第22話

「もう5時か。腹へったし帰るか」

「じゃあさ、さっきの通りにあったマック行こ」

「時間的にもう晩飯だろ。うちで飯食うんじゃないの?」

「ママ金曜の夜は帰ってこないし。いつも自分で用意してる」


 昼間の話はただの料理できるアピールではなく本当らしい。ユキはいいとしても俺のほうが金銭的に余裕がない。最近はハンバーガーの値段もバカにならない。

 

「いやもう帰るわ。あんま金もないし」

「いいよおごってあげるから」

「まじ?」


 またも食い物に釣られる。

 公園を出た頃には日が暮れはじめていた。大通りまで戻って、明かりのつき始めたファーストフード店の看板をくぐる。

 カウンター前の注文を待つ列に並ぶ。メニューを見ているだけで腹が鳴った。外食自体が久しぶりだった。ユキお姉さまに伺いを立てる。


「あの、ほんとにいいんすかね?」

「うん、なに頼んでもいいよ」

「まじ?」


 俺のリアクションがおかしかったのか、ユキは笑いながらスマホの画面を見せてきた。電子マネーのアプリのようだ。五桁後半の金額がチャージされている。


「ね? お金持ちでしょ」

「なにそれは? めっちゃ入ってんじゃん。犯罪の匂いがするんだが」

「SNS禁止の代わりにおこづかい。お金あれば悪いことしないでしょって」

「いやするだろ。てかしてたろ」

「好きに使ってもいいけど、どこで何に使ったか全部バレる」

「へえ、だいぶ進んでるな」

「ママ頭いいの。めっちゃ稼いでるから。都内にも部屋借りてて、お店のマネージャー? とかもやってるって」


 お金持ちのおじさんたちとお酒を飲んだりするお店らしい。詳しくは聞かなかったが。 

 俺はカウンターでクソでかいハンバーガーを頼んだ。サイドメニューも頼んだ。ユキが支払いを済ませると、席に移動する。


 店内はまだ空席が目立つが、これから本格的に混雑しそうな雰囲気。二人がけの席に向かい合って座る。俺はユキがちびちびポテトをつまみだすのを見ながら、ハンバーガーにかぶりついた。


「これさ、親に使ったのバレるってなると、お前どんだけ食ってんだよってならない?」

「大丈夫だよそのぐらい。正直にいえば」

「正直にいうってどういうこと?」

「わたしのことが好きでたまらない後輩の男の子におごってあげたって」

「どういう状況だよそれ」


 あることないこと言われておかしな誤解を生みそうだ。けれど金がなくて女の子におごってもらっている、というのは事実だ。

 

「よかったね~いっぱい食べられて」


 そしてこの上から目線の物言い。とりあえず「……ごちそうさまです」と返しておくが、今になって情けなく思えてくる。

 ご満悦のユキの顔から目をそらすと、壁にアルバイト募集の張り紙がしてあるのが目に入る。


「やっぱまたバイトするかぁ、ここでもいいかな」

「え? いいよバイトなんかしなくて」

「なんで」

「だって遊べなくなっちゃうじゃん」

「いやいやいや」


 遊び相手になった覚えはない。


「どっちにしろ金がないんだよ」

「わたしが全部お金出してあげるよ」

「ヒモじゃねえかよ」


 ユキはさもおかしそうに声を上げて笑った。冗談でもそういう会話はどうかと思う。

 

「あれ? なにしてんの?」


 そのとき席の横あいから声がかかった。見上げるとトレーを持った女子が二人、通路に立ち止まっていた。どちらもうちの制服だ。二人の視線は俺ではなくユキのほうに注がれている。


「……なに?」


 ユキは低い声で睨み返した。あれだけ楽しそうだったのに急に変わり身。

 睨まれた女子は何かに気づいたように目を見張ると、「あっ、し、失礼しました~」と愛想笑いを浮かべながら通り過ぎていった。

 今度は俺が聞く番だった。


「なに? 今の」

「知らない。ミキと間違えたんじゃ? どこかの誰かさんみたいに」


 どこかの誰かさんとは俺のことを言っているらしい。

 なるほどミキの知り合いか、と合点がいく。ユキは面白くなさそうに、口にくわえたストローを勢いよくすすった。


「間違えられるの結構あるから、まじでうざいんだよね」

「にしてもあんな、睨むことないだろ」

「だってあれ、もし本当にミキだったらすげーひやかす気だったでしょ」


 髪色が抜けていて、ちょっとチャラそうな感じではあった。

 お姫様となると、有名税としてああいうのにも絡まれるのか。仮に彼氏になれたとしても、いろいろと大変そうだ。


「やっぱりミキはよっぽど顔が広いのかね」

「あいつそんな友達多くないよ。学校だとなんか友達多そうな感じだしてるけど、休みの日とかほとんど家でないし」

「へえ」

「変なゲームに課金してたり、見たことない漫画とか読んでたりさ、けっこうオタクだよ?」


 どんどんイメージが崩れていく。

 ミキもミキで、いろいろと苦労があるのかもしれない。

 

 ユキは周りの目が気になりだしたのか、店には長く居座らなかった。食べ終わるなり俺を促して、外に出ていく。俺が自転車を転がしてくると、再び主導権を握るように前に立った。

 

「さてと。じゃ、行こうか」

「どこいく? 駅あっちだぞ」

「え? ナイトくんちこっちでしょ?」

「は?」

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