第27話

 休みを挟んで次の週になって、数日がたった。あれ以降ユキからは、いっさい連絡が来なくなった。ちょくちょくきていたLineもぱったりやんだ。

 普通に学校生活をしているぶんには、彼女と接点はない。クラスも違うし学年も違う。なにかのくくりで一緒、ということもない。

 偶然廊下ですれ違う、ぐらいはあるかもしれないが、確率としては低い。向こうが俺を見かけても声をかけなくなったのだとしたら、さらに下がる。


 そのいっぽう俺はというと、ちょい生意気一年坊主から、ガリ勉一年生へとクラスチェンジした。

 見るからにガラの悪そうな連中とは関わらない。ちょっかいをだされてもやりあわない。

 この前の消火器の件がまだ尾を引いていて、一部陰口を叩く奴らもいたが、全部無視。

 その場で何やかや言われようが、長い目で見れば俺が勝つ。最終的には俺が人生の勝者となるのだ。



 その日は昼休みに職員室に呼び出された。俺を待っていたのは学年主任の増田だった。

 経過観察を兼ねて、俺に聞きたいことがあるらしい。

 話を聞くに、俺と揉めた二年の金子が学校を休みがちなのだという。

 本人に尋ねてもなんでもない、の一点張り。それで周りに事情を聞いて回っているらしい。

 自分の席で椅子に座った増田は、腕組みをしながら俺に疑惑の目を向けてきた。


「お前、なんかやったんじゃないだろうな。うさ晴らしに闇討ちとか」

「まったく存じ上げませんが」

「この間金子と話したときも、やけに疲れた顔をしてたんだよな。覇気がないというか」

「ああ、俺もそれは見ました。人って変わるもんですね」

「お前かやっぱり」

「違うっつうの」


 どうしても俺を疑いたいらしい。

 実は俺の中のもう一人の人格が悪さをしていたとか、そういうサスペンス的な話ではない。


「はぁ~まったく、次から次へと面倒事が……」

「先生、今日もいい感じの加齢臭ですね」

「おかげさまでな、どんどんきつくなってくわ」


 このように俺は教師にも逆らうことはしない。うまくおだてて従順な姿勢を見せていく。

 ていうか、先生にチクったら今度は俺がいじめられるかもしれないしな。あんな奴らに負ける気はしないけど、仮にやり返したところで意味がないって悟った。次は冗談抜きに退学食らうかもしれない。

 さんざんおべっかを言って、俺は職員室をあとにした。


 

 そしてその帰り。

 教室へ続く渡り廊下で、俺は足を止めた。

 廊下の中ほどにある窓を開けて、外の空気を吸いながら、窓枠にもたれかかる。

 ここはいつだかの放課後も、一人たそがれていた場所だ。中庭が一望できる。


 中庭中央のガーデンテーブルは陽キャ集団に占拠されている。それはいつものことだ。 

 実はここの窓からたそがれる感じに身を乗り出すと、視界の右下端に、例のイチャイチャポイントがギリギリ見える。この前ユキと昼飯を食った場所。

 

 ちょうど今もそこに、一人で座っている女子生徒の頭が見える。

 弁当箱を膝に乗せて、ちんたら飯を食っている。そしてあの飲み物の置き方は、彼女で間違いない。

 

 ――わたし、振られちゃったね。


「極端なんだよなー……」


 振ったとか振られたとか、そういうつもりはないしそういう話でもない。ほどよい距離感、というのは難しいものなのか。

 まあそれができていたら、あいつもあんなふうにはなっていないか。


 いくらメンタルが強いと言っても、ずっとこの先もそれで押し通せる保証はない。そもそも強がっているだけかもしれないし、本人もよくわかっていないのかもしれない。

 けど拒否った俺が、どうこう口出しすることでもないのか。


「わっ」


 いきなり耳元に声をかけられ、ぎくっと背筋が伸びる。

 心臓が止まるかと思った。というのはその声が、下の庭にいるはずの彼女とよく似ていた。


 振り返ると、三人の女子生徒が廊下を通りすぎていく。

 そのうちの一人が、俺に向かって笑顔で手を振っていた。ミキだ。

 通りすがりに見かけたから声をかけた、というところだろう。

 

 何事か話しながら遠ざかっていく後ろ姿を、つい見送ってしまう。

 一人だけ飛び抜けてオーラがある。顔の大きさスタイルからして、レベルが違う。あんなふうにされたら、耐性のない男子はすぐ惚れてしまいそうだ。


 ミキからの好感度はもはや地に落ちたと思っていたが、今のを見るかぎりそうでもなさそう。

 前回のお泊り未遂の件に関しても、その後特に問い詰められることもなく。まあユキとは裏でバトったのかもしれないが。

 それにしても……なるほどそうか、ミキか。その手があったか。

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