日本人形の家

杉里文香

第1話

それは私が古民家に嫁いで間もない頃のことだった。主人は出張中で私は六畳の部屋に一人で寝ていた。

熱帯夜ではあったが

網戸からは日本海沿岸で吹く北東のさわやかな風、あいの風が入っていた。

丑三つ時といいましょうか、午前2時頃に急に身体が締め付けられたようになり動かすことが出来なくなった。

これがいわゆる金縛りというものなんだわとはっきりとした意識の中で思った。

すると、枕の周りをザッザッザッと歩いて回る音がして、「西の方へ行け、西の方へ行け。ヨミの国へ行け。」という声が聞こえた。

金縛りをなんとか解こうと般若心経を重くなった口で必死に唱えていると解けてきた。

暗闇の中で目を見張ると、ガラス箱に入っていた日本人形がなくなっていた。

怖くなり目を閉じると、又浅い眠りに入って行った。

再び目を覚ますと人形はガラス箱に入っていた。

お祖父さんが、知人から貰い受けたという日本人形は、高島田という日本髪で蝶ののかんざしを挿していて、

椿色の着物に金蘭の刺繍をした帯をしていた。

顔は作家さんの作品だけあって惚れぼれするような美しい作りであった。

この人形には魂がある、女の情念が感じられると勘の強い私は普段からそう思っていた。

人形は確かにガラス箱から出て動いていた。

恐怖のあまり私は冷や汗をびっしりかいていた。

ちょっとした怖い話を聞くだけでトイレにも行けなくなるくらいに臆病な私は、誰かに話を聞いてもらいたくて、携帯電話がまだ普及していない頃だったので片っ端から友人に固定電話から電話をかけて話を聞いてもらい気を紛らした。それから数年経ったある時、遠方から縁あって山寺の和尚さんが家の仏壇にお参りに来られた。和尚さんは独身で端正な顔立ちをしておられた。

お経が終わり、座敷でお茶を出している時に和尚さんはガラス箱の人形に目をやった。「美しい人形ですね。」と人形に魅入られたようであった。

私は何故か「よろしかったら差し上げますよ。」と口走っていた。和尚さんは「えっ、いいんですか?」と嬉しそうであった。

私は週末に3時間余りの時間をかけてガラス箱の人形を山寺に届けた。車の後ろ座席に目をやると、人形は和尚さんが気に入ったらしく艶っぽい微笑みを浮かべていた。まるでお輿入れのようであった。

あれから何十年という時が経ち、あの人形の事件は夢だったかもしれないとぼんやりと思い始めていたた頃に娘が言った。

「黙っていたけど、小さい頃にこの家でガラス箱の中の人形が動くのを見たことがあるけど、とても怖かった。」

やはり夢ではなかった。

今でもあの人形は和尚さんと仲良く暮らしているのだろうかと気になった。

風の便りに噂が流れて来た。和尚さんは今も独身だが、いつも人形に話しかけ、何やら幸せそうに暮らしているらしいとのことであった。

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日本人形の家 杉里文香 @yumetokibou0808

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