第八惑星 『異次元ホイホイ 後編』

1-異次元空間内。ヒサシが店長のカフェテリア-


「ともかく、ここに居続けても仕方がない。いったんこの場所から移動しないか?」

「そうだワイさね…」

「それに関しては俺も同感だ」

「俺も退屈してきたところだったし、みんなについていこうかしらね」

 ここは実在する世界でも何でもない、他人がゼロから作り上げた世界。言ってしまえば他人の頭の中に現在、俺たちは閉じ込められているのだ。

「そういえば…このお店って機能してるんだワイさ?」

 全員で頭を悩ませている中、糖分が欲しいと言い出したのは居候宇宙人娘のコズミであった。

「こういう時は甘いものとって脳に栄養与えた方がよいだワイさ!」

「宇宙人も糖分が好物なのか?」

「う~ん…別にとらなくてもいいんだワイさけど…たまにケイオス星のお土産屋さんに入ってくる日本のお菓子は結構人気なんだワイさよ~」

「ほ~ん…なるほど」

 確かにこの地球に商談を持ち掛けてくるぐらいの異星人連中なのだから、何かしら外部の惑星情報も常に仕入れているとはうっすら予測はできていたが…。まさか地球の中でも日本のものが人気なのは意外であった。

「日本のお菓子、ほかの地域よりも独創性があるというか、いろんな国のものを融合させて作っている物が多くて魅力的なんだワイさ~…」

「まあ、スナックとかも割とある…気がするな。エメラ、お前は何か好きな菓子とかはないのか」

 俺たちの話をよそに、無数に現れる美女を手ではないながら考え込んでいた彼に話しかける。

「…ああ、俺か? 俺はあれだな…日本のもので言うと、餡子の饅頭とかは口に合ったな」

「和菓子か、渋いなぁ」

「お前たちの世代は食べないのか?」

「いや、食べないわけじゃないけども。お菓子は無数にあるから意識しないと伝統的なものを食べることがないんだよな…」

「成程…ま、どの惑星も同じか…」

 フッと笑いつつ、彼は自身が座る椅子の背もたれに少し体重をかけていた。ようやく彼から発せられた、俺への警戒心が解かれた事を感じた。

「そんな君たちにこいつを差し上げよう!」

 そう言いながら俺たちの卓に、何かが乗った皿が運ばれてきた。持ってきた人物は、俺たちが話している間にしれっとキッチンへと向かって作業していたヒサシである。そして彼が置いた皿乗っていたものはなんと、俺たちが話していた『餡子の饅頭』が乗せられていたのだ。

「まさにこういうのだワイさ! ヒサシ、気が利くだワイさね~! …ん~! おいし~!」

 誰よりも早く食べ始めたコズミは幸せそうな顔をしながらしゃべっていた。

「ま、いいってことよ。どうやら今俺はこの店の全権を持ってるみたいでさ。なんか食いたいもんを想像しながら倉庫の扉開けるだけで材料が全部そろうんだわ。で、なんか無意識のうちに作り上げてしまう…というか、なんか出来てる。」

「へ~、そんなもんなんか」

「まあ、このカメラの世界は結構テキトウに生成されるからな…。世界のルールが緩ければ、今のように少し頭に思い浮かべただけで饅頭が完成する。だが、想像力自体は本人に依存する為、必ずしもおいしい料理を作れるわけではない。…ヒサシ…といったか?」

「はい、なんでしょ」

「…この饅頭…イケるぞ」

「そりゃど~も! 家でも趣味で料理するから、そういってくれると嬉しくなるな~!」

 無限に生成される美女を片手で追い払いつつも、ヒサシの出した饅頭を食い、彼を誉める姿はなんというか、さすが人の世界の中というか…初めて見る光景であった。

 その時である。

『でりゃぁあああ!』

 どこからともなく、突然聞こえてきた謎の声。そしてその直後、エメラは何かの力によって店の奥に吹き飛ばされていた。

「…ングッ! なんだ…!?」

 あまりの急な衝撃に、エメラは自身に走る痛みよりも場の様子に気が行ってしまう。

「な、なんだワイさ…!?」

「コズミちゃん! 悟! いったんそっから離れろ!」

 少し後ろにいたヒサシの声で俺たちもその場から距離を取る。

 一体何が起こったのだろうか。

「この店の中なら俺の独壇場だ! くらえぃ! 『サマー・ホット・AM2』!」

「なんだその技!?」

 これはのちに彼自身から聞いた話だが、ヒサシが今使える『食材が自在に取り出せる』能力を使い、カプサイシンを存分に詰め込んだ、弾幕を張った技であった。

「これでどう…「どうだじゃねぇー!」

 ヒサシが場の確認をするよりも早く、その弾幕をすべてこちらに打ち返してきた。…いや、打ち返したというよりもこれは回し蹴りで発生する風に対しての想像を膨らませ、風圧で飛ばしてきた感じだ。

