第3話 想い出に眠る

 1535年 12月 29日


 京都を出て、何度夜空を見上げただろう。最初のうちは、現代では見られない星空に何度も目を奪われた。人口の明かりが無い分、遥かに美しい。ただ3日を過ぎたあたりから、流石に辛くなってきた。いつ辿り着くかも分からない旅は、想像以上の過酷を強いられる事を知った。


 「すいません、一度降ろしてもらえますか?」


 「どうした? もしや小便か?」


 「違いますよ。あと下品です。その、お尻とか股が痛くて」


 道中ずっと馬にまたがっていたことで痛めてしまった。舗装された道路などなく、足場の悪い道がほとんどである。馬は難なく走るのだけど、その衝撃はもろに股やお尻に来るのだ。


 「止まれ! どう、どう」


 「あぐぅ!」


 急に止まらないでよ。承芳さんの背中にしがみついて前が見えない僕は、いつ止まるか分からないんだ。馬から飛び降りると、背中を丸めて必死に股間を両手で抑えた。


 「大丈夫か、関介。くくっ」


 「今笑ったでしょ! 誰のせいで!」


 「別に、ぷくくっ。それよりさ、どうせそれほど大きな物はぶら下がってないんだからいいだろう?」


 「べ、別に大きさは関係ないし! もう、承芳さんはほんと失礼!」


 この人、ここ数日で分かったことがある。それは、精神年齢が中学生レベルだということだ。流石に常時という訳ではないけど、いたずらを仕掛けるときや、悪ふざけをするときに見せる行動はまるで子供のそれである。

 数日前も、僕が外でトイレをしている時に、急にぼくの大事なところを覗き込んできた。そこで噴き出したと思ったら、小さいと馬鹿にしてきたのだ。別に小さくたっていいじゃないか。


 「雪斎さん、承芳さんに何か言ってやってくださいよ」


 「まあまあ。息が会っていて、良い事ではありませんか」


 むむむ、雪斎さんが承芳さんに甘い。そして僕への態度が明らかに初対面の時から変わっている。なんというか、他人から身内になったような感じだ。まぁ、思い当たる節はあるのだけど。


 「それで、痛みはそろそろ止みましたか? 今晩泊まる旅籠屋もすぐですので、そろそろ行きましょうか」


 「大丈夫です。すみません、僕が時間を食ってしまって」


 「そんな遠慮することないぞ。もし痛むようであれば、私が揉んでやろうか?」


 この人は……。承芳さんは無視して、雪斎さんの方を向く。頭を下げようとすると、手で制してにこりと笑った。雪斎さんの優しさにほっとしながら、承芳さんの乗る馬に飛び乗った。しがみつく力がいつもより強いと文句を言われた。自業自得だ。


 暫く馬に揺られること一時間。いつの間にか、太陽が水平線すれすれまで落ちており、辺りは眩しいほどのオレンジ色に包まれていた。

 僕はふと、道端に突き刺さっている立札に目を落とした。昔の書き方のため、荒という漢字だけしか読めなかった。こう? と読むのかな。今日が京都を出て9日目だ。多分静岡県に入った頃だとは思うけど、そんな読みの地名あっただろうか。

 そんなことを考えていると、どうやら今日宿泊する旅籠屋の前に着いたようだ。へぇ、結構立派な旅籠屋じゃないか。看板には橋本と書いてある。多分この旅籠屋の名前だろう。馬から降りて辺りを見渡すと、目に映るのは山ばかり。ただ道路を行き交う人は結構いて、恰好からみるに漁師や農民が多そうだ。


 「今日泊まりに来ました。三人ですが、空いている部屋はありますか」


 玄関を開け、雪斎さんが尋ねる。すると、中からいそいそと仲居さんと思われる女性が現れた。


 「三名だら? 申し訳ねえけど、さっきたまたま団体が泊まりに来てね。今一部屋しか空いてないだよ。それでよけりゃ、泊まれるけど、どうする?」


 「構いません、明日には発ちますので。今晩さえしのげる場所を探していたのです」


 「そうか、旅の人たちだったか。おっと、そこの別品さんも連れかい? 女だと大変だら? ゆっくりしていきんよ」


 なにか誤解されているような。二人して笑いを堪えている。すぐ僕を馬鹿にするんだから。取り合えず、承芳さんの頭だけ叩いておいた。


 通されたのは、二階の角の六畳部屋だった。部屋に入ると、井草の良い香りが鼻の奥を通り抜けた。今まで埃っぽい部屋を多く見て来た。この旅籠屋は、隅々まで手入れが行き届いているようで、今日は気持ちよく寝むれるだろう。


