第18話
消火器の件とは、俺が停学をくらった一件のことだ。
夏休み明け、朝の登校中に二年の金子というやつと俺が言い争いになったのがことの発端。
先輩は俺が学校の構内で自転車をおりなかったのが気に食わなかったらしい。一年のくせに生意気だと。
断っておくが俺だけがルールを守らない無法者というわけではない。
一部の生徒はガンガン乗り回している。いわゆるちょいイキってる連中とか。
俺が呼び止められて注意されている間にも、チャリをおりてないやつがびゅんびゅんうしろを走っていくので、当然聞く。
「あれには注意しないんすか」
「あれはいいんだよ三年だから」
「じゃあ俺も三年になったらいいってこと?」
「そうは言ってねーだろ」
うーんバカなのかな?
証明問題とか絶対解けなそう。
「学校のルールだからだよ」
髪をちょい染めたり制服を着崩したり下に着込んだりという格好をしているくせに、優等生みたいなことを言われた。
めんどくさくなったのでそのときはチャリをおりて歩いた。
最初のきっかけはそんな感じ。
その後、ことあるごとに因縁をつけられるようになった。
いつもぞろぞろお仲間を引き連れていて、廊下ですれ違ったりすると絡んでくる。
あるとき「お前何組の誰だよ」みたいな流れになって名前を言ったら爆笑されて、「ナイトとかかっけ~超強そう」と煽られたので「まあ超強いっすよ」と返したら「は? じゃ見せてみろよ」と言われたのでお見せした。ジャブを当てただけで鼻血が出てしまって戦意を喪失なさられた。
それ以来直接絡んでくることはなくなったが、かわりにちょいちょい嫌がらせを受けるようになった。
下駄箱に落書きとか、靴隠したりとかマジでくだらない。
決定打になったのが、すれ違いざまにタバコの吸い殻を投げつけられたことだ。
タバコにはまだ火がついていた。ちょうど近くに消火器が目に入ったので、俺はそいつらごと消火活動をした。
その後校長室に呼び出されたときも、「タバコのポイ捨てを発見したので危ないと思って消火活動をしました」と言ったら集まっていた教師たちも黙った。
雲行きが怪しいと思ったのか、テンパった金子が「そもそも最初に手を出したのはそいつだ、この前も怪我させられた」とか言い出した。ようするにケンカに負けたので先生に泣きつくを地でやった。「うわなにそれだっさ」と言ったら停学になった。
とまあ簡単に言うとこんな経緯だ。
「本当は前から知ってたの。一年に生意気なやつがいる、みたいな話をクラスメイトから聞かされてて。それが金子くん……あ、その星くんが殴ったっていう人」
「あ、そっちがわ?」
「彼って前から素行が悪くて、みんなの評判もよくなかったんだけど……停学あけてからはおとなしくなったから。なんかその、先生に泣きついたみたいな話が悪いふうに周りに伝わってて」
俺が二週間でそいつが一週間なのがいまだに納得いかない。
「私も遊びに行こうとか、しつこく誘われたりしてて、困ってたから。だから、金子くんには悪いんだけど……星くんに助けられたなぁって」
「それは勝手にそう思ってるだけでしょ? 俺が助けたわけじゃないし」
「それと実は私……星くんが消火器撒いたときも、遠くから見てたんだ。怒鳴り声がして、あ、怖いって思って、私、動けなくなって。星くんは、囲まれても全然動じてなくて。すごいなって」
最悪ボコボコにされるぐらいで、さすがに殺されることはないだろうとタカをくくっていた。親父のおかげで殴られるのは慣れている。それこそ子供のときは親父に殺されるんじゃないかと思ったりしたこともある。
それとタバコに関しては、親父がタバコの不始末で火事をおこしかけたせいで軽くトラウマになっている。あれは下手すると死んでいた。
「あとは……ほら。増田先生ってすごい怖いじゃん。あんな口きけるのすごいなーって」
「あのおっさんはわりとまともな教師だから、俺みたいなクソガキにもそこまで強く出れないんだよ。本当はかわいそうな人なんだ」
「そこまでわかっててやってるってこと?」
「まあお互いにね」
自分で言っててキモくなってきた。おっさんと通じ合っているというのもどうかと思う。そんなのがすごいと言われてもまったくピンとこない。
「私としては意を決して、連絡先渡したつもりだったんだけど」
「そう? だいぶ余裕たっぷりな感じだったけど」
「あのとき本当は、めちゃめちゃ心臓バクバクしてた。手も震えてたし」
そうは言うが本当かどうかは今となっては本人にしかわからない。
ミキはやや興奮しているのか、どんどん口調が早くなっていく。ユキはしないような話し方だ。
「実は本当は……って、まあいろいろあったのはわかったよ。で、どうしたいわけ?」
「星くんのこと、もっと知りたいなって思って。私、強い人が好きだから」
「強い人? じゃあその、ヒグマとかを彼氏にしたほうが早いのでは?」
「う~ん、その発想はなかったな~」
笑い声が漏れてくる。
けれど俺はそこまで的はずれな冗談を飛ばしたわけではない。
「この前もほら、ヒグマみたいのいたじゃん」
「え、わかんない。誰のこと?」
「ほら、野球のユニフォーム着たやつとか。あと今日の朝だっけ? 寄ってきたやつとか」
「ああ、武田くん? ないない」
「ひでえな、楽しそうに話してたじゃん」
「うんうん、楽しそうには話してたでしょ? 楽しくないけど。私、野球好きじゃないの。ルールもよくわからないし」
「そういう問題か?」
「あ、今の秘密ね? 本人に伝わると傷つくと思うから」
二人だけの秘密。
そんなふうにいえば聞こえはいい。秘密を共有された相手には、好意をもたれるかもしれない。
けど個人的には、学園の姫は頑張る野球部員をけなげに応援する女の子であってほしかった。
「ふぅん、裏ではそうやって言って、本人の前ではいい顔してるって感じ?」
そう言うと返答は途絶えた。
通話での沈黙は、数秒だろうと長く感じる。
俺がなにか言葉を継ごうとした矢先、耳元に低い声が届いた。
「……だって、そうするしかないでしょ」
「そうするしかない?」
「うん。弱い人間は、そうするしかないの」
声は平坦なままだった。笑って濁したり、ごまかすようなことはしなかった。
ミキの表情は見えない。怒っているとも違うようだった。それ以上のことは、声だけではわからない。
「ごめんね、急に電話して」
最後にまた謝られて、通話は終了した。
声こそいつものトーンに戻ったが、今ので嫌われたっぽい。おそらく好感度メーターはマイナスに振り切った。
ああいうのは勝手に夢見てるときがピークで、あとは下がっていくだけだ。
ここで俺がカッコつけたところで、どうせすぐボロが出る。そもそもが勘違いみたいなものだ。なら誤解を解くのは早い方がいいだろう。それだけの話だ。
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