「…ってあれ!? あれ、アキコとミオウじゃ…」

 その返し弾をよけながらコズミが確認を取ろうとするが、その前に悲劇が起きてしまう。

 風圧により弾幕ははじけ、その風に乗って中身のエキスが俺たちにかかった。

「いてぇ~~!!」

「なんだワイさこれ! 液がついただけなのに目が痛いだワイさ!」

「か、から~~~い! 口に入ったって!」

 俺たちの陣営は阿鼻叫喚。とにかく俺たちはこの辛味の空間から逃げるべく裏口から外へ出た。


         *


「な…何だったんだ…!?」

「うぅ~…まだ目がシミシミだワイさ…」

「ヒサシとやら…お前どんな技使ったんだ…」

「唐辛子爆弾…ってところ…?」

「なんつーもん作っとんじゃ!」

 急いで裏口のドアから出た俺たちは、外についていた蛇口から水を出し、赤い液体を入念に落とす。

「しかしなんだったんだ…」

「わかんないだワイさ…。でもさっきの、少なくとも反撃してきたのはアキコだっただワイさよ!」

 束ねていた髪をほどき、肩甲骨あたりまで垂れた髪の毛に付いた汚れを落としながらコズミは言う。

「へぇ~、コズミちゃん意外と髪の毛長いのね」

「あれ、ヒサシには見せてなかっただワイさ? 意外と長いんだワイさよ~」

「風呂の時とか大変なんだよな…」

 この時の俺は『風呂を洗う時』という意味で発言していた。

「ふ、風呂…?」

 ヒサシが少し眉間にしわを寄せながら言った。

「エンちゃんと…風呂…」

「あ、ああ…風呂…」

 続いてエメラが、睨みつけながら俺に急接近してきた。

「お前、風呂で何してるんだ…?」

 ここでようやく俺は勘違いされていることに気付いた。

「ばか! 風呂に一緒に入ってるっていう意味じゃないわ!」

「『風呂と他人の髪の毛』と言ったら、そういう意味位しかないだろ! 貴様やはりエンちゃんとの関係を俺に見せびらかすために! 今度ばかりは許せん! 覚悟ぉ!」

 その声と共に、エメラは隠し持っていた『護身用』と書かれた、恐らくSF映画で最もよく見るような、光由来の剣を振りかざしてきた。

「わーっ‼」

 剣の発光までの数秒あるタイムラグの間に咄嗟に避け、俺は髪を結い終えていないコズミにしがみついた。

「わっ! 何するだワイさ!」

「なにするも何も、焼き殺されるって‼ 見てわからんのか‼」

「その件に関してはアタシでもどうにもできないだワイさ!」

「と、取り敢えず浮いて回避してくれ~‼」

「も~っ…しょうがないだワイさね‼」

「おのれ曲者! この期に及んでまだ俺にそういうエンちゃんとの…ハハ、ハグを‼」

 渋々俺の要望を聞いてくれたコズミは髪留めを服のポケットにしまって後ろに下がりながら浮いた。

「あいつは何とかならんのか⁉」

「ああなったエメラはアタシとサトルが離れない限りはこの調子だワイさよ」

 エメラの突進をよけながらコズミは呆れたような声で言った。

「その口ぶりだと前になんかあったのか?」

「…前になんかあったというよりは、ああいうしつこいのが原因で別れたんだワイさ!」

 その言葉と同時にコズミは俺を彼女自身の頭上にポンと投げる。

「おわっ⁉」

「おぶった方が体勢楽だから背中に乗ってほしいだワイさ!」

 その声と同時に彼女はエネルギーで作った大きめの手をクッションとして落下する俺の下に出し、そのまま背中の前まで運んだ。

「早く!」

「は、はい‼」

 いわれるがまま、俺はコズミの背中におんぶの形で乗った。

「貴様ぁ~‼」

 嫉妬の炎で燃えているエメラの猛攻が始まった。

「おわっ!」

 俺たちの眼前には細い矢に見立てた光の弾幕が飛んでくる。

「避けれんのかコレ⁉」

「心配しなくても大丈夫だワイさ!」

 そういうコズミは既にその矢の弾幕をよけ始めていた。

「エメラの手癖は昔から散々見てきただワイさからね~‼ お茶の子サイサイなんだワイさ!」

 そう言いつつ、ちらっと俺の方を見る程度の余裕を見せながら、華麗な動きで弾幕をよけ続ける。

「…次の攻撃は分かるんか…?」

「大丈夫だワイさ。多分次は…突っ込んでくるだワイさ!」

「突っ込んでくるって…」

 コズミに聞こうとしたその時、すでに事は動き始めていた。

 弾幕が消えかかる前に俺たちに(いや、俺に当たるように)殴り掛かる態勢で突進してきた。

「正解だワイさ…!」

 読みが当たったという顔で避けきったその時だった。

「コズミちゃん! しゃがめ! まだ残ってる!」

「えっ⁉」

 咄嗟にコズミに声をかけたのは俺たちの乱闘騒ぎを近くで見ていたヒサシであった。

 素早い判断で下に降りたコズミ。

「ワーッ!」

 コズミが体勢を低くしたその一秒後(一秒も経っていなかった気がするが)、俺の頭の上数センチを、超高速の光の矢が通過していった。

「ええい! 余計な事を教えるんじゃあない!」

 エメラはヒサシに向かって怒鳴っていた。

 が、それ以上に気になったのは、コズミの方である。

「…だ、大丈夫だったワイさ⁉」

「お、俺は大丈夫だが…」

「それなら良かっただワイさ…」

 地上に足を着けつつ、何とか平静を装おうとしているコズミ。

 しかし彼女の身体からは、運動の時に出るようなものとは違う、何かを察知し、緊張した時に流れる嫌な汗をかいているのが分かった。

「というかまだお前はエンちゃんから離れないのか!」

「お前が攻撃をやめない限りは少なくとも無理じゃ!」

「ならばもう一度拳をぶつけるのみ! でやぁぁぁぁ!」

 まだ冷静になれていないコズミの隙をついた行動。

「あっ!」

 思わずコズミも声を漏らす。

「サトル!」

「げぇ~! …とりあえず顔を守るしか…!」

 おんぶの体勢がここにきて裏目に出た。怯んでいるコズミは「俺を降ろす」選択肢が頭からすっぽりと抜け、俺も何故か腕を前に出し、防御を取るようなポーズをとった。

「でやあぁぁぁぁ~‼」

 全速力で俺に向かってきた。

「くっ…‼ せめて痣ができる程度で頼むッ!」

「甘えるなぁ‼ くらえぇ‼」

 その無慈悲な返答と共に俺たちに向かってきたその拳は…。