 「はぁ~、疲れたぁ~。もうくたくたです」


 部屋に入るなり荷物を肩から下ろして、直ぐ横になった。口からつい愚痴が漏れてしまう。手足を伸ばすと、身体のあちこちからこきこきと乾いた音が聞こえた。


 「関介殿、行儀が悪いですよ。そんな横になっていると、承芳みたいになってしまいます」


 「そんな、まるで私が怠惰の権化のように」


 たしかに、承芳さんにようにはなりたくない。僕は身体を起こすと、大きく伸びをする。一度横になったせいか、どっと疲れが襲ってきた。立とうとするが、うつらうつらとして上手く立ち上がれなかった。


 「流石に疲れてきましたね。関介殿も限界のようですし、今日は直ぐに就寝することにしましょうか」


 「ふわぁ~、ほうですね……もう直ぐにでも寝たいでしゅ」


 「ふふっ、関介。まるで童のようだなぁ、このこの」


 承芳さんが、僕のほっぺたをつんつんしてきた。もう、子ども扱いしないでよ。でももう……起きてるのも……限界。

 僕は睡眠欲に負けて横になった。薄れゆく意識の中、今日までの旅での出来事が不意に頭に浮かんだ。


 6日前


 馬に揺られること3日目。昨日と一昨日は野宿だった。そのせいで、僕の精神は限界を超えそうだ。寝るのはいつも固い地面の上。現代のふかふかの羽毛布団に慣れた僕にとって、地獄の2日間だった。その環境でスヤスヤ眠れるこの二人が異常なのか、僕が適応できていないのか。郷に入っては郷に従えという言葉があるが、やはり戦国時代に来たら戦国時代に合わせるしかないのだろう。

 そして現在の時刻は……いや、時計が無いから分かるはずもないのだが。日の高さからして5時くらいだと思う。そろそろ町を見つけないとまた野宿か。それだけは本当に勘弁だ。寒さも堪えてきたし、風邪を引いてしまえば、今後の旅ももっと辛くなるだろう。


 「おっ、町の明かりが見えて来たな。良かったなぁ、関介」


 承芳さんの指さす方に目を向けると、家の外に掛けられた行燈の明かりが見えた。もしかしたら小さな集落で、そこに宿もあるかもしれない。あの行燈の揺れる明かりが、僕の最期の希望だろう。


 「では、早速宿を探しましょうか。関介殿もお疲れの用ですし」


 今日泊まる宿は、意外と直ぐに見つかった。正直、部屋は埃っぽいし狭いけど、野宿よりは100倍増しだ。何より、質は言うまでもないが布団もある。それだけで僕は満足だ。


 「布団だぁ! これで気持ちよく寝れます!」


 「そんなにはしゃいで、童では無いのだから」


 承芳さんだって、布団の上でバタバタしてるじゃないか。人の事を言えた義理か。


 「ほれそこの二人、騒ぐでない。今晩は直ぐに寝るのだぞ。明日の早朝には発つからな」


 行燈の明かりを消すと、部屋は真っ暗闇に包まれた。戦国時代の夜は本当に真っ暗だ。戸を閉めたのに、隙間から冷たい風が吹きつける。ぶるっと身震いを起こす。このまま眠れるだろうか、少し不安になってきた。

 そろそろ深い眠りに落ちようとした時、ふと下腹部に違和感を覚えた。はぁ、先に済ましておけばよかった。むくりと身体を起こして辺りを見渡す。目が慣れてくると、ぼんやりとだが部屋の様子が見えた。眠っている二人の位置を確認する。よし、手前に寝ているのが承芳さんで良かった。


