第13話
授業が終わると俺はすぐに教室をあとにした。
足早に廊下を歩いて、まっすぐ昇降口へ向かう。スマホの電源は切っているので抜かりはない。連絡が来たところで無視すればいいだけの話だが。
自分のチャリを引っこ抜いて駐輪場を出ていく。
早く出てきたおかげか生徒の数はまばら。下校を見張っている教師の姿もない。今なら敷地内でチャリを漕ぐという禁止行為をしても咎められないだろう。
飛び乗るようにサドルにまたがる。足をペダルにかける。漕ぎ出そうとしたその時、横から伸びてきた手がぐっとブレーキハンドルを握った。
「そんな急がなくていいのに」
声の方を振り向くと、腕を伸ばしてホールドした女子生徒と目があった。
ユキはにっこりと笑った。俺もにっこりと笑い返す。
「なに笑ってるの?」
ユキの顔からさっと表情が消える。
俺は笑ってはいけなかったらしい。
「ねえ、さっさと帰ろうとしたでしょ?」
「今マジでビビったわ」
「教室から廊下歩いてくの見えたから」
ユキの呼吸が軽く乱れている。走って追ってきたらしい。
失敗した。先に一階におりてから三年の教室の前を通ってくればよかった。
ユキが口をとがらせながら睨んでくる。
「放課後遊ぶってゆったのに~……」
「いや遊ぶとは一言も言ってないけど? 話は理解したとは言ったけど」
「屁理屈野郎じゃん」
「そうは言うけどさ、遊ぶって具体的になにすんの?」
「ん~? それはぁ~……なに?」
語尾を上げて首を傾げた。何も考えてないらしい。
しかしすぐにユキはポン、と手を叩いてみせて、
「わかった、今日お前んちでスマブラやろうぜ!」
「やらねえよ。なんだよその小学生みたいなノリは。だいたい俺一人暮らしって言っただろ?」
「だからなに? あ、もしかして大人のスマブラする気?」
自分で言っておかしかったのか、ユキは吹き出しながら俺の肩をバンバン叩いた。
何がおかしいのかさっぱりわからない。
「それってさ、逆にやましいこと考えてるからでしょ? ヘンタイ。エロ」
「俺は紳士だけどもそういうノリは危ないって言ってんの」
「あ、そうだ。聞いてなかったけど……もしかして彼女とかいるの? いないよね?」
「いないけどそうやって決めつけはよくないと思うぞ」
そんなにいないように見えるかそうか。
中学のときは俺が格闘技をやっていたという噂が友人づてに流れ、気性の荒い方々からも一目置かれていた。格闘技とかフカシじゃね見せてみろよ、とうざ絡みしてきた輩を一度のしてしまったのもよくなかった。
そのせいかちょいヤンっぽい女子とかに告白されたりした。なんか怖かったから丁重にお断りしたが。
俺はチャリを漕ぐのをあきらめ、手で押して歩き出した。
当然のようにユキも横をひっついてくる。
「なにをそんな嫌がってるの? こんな美人のお姉さんが遊ぼうって言ってるのに」
「美人のお姉さん……?」
「謎の生物にでも出会った顔だねえ」
とりあえず美人は置いておくとしても、学年は一個上だったか。どうも年上という感じがしない。
「もしかしてあれかな? 恥ずかしがってるのかな?」
「いやなんか、すげえめんどくさそうだから」
その一言につきる。
勝手に人をストレス解消用のしもべ扱いするようなやつとは関わりたくないと思うのが普通だろう。
「え~? めんどくさいほうがかわいげがあっていいみたいに言わなかった?」
「絶対に言ってないと思うぞ」
「家に見られたくないものとかたくさんあるのかな~? エッチな本とか」
「今どきエロ本て。スマホあれば事足りるし。あ、エロ動画見る?」
スマホを取り出そうとすると肩パンされた。ふいっとそっぽを向かれる。
そのままどこか行ってくれないかなという狙いだったが、彼女はまだ隣をついてくる。
そのうちに校門を抜けてしまった。
途中で道を折れて、家へ向かう路地へとはいった。
歩きの生徒たちは大半が駅へ向かうため、極端に人通りが減る。こっちの方面には遊ぶような場所も何もない。
「こっちのほうはじめてきた~」
ユキが街並みを見渡しながら言う。本気で家までついてくる気らしい。もういい加減に、とこちらから尋ねる。
「なんでそんなつきまとってくるわけ?」
「だって帰ってもヒマなの。どんなとこ住んでるのか気になるし」
「暇人かよ。部活とかやって青春しろよ」
「え~? だって部活疲れるし。ナイトくんこそ部活は?」
「やってない」
「ハイブーメラン~。暇人じゃん」
「この前までバイトがっつりやってたんだよ。まあもうやめたけど」
おもに早朝と夕方にコンビニでアルバイトをしていた。
夏休みは時間関係なくほとんど毎日バイトづけ。常連の客に「君いっつもいるなあ、もしかして双子か」とかくそおもんないことを言われた。おかげで結構金は貯まった。
ただ学校に届け出的なものを一切していなかった。
停学中に元気にアルバイトしているのがばれると合わせ技でまずいことになりそうだったのでやめることにした。ちょうどやめようかと思っていたところだ。
同じ仕事を繰り返し真面目にできる人間とそうでない人間がいる。俺は後者だったらしい。
「ひまひまひまじ~ん」
ユキは楽しそうに変な歌を歌いだした。
かたやこちらは不快指数が限界に達した。チャリにまたがる。すかさずユキに上着の裾をつかまれる。
「そうやって逃げようとしてるでしょ」
「だるいんだよチャリ押して歩くの」
「じゃわかった、二人乗りとか!」
「お、いいね青春っぽいぞ」
「え、急に乗り気?」
一度はやってみたい女子との二人乗り。
これで俺も青春の若者たちの仲間入りだ。
「どう? こう?」
「たぶんそんな感じ」
ユキはぎこちなくチャリの荷台に横座りする。
言い出しっぺのくせに二人乗りしたことがないらしい。
「これいける? ほんとに?」
背中からしきりに念を押してくる。
ユキの体勢はなにか違う気がしたが俺もよくわからない。とりあえず漕ぎ始めると、うしろからすぐにストップがかかる。
「ちょ、ちょっと危ない危ない落ちる! これ絶対ムリなんですけど!」
「うしろのほうがムズいんじゃね? じゃ俺うしろ乗るからお前こいでみ?」
「え? 女子にこがせるふつう?」
前後交代。
荷台に前を向いて座るが、なかなか自転車が動き出す気配がない。
一度足で地を蹴って勢いをつけてやると、ようやくタイヤが回り始めて進みだした。
しかしすぐさまふらつきだす。
「ムリムリムリ重い重い! 倒れる! 死ぬ!」
荷台をおりると、ユキの乗ったチャリは路肩の柵に軽く前輪をぶつけて止まった。
なにか言いたそうな顔で振り返りかえったユキに言う。
「やっぱ青春ガチ勢は特殊な訓練を受けてるんだよ。素人には無理」
「なに? 青春ガチ勢って」
それ用に練習していないと無理なのではと思う。
きっと後ろから抱きつくなりして、バランスをとらなくてはいけないのだろう。抱きつかれるのも、抱きつくのも、ハードルが高い。いろんな意味で。
ずっと一人で立ちこぎしてきたような俺にとっては、特に。
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