第19話

 次の日の朝はユキともミキとも出くわさなかった。とはいえ二日連続続いただけでも相当な確率だ。そのかわりユキからは朝イチでLineがきていた。

  

『今日お弁当作ったからおひる一緒に食べようね~』


 昼は一緒に食べることが確定らしい。昨日と同じ場所にきて、とのこと。無視したら無視したで文句を言われるのは目に見えている。教室まで乗り込んでくるかもしれない。

 なんにせよ俺は弁当という言葉に釣られた。最近昼はもっぱら、購買の安い微妙なパンを買い漁ってばかりだ。

 

 昼休みになると、俺は手ぶらで中庭に向かった。昼どきだからといって、廊下や通路があれこれ混雑するわけではない。大半の生徒が持参した弁当などを教室で済ませる。


 急ぐこともなく階段をおりていく。さほど人もおらず一階は静かなものだった。昇降口への廊下を曲がった角で、何者かにぶつかりそうになる。


 お互い立ち止まった拍子に、目が合う。なんだか暗そうなオーラを放った男子生徒だ。

 しかしよくよく見れば見覚えのある顔。


 男子生徒は二年の金子だった。昨晩もミキとの会話に名前が上がったばかり。

 噂をすればなんとやらだ。停学明けで、俺が顔を見るのは初めて。 


「おいっす」


 無視するのもどうかと思い、とりあえずあいさつをしておく。

 そんな義理はなかったが、同じ学校の生徒なんだから仲良くしろとさんざん言われた。


「お、おう……」


 金子は目をそらしてうなずいた。

 軽く茶色の入った髪は、頭のてっぺんから半分が黒くなっていた。

 伏せた目元のくまが目立つ。いくらか痩せたようだった。ずいぶん人相が違って見えた。


 なにか嫌味を言われるかと思ったが、金子は小さくうめいただけだった。それきり何を言うでもなく、すれ違っていく。

 ミキによるとおとなしくなった、という話だったが、そんなレベルではない気がする。すっかり別人のようだ。


 俺はつい金子の背中を振り返っていた。

 いつも大勢でぞろぞろ、ふんぞり返って廊下を歩いていたのに、今は一人だ。

 うつむきがちに体を縮こまらせながら、廊下の端っこを歩いていく。


「とうっ、ウルトラマンキーック」


 そのとき横の階段から廊下に飛び出してきた男子が、いきなり金子に飛び蹴りをかました。

 びたんと音がして、金子が両手をついて床に倒れ込む。つづいてぞろぞろと現れた数人の男子たちが、その周りを囲んだ。


「おいおい金子っちなに廊下で寝てんだよ」

「ふはは、お前がやったんだろ。それいじめだろ、先生に言われちゃうぞ~」

「ダメ。イジメダメゼッタイ」


 みんなずいぶん楽しそうに笑っている。

 俺と違って、あいわらずお友達は多いようだ。


「テメーなに見てんだよ?」


 金子を蹴り飛ばしたやつが俺の視線に気づいて近づいてきた。スマ彦とは違って見事なツーブロック。さらに横にラインが入っている。いい美容室に行ってるのかも。

 

「あ、見物料取られる感じっすか?」

「は? なにいってんの? 殴られてえの?」

「おうやれよ、先に殴れ、早く殴れ」

 

 自分から頬を差し出していく。

 さっさと殴ってくれたらこっちも殴れるのに、結局何もしてこない。口だけですか?


「あ、嘘です冗談です。やめて殴らないで」


 俺は慌てて両手を上げてあとずさる。さっきのはつい素が出てしまった。

 今やガリ勉優等生のボクはそういう危ないことには首を突っ込まないことにしたのだった。


 あとでこっそり先生に言おう。そうだ、それが正しいやり方だ。

 まあ覚えてたらな。


「お、そいつナイトくんじゃん。よっ」

 

 集団の中に微妙に知っている顔がいた。やたらフレンドリーに手をあげてくるが、俺はこんな頭髪検査に一発で引っ掛かりそうなやつとは仲良くない。

 たしか金子先輩のお友達だった気がしたが、一緒になって笑っていた。今は違うのか。


「お前もこいつにムカついてんだろ? 一発くれてやれよ」


 立ち上がりかけた金子を、親指で指差す。

 そんな生まれたての子鹿芸を披露している人を殴ってもしょうがない。


「あ、結構です。その人殴ってもボクの成績はよくならないので」

「なんだそれ、つまんねーなお前」


 それきり俺に興味を失ったようだった。

 金子を置いて、ぞろぞろとすれ違っていく。残された金子は、一人でゆっくり廊下を歩いていった。 

 

 ざまぁ、なんていって背中に中指を立てるような気にはならなかった。

 かといって同情とか、罪悪感を抱くのも違うと思った。俺がそう仕向けたわけではないし、なにがどうなってああなるかなんてわからない。

 ただ運が悪かったな、としか。

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