 「承芳さん、承芳さぁん。起きてください」


 雪斎さんが起きないように、こっそりと声を掛けた。くそっ、早く起きて欲しいのに。こうなったら仕方ない。僕は気持ちよさそうに眠る承芳さんのほっぺたを叩いた。


 「もう……何だ関介。人が気持ちよく眠っている時に」


 「静かにっ、雪斎さん起こしちゃいますよ」


 「いや、私は今其方に起こされたのだが」


 うるさい。承芳さんの文句を無視して本題に入る。


 「その、厠に行きたくて、付いて来てくれません?」


 「一人で行け」


 承芳さんはそう呟くと、直ぐに布団へ顔を埋めた。このやろう。


 「一人で行けないから起こしたんですよ。ううぅ、早くしてくださいよぅ。もう限界で」


 「其方は女子か。ったく、仕方がない。まぁ粗相を起こされても困るからな」


 うぅ、返す言葉もないとはこのことだ。恥ずかしいけど、今は厠へ急ごう。


 夜の廊下はまるでお化け屋敷だ。床の軋む音がする度に、肩がビクッと反応して膀胱を刺激する。ただ怖いとか言ってる場合ではない。行燈の優しい明かりを頼りに、厠へと急いだ。


 「関介、怖いのは分かったが……手を繋ぐのはどうかと」


 「仕方ないじゃないですか、怖いんですから」


 「寺で稽古をつけた時とはまるで別人だな」


 「それはそれです。それより、しっかり握ってください。絶対離さないでくださいよ」


 「はいはい、わかっておる。離さないから早く行ってくれ。私は眠たいんだ」


 ようやく厠にたどり着いた。距離にすればたかが数メートルなのに、長距離走を走った後のような疲弊感だ。うわぁ、厠の中も暗いなぁ。行燈の明かりでやっと便器がうっすら見えるレベルだ。


 「ちゃんと外にいますか? 絶対そこで待っていてくださいよ」


 外からは適当な返事が返ってきた。すごく不安だ。急いで用を足して外に出よう。


 用を足し終え外に出ると、意外にも承芳さんは大人しく待っていた。それも、行燈の明かりをもとに、廊下に座ってなにやら本を読んでいた。あの承芳さんが読書。う~ん、あまり似合わないな。


 「お待たせしました、本読んでいたんですね。静かだから、てっきり帰ったのかと思いましたよ」


 「うん? 関介のせいで、眠気がどこかへ飛んで行ってしまったんだよ」


 それは悪いことをしてしまった。実は僕もそこまで眠くないのだ。少し興味が湧いたため、承芳さんの隣に腰掛け読んでる本を覗いてみた…………って、え? な、なんだこの本。


 「しょ、承芳さん!? その本って……」


 「ふふんっ、和尚には内緒だぞ。これは春画と言ってな、以前京都で知り合いから頂いたんだ。いいだろ」


 開いた本の中では、男女で重なり合う絵が。それも、二人とも裸で。これって、現代でいうエロ本? 身体は冷え切っているのに、顔だけは寒さを忘れていた。


 「ほれ、関介ももっと近くで見てみろ。男女の営みとは非常に興味深いぞ」


 「やっ、やめてください! 僕には、僕にはまだ早いです!」


 走って部屋に戻ると、自分の布団の中に潜り込んだ。胸のドキドキがいまだ収まらない。もう、承芳さんがあんな刺激の強いものを見せたせいだ。だけど、少しだけ、ほんの少しだけ気になるのも事実だった。


 承芳さんも帰ってきて、寝息を立て始めた。身を起こし、二人が寝静まっているのを確認すると、布団から抜け出して承芳さんの荷物を漁る。暗がりの中、本らしきものが手に当たった。別に興味津々ってわけじゃないしと、自分に言い聞かせる。


 「おお、すっごい。これが昔の、えっちな本か。すっごい」


 そんな感想しか出てこない。両親も祖父もこういった物には厳しくて、いわゆる薄い本というものを、僕は生まれて一度も読んだことが無かった。なんだか少し大人の世界を覗いた気分だ。


 「関介殿? こんな真夜中に、一体何をしているのですか?」

 

 そこで僕は、夢中になりすぎて気が付かなかった。背後に立つ雪斎さんの気配に。行燈の灯に照らされた顔はにこにことしているのだが、その笑顔から少しも穏やかさを感じられない。背中に冬の寒さとは違う、嫌な寒気を感じる。雪斎さんを前にして、蛇に睨まれた蛙のように本を持ったまま動けなかった。


