第29話
昼休みになると俺は渡り廊下に向かって、中庭隅の張り込みを行った。まずはあそこにユキが現れないことには話にならない。
もっと他にやりようがあるような気もしたが、仮に「ミキがお前と昼飯食べたいんだって」とユキに送ったところで、警戒されて拒否られて終わりだろう。
計画倒れになる可能性はあったが、無事ユキはすぐに姿を現した。
ユキはたまに、と言っていたが実は毎回あそこで食っているのではないだろうか。
スマホでミキへ連絡。俺は俺で一階へおりて、外へ出る。このあたりはあらかじめ、示し合わせてある。
下駄箱を出て建物を回り込むと、柱の陰からぬっと女子生徒が姿を現した。
「遅い」
「うわっ」
仏頂面のミキに迫られ、思わずのけぞる。
片手にランチバッグを下げたミキは、警戒するようにあたりを見回している。
「なんでそんなとこに隠れてんの?」
「見つかったら怪しまれるでしょ。大変なんだよ? 教室抜け出すのだって、『ミキどこいくの?』とか聞かれて」
「ああそうでしたか、どうもすいませんね、お忙しいところ」
たしかに姫がこんなところに一人でいたら不審がられるだろう。フリーな俺やユキとは違う。
俺が先に立つと、ミキは顔を伏せぎみについてくる。中庭にさしかかるや、すぐにレンガを乗り越えて花壇の中へ。こっちに入ってしまえば、そうおいそれと誰かに見つかったりはしない。
壁にそって奥の角に進む。レンガに座っているユキの背中を発見した。
いきなり二人で現れると、驚かせてしまうだろう。まずは俺が行って、ワンクッション置くことにする。手前の丸い植木の陰でミキを待機させると、俺はユキの背後から声をかけた。
「ユキ」
はっとユキが振り向いた。見開いた大きな瞳が、まっすぐ俺を捉えてくる。
ユキは俺を見つめたまま立ち上がった。何も言わずに、ふらふらと近づいてくる。
「おおっと……」
そのまま倒れ込んでくる体を抱きとめる。ユキはしがみつくようにして、胸元に顔を埋めてきた。
「ユキ、ずっと一人で、寂しかったの……」
俺の胸の中で、か細い声を上げた。
背中に回されたユキの両腕が、強く締め上げてくる。両胸が軽くたわむぐらいに押し付けられ、はっきりと形がわかる感触がする。
「まて」
俺はユキの肩をつかんだ。負けじと抱きつく腕に力が込められる。離れようとしない。
ならばとユキのおでこを押して、頭を引き起こした。ぎゅっと目を閉じたままの顔に言う。
「……なんで笑ってる?」
「笑ってないよ」
「笑ってるだろ」
口元が明らかににやついている。我慢ができないといった様子だ。
こらえきれなかったのか、半笑いだったユキの顔がついに全笑いになった。ユキは巻き付けた両腕をぱっと離すと、握りこぶしを振りかざしガッツポーズをする。
「やったぜ一本釣り成功! 押してダメなら引いてみろ作戦! ユキちゃん大勝利!」
俺は固まった。
まさか、まさかと思った予感が的中してしまった。
くるりと身を翻したユキは、得意満面の笑みで人の顔をのぞきこんでくる。
「ナイトくん、ユキが心配で来てくれたんだよね~? 連絡も来なくなって、気になって気になってしょうがなかったんだよね~?」
これでもかというほどに顔を近づけてくる。
かと思えば急に口をとがらせ腕組みをして、
「ほんとはあの日、帰りの駅のとこで追ってくると思って待ってたんだけどさ~。なんで追ってこねえんだよくそが! っていじけて帰ったんだよね。でも時間差で効いてたか~やは~」
ユキは頭をかきながらうれしそうに笑う。
一方俺は……目が点になるとは、まさにこういう状態なのだろう。呆れてものも言えない。
ぼうぜんと立ちつくしていると、ユキは体を寄せながら唇をすぼめてきた。
「いいよ、ナイトくんの気持ち伝わったから。思う存分イチャイチャしようね。んーちゅっちゅ」
「ば、ばかやめろ」
頭を抑え込むがユキの攻勢は止まりそうにない。
抱きつかれてバランスを崩しそうになっていると、背後から力強く肩をつかまれた。
「で、私は何を見せられてるの?」
身が縮むほどに冷え切った声だった。
振り向くと、死んだ表情のミキが俺を睨んでいた。
「これを見せつけるために私を連れてきたってこと?」
「ち、違います違います、ちょっとした手違いで……落ち着いてくださいミキさん」
こんなのは予定と違う。俺が言うのもなんだが、ミキはキレていいと思う。
「あー! なんでミキがいんの!?」
ミキに気づいたユキがすっとんきょうな声を上げる。
ユキは俺を後ろにのけて、ミキの前に立ちふさがった。正面からにらみ合う。いやなぜにらみ合う。
しかしよくよく思えば、二人一緒にいるところを見るのは初めてだ。こうして向き合っていると、まるで間に大きな鏡でもおいてあるかのよう。
ただユキのほうが髪が短かったり、スカートも少し短かったり、靴下の長さも短かったりなど、若干の違いは見られる。
「ふっ、こんなところでご飯食べてるの?」
ミキは鼻で笑いながら言った。第一声で煽っていく。
「ひとの勝手でしょ。てかそっちこそなにしてんの」
「それは……星くんがここで一緒にお昼食べよう? っていうから」
あ、この人嘘ついた。
いやまったくの嘘ではないが、今の言い方は語弊がある。
すかさずユキのギラついた視線が飛んでくる。
「ん? どういうことかな?」
いきなり飛び火した。目が笑ってない。口も笑ってない。
「いや俺はおまけで、ミキと二人で姉妹仲良くどうかなって」
「はぁ~~?」
「ユキが一人でかわいそうだからって思って、俺が無理言って連れてきたんだけど……」
「あっ、そうなんだ。ユキのために……ナイトくん優しい」
「その必要はなかったみたいだな」
するとユキは顎に手を当てて、わかりやすく思案顔になった。きっとろくでもないことを考えているに違いない。
案が決まったのか、急にしおらしい顔になって目線を落とした。
「……あのね、さっきの押してダメなら引いてみろとか一本釣りとか……全部嘘なの。ユキほんとはひとりでさびちいの」
「じゃあミキとふたりで一緒にどうぞ」
「いやそれはないわ」
真顔で拒否られた。表情の変化が忙しい。
俺がユキとやりとりをするかたわら、ミキは無言でブロックに腰掛けた。バッグから弁当を取り出し、黙って食べ始める。
ユキとは違って箸の運びが早い。ひょいひょいと口に入れていく。
「勝手に食べ始めちゃったよ。てか食べるのはやっ。大食い選手権出れるんじゃない」
ユキが茶化すが無視。
ミキは早々に弁当の中身を空にすると、立ち上がった。そのまま立ち去るのかと思いきや、すれちがいざま、立ち止まって俺の耳元でいった。
「一緒にお昼食べたから。お願い、きいてあげたよね?」
「え? ああ、まあ……」
「約束、わかってるよね? あとで連絡するから」
圧がすごい。
こんなはずではなかったのだが、ミキとしてはお願いをこなしたのはたしかだ。にしても、いったい何をお願いしてくるつもりなのか。
ミキは最後にちらりとユキを一瞥すると、何を言うでもなく植木の間を通り抜けていった。
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