第33話

「はいスト―ップ! ユキちゃん登場~!」


 光が差し込むと同時に、甲高い声が響いた。

 今のはミキが声真似をしたわけではなく、正真正銘ユキの声だ。

 パチリと音がして、部屋の電気がつく。


「なっ、あ、えっ? ゆ、ユキ!?」


 目の前にあった顔がぱっと離れて、視界が明るくなった。

 ミキはあたふたと変な動きをしたあと、慌てて俺の上からおりて立ち上がった。

 近づいてきた自分そっくりな相手と向かい合う。

 

「あ、あれ? ユ、ユキ、今日は美容室に行くって……」

「あれ、うそ」

「ど、どういうこと……?」


 さっきまでの楽しそうな表情とはうってかわって、なにか恐ろしいものでも見たかのような顔になる。

 対するユキはにっこりと笑顔を崩さない。不気味この上ない。ミキが見ていたのは普通に恐ろしいものだった。

 

「えっとね、ユキちゃんはミキが出てったのを見計らってうちに戻ってきて、自分の部屋に隠れてました~。で、部屋の前でスタンバイしつつ、二人の会話もスマホで聞いてましたと」


 ユキは手にしたスマホをかかげてみせる。

 実は今日一日、俺がちょくちょく経過報告をしていた。ここについてからはずっと通話状態にしてある。このへんはユキの案だ。

 種明かしは終わったが、ミキは混乱で頭が回らないらしい。理解不能と言った顔を俺に向けてくる。

 

「そ、それって、どういう……」

「ミキがあまりにもアホなお願いしてきたからさ。ユキにも全部言った」

「は、はぁっ……!? ユキには内緒って言ったじゃないの! 電話で、絶対ヒミツって!」

「いやそりゃ言うだろ、いきなり私とセックスしてとかそんなこといわれたら。そしたらユキは、ミキがどんな頭でそんなこと言い出したのか知りたいって言うし」


 ミキとの会話内容も含め、事前にユキとは示し合わせていた。

 俺はあまり乗り気ではなかったが、ユキは面白そうだから泳がせてみたいという。


「にしてもユキは泳がせすぎだよ。早く入ってこいよな」

「音ガサガサしてて聞こえにくかったの。でもずっと聞いてたらなんかすごい興奮した。変な性癖に目覚めそう」

「やめてもらえます?」


 俺が名前を呼ばなかったら入ってこなかったのでは。

 その場合、本当にどうなってたかわからない。

 やっと状況が読めてきたのか、話を聞いていたミキが目を見開いて声を張り上げる。

 

「ってことは……わ、私をはめたの!?」

「いやハメてはいないぞ」

「はめたじゃないのよ!」


 はめたはめたと連呼されるがハメてはいないので誤解のなきように。


「な、なんでわざわざそんな……」

「んーまあ俺としては、なんかお互いヒミツにしてる部分とか、弱みみたいなのを見せあえば仲良くなれるのかなって」


 ミキがちょっとカッコつけているのがよくないのかな、と思った。 

 本当はユキが羨ましいのかも、みたいに話していた部分は、結構いい感じだったと思うのだが。


「正直ユキちゃんドン引きなんですけど。初体験を済ませて自信をつけたいとか、完全に陰キャ童貞の言い分じゃん」


 しかし肝心のユキにはあまり響いてなさそうだった。そのあとの衝撃が大きいだけに。

 いつしかユキの顔からは笑みが消えていた。冷めた口調で言い放つ。


「そんなんで自信つくなら苦労ないよね」

「そんなのやってみなくちゃわからないじゃない。自分だって経験したわけじゃないくせに。デリヘル呼んだら人生変わったみたいな話とか知らないの?」

「しらねーよ! 作り話でしょそんなの! ミキってそういうの興味ないみたいな口ぶりだったくせに、興味ありありじゃん」

「う、うるさい! あんただって家に押しかけて、ヤろうとしてたんでしょ!」

「それがなにか?」

「おい開き直るな」


 ここは俺がユキにも警告。


「てか、手錠かけて無理やりとかヤバすぎなんですけど」

「無理やりじゃない合意だから。星くんだって内心はよっしゃラッキー! って思ってるよ。さっきも間違いなく興奮してたし、本当はしたくてしょうがないはず」

  

 ……ん? 話がおかしな方向に。修正しないと。

 ギロリと擬音でもつきそうな勢いで、ユキが俺を見た。

 

「……ナイトくん? そうなの?」

「待て待て落ち着け。その……あれだ。学園の姫とか言われている子がエロい格好で迫ってきてキスされてもなんともならないのは、それはそれで問題だと思わないか」

「なに? ムスコさんはやる気だったってこと?」

「そうそう」

 

 ミキがかわりに答えた。バレている。


「え? てかキスしたの? なんで?」


 ユキが平坦な声で詰めてくる。

 そこの部分は音だけではバレていなかったらしい。完全に余計なことを言った。

 

「したけどなにか?」


 またミキが勝手に答えた。どうして張り合ってしまうのか。そしてユキはなぜ全力で俺を睨んでくるのか。

 ユキはベッドの上にいる俺から視線を正面のミキに戻した。空気が張り詰める。

 見えない気迫に押されたのか、ミキが少しだけたじろぐ。すばやくユキの手が伸びてミキの腕を掴み、体ごと引き寄せた。


「ちょ、ちょっとユキっ……!」

   

 ミキが悲鳴に似た声を上げる。ここで取っ組み合いはまずい。

 止めに入ろうとするが腕はうしろで繋がれていて前に伸びない。それどころか動かない。


「ユキやめろって……え?」

 

 待ったをかけようとした寸前で、俺は目の前の光景を見て固まった。

 どういうわけかユキはミキの顔を押さえつけて唇を奪っていた。バランスを崩したミキはユキの背中に手を回して、自分の体を支える。


 はた目には、二人が抱き合いながら口づけを交わしているように見える。

 これは別の意味でまずい。


「ふぅ……。これで取り消し。ノーカンね」


 唇を離したユキが得意げに息を吐く。ミキは顔を赤くしてふらつく。

 さらに唇を奪うことでなかったことにするという意味らしいが、俺は何を見せられているのか。けれど両腕は拘束されたままで、止めにも入れない。俺は腕をゆすりながら言う。

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