 「いやっ、これは違くて。その、漢字の勉強を」


 「ほう、春画で漢字の勉強ですか。それはそれは、大変勉強熱心ですな」


 「いえ、それほどでも。あははは……」


 その後、承芳さんと一緒に朝まで説教された。勿論刀の鞘で頭を殴られた。思い出すなぁ、師範の拳骨を。遠い過去の日を思い出しながら、頭を抱えて悶絶するのであった。


 12月 29日


 「んん、あれ? 僕、眠って」


 「ようやくお目覚めですか。気持ちよさそうに眠っておりました。これまでの旅路で、相当疲れが溜まっていたのでしょう」


 気が付くと、どうやら僕は眠ってしまっていたらしい。ひさしの下から、月が顔を覗かせている。もうそんな時間か。結構寝てしまったな。そこでやけに頭がごつごつすると思ったら、雪斎さんの膝の上に頭を乗せ眠っているようだった。


 「わわっ、すいません。今降りますね」


 「いえいえ、そのままで結構ですよ。関介殿の可愛らしい寝顔を見させて頂いた、心ばかりのお礼です」


 そう言うなら、お言葉に甘えさせてもらおうか。ふと辺りを見回して、承芳さんがいないことに気が付いた。でもまぁ、今は静かにしたい気分だからむしろ好都合だろう。

 それにしても、誰かに膝枕してもらうなんていつぶりだろう。ふと、寝ている間に見た数日前の夢を思い出し、髪の毛を弄ってみた。


 「どうしました? 頭でも撫でて欲しいのですか?」


 「いえ、雪斎さんに叩かれた場所、痛かったなぁと思いまして」


 「えっ? もしや、もう一度叩いて欲しいのですか?」


 恐ろしいことを言う。僕はそんなドМじゃない。


 「そうじゃないです。その、昔も馬鹿なことして、よく師範に頭を殴られたんですよ。それを思い出して」


 「関介殿のご師範は、どのような御方だったのですか?」


 師範の顔を思い出してみる。立派な白髪の髭がトレードマークで、いつも仏頂面だった。笑った顔を一度でも見たことがあるだろうか。少なくとも、僕の記憶の中の師範は笑ってはいない。


 「そうですね、すごく厳しかったです。よく泣かされましたし、五時間正座させられたときは、一生立てなくなると思いましたね。それで、その度におか、いや母親に泣きつきました」


 鼻の先がつんとして、一瞬視界がぼやけた。あぁ、そうか思い出した。小学生の時母親によく膝枕して貰ったっけ。


 「そう言えば、関介殿の御家族の話を一度も聞いたことがありませんでしたね」


 「両親は、僕が12になった時亡くなりました」


 雪斎さんは、一瞬目を伏せると優しい手で僕の頭を撫でた。


 「立派に成長されましたね。天国の御両親も、さぞ喜んでいることでしょう。関介殿、もし良ければ、ご家族のお話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」


 目を瞑ると、小さい時の記憶がパノラマのように広がっていった。


 「両親は、春の木漏れ日のような暖かい人たちでした。僕がどんなに悪さをしても叱らないし、むしろ何かする度に褒めてくれました。その代わり、祖父はとても厳格な人でした。僕の祖父、そして師範に当たる人です。その祖父も去年息を引き取りましたけど」