            *


「…っなんなんでい!」

「なにこれ~辛い!」

 カフェテリア店内。謎のスパイス爆弾が充満した部屋から急いで表に出てきた。

「いきなり風景が変わったと思ったら、攻撃されるたぁ…あのクソオンナ、いい度胸してるじゃねぇか!」

「ほんとよ! も~! 目が染みるわ…! 亜希子ちゃんは大丈夫?」

「ああ、俺は辛いのは嫌いじゃねぇからな…」

 私たちが着させられていた衣装もおおよそ真っ赤なスパイスに染まってしまった。最低限の粉などは落ちたが、依然として真っ赤っかのままである。

「一体ここはどこなんでい…‼」

「わからないわ…けど、この建物に置いてあるものを見る限りだと…カフェ?なのかしら…」

 この建物の入り口付近に置いてある日替わりメニューのボードを見ながら私は言った。

「…って亜希子ちゃん、ちょっと待って!」

「ん、どうした」

 ボードに書かれた内容を私は読み返す。

「え~っと…『今日の日替わりメニュー:辛みの中にうま味アリ! 夏野ヒサシスペシャル』…って書いてあるんだけど…」

「お、おう…それがどうした」

 …暫く続く沈黙。

「あ、ああ!」

 数秒経ってからヒサシの名前が入っていた事に気付いた亜希子ちゃんはポンと手を叩く。

「ってことはさっきのヒサシ君じゃない⁉」

「その可能性はあるが…ほかにも居なかったか…?」

「う~ん…いきなり別の場所に飛んできちゃったからよく見えなかったけど、確かに何人かいたかも…」

「もしかしたらいつもの面々がいるかもしれねぇな…」

 そう言いながら、亜希子ちゃんはたった今出てきた店に入っていく。

「ちょっ、ちょっと亜希子ちゃん! また入るの⁉」

「仕方ねぇだろ! 一応知ってる顔なんだから合流してた方が良いんじゃねぇか?」

「いや、そうじゃなくて…」

「なんか文句でもあるか?」

「そ、そうじゃなくって‼」

 ムスッとした亜希子ちゃんの表情。場に緊張感が走った。

「あのね、亜希子ちゃん」

「おう…」

「このお店、外から裏口回って入れるみたいよ」

「え」

「ほら、見て…」

 そう言いながら私が指をさした店の窓ガラスには、『店内に従業員がいない場合はコチラ』という指示の元、裏口の地図が書かれていた紙が貼られていた。

「…行くぞ」

 そういう亜希子ちゃんの顔は、先ほど受けた攻撃で付いた赤い粉とはまた別の、少しピンクがかった赤色になっていた気がする。

「可愛いところもあるのね~…」

「あのなぁ!」

「ごめんごめん!」

 スピードを上げて外から裏手の方に歩き始めた亜希子ちゃんの顔はさらに赤くなっていた。

「…っちょっとストップ」

「えっ?」

 今度は亜希子ちゃんが私の足を止める。

「ちょっとしゃがんで…ほら…あれ見ろ…」

 急に小声になった亜希子ちゃん。彼女に言われるがまましゃがみ込み、指さす方向に顔を向けた。

「あれ…!」

「ああ、やっぱりいつものメンツでい…」

 全員の姿は見えなかったものの、コズミや悟君たちの声が聞こえてきた。

「…なんか、怒り声上げてる…?」

「…みてぇだな…少し聞いてみるか…」

「うん…」

 私たちは静かにその会話を聞き始める。

―おのれ曲者! この期に及んでまだ俺にそういうエンちゃんとの…ハハ、ハグを‼

「フムフム…」

―というかまだお前はエンちゃんから離れないのか!

「成程…」

 なんとなく概要がつかめた私たちは声を合わせ、

「大丈夫そうだな」

「大丈夫そうね」

 と言い、そちらに向かって歩き始めた。

「早いところ合流してしまおうぜ」

「そ、そうね!」

「おい、アンガイ…」

 お店の裏手が完全に見える位置。建物の角あたりまで歩いてきた亜希子ちゃんが声をかけたその時であった。

「でやぁぁぁ!」

 横から不意に聞こえる声。

「ん…」

「甘えるなぁ‼ くらえぇ‼」

 その声と共に亜希子ちゃんには恐らく最大限のエネルギーをぶつける為の拳が飛んできていた。

「亜希子ちゃん!」

 その声にようやく気付いたのか、

「ア、アキコ⁉」

 驚いた表情を見せたコズミが近くにいた。

「避けるだワイさ!」

「亜希子ちゃん‼」

 私とコズミが再度声を上げた。

「…たくうるせぇなあ。こういうのはな…」

その声と共にコズミや私たちが見たのは、真横から来たエメラの拳を左手で押さえつけた。

「こういうのは拳で止めた方が効率的なんでい」

「なっ‼」

この状況に誰よりも驚いたのは、エメラであった。

「そらっ」

「おわぁ⁉」

エメラの拳を掌で抑えていた亜希子ちゃんがひょいとドアノブを回すように手首を捻ると、ソレに合わせて彼の身体が回転し、そのまま地面に落ちる。

「す、すごいだワイさ! アキコ!」

「こんなの朝飯前でい」

 パッパッと服をはらう動作をしながら亜希子ちゃんは答える。

「そんなことよりお前ら、あのヤカマシ女見かけなかったか?」

「ヤカマシ女…?」

「ヤカマシ女、じゃ伝わらないと思うんだけど…」

 そう言いながら、亜希子に続いてコズミたちの前に私は出てくる。

「ミオウ! いたんだワイさね!」

「うん。この変な世界に来てからは亜希子ちゃんと一緒だったの」

「それで…ヤカマシ女って…?」

 コズミの背中から降りてきた悟君が聞いてきた。

「クリスティーネさんのことよ。私たち、なんでか知らないけどあの人の駒になってるみたいで…」

「こ、駒?」

 コズミが首を傾げた。

「おう。なんていうか…誘惑係? みてぇな事言ってたような気がするが…」

「…あ、そういうことか!」

 そこまで聞いてピンと来たのはコズミだった。

「今、エメラには数秒ごとにどこからともなく美女がまとわりつく呪いがついてるんだワイさけど…」

「なによその変な呪い」

「お、俺は…知らん!」

 突っ伏したままの身体をようやく上げたエメラが怒り気味に言う。

「ただ、あの人のこれまで一緒に仕事してきた行動をもとに推察すると…恐らく自分の能力で生成した美女が倒される瞬間の、自分に返ってくるエネルギーの跳ね返りを利用してこっちの居場所を逆探知してるハズだ…」

