第17話
晩飯はたまに実家から送られてくる仕送りのダンボールに入っていたカップラーメン×2ですませた。
それでもだいぶ物足りない。最近輪をかけて食欲が旺盛である。食い物がないときに限って食欲が反比例する。
別に節制を強いられている、というわけではないが実家にはあまり頼りたくない。
一人暮らしとか余裕でしょ、と言って出てきたこともあり、金が足りないからよこせと自分からは言い出しにくい。あまりコンタクトを取りたくないというのもある。
コンビニで買い物をするのも躊躇するようになった。
バイトの休憩中は廃棄を食っていいというルールがあったので助かっていたが、やめた今となってはそれもない。
いろいろと問題のある家庭だったが、食い物だけはしっかり三食食わせてもらっていた。それが黙ってると飯がでてこない環境になると、毎回食べるものには困らされる。これほど自分は食い意地が張っていたのかと改めて気付かされる。
時刻は夜九時過ぎ。
飯もシャワーも済ませ、宿題もひと段落した。
見てもいないのにテレビを流し、布団の上でスマホ片手にごろ寝する。
ユキはあのあとすぐ、そそくさと帰っていった。
人を押し倒すだけ押し倒して、急に変わり身。
途中まで送る? と申し出ても「いい、大丈夫」とそっけない。
あの大胆な行動を取った張本人とは思えなかった。まるで知らない誰かに体を乗っ取られていたかのようだ。
きっとあれはその場の勢いで……本人もその気はなかったがつい、みたいなことだったのかもしれない。
だとしてもとんでもない置き土産をしてくれたものだ。
何をするにも集中力が続かない。
気を抜くと、脳が勝手におかしな妄想を始めてしまう。
唇、舌、体の感触。匂い。そして息遣い。
俺の意思に反して、脳みそはその時の映像を鮮明に再現して繰り返し見せようとする。
とんだ欠陥品となってしまったわけだが、修理に出して直す、または取り替える、というわけにもいかない。
ここは一度、別のもので発散させるのが吉だ。
アレなサイトでアレな動画を探していると、スマホが震えてメッセージを受け取った。相手はYuki。アプリを開くと、なんの文言もなく画像だけがぽんと表示された。
写真は洗面所らしき場所。鏡に向かってスマホで写真を撮っている女性の姿が写っている。問題はその格好。
大きめの白いバスタオルを胸から下に巻いている。露出した両肩はしっとりと水気を含んでいて、どうやら風呂上がりらしい。
顔の部分はちょうどスマホで隠れていた。というか隠すように撮っている。
ぱっと見てユキ本人かどうかはわからない。
しかし腕や肌の色、髪、体格、そして胸の膨らみを見るに、本人で間違いなさそうだ。返信する。
『なにこれは』
『今夜のおかず♡』
『ありがとうございます!』
なんのつもりか知らないが、ここは逆らわずに礼をいっておく。
ため息をつきながら、画像をタップし大きく表示する。さらに胸元を拡大してみる。
意外にある。そう、意外にあるのだ。
拡大縮小を繰り返して吟味していると、続けてメッセージが来た。
『こーふんしちゃった?』
『うんいっぱい出た』
『しねへんたい』
自分から振ってきといてこの仕打ち。俺のリアクションが思ったとおりでなくて気に入らないのか。なにがしたいのか。
一応写真を保存しておく。使えないことはないが使ったら負けな気がする。逆に冷静になれた。
今日のこと、どういうつもりでいるのか改めて聞き出したい気持ちもあったが、それきりユキからの返信は途絶えた。ご機嫌を損ねたか。
しばらく間をおいた後、なんと切り出そうか考えていると、向こうからメッセージが届く。
『今日はごめんね、話途中になっちゃって』
急に搦手を変えてきた。
と思ったが、よく見ると送り主が違った。相手はミッキー。アイコンもミッ●ー。
いきなりミッ●ーさんからメッセージが届いて一瞬混乱したが、これはミキのアカウントだ。ミキとLine交換したときに追加された連絡先。
文面を見て、はて? と首を傾げる。
ミキと出くわしたのは朝の登校時だけだ。途中になった話があったかどうかよく覚えてない。とりあえず返信しておく。
『いえ大丈夫っす』
『ちょっといま、電話してもいい?』
俺は目を見張った。
ユキではなく本当にミキかと再度相手を確認してしまう。「こんばんは、ボクミッ●ーだよ」とかかってきたら怖い。
わざわざ電話で話すようなことはなにもないと思うが、ダメですとも言えない。『いいっすけど』と返すとすぐに通話がかかってきた。
「こんばんは」
スマホを耳に当てると、最近すっかり聞き慣れた声がする。
「ごめんね、急に」
「いいっすよ、べつに」
緊張しているのか、ミキの声は小さく、少しかすれていた。
しかし声も本当にうり二つだ。ユキがいたずらでかけてきていると言われても納得できる。
「で……なんすか?」
俺はおそるおそるたずねる。
というのは、ここにきてとても嫌な予感がしていた。
もしかしたらユキが今日俺の家に行ってどうたら、という話をした可能性があるということ。そのことでなにか詰められるのではないかと。
ミキのことはすっかり抜け落ちていて、今の今までまったく頭になかった。
ユキがあることないこと、吹き込んでいなければいいのだが。
「あ、ごめん。別にその……何っていう用があるわけじゃないんだけど」
密かに安堵する。嫌な予感は外れたらしい。
「ちょっと、すねてたり?」
「はい?」
「いつになっても星くんから連絡こないから」
いきなり何を言い出すのか。本気でユキのいたずらかと疑う。
「え、どういうこと?」
「ほら、連絡先、渡したじゃない? でもなにもなくて……」
「あー……あれは社交辞令というか、営業活動みたいなアレかと思って。本気で連絡したらダメなやつでしょ?」
「なにそれどういうこと?」
お互い話が噛み合わない。
ただこれが捨て垢みたいなものでないとしたら、それこそ意味がわからない。ほとんど脈絡もなしにLine交換しようと言われたのだ。
「いやだって、軽いノリで渡してきたから、みんなに配って回ってんのかなって」
「んーと……それはほら、友だち100人ほしいじゃない?」
ミキは自分で言って自分で笑った。
さすが姫。ギャグのセンスも一級品らしい。
「冗談。いつもあんなことしてないよ。星くんのこと、本当に気になってたから」
「それはまた矛盾してない?」
「してないよ。私、実は見てたんだ」
「何を?」
「ほら、消火器の件」
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