第21話

 放課後はユキとともに歩いて学校の敷地を出た。最近はチャリを手で押してばかりだ。 

 女子と一緒に下校なんて、はたから見れば羨ましがられるかもしれない。これぞ青春というやつかもしれない。しかし隣の女子は逃げたらわかってんだろうなとばかりに俺の一挙一動を警戒してくる。


 それにこの学校、男女のカップル率が妙に高い気がする。これは俺の体感ではなくスマ彦も口にしていたことだ。なのでこうやって男女で歩いていてもそこまで浮かない。それなりに不興は買うだろうが。


 今も俺たちの50メートルほど先を行く男女二人組が、手を握ったり腕を組んだりとやりたい放題だ。隣からは小さく舌打ちが聞こえてくる。


「チッ、見せつけやがって」

「やめろよおい。なあ、デートとか言うけど、どこに行くとかあんの?」

「もち。ちゃんと決めてまーす」


 何も考えていなかった昨日とは違い、ユキの足取りは迷いがない。

 駅へ続く大通りを途中で折れて、路地を行く。人の通りが少なくなってきた。車もほとんど通らない。

 景色がだんだん寂れていく。地元ではないのでそこまで詳しくはないが、こっちのほうに遊んだり時間をつぶすような場所があるとは思えない。


 途中でご休憩の看板が出ているホテルを通り過ぎる。もしかしてそういうくだらないネタかと思い、ちらりとユキの顔に目線を向ける。ユキは「ん?」と不思議そうに眉を持ち上げた。どうやらくだらないことを考えていたのは俺のほうだったらしい。

 

 やってきたのはそれなりの敷地面積を持つ公園だった。

 ああなるほどここか、と俺は心のうちで納得する。あそこは放課後カップルだらけだから近寄らない方がいいとスマ彦がいっていた。話には聞いていたが、初めて来る場所だ。


「ここ来てみたかったんだよね~」


 ユキがうれしそうに振り返ってくる。

 公園でデートなんてこいつにしてはまともだ。いかにも青春ど真ん中っぽい感じがして、俺も気分が上がってくる。

 入口付近の駐輪スペースにチャリを止めた。近くにはジュースとアイスの自販機が立ち並んでいる。

 案内のボードを見ると、公園の奥は意外に広そうだ。ユキによればここで飲み物なりを買っていくのが通のやり方だという。


「飲み物なにがいい? お姉さんが買ってあげる」


 ちょいちょいお姉さんアピールをしてくるのはなんなのか。間違いというわけではないが、たかだか一つ違いで連呼されるのもどうかと。


「喉かわいてないんでいいっす」

「そうだね、二人でシェアしよっか」


 ユキは見えない他の誰かと話しているようだ。俺とは会話にならない。


 ユキが飲み物を買うのを待って、園内を歩き始める。 

 夕暮れの公園は独特の静けさがあった。風が通り抜けて、落ち葉がくるくると宙を舞う。暑くもなく寒くもなく。ぼちぼち紅葉がはじまって、ゆっくりするにはよい時期だ。


 前情報に違わず、ちらほら制服姿のカップルが目に入ってくる。手つなぎはもうデフォ。他校の制服も見られる。あれはもしかして中学生か。隣り合って座りながら、ベンチで語り合っている。

 一応今は女連れだからいいけども、うっかり一人で迷いこむと悲惨な目にあいそうだ。


「いいねえ、みんな青春してるねえ」

「なにそれ誰目線? わたしとじゃ青春にならないってかそうですか」

「まあそれはそう」


 肩パンが飛んできた。ちょいちょい手が出る。

 芝生の広場の隅っこに空いているベンチを見つけて、腰を落ち着ける。

 ユキは背負っていたリュックを隣におろした。いつもの手提げかばんではない。何が入っているのか、やけに大荷物だ。

  

「それ、なんで今日リュック?」

「荷物いっぱいあったから」


 なんでそんな荷物があるのか、という意味で聞いたのだがそれきり質問はシャットダウンされた。

 ユキは自販機で買った小さめのペットボトルのお茶を口に含んだ。すぐに「飲む?」と差し出してくる。俺は首を振った。


「飲まないの? あ、間接じゃないほうがいい?」

「そうやって聞いてくるパターン初めてみたわ」


 ユキはけらけらと笑う。人をからかう変なセンスには優れている。


「ねえ知ってる? ここなんでカップルに人気か」

「さあ? 昔からの伝統みたいなそんな感じ?」

「きれいなトイレがあるから」

「ふうん? それが?」

「多目的の」

「嫌な話だねえ」


 俺の青春イメージが一瞬で汚されていく。

 ユキが勝手にそう言ってるだけで、本当のところは違うと思いたい。


「今空いてるみたいだからいっとく?」

「お前それ面白いと思ってる?」

「好きでしょ? そういうくだらない下ネタ」

 

 前言撤回。センスのかけらもない。

 どうやら昨日のテンガさんネタを根に持っているらしい。

 男友達にやるノリで冗談を飛ばしてはいけないというのを学習した。

 ユキはスマホを取り出すと、腰を浮かせて体を寄せてくる。


「じゃあ初デート記念に写真写真」

「何が初デート記念だよ」


 ユキは顔を近づけてきて自分にスマホを向ける。

 顔を背けるも勝手に2ショットを撮られた。にやにやしながらスマホをいじっているユキに釘を刺す。

 

「お前それ、勝手にSNSとかに上げるんじゃねえだろうな」

「え? そんなことしないよ。そういうの一切やってないから」

「ならいいけど。なんかそういうのやってそうだと思ったからさ」

「SNSはこわい。きけん」

「これもう過去になんかやらかしてるな」

「ママから禁止令出てるの。中学のとき変な人に家特定されそうになって引っ越しして……そんときじゃなかったかな、わたしがパパにぶたれたの。ミキもやってたんだけど、あいつこっそり消したから」


 冗談でいったつもりが本当にやらかしていた。それも盛大に。

 

「ぶたれたって言ったらママがキレて、もともとそれが原因でいろいろあって別れたみたいな」

「そりゃあSNS怖くもなるな」

「ナイトくんも気をつけたほうがいいよ」

「言葉に重みあるな」


 みんなの前で講演とかしたらいいんじゃないかな。スマ彦のアホにも教えてやってほしい。

 ベンチに座りながら、ユキの話……というか愚痴を聞く。よくしゃべるし話し出すと止まらない。だるいこと多すぎ。うざいやつ多すぎ。


 彼女はクラスでは孤立しているようだった。アホばっかりだから自分から距離を取っているとかなんとか。たまにくるみちゃん、という子の名前が出てくるが、口ぶりからするにその子とは少しだけ話すらしい。きっとすごい聖人なのだろう。


 一切誰とも会話が……というわけではないところが逆にガチっぽい感ある。

 ユキの話が一区切りしたところで、俺はスマホで時間を見る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る