「逆探知…?」

 悟君がエメラに投げかけるように聞き返したその時である。

「そう、逆探知。よくわかってるじゃない、マイダ~リン」

「・・・‼ 全員伏せろ!」

 エメラが叫ぶ声に合わせ、全員がそれぞれ伏せたり、しゃがんだ瞬間。

 ―ヴォン・・・‼

 かなり鈍い音とともに、まるで『見える水平切り』ともいえるような、横に広がるエネルギー弾がどこからともなく発生。頭上を通り過ぎた。

「ようやく見つけた…‼ もう逃げられないわよ…」

 その声と共に、まるでテレポートしたかのように現れたのは、紛れもないこの世界の創造者―クリスティーネ=ディッセンバーであった。

2-異次元空間。クリスティーネの世界の中-


「クリス‼ 業務中にこんなことやっていいと思ってるんだワイさ⁉」

「あらあら、あなたには関係ないことじゃなくって?」

「大ありだワイさ‼」

 俺たちの目の前に現れたこの世界の創造主、クリスティーネ=ディッセンバー。こちらを見る目はとても怪しい…いや、妖しいものであった。

 そんな彼女に一早く嚙みつくのは他でもないコズミであった。

「お、おいコズミ。あんまり刺激せん方が…」

「サトルには関係ないだワイさよ‼」

「どういうことだ‼」

「どーもこーもないだワイさ‼」

 俺とコズミは口喧嘩を始めてしまう。

「アラアラ仲が良いこと… お二人はよくお似合いねぇ…」

 ニヤニヤと口論になっている俺たちを見て彼女は言った。

「誰がこいつとなんかッ…‼」

「そ~だワイさ‼ それに今仲良しとかそういう問題じゃなくて…‼」

「そんなに仲良しなら…ひょいっと!」

「ワッ!」

 俺たちの怒りをよそに、近くにいたエメラを拾い上げる。

「エンちゃん‼」

「マイダ~リンは頂いて私は帰るわ…」

 怒る俺とコズミに、まるで見せつけるようにして報告してくるが、今はそんなことは今どうでもよい。

「貴方達はどうするの? ここから出してあげてもいいけど…それとも私たちと同じように、あなた達も愛をはぐくむのかしら…?」

 いかにも面妖な雰囲気、しかしピンクのような紫色のようなオーラを纏い、俺たちに語り掛けてくるが、それもどうでもよかった。

「ねえ、どうするの…? お二人とも…聴いて…」

「も~ッ…‼「「うるさい年増ッ! 今それどころじゃないわ‼」」だワイさ‼」

「なっ…‼」

 俺とコズミ、二人の声が重なる。

「え、エンちゃん…それはマズイ…」

 クリスに担がれていたエメラの顔が一気に青ざめる。

「おい、アンガイ…その言葉はさすがにやばいんじゃねぇか…?」

「お、俺知らね~…」

「そうよ、私たちは無罪よ…」

 亜希子やヒサシ、未央は俺に向けて言葉を投げかけた。

 …そして何よりも。

「今…なんて言ったかしら…」

 先ほどの面妖な雰囲気の、妖しい顔のまま、しかしドスの効いた声で俺たちに質問してくる人物から放たれる異様な雰囲気が、他の全員のどの言葉よりも俺たちにのしかかってきた。

