第20話

「はい、どうぞ召し上がれ~」


 中庭の隅っこ、校舎の角。

 コンクリートブロックに腰掛けたユキが、笑みを浮かべながら弁当箱を手渡してくる。

 フタを開けると、中は白米の他にたまごやき、ウインナー、唐揚げとシンプルながら豪快におかずが詰められていた。


「急だったから野菜がないんだけどねぇ」

「いやこういうのでいいんだよ」

「でしょお~?」


 変に凝ったものを入れられるよりいい。

 さっそく用意された箸を使って、弁当の中身を口に運ぶ。

 

「どう?」

「うまいうまい。ユキは料理上手だなぁ」

「そお? んふふ、それほどでも~」


 ユキの頬がゆるゆるになる。

 無償で作ってもらったからには多少のリップサービスは必要だろう。というかこの内容でまずくなりようがない。

 唐揚げはおそらく冷凍。料理というかただ焼いただけじゃね? とか余計なことは言わない。

 対面でユキも似たような弁当を広げて食べ始める。俺のより一回り小サイズ。


「たまごやき、上手にできてるでしょお~?」

 

 口ぶりからするに、ふだんあまり料理はしなさそう。人のことは言えないが。


「わたしね、料理とかけっこうするんだよ」


 ユキは人の心の内を読んだように言う。やはりそこまで料理してそうなタイプには見えない。

 

「ほんとかよ」

「パパはもういないっていったでしょ? ママも仕事でうちにいなかったりするから、わたしも一人暮らしみたいな感じで……んふ、ナイトくんと一緒だね」

「いや一人暮らしって、ミキは?」

「ミキは……いるけど、ほとんどしゃべらないし」


 急にわかりやすく表情を曇らせる。。

 この調子だと、昨晩俺とミキが電話していたことは知らないようだ。知ってたらすでに騒いでいるだろうが。

 今思うと昨日ミキの口からも、ユキというワードは一度も出なかった。


「てか、君らって仲悪いん?」

「悪い」

「即答かよ。なんで?」


 今度は即答しなかった。

 ユキは箸を持ち上げたまま、なにか考えるように宙を見ていたが、


「なんでって……ミキがわたしのこと、嫌いだからじゃない?」

「なんだそれ」

「わたしの悪口とかを取り巻きに言ってるとか」

「とか?」

「見たわけじゃないけど、かもしれないっていう話。まあ、それはお互い様だけどね」

「お前は取り巻きに言ってたんだ。最悪じゃん」

「わたしは悪口じゃなくて、事実しか言ってないから。あいつ休みの日とかめんどくさいからって服着替えすらしないし。同じパンツ二回はいたりするし。お風呂入らなかったりするし」

「まじ? 姫が?」

「それ言ったらあの連中なんかテンション上がってたからキモいんだよって蹴っといた」


 やりたい放題だ。なんとなく光景が目に浮かぶ。

 とりとめもないユキの話を聞き流しつつ、俺は米粒一つ残さず弁当を平らげた。満腹には少し足りないが、いつものパンと比べたらはるかに満足度は高い。

 

「じゃ、ごちそうさん」


 弁当箱を閉じて返却。

 手を上げて立ち上がると、すかさず手首を掴まれた。


「ちょっと待って、なに帰ろうとしてるの?」

「いや食べ終わったし……」

「わたしまだ食べてるんだけど? そうやって食べるだけ食べて食べ捨て?」

「やり捨てみたいに言うな」


 今の言い方は絶対狙っている。

 俺はユキが食べ終わるまで待たなければならないらしい。

 ただでさえゆっくりな上に話しながらのせいか、食べるペースがクソ遅い。弁当の中はまだ半分以上残っている。


「そういえばナイトくんの飲み物なかったね。それ飲んでいいよ?」


 ユキはかたわらのブロックの上のペットボトルに視線を向ける。

 どこにでも売ってる普通のお茶……はいいが、すでにフタは開けられて、何度かユキが口にしたあとだ。


「いや、それ……」

「ん、なに? あ、もしかして~……」


 ユキの口角がニンマリと上がっていく。

 

「間接キスだから恥ずかしがってるのかな? 昨日あれだけしたのに」

「あれだけってそんなでもないだろ、大げさに言うなよ」

「あらら強がってる? かわいいでちゅね~~」


 ずいぶん楽しそうだ。

 そうは言うが自分だって帰り際、様子がおかしかったのは間違いない。わたしやっちゃったかも? 的な空気を俺も感じ取った。しかし一晩置いて、また一皮むけたとでも言うのか。

 俺にしてみたら昨日のことは、不意をつかれて仕方なくだ。やはりあれは不本意だったと言わざるをえない。

 

「あのさ、昨日のあれ……なしにしない?」

「は?」


 ユキの瞳から輝きが消えた。

 ……というのは大げさだが、真顔になった。怖い。

 かと思えば、数秒後にはころっと相好をくずした。


「じゃいいよ、昨日のはノーカンで」

「あ、そう? 悪いね」

「そのかわり今日……デートしよ?」


 それだとあまり意味がない。

 遊ぶからデートに格上げになっている。


「いやあのさ、一緒に飯食うとか遊ぶは百歩譲っていいけどさ、デートは違うじゃん?」

「何が違うの? わざわざこんなとこに来てお弁当一緒に食べてる時点で、絶対わたしのこと好きじゃん。わたしの言いなりのしもべじゃん」

「それは勝手に弁当作ったって言うからさ。飯代も浮くしラッキーと思って」

「もとからわたしじゃなくてご飯目当てってこと? なにそれやっぱり食い逃げじゃん! やり逃げじゃん!」

「やり逃げ言うな」


 俺がなにをやったというのか。

 いくら立入禁止の奥まった場所にいるとはいえ、あまり大声を出すと人のいる芝生のほうまで声が聞こえるおそれがある。

 

「とりあえず一回落ち着こう、な?」

「じゃあお弁当代払って」


 広げた手のひらを差し出してくる。冗談ではなく目が本気っぽい。


「はぁ……。いくらだよ」

「一万円」

「ふざけんな。300円がいいとこだろ」

「三万円」

「なんで値上がりした? 今」

「あ、そうなんだ。ナイトくんにとってわたしって、300円の女なんだ……」

「弁当の話ね?」


 ユキはうつむくと何もない土の上を見つめはじめた。ぶつぶつと何事か呪文のようなものを唱えている。呪われるかもしれない。

 

「わかったよ、じゃあ今日だけな」

「よっしゃあ、やりぃ!」

 

 キラン、と擬音が付きそうな笑顔で親指を立ててくる。やたら落差が激しい。

 やはり人の話を聞くというのは難しい。

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