 「そうでしたか。ご師範はきっと今も、関介殿の事をよく見ていられますよ」


 それはちょっと怖いかも。今の僕を見たら、天の上で怒鳴っているに違いないから。


 「優しい両親と、厳しい祖父に囲まれた僕は、今思えば相当恵まれた子供でした」


 「貴方の立派な姿を見ればよくわかりますよ」


 「先ほど言った通り、僕が12の時に両親は亡くなりました。もう立ち直れないと思いましたね。多分、一月ぐらいは部屋に籠っていたと思います」


 「それが当然の事です。ご両親を同時に亡くなられているのですから」


 いつの間にか頬を伝う涙を、暖かい手で拭ってくれた。僕は震える声で続ける。


 「でも祖父は、そんな僕を慰めるどころか𠮟りつけたんです。ひどいと思いませんか? 両親を亡くした子供にですよ?」


 「関介殿は、そう思われるのですか?」


 その時は心からそう思った。この人は鬼だと、血も涙も無い人なのだと。


 「祖父は言ったんです。強くなれと。もう二度と涙を流さないように、心も身体も強くなれと」


 雪斎さんの顔が、ぼやけて薄まっていく。


 「でもだめですね。まだ、どうしても会いたくなる時があるんです。泣くなって言われてるのに、部屋の隅で泣いちゃう日があるんですよ。僕は、本当に弱いんです」


 自嘲気味に笑う。やっぱり僕は弱いままだ。強くなれないんだ。そんなマイナスな感情が、僕の頭の中を支配する。熱いものが、どんどん溢れて頬をつたっていく。


 「人間己の弱さを認めることは、容易いことでは無いのですよ。関介殿なら、きっと大丈夫です。これから鍛錬を積んで、強くなればよろしいのです。今日くらい、大人に甘えてください。関介殿は、まだまだ子供なのですから」


 あぁ、やっぱり僕はまだ子供なんだな。改めて、自分の未熟さを思い知らされた。そこで、必死に取り繕って堪えていた感情が溢れだした。


 「はい…………ひぐっ、ひくっ、お母さんに会いたい、お父さんに会いたい。会いたいよ。うぅ、うえぇぇぇん!」


 「やれやれ、世話の焼ける子供がまた一人増えてしまいましたね」


 久しぶりに浴びる家族のような暖かさの中で、僕は涙を流し続けた。雨が止んだ冬の空のように、僕の心に残った靄は晴れ渡っていた。


 ◾️ ◾ ◾️


 1535年 12月 30日


 「ありがとね、旅の人たち。それと青年、昨日は女と間違えて悪いね。でもねぇ、もっと逞しくならなきゃだめだに」


 そんな事言われても。うーん、どうすればいいのだろうか。眉毛とか整えたほうがいいのかな?


 「いえいえ、こちらこそ。素晴らしい旅籠屋に泊まれて、お陰様で疲れがとれました」


 「だら? この辺で一番いい旅籠屋だと思っとる。また良ければ、泊まりにきんね。あっ、そうだこれ。あと引き煎餅って言って、ばか美味いお菓子だれ持っていきん。それじゃ、気を付けて」


 旅籠屋を後にすると、再び馬に跨った。馬が駆けだすと、まだ眠っている町に蹄の音が響いた。


 「雪斎さん、あとほれふらいでふきほうですか?」


 僕はさっき貰ったお菓子を口いっぱいに頬張った。すごい硬いけど、結構美味しいかも。因みにあとどれくらいで着きそうですかと言ったつもりだ。


 「口に物を含みながら喋ってはいけませんよ」


 「ふぁーい」

 

 「……はぁ。あぁ、それで今晩には着くと思いますよ」


 やっとこの馬での旅も終わるのか。自然と顔が緩んでしまう。


 「そう言えば昨日起きた時、承芳さんいなかったと思うんですけど、どこにいたんですか?」


 昨日は、横になっていたら直ぐに寝てしまった。その後起きたら雪斎さんに膝枕されていて。うん、結構恥ずかしかったから、思い出すのはやめよう。


 「うん? 部屋にいたが?」


 「…………へっ?」


 部屋に……いた? どこに? ってだったら、昨日のあれも……聞かれて。


 「関介って、意外に童のように泣くのだな」


 「やめてください……恥ずかしくて死んでしまいます」


 顔から火が出るとはこの状況を言うのか。承芳さんの背中に顔を埋めて、顔が真っ赤なのを胡麻化す。


 「この旅で、関介の一面が知れて良かったぞ。臆病なところや、意外と幼いところとかな」


 「それ以上いうと馬から落とします。いいですね?」


 「すまんすまん。あっ、そういえばこの辺り、幽霊が出るらしいぞ。驚いて粗相をって痛い痛い! 分かったから関介、それくらいに、痛いって!」


 承芳さんの背中を思い切りつねる。余計な事を言うな。おけい?


 「はぁ、手の焼ける小童共め」


 色んな事があった長旅(主に恥ずかしい事だけど)も、もうすぐ終わる。そして、承芳さんの生まれ育った駿府まであと少しだ。

 

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