「だから『うるさい年…』ハッ‼」

「アアッ!」

 なぜかエメラから骨が折れるような音が聞こえた。

「…どうしただワイさ、サトル。言えばいいだワイさ」

「…とりあえず、今怒ったことは許すから…もう一回おんぶしてもらっていいか…」

「…どういう風の吹き回しだワイさ」

「いいから早く乗せてくれ‼」

 そういうと俺は一目散にコズミの背中に飛び乗る。

「勝手に乗るなだワイさ‼ っていうかどうして言わないんだワイさ‼『この年増~‼』って‼」

「バーカ‼ 俺はもう知らんぞ‼」

 焦る俺の目の前には、見えない怒りの炎が全身からあふれ出ているクリスが居た。

「こわがる必要なんかないだワイさよ‼ アタシはエントロピー商事の代表の娘だワイさよ‼ 職務怠慢で減給させればいいんだワイさ‼ やい、早く教室に戻すだワイさ‼」

 何故この大馬鹿娘が張り切っているのかはわからないが、クリスに対して異常なほどの敵意をむき出しにしていた。

「…じゃあ帰してあげるわ…」

「ほ~ら大丈夫だワイ…」

「この土の養分として、分子レベルで大地に還してあげる‼」

「…えっ?」

 コズミが素っ頓狂な声を出したその瞬間、俺たちが居た場所の地面が浮き出始める。

「コズミ、上に飛んでくれ‼」

「…わ、分かっただワイさ‼」

 状況をうまくつかめないコズミは、俺の声と共にそれなりの速度で上昇する。

 そのタイミングのわずか一秒未満後、隆起した地面からはドリル状のエネルギー光線が俺たちをめがけて飛んできた。

「ワーッ‼」

 俺たちを襲うエネルギー光線は、そのままコズミに向かって追尾を始める。

「ちょこまか逃げるんじゃないよ‼」

 怒りの闘志に燃え上がるクリスの声が聞こえる。

「コズミ‼これ、追尾型だ‼」

「どどど、どうすればいいんだワイさ⁉」

「とりあえずその細い建物と建物の隙間に‼」

「了解だワイさ‼」

 俺の指示に従い、古いレンガ調の建物の間をビュンと通り抜ける。

「イテェッ‼」

「大丈夫だワイさ⁉」

 建物と建物の間に干されていたシャツに正面から俺はぶつかった。

「…ブッハァ‼ 気にすんな‼ そのままグルッと周って角度つけながら上空に上がれ‼」

「…わかっただワイさ‼」

 返事をしたコズミは左に若干傾きつつ、円を描くように旋回をしながら上空に上がった。

「…どうだ⁉」

 俺は下を見る。

 コズミが左寄りに角度をつけながら回ったことで、エネルギーの塊はっき俺たちが通ってきた建物にぶつかり、爆発を起こす。

「よし‼」

 俺の目論見通り、その爆発により、追尾型のエネルギー光線はなくなっていた。

「おーい‼ 大丈夫かー⁉」

 地上からは亜希子が俺たちを呼んでいた。

「こっちは大丈夫!」

「…いったんアキコ達のところに戻るだワイさ?」

「…頼む!」

 俺の声で頷いたコズミは結構なスピードで声のする方に降りていく。

「コズミ、お前結構飛んでたけど体力大丈夫か…?」

「あ、大丈夫だワイさよ!」

 ニコリと笑っていたが、声に覇気がない。

「…よし、ついただワイさ!」

「無事でよかったが…後で頭冷やしておけよな、コズミ…」

 空から降りてきた俺たちに最初に声をかけてきたのは亜希子であった。が、珍しく彼女はコズミに対して注意をしたのだった。

「そうね…さすがにデリカシーってもんがないわよ」

「むぅ…ミオウまで…」

「そ~ねぇ…今回は俺も擁護できんなぁ~…」

「ヒサシまでそんなこと言うだワイさ⁉」

「当たり前じゃ‼」

「イタッ!」

 全員にお叱りを受け、愕然としているコズミの頭に俺はチョップを入れた。

「どうして!」

「どーしてって聞きたいのは俺の方じゃ‼ どうしてあんな反感買うような事言ったんだ」

 ムスッとした表情のコズミ。しかし周りが全員俺と同じような心境であるのを察したのか、渋々理由を話し始めた。

「…こうでもしないと地球に居れなくなるだワイさ」

「え、それってどういうこと?」

 未央が聞き返す。

「今アタシが地球に居れるのは、エントロピー商事がケイオス星で一定の業績を上げているからなんだワイさ。だからこそ、この地球に支店を立てようって話になって…それで今アタシがここにいるんだワイさ」

「うん…」

「でも…もし! もし今、クリスの行動がキッカケで会社の信頼が落ちたらどうなると思うだワイさ?」

「そ、そりゃあ…」

 口に出そうとした亜希子の声はそこで途切れる。

「…アタシは皆やサトルとは離れたくないだワイさ!」

「コズミ…」

 なんだかさっきまで怒っていたのが申し訳なくなってきた。

 そう思っていた時。

「…お話は済んだかしら?」

 俺たちの頭上には、恐らくテレポートしてきたクリスの姿があった。

「でも残念。あなた達はこれから永遠にこの世界で生きていくことになるわ…」

「な…どういう意味でぇ‼」

 反応する亜希子を見ながら彼女はニヤニヤと笑う。

「これからこの世界の創造主の権限で、永遠にこの世界のオブジェクトとして存在して続けてもらうの。この意味、わかる…?」

「んなこたぁ分かってんでい‼ 一時間辛抱すれば帰れんだろ⁉」

 亜希子が睨みを効かせながら言う。

「本当はそうしたかったんだけどねぇ…あなた達がワタシを怒らせなければ、一時間で帰れたのよ…」

「それってどういう…」

 ヒサシが聞こうとしたその時である。

「どうもこうも、システムの一部になってもらうのよ。この世界はあと十分ほどで閉じる。ワタシとマイダ~リンは『外から入ってきた人間』として出れるけど、システム上のオブジェクトとして設定されたあなた達は、世界の終焉と共に終わりを迎えるのよ!」

