第11話
靴を履き替えて外へ。校舎を回り込んで中庭へはいると、足元はアスファルトから白い石畳になる。道の両側は低いレンガで仕切られており、木や花が植わっている。ここは花壇という扱いになっていて、立入は禁止。レンガの内側の道をすすむと場所が開け、目の前に芝生が広がる。
芝生には木製のベンチとテーブルが並び、自由に使えるようになっている。天気がよいこともあり、どこも生徒たちで埋まっていた。
わざわざこんなところで飯を食べようなんていう方々はみな上流である。校舎の廊下から見下ろすことはあれど、実際足を運んだのは初めてだ。
俺はユキの姿を探すが、見当たらないまま芝生を通り過ぎてしまう。
どういう状況でいるのかまったく想像がつかない。再びレンガに仕切られた通路にさしかかると、とつぜん横から飛び出してきた影に腕を引かれた。花壇の中へ引きずり込まれる。
「すごーい、来てくれるんだ、わ~」
校舎の壁を背に、ユキが小さく拍手をする。
やってきたのは花壇の奥も奥、校舎の角。草木の陰になって、芝生にいる生徒たちからは見えない。というか本来立入禁止の場所だ。
よく見渡すと、ここは俺が上の校舎の窓から男女がいちゃついているグロ映像を見てしまった場所でもある。
「なんなんだよ今度は。しもべ連中との話は無事済んだって言ったろ?」
「うんうん。お願い聞いてくれたから、ご褒美あげようと思って」
「ご褒美?」
「そう。頭なでなでか、ひざまくらか、ほっぺにチューのどれがいい?」
まっすぐ見上げてくる。冗談ではなく本気っぽいのが怖い。
「なに? その三択は」
「ん? もっと過激なのがよかった?」
「じゃ、戻るわ」
「あぁんちょっと待って!」
ユキは俺の腕を取ってその場に踏ん張る。はいいとしても、勢いあまって体に触れて、二の腕に柔らかい感触が伝わってくるのはよくない。
俺が腕を引っこ抜くと、ユキはうれしそうにいった。
「けどさ、なんだかんだでナイトくん優しいよね。きっと来ないだろうなって思ってたから」
「あのさ、短文で送ってくるの怖いからやめてくんない?」
「朝の話も、絶対断られると思ってた。そんなの知らねえよ、自分でなんとかしろとかって」
それに関しては打算の部分もある。
俺の暴力行為をうまくもみ消すにはちょうどよかった。
こちらにも対抗するための証拠写真はあるが、穏便に済ませるに越したことはない。
「あれは俺との利害が一致しただけだよ」
「とか言いつつ、本当はわたしのことが好きだからでしょ?」
「は?」
「で、照れ隠しで理由をつけようとしてる。そうだよね?」
「え、そうなの? まじ?」
「自分の気持ちに気付かされちゃったねえ?」
得意げな顔でにじり寄ってくる。
どうやら俺はユキのことが好きだからこうやってわがままに付き合っているらしい。いっそそれぐらい単純ならよかったのだが。
俺は手を上げて踵を返した。
「なるほどそうだったのかー。それじゃ」
「いやおかしいでしょその流れで帰ろうとするの」
「マジでそんなくだらないことが言いたかっただけ?」
「そうだけど?」
負けじと見つめ返してくる。
開き直られると返す言葉もない。
「まぁまぁそんな焦らずにさ。一回座って話そ? ね?」
ユキは子供をあやすように言いながら、肩をぽんぽんたたいてくる。
壁際の土の上には、不自然にいくつか白いコンクリートブロックが積まれている。やはりここはそういう場所として使われているのか。
腰を下ろすと、対面のブロックに座ったユキが聞いてくる。
「もうご飯食べた?」
「食った」
かたわらのブロックの上に、ストローをさした紙パックが目に入る。
「なに? お前ここでぼっち飯してんの?」
「別に全然、教室でも食べるけど? 今日はたまたま、気分転換」
ユキはけろりとした顔で言う。
「ここで食べてるとね、たまーにカップルがやってきて『あっ』みたいな顔して帰ってくの。ウケるでしょ」
「お前つええな。それ一人で? どういうメンタルしてんだよ」
「だって一緒に食べる友達とかいないし」
「うわぁ」
「しもべはいたけどもういなくなったし……あ、でも新しいしもべができたからいいか」
「それ誰のことだよ」
ユキはうふふふ、と口元を隠すことなく笑う。
似たような顔でも発言と態度がこうも違うと、頭が混乱してくる。
「同じような顔で、なんでこうも差がついたのかね。ユキさんとミキさんは」
「さいしょはわたしも人気者だったんだよ。学校入りたてのころとか、男子からもけっこう告白されたりして。それこそミキと同じぐらい」
「へえ? それがなんでこうなった?」
「さ~? 振りまくったから? 塩対応だなんとかって言われて」
「それどんなふうに?」
「『付き合ってほしいです』『え、無理』とかって」
「ひでえな」
「だってわたし、そういうの嘘つけないタイプだから。ミキとは違って。あの嘘つきとは違うから」
よほど気に入らないのか、ユキは変に強調して言う。
「ミキはね、『ごめん、今はそういうふうに見れないかな。でもとりあえず友達からだったら』ってやるわけ。きたないの」
「それは傷つけないようにしてるのでは」
「はっきり言ったほうがお互いよくない? 全然その気もないくせに、変に気を持たせるような態度するから、周りにお友達うじゃうじゃしてるじゃん」
スマ彦情報によると、今でもちょくちょく玉砕していく男子がいるらしい。それを全部切り捨てていないとなると、お友達が日に日に増えていく計算になる。大変だ。
「それで姫とか呼ばれて調子乗ってるでしょ? なーにがお姫様だか」
「お前も似たようなことしてなかった?」
「全然違うし。わたしは媚びたりしてないし。勝手に祭り上げられてて、君たちにはワンチャンもないよ? ってはっきり言ってたし」
ミキは広く浅く。ユキは深く狭く。
いやそんな単純な話でもないか。ミキのほうにも、だいぶ深そうな奴らはいる。
「わたしはミキと違って、いい子いい子してなかったから。ほら、この目のあざも、パパにぶたれたときの」
ユキは自分の左目を指さした。
思いもよらないところに話が飛んで、とっさに返す言葉が出ない。
ユキも俺の表情からなにか察したのか、
「なんかほら、ナイトくんが気になってるみたいだったから」
俺が何度か触れようとしたせいらしい。
無理に話してもらう必要はなかったが、ユキはひとりでに続ける。
「いつもは普通……っていうかおとなしいほうなんだけど、お酒飲んだりすると気が荒くなるんだよね。でも娘の顔面殴るってなかなかでしょ? そんなだから、もういなくなったんだけどね」
ユキは笑いながら言った。
今でも恨んでいる、という風には見えなかったが、真意まではわからない。
俺は無意識のうちに右手を伸ばしていた。彼女の目の横に、指先を添えて聞いた。
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