バイト先の店長の話

甘木 銭

バイト先の店長の話

「うちは長続きしない人が多いからね。助かるよ」


 入ってすぐにそんなことを言われたので、バイト先選びに失敗したと思った。


 長年勤めていたバイト先の店長が変わり、フリーターへの風当たりが強くなったので、新しいバイト先へと逃げ込んできた。


 飲食店が長かったが、今回は初めてのアミューズメント施設。

 ボウリングやゲームコーナーを備えるその店は古く、客層も治安も悪いような店だったがこの店長の言葉を聞いて、さらに後悔した。


「まあ今日は僕と一緒にやっていくから、気軽に頼むよ」


 とまれ、店長に連れられてカウンターに立つ。

 実際に勤務してみて、さらに驚いたのはこの店に想像以上に客が来なかったことだ。

 おかげで店長と延々雑談をすることになった。

 面接の時にしか会ったことのない店長と延々二人で雑談なんて、地獄でしかないではないか。


 しかし、この店長の話というのが


「で、高卒で漁船に乗って……」


 想像以上に面白かった。


「大学に行くつもりもなかったし、高卒で就職しても給料がたかが知れてると思ってさ。島根の隠岐島に行って漁船に乗ってたんだよ」

「は? 漁船!?」


 何故俺がフリーターをしているのかという話から、いつの間にか店長の経歴の話になっていた。

 店長は穏やかな顔をしていて、少し不健康そうなところを除けば普通のオジサンだったのだが。


「一年目は数ヶ月で六百万円ぐらい稼いで、まぁかなり遊んだんだけど。田舎すぎてすっごい不便だったのと、二年目が全然儲からなくて、去年の税金すら払えなくなっちまったからそこでやめたんだよな」

「すごい話っすね……」

「すごかったよ。コンビニも無いから夕方には閉まる商店に、車で三十分かけてタバコ買いに行ってたもん。すぐ買いに行ける訳じゃないから仲間内で買いだめして」

「そりゃ不便ですね」

「俺本土戻った時真っ先にハンバーガ食いに行ったもん。人生で一番美味いテリヤキバーガーだった」


 どうリアクションして良いか分からずに、探り探りで相槌を打つ。


「まああれはずっとやる仕事じゃないな。二人死んだし」

「へ?」

「この前ディスカバリーチャンネルでロシアのカニ漁船のドキュメンタリーあって、あー、こんなのしてたなぁって」


 しれっと物騒な話が混じった。

 しかし今まで自分が触れたこともないような世界の話に、かなり興味が湧いてきた。

 この辺りから俺も食いつき気味に話を聞いていた。


「で、本土に戻ってからどうしてここの店長?」

「いやすぐにここに来たんじゃなくてさ。まずSMバーのスタッフして」

「なんですかその店」

「ガッツリやるとこじゃなくて、あくまでばーでソフトにそういうのするんだよ」

「いや全然想像つかないです。なんでそんなことに?」

「うちのお袋がちょっとやばい人でヤクザとかの関わりがあったんだけど」


 こういう話がまたしれっと出てくるところがなんとなく恐ろしいが、一々驚いてもいられないのでスルー。


「船降りて、まず家に帰ってみたら、その家建てた時のローン、オレに肩代わりさせられて、その取り立てにきたヤクザにSMバーに突っ込まれたんだよ。返せないなら働いて返せって」

「漫画の中じゃないすか」

「ほんとね。でも優しい人だったよ」


 過酷な経験で優しいの基準が揺らいでしまったんだろうなぁ、と。

 しかし店長自身はちゃんと優しい人なので、少し安心した。


「あの頃凄かったな。午後四時ぐらいから開店準備して、朝まで営業だろ。そこから泥酔した状態で女の子を車で送り迎えとかして」

「よく事故らなかったですね」

「いやほんとよく生きてたよ」

「かなりしんどそう」

「実際しんどかった。給料は悪くなかったけど、それが嫌になって三万円と携帯だけ持って埼玉まで車走らせて」

「山口からですか」

「そう」


 この店舗は山口にある。


「そこまででガソリンが尽きて、携帯の充電も切れかかってるからさ。今で言うマッチングアプリみたいなので女の子引っ掛けてその家に転がり込んで養ってもらってた」

「え、店長がですか?」

「これでも若い時はそこそこだったんだよ!」

「あ、いや、すいません!」


 怒ったようでいて、あくまで穏やかな軽口。

 しっかり話すのは初めてなのにもう軽口を叩けてしまうところは、確かに人を惹きつける所があるのかもしれない。


「二週間ぐらいしたら追い出されたんだけど。まあ形態も充電させてもらってるから、そこで新しい女の子を引っ掛けてそれを三ヶ月ぐらいかな、繰り返して過ごしてたよ」

「いやすごい話っすね」

「インターバルの期間はホームレスみたいなもんだからさ。公園で水飲んで、近くのスーパーの総菜コーナーで毎日コロッケ万引きして」

「ちょい!」

「もう時効だから!」


 普通の人に見えるのにエピソードトークの倫理観がバグってるのはなんでだろう。


「あ、警察に職務質問されたんだけどさ。その後女性警察官と青姦したりとか」

「何事なんですか」

「はっはっは」


 白々しい笑い声だ。


「まあそんな生活続けてた時に地元……まあ山口ね。に、いた弟のところに、自分の今の居場所とかを知らせる連絡を入れたんだよ。弟はまともだから。でも実家に住んでたからさ、それを母親に見られたらしくて、そこからヤクザに伝わって、ある日担い男たちが訪ねてきて強制連行されて」

「おお、大ピンチですね……」

「SMバーの店員に戻ったんだけど、このままじゃ借金返しきれないってことでもっと割りがいいパチンコに屋就職して、まぁとんとん出世して店長までやってたんだけど、そこで彼女とデキ婚しちゃったから、いつまでもこんな感じじゃダメだなぁと思って。で、丁度借金返し終わったのもあって、今ここに就職して店長やってる」

「長い道のりでしたね」


 何の話をしていたんだっけ、と思いながら、飲み込み切れない話を租借する。


「まあ子供も生まれて幸せだけどさ。店長やってても給料いい訳じゃないから色々カツカツよ。正社員で長く勤めたら年々給料上がってく訳だし。若いうちに正社員になって定年まで勤めあげるのが一番大事だね、ほんと」

「はあ……」


 最後に耳が痛い話が来てしまった。


「店長、その話よくするんですか」

「まあよく面白がってもらえるから。聞かれたら話すことは多いかなぁ」


 店長はなぜそんなことお効くのか不思議そうにしながら答えた。

 この店にバイトにやってきたフリーターたちが長続きしなかった理由がよくわかった。

 店長には悪いが、僕も早々にバイトを辞めて就職活動をしようと決心した。


 まあこの店は客も来なくて暇そうだから、僕が辞めても大丈夫だろう。

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