「なっ…‼」

 その言葉を聞いて俺たちは驚きの表情を隠せなかった。

「す、すまん…エンちゃん…もとはと言えば俺が…」

 担がれたままのエメラが口を開く。

「エメラ‼ コレどうすればいいんだワイさ⁉」

「とにかくクリスを止めるしか…イタイッ‼」

「余計な事言わなくていいのよマイダ~リン♡」

 フリーハンドであったクリスの右手から繰り出された一撃で、エメラは気を失う。

「なっ…‼ この女、危ないぜ…‼」

「今更何言っても無駄よ‼」

 そういうと彼女は妖しい呪文を唱え始める。

「…ハールトルワルシノモノ…ハールトルワルシノモノ…」

 バチバチと彼女の周りに電撃が纏わりつき始める。

「な、なんだ…⁉」

 思わず俺は声が出てしまう。

「主催者宣言により、目の前にいる者たちをこの世界の一つのオブジェクトとして認識させる‼ そしてこの者たちに変更の雷を落としたまえ‼」

「なにっ! 設定を変更するために当事者に雷を落とす必要なんかないだろ!」

「うるさ~い! ワタシを怒らせた罰よ‼ 受けてみなさい!」

 俺たちに構わず宣言した瞬間、俺たちは足が動かなくなる。

「やべぇ、動けねぇぞ…‼」

「創造主の権限が実行されてるだワイさ…‼」

「逃げれねぇのか…⁉」

「別の世界が作られて創造主が変わりでもしない限り無理だワイさ…!」

 万事休す…。言葉では発さなかったものの、みんなの表情からその言葉がにじみ出てきていた。

「喰らいなさーい!」

「…‼」

 俺たちの頭上にできた雷雲がグルグルと回転を速め…。

 ピカッと閃光を放った…。

 …ように見えた。

 …いや、これは…。

「光…だけ?」

「雷…落ちてこないな…」

「変だワイさね…」

 確かに雷雲は俺たちの頭上にしか出ておらず、それはしっかりと宣言が実行されている証であったのだが…。

「え、え、どういうことなの⁉」

 あのクリスの焦りようを見るに、通常では起こらない事態が発生しているようだ。

「ど、どうなってるんだワイさ…」

「まさか、カメラが不良品なんじゃないか?」

 カメラの効果でこの世界にきていることを思い出した俺は指摘する。

「う~ん、そんなことはないと思うんだワイさけどねぇ…ここのカメラのブランドは販売前に様々なテストを行ってるはずだから、ケイオス系で一番信頼できるカメラなんだワイさよ…」

 …とここまで言った時、ポンと掌を叩いたものが居た。

 未央である。

「もしかして、だれかがカメラ使ってるんじゃない…?」

「あ、それはありそうだワイさ」

 その瞬間、俺たちの周りの風景が一瞬にして変わる。

「わっ! なんだ⁉」

 俺は驚いて声を出してしまう。

「な、なにが起きてるの⁉」

 世界の創造主すら驚きを隠せていない様子だった。

「やっぱコレ誰かが動かしてるだワイさ‼」

 などと言っている間に世界は再構築されていき…。

 俺たちは大きなスタジアムの真ん中に立っていた。

「…ここは…」

「競技用のスタジアムでぇ…」

「なんか、形が意ノ外スタジアムによく似てるわね…」

 見覚えのあるスタジアムに困惑していると、観客席の下にある関係者用通路から一人走ってくる人物がいた。

「お~い‼ そこにいるの誰~‼」

 こちらに向かって叫んでいる。

「あれは…まさか…」

 スポーツ用ジャージを着用した金髪のポニーテールの女性が走ってきた。

 俺たちはこの女性に見覚えがある…。いや、見覚えしかない。

「なに、すごいねあのカメラ! こんなに再現できるんだねぇー!」

 黒崎礼子…先生である。

 一同ようやく知っている顔に出会え、更にはこのカメラを動かしていたのも彼女であったことを知りホッとした。

 …最初の数分だけは。 


3-異次元空間内。礼子先生主催のマラソン大会-


「…し、しんどい…」

「ほらほらー‼ せっかく貸し切り状態のスタジアムで走れるんだよ‼ いつも以上の力を振り絞って~‼ イッチ、ニー‼」

「コズミ‼ 浮くな!」

「だってもう足がパンパンだワイさ…‼」

 俺たちが安心したのもつかの間、世界の創造主であることを知らずにいつもの調子で運動に対する理想を俺たちにぶつけてきた礼子先生。

 その言葉は無情にも『創造主権限』と判断され、俺たちは一周四百メートルあるトラックを強制的に走らされていた。

「キ、キツすぎる…わ…」

 この命令はクリスティーネも例外ではない。

 この世界は今、礼子先生によって成り立っているからだ。

「クリスティーネさん‼」

「は、ハイ…‼」

 走っている最中に呼び止められ、困惑しながらクリスは返答をする。

「せっかくのきれいな体型、維持したいですよね⁉」

「え、ええ…まあ…」

「なら、運動です‼」

「え…」

「もう追加で二周‼ ゴー‼」

「…‼ は、ハイ…」

 彼女の事が気に入ったのか、礼子さんは俺たちのメニューの倍以上を彼女に課していた。

「うっわ~…」

 少ない項目で無難にこなし、休憩に入っていた未央がつぶやく。

「俺もアイツと同じメニュー走ってたけどよぉ…あのメニューにさらに追加だろ? 普段走ってなきゃあ、ありゃあキツイぜ…」

 体力に自信のある亜希子も、さすがにドン引きしていた。

「というか…意外と体力ないんだねぇ、クリスさん」

 ヒサシがポロッと口にした。

確かに考えてみるとそうだ。先に走って休憩に入っているエメラは別として、仮にも運送業務が担当の社員なら持久力はありそうな気がするが…。

「あ~、多分あれは足の筋力が弱いんだワイさ」

「足の筋力?」

ヒサシの質問に答えていたコズミの回答に俺は投げかける。

「そう、足の筋力。たとえ運送業と言ってもアタシたちは自分たちの能力で物体を浮かせたり、空を飛べるだワイさ。そして惑星間によっても重力は変わってくる…。そうなってくると、わざわざ意識して足を使うのってそうそう無くなるんだワイさよ」

 実態のあるエネルギーの形を変えられるのならわざわざ手足を使う必要がない…ということか。

「昔は能力使うより地道に運んだ方が美徳とされてたんだワイさけど…ここ数年で文化がガラッと変わって『ダサい・非常識』なんていわれるようになっただワイさ」

 地面に座り、足をのばしてストレッチをしながらコズミはそう答えた。

「エンちゃんのいう通りでもあるが…。ま、あの人の場合は元々筋力ある世代なのにも関わらず、若い人に寄せに行くために筋力落としてるからな」

「なんか…宇宙人にもそういうやついるんだな…」

 俺はそつぶやいた。


 

