第28話

 その夜、俺はミキに電話をかけた。

 自宅の座布団の上にあぐらをかいて、耳に当てたスマホのコール音を聞く。

 一応前もってメッセージでアポイントは取ってあるが、がらにもなくちょっと緊張している。


「はい、もしもし」


 数秒のコールのあと、電話が繋がった。

 第一声に迷った。お疲れ様です、と言うわけにもいかない。


「あ、すいませんね、どうも」

「ううんいいよ。ふふ」


 彼女とは会って話すより、電話口で話している時間のほうが長いかもしれない。

 けどこうでもしないと、学園の姫さまと二人きりで話す状況はなかなか作れない。


「あ、今って、家? そばにユキとかいる?」

「ううん、自分の部屋。ひとりだよ」

 

 それならよかった。理想的な状況だ。


「で、どしたの? 話があるって」

「話っていうのは、その……ユキのこと、なんだけどさ」

「だめ」

「はい?」

「ユキの話はしません」


 いきなり遮られた。となるとこれ以上電話してもしょうがない。


「んーじゃ、話すことないし切るわ」

「待って、なに?」


 電話を切ろうとすると止められた。なら初めから言わなければいいのに。

 

「あいつさ、学校で話し相手もいなくて、孤立してるんだって」

「知ってる」


 即答。でもまあ、知らないってことはないだろう。隠しきれないだろうし。


「で、それを紛らわすためか知らんけど、変な野郎たちを集めて集会開いてたりしてて」

「なにそれ楽しそう」


 やはりその件は知らなかったらしい。にしてもミキは完全に他人事のような口ぶりだ。


「昼もさ、一人で変なところで飯食ってて……」

「ふぅん? それで?」

「なんかさ、昼飯だけでも一緒に食べてやるとか」

「私が?」


 声だけでも拒否反応が伝わってくる。

 あーこれは……と天井を仰いでいると、ミキは続ける。


「そうは言うけど、お昼は私もいろいろ神経使うの。みんな群れたがるから。お昼食べるだけなのに、なんであんなにめんどくさいんだろう。だからユキが自分だけ大変だと思ってたら、とんだ間違いだから」


 前回も結構ぶっちゃけるタイプだと思っていたがまたしても。


「前も思ったけど、けっこうズバズバ言いますねぇ」

「星くんに『表ではいい顔してるんだ』みたいに言われて正直ムカっときたけど、でもあんなふうに本音言ったの、初めてだったから。星くんとは本音で、話せそうだなって」


 やられたらやり返すみたいな、俺に対しては好戦的らしい。

 昼飯うんぬんは無理めかと思い、別の方へシフトする。

 

「じゃあそれか家でさ、お姉ちゃんが愚痴を聞いてあげるだけでも、だいぶ違うと思うんだけど」

「私だって愚痴りたいこといっぱいあるんだけど。それにお姉ちゃんって言うけど、私もユキも姉とか妹とかそういうの意識してないし」


 間髪入れずに反論を受ける。ディベートとかしたら絶対負けるわ俺。

 ちょっとばかり性急すぎたらしい。ここは話題を変えて、気になっていたことをたずねる。

 

「あのさ……なんでそんな仲悪いの?」


 そう聞くと、すらすらと答えていたミキが言葉に詰まった。


「悪いっていうか……あの子が私のこと、嫌ってるから」


 ユキも同じようなことを言っていた。お互い向こうが嫌ってるから、とかそんな理由。

 てっきり二人が仲違いに至った決定的な出来事があるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。


「それにその孤立してるっていうのも、あの子が自分で選んでるだけ。私と同じように振る舞えば、そんなことにはならないでしょ? 環境とか、見た目もだけど、ほとんど変わらないんだから」

 

 ユキはミキのように周りに媚びを売るような真似はしたくないと言っていた。にしてもあれは少し極端だが。

 強いて言えばそういう部分が嫌いなのか。なぜ二人の考え方がこうも違うのかが重要な気もするが、俺はカウンセラーではないのでそこまで詰める気はない。それこそ本人たちもわからない部分だろう。


「お互い相手が嫌いだと思ってるから嫌いってさ。おもしろいよな」

「なにそれ、ユキもそうやって言ってたの?」

「うん」

「嘘」

「嘘じゃないって」


 そういうとミキは黙った。しばらく沈黙が続く。俺はあえて何も言わずに待つ。

 

「……それで星くんは、ユキが一人ぼっちでかわいそうだからって、私と仲直りさせようってこと? へえ、ユキには優しいんだ」


 お前の考えはお見通しとばかりに、勝ち誇ったような口調になった。皮肉っぽい言い方。

 優しいというか、せめてもの罪滅ぼしというか。

 俺が偶然あの便所に入らなかったら、それはそれでうまくいっていたのかもしれないし。

 

「まあ、そういうことでいいよ」

「そういうおせっかいって、あんまりよくないんじゃない? ちゃんと最後まで面倒を見る覚悟があるのならって感じだけど」

「それはないかな」

「あっさりいうね」

「少なくとも今の俺には無理だと思ったからさ。やっぱりダメだ、って途中で見捨てるよりそっちのほうが良心的だろ。やっぱ身近にいるお姉さんが一番適任かなって思って」

  

 あんな男はやめておいたほうがいい。

 たとえば俺がユキの友人だったらそういう。ユキには友人がいないらしいから客観的に見れていない。


「いきなり二人はきついだろうから、俺が間に入る感じで……明日の昼にでも、一緒に飯食いながら、話をしてみようとおもうんだけど。どうかな」

「それって、星くんからの依頼?」

「そうそう、単なる俺の思いつき。まあ依頼っていうか、お願いっていうか」


 ミキはまた黙った。

 困っている、というよりは、何事か考えを巡らせているようだった。


「あのさ、確認なんだけど、ユキとは付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「だからそうだって」

「体の関係もないと」

「ないって」

「ユキの片思いってことでいい?」

「んーまあ、今は俺も愛想つかされた感じかな」


 結構しつこく聞いてくる。

 実は俺とユキが屈託して……みたいなことを疑っているのか。意外に抜け目がない。

 少しの沈黙の後、ミキはいった。

 

「わかった、いいよ。明日、ユキと一緒にお昼食べればいいんでしょ?」

「え、まじ?」

「まじだけど……なんで?」

「いや、急にあっさりいくなって思って」


 さんざん渋っていたわりに、結局引き受けてくれるらしい。

 本当はミキも、仲直りするきっかけを探していたのかもしれない。あっさり俺の提案を飲むのもきまりが悪くて抵抗してみた、とか。

 ……なんて、いいふうに解釈しすぎか。


「そのかわり私のお願いも聞いてくれる?」

「お願い? なに?」

「先に聞いてくれるかどうか答えて?」


 引っかかる言い方をする。

 けどここで俺が尻込みしたって仕方ない。人にものを頼むだけでなく、自分もなにか差し出すべきだろう。


「いいよ、俺にできることなら」

「やった。じゃ、決まりね」


 やけに弾んだ声だった。やっぱちょい不気味。

 まあとりあえずは、明日か。

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