付き袴を着込んだ眼光鋭いご老人が1人いらっしゃった。


 なんでこんなところにこんな人が? とまず思って、次いであれ、この人どっかで会ったことがあるなと考えれば、前に交流会であった老紳士その人だった。雰囲気あることだし社長の知り合いかなんかだろうか。

 ひとまず会釈を交わしておきつつ、ああ、この人の関連で自分は呼ばれたのかと思い当たっていたら、秘書っぽくて実際に秘書の人が「社長です」と教えてくれた。


 やばいと思ったのが顔に出ていたのだろう、社長はゆるやかにほほ笑んで、「気にするな、かけてくれ」とソファーをすすめてきた。

 交流会で会ったのがうちの社長で、その社長に俺は呼び出されたわけだが、いったい何の用なんだと混乱しながら、腰を下ろしていったところ、ずばり一言で社長は用件に切り込んできた。こちらの虚をつく、そのあたりの呼吸はさすがと言ったところか。

「君には今日から新しい部署で活躍してもらいたい」

 新しい部署? なんだそれは? 会社にいれば会社のうわさはそれなりに耳に入ってくるもので、別段そうした噂話が好きな方でもないが、まったく聞いたこともなかった。さすがにそんな大きな改変ともなれば、いやでも聞こえてくるものなのに。


 何というかその日は表情を読まれてばかりで、驚きがまったく隠せていなかったのだろう、まともな返事ができないでいる俺に対して、社長はくわしい説明をつけくわえてくれた。

「知っての通りうちはおもちゃの開発、製造、販売を行っている」

「うちの会社にいてそれ知らなかったらすごいと思いますよ」

 秘書の人がいらんツッコミを入れる。その通りだけど言う必要ないと思う。

 社長はひと目でわかるぐらいに渋い顔をして、けれども取り合うことなく咳払いをすると話をつづけた。


「基本的に人間向けのおもちゃを製造しているが、一部犬や猫といったペット用のものも扱っている。近年、ペット業界ではスライムの躍進が目覚ましい。そこでうちの会社でもスライム用おもちゃの開発を始めようと考えたわけだ」

「もっともらしい理由つけてますけど、スライム好きだから作りたいなって思ってるだけです。それも昨日今日思いついたとかなんとか」

「そういうわけだから交流会で偶然出会ったのも何かの縁だ、君にもその新しいスライム用おもちゃの開発にかかわってもらいたい」


 秘書の人のちゃちゃのせいで多少筋は混乱したが、だいたいのところは把握できた。把握できたはいいが、それで即納得できたかというと話は違ってくる。

 そのあたりを黙って受けいれることもできたが、相談しやすい雰囲気で相談できる機会もこうしてあるのだから、言いたいことは言っておくことにした。社長の呼出と言われて結構身構えていたのだが、話しているうちにそうした緊張はいつのまにか吹き飛んでしまっていた。

「私はずっと営業で開発にはまったく携わったことがないのですが……」


「わかっておる。君はわしが選んだのだ。新しい風を吹き込んでもらいたい」

「社長が選んだんですから、あなたがまったく役に立たなかったとしても、それは社長の人を見る目がなかっただけであって、気にする必要はないということです」

「若干違うところもあるが、大筋においてはそんなところだ」


 最初は秘書の人は無用な注釈をつけくわえているように思っていたが、なんだかこっちの方が話がわかりやすいような気がしてきた。

 社長は威厳あるようにかっこつけてるせいで、言い回しがわかりにくいところがある。交流会の時に1対1で話したけど、あれは微妙な感覚の話であって、お互いなんとなく通じ合ってると思えればそれでよかった。

 でも今は実務的な話をしている。しっかり内容を共有しておく必要がある。秘書の人が直接的にざっくばらんに訳すことで、意味がとりやすくなっていた。

 実はかなりの切れ者なのかもしれない――いやどうだろう、よくわかんない。


 それはともかくとして、たいして責任を感じることもないというのであれば、とりあえずやるだけやってみようかという気持ちになってきた。スライム用のおもちゃを作ること自体にも興味があるし。

 承諾の返事をすれば、社長は姿勢を崩しておおいに喜んでくれた。多少強引なところはあるが悪い人ではないようだ。秘書の人はと言えば表情を崩さずじっとこちらを見つめている。案外観察されていたりするんだろうか、わからないものはひとまず気にしないでおく。

 そんなわけで唐突にも俺の仕事は、人間用おもちゃの営業から、スライム用おもちゃの開発に、変わったのだった。

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