四十分ほど経った後。

「よ~しみんなお疲れ!」

「ッハ~ッ…ゲホッ、ゲホッ…ン゛ンッ」

 礼子先生と共に(肩を借りないと歩けない状態の)クリスティーネが俺たちの所へ歩いて来た。

「見事な走りっぷりだったよ‼ クリスティーネさん‼」

「…ゲホッ…ど、どうも…」

 数時間前とはちょうど真逆の、苦痛そのものの表情の彼女。俺たちとは違う、純粋な心が由来の、ピュアな攻撃はクリスティーネには効果覿面であった。

「さーて、そろそろいいかな…」

「先生、もう帰るだワイさ?」

「うーん、このカメラの使い方もよくわからないし…ほんとはもうちょっと色々楽しみたかったんだけど…」

 少し思い残した事があるような言い回しだった。

「今なら先生がこの世界のマスターだから、宣言しちゃえばなんでもできるだワイさよ」

「宣言…?」

「そう、宣言だワイさ。例えば『ここにおうちを建てる‼』って先生が宣言をすれば、イメージしている内容のお家がそのままできるだワイさ」

「ほうほう!」

 曇り顔だった先生の顔が晴れる。

「そしたら~…地元に帰りたい!」

 その瞬間、スタジアムが消え、一度くらい世界に切り替わる。

「おお、なんだなんだ⁉」

 初めての体験に戸惑う礼子先生。

「これは今、先生が宣言したことでその情報通りに地形を変えているんだワイさ! 先生の地元ってどこだワイさ…?」

「そういえば聞いたことないかも…」

「俺もそういえば知らんな…」

 コズミだけではなく、俺や未央など、今いる人間は全員彼女の地元を聞いたことがなかった。

「う~ん…そうだなぁ…」

 またしても彼女が伝えにくそうな顔をしている。

「あ、無理に話したくないならいいんです!」

 それを察知した未央がすかさずフォローに回る。

「ああ、別に話したくないとかじゃないんだけども…実はね…」

「実は…?」

 不思議と全員が固唾をのんで先生の言葉を待っているように見えた。

「実は私、多分パラレルワールドの住人…なんだよね!」

 …。

 全員が固まる。その間にもドンドンと世界が生成され…。

「おーっ! 懐かしい~! 帰ってきたぞ我が有広町~!」

 彼女の地元とされる場所―有広町(ありひろちょう)に今、俺達は居る。


               

4-異次元空間内。有広町-


「懐かしいな~‼ …あ、ここゲーセンだったんだよな~…‼」

 全く理解が追い付いていない俺達は、礼子先生についていくしかなかった。

「この有広町はね! 海と山どっちもあるんだよ‼」

「は、はあ…」

 ヒサシも気の抜けた返事しかできていない。

「っていうか! 先生どういう事だワイさ⁉ パラレルワールドの人間とかって…」

 一番最初に大きな疑問をぶつけてくれたのは他でもないコズミであった。

「う~ん、なんていうんだろう…実はこの有広町っていうのはかなり特殊でね…」

「特殊…? 何の変哲もねぇように見えるが…」

 そう亜希子がつぶやいた瞬間だった。

 歩行者信号の向こう側から何かが飛んできた。

「…あっ! 礼子姉‼」

「あ~っ!」

 礼子さんが手を振ったその先にいる人物…。一人の女性。

 女性ではあるのだが…。

「は、羽⁉」

「手もカギ爪みたいだし…」

 俺達の目の前に現れたのは、悪魔のような翼の生えた女性が飛んでくる様子であった。しかもそれを気にも留めず、礼子先生はその女性と抱き合う。

「ちちち、ちょっと貴女! 説明なさいよ!」

 何もかもが理解できなかったのは俺達だけではない。

 クリスティーネもこの状況に混乱していたのか、礼子先生に噛みつこうとしていた。

「あ、この子はね…私の妹! 黒崎彩芽!」

「どうも~」

 パタパタと翼を動かしながら、彼女は俺達に挨拶をしてきた。


                *


「はあ…世界のバグを修復して…巻き込まれたと…」

「ま、そういうことになるかな…」

 俺たちは今、とある企業の社長室にいる。

「説明ありがと陽子姉!」

「どこに行ったんだ思ったら…そんなことになっていたなんてね…」

 そう言ってニコッと笑いかける人物こそ、この会社…『黒崎コーポレーション』社長にして礼子先生の姉、黒崎陽子さんであった。

 彼女によれば、この世界が不安定になった際、時空のひずみが発生。そのひずみに飲み込まれる形で礼子さんが意ノ外町にやってきた…との説が濃厚なようだ。

「ただまあ…もう十年は前の事だし…」

「結構前だワイさね」

「礼子先生は結構な期間、未知の世界を彷徨ってた事になるわね…陽子さんは今おいくつなんですか?」

 そう質問するのは未央だ。

「私か? 私は今年で…37歳だ。因みにそこにいる彩芽は31歳。みんな順調に歳を取ってるよ」

 陽子さん笑いながら答えた。

「いや~それにしても歳の割にかなり美人だねぇ…腰まであるロングな髪の毛もステキ…」

「ちょっとヒサシくん、それ失礼な言い方なんじゃない?」

「あ、そうかな」

「ハハハッ! 若く見られるのはうれしいことだよ。手入れしている甲斐があるからね」

「そうですよね~! 身長も俺と同じぐらいあるし…180位ですか?」

「まあ、それくらいかな…? 最近計測していないからどうなってるかはわからないけど」

 などとみんなで談笑している中、俺はあることに気付く。

 社長室の真ん中にある、接待用のソファーに座っていた礼子先生だけ笑っていない。というよりも、何か物凄い違和感を発見してしまったような、何かの間違いを発見した時のような…。そんな顔つきだった。

「れ、礼子先生…どうしたんですか」

「…あ、ああ…安貝君…」

「体調悪いですか…?」

 そう訊ねるも、小さく首を横に振る。

「じゃあ何をそんなに…」

「…いや、そのね…。私は今の有広町を見たくてあのカメラに念じたんだ…。けどさ…」

「けど…?」

「けどね…今、あの二人、何歳って言ってた…?」

 礼子先生の額からは冷や汗のようなものが流れていた。どこかおびえているような…そんな気がした。とても彼女らしくない。

「あの二人は…何歳って…」

「お、落ち着いてください、礼子先生…」

 俺の両肩に手を置く形で焦りを逃がそうとしてきたものだから、俺は落ち着くように諭す。

「…陽子さんは37、彩芽さんは31って…」

 俺がそこまで口にしたとき、今度は俺の両手を包み込む形でガシッと握った礼子さんはこう言った。

「アタシ…25なんだよ…」

「えっ…?」

 その瞬間、世界が一気に崩れ始める。

「な、何事だ⁉」

 一早くその異変に反応したのは社長であった。

「副作用…ってとこかしら」

 そう口にしたのは、今まで喋らず、部屋の中にある書物を読み漁っていたクリスティーネであった。

「副作用…?」

 礼子先生が聞き返す。

「ええ。貴女、この世界を限りなくリアルタイムに近付けて作成しようとしたでしょう?」

「ま、まあ…」

「しかも今回は並行世界…。このカメラはね、現実離れしていれば問題はないんだけれども、リアルタイムに近い世界を作ろうとすればするほど、その現実との差異に対してストレスがかかるようになっているの。なんでかわかるかしら…?」

「な、なんでって…」

「いたって簡単。現実と仮想が混同して帰れなくなるのを防ぐためよ。たとえ並行世界が現実離れな現象だとしても、時間軸をもとの世界と同じように作ったとしたら…。それはもう、『同じ時間軸の隣の家に居る』ようなものなのよ。ある意味では、どの世界よりも、現実の次に現実に近い場所…一番混同しやすい場所なのよ」

「現実と仮想の混同…」

 そこまで聞いた時、社長が腑に落ちた顔をしたかと思うと、礼子先生の方へ近づいてきた。

「よ、陽子姉…」

「全く…やはり黒崎家の人間は変な物に取りつかれやすいようだね…。なあに心配することはない。久々に顔を見れただけでも安心したよ」

「ごめんね…」

 悲しい顔をする礼子先生。それを見た陽子さんは彼女の顔をあげさせる。

「大丈夫。たとえこれが仮想の世界だとしても、こうして私たちが『今、生きている事』を確認しに来てくれたその事実が、私としては嬉しい。…まあ、本当の私にはこの情報は届かないだろうが…少なくとも礼子が心配するようなことは起きてない…ってことだよ」

「…うん」

「…もうタイムリミットだろう? 私の部屋も大分崩れてきている」

 その言葉で気付いたが、すでにこの部屋の半分以上が真っ黒になっている。おそらく礼子先生が創造主になってからもう時期1時間が経つのだろう。さっきまでいた彩芽さんも一足先に退場していた。

「この感じだと、礼子がしっかりしないと皆にも影響が及んでしまうだろう。…さ、帰る準備を」

「わかった…。ありがとうね、陽子姉!」

「ふふ…じゃあ皆さん、あとはよろしく頼むよ」

 そう言いつつ陽子さんは立ち上がり、みんなに背を向ける形で、先ほどまで窓があった空間の方へと歩いていく。

「私は一足先に失礼するよ」

 そういうと、黒い空間の中に消えていった。

「…礼子先生」

「うん、帰ろう!」

 いつもの声と顔に戻った礼子先生の声で、俺たちもフッとこの場から消える。

その時の礼子先生の目の周りがちょっとだけ赤くなっていたのは、多分見間違いではなかったハズだ。


                 *


「くっ…いったい何だったんだ…」

 二年四組の教室。何者かに吹き飛ばされ、気絶していた教師、冬場ゴウセツはようやく意識を取り戻した。

「あ、先生…起きました…?」

「…ハッ。ああ、何とか…って何だこれは⁉」

「ええ、その…なんというか…」

 色々と粉々になっている教室を見て焦るゴウセツ。しかしすぐに誰の仕業か予想がついたようだった。

「全く…どうせ安貝とコズミくんだろう?」

「う~ん…半分正解というか…間違いというか…」

「なんだその歯切れの悪い回答は…?」

 煮え切らない回答に悶々としていたその時である。

 ―ヴォン…。

「な、何の音だ…?」

 突然、何か鈍い音が聞こえたかと思うと、ゴウセツの頭上に大きな渦が出来始める。

「せ、先生、上!」

「上…? …な、なんだこれは⁉ …穴…?」

 何を思ったかのぞき込もうとするゴウセツ。その瞬間である。

「ドワァアアアアア‼」

 ゴウセツの上に落ちてきたのは、悟を含む異次元空間に居た生徒と礼子先生、そしてクリスティーネとエメラだった。

「うっす、ただいま」

「みんな大丈夫だっただワイさ?」

「俺たちゃ大丈夫でい」

「ちょっと‼ 誰よお尻触ったの!」

「手が当たっただけだって、許してくれよ~」

「さ、マイダ~リン帰るわよ‼」

「エ、エンちゃんとまたいつか会おう…‼ 絶対に…‼」

 …俺たちは思い思いの会話を繰り広げていた。

「よーしみんなで散らかった教室を片付けよ~!」

 そう元気に言うのは、ゴウセツを下敷きにしているとも知らないクラスの副担任―黒崎礼子先生だった。

「…あれ、ゴウセツ先生は…?」

 探す礼子先生をよそに、俺は下に居るゴウセツと目が合った。

「…教えてあげなさい」

 小声でゴウセツが言ってきた。

「さあ…」

 俺はそっぽを向き、礼子先生には黙っていることにした。

「この大バカ者…ガクッ」

 その数十秒後、大勢に踏まれて再度気絶したゴウセツが発見されたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思いのソトからやってきた 斜芽 右上 @m_giu_eNNM

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