第七惑星 『異次元ホイホイ 前編』
1- 意之外高校 休み時間の二年四組-
「…もうすぐ到着するだワイさ…」
授業と授業の間、十分少々の休み時間に一人机でニコニコしながら待っている宇宙人が一人。
「何ニヤニヤしてんだ」
「サトルも、もうすぐ分かるだワイさ!」
地球外からやって来た彼女—コズミカ=エントロピーが使うその席の机上にはカメラのようなものが置いてあった。
「なんだこれ」
俺は手に取り、ソレをカチャカチャと動かしながら彼女に聞く。
「今シャッター押しても意味ないだワイさよ」
「ん、そうなのか」
試しにコズミに焦点を合わせてシャッターを押してみたが、特に反応がない。
「それを使うためのフィルムが今入ってないんだワイさ」
「なんだ、そりゃあ使えないわけだ。…というか今時フィルムなんか必要なのかコレ」
彼女の出身地であるケイオス惑星のアイテムは、時々地球より進みが遅い物が存在するが、まさかカメラの技術が遅れているのだろうか。
「いや、このカメラだからこそ専用フィルムがいるんだワイさ。地球で言うところの『インスタントカメラ』みたいなものだワイさね」
「ほ~ん、成程…」
俺達の一世代前の人たちに再ブームが起こっていたが、残念ながらこの世代ではインスタントカメラはまた下火になっている。その為なのか、現・意之外高校に現役の人間にとっては「昔の物」という、ある意味で歴史通りの認識が強い。
「お、カメラなんか持ってお前らなにやってんでい」
俺の手からカメラを取りつつ、話に入ってきた彼女。
「オレの店もインスタントカメラはもう大分仕入れてないからなぁ~。久しぶりに見るぜ」
家がAIロボの取り扱いをはじめとする電気屋の亜希子だ。
「それにしてもこのカメラ…なんかレンズの所が万華鏡みたいになってねぇか…?」
俺とは違い、レンズの中に彼女は興味を示し、片目を閉じ、効き目である左目で中を覗いていた。
「良く気付いただワイさ! じつはね…」
と、言ったあたりで先生の足音が聞こえて来た。
「授業始めるぞー。…って、コズミくん、また変な物持ってきてるな」
ちょっと怒る時の声色で注意したのは俺達の担任、冬場ゴウセツ(ふゆのば ごうせつ)であった。
「取り敢えずしまいなさい。使わなければ回収しないから」
「わかっただワイさ~」
特に謝罪する様子もなく、言われたので普段のテンションでコズミはゆっくりとカメラを鞄の中にしまった。
「よし。そしたらお前らも席に戻りなさい」
俺と亜希子に向けてだろう。
「はいはい」
俺は返事する。
「ハイは一回!」
「…わーったよ」
亜希子も適当に返事をした。
「だから、『ハイ』!」
「…ハイハイ」
「一回だっちゅーに!」
ホームルームの時間はコズミが来てからは特に全員の気が緩くなっている気がする。注意しているゴウセツ自身もクラスの空気感は理解しているようで、変に怒るようなこともなかった。
「…よし、全員いるな。今日は来月のクラス内目標を決める時間に…」
と、ゴウセツが本日の議題について説明を始めようとしたその瞬間である。
—ゴゴゴゴ…
突然の地鳴りのような音。
「な、なんだ…?」
俺を初め、クラス内もざわめき始める。しかし、地面は揺れていない。何か地震とはまた違う「事象」が近づいている。
そんな中、ただ一人平然とした顔…いや、むしろさっきより嬉しそうな顔を何とかこらえながらその地鳴りを聴いている奴がいた。
「コズミ…何した」
「何って…そりゃあ…」
さっきも話したでしょうと言わんばかりの、けれど確実にニヤニヤを抑えきれない顔をしながら俺に話しかけたその瞬間。
―バリィン!
「なにぃぃ!?」
轟音と共に窓が割れ、『何か』がゴウセツに高速で衝突した。
「せ、先生!?」
「派手にぶつかったぜ…ありゃあ…」
全員がその光景にざわつく中、未央や亜希子が心配する声も聞こえて来る。
その衝撃から十数秒後、衝突による粉塵が落ち着いた所で、それが「乗り物に乗った何か」であることを確認できた。
「…誰か…乗ってるのか…?」
俺は恐る恐る近づいてみたが、その不思議な形の乗り物の操縦席には既に誰もいなかった。
「コズミの仕業か…?」
「さ、流石にこれはアタシの仕業ではないだワイさ!」
「しかしさっき『いまに分かるだワイさ』的な事言ってただろ」
「それは! こ~いう事が起きるんじゃなくて!」
と、コズミと半ば喧嘩腰になりそうなった時である。
「エンちゃん…助けてくれ…!」
その声の主(恐らく男性だろう)はヨロヨロと、しかし少し早めにコズミにしがみついてきた。
「コ、コズミ…こいつは…?」
聴きながらコズミの顔を窺がった。先程とは丁度逆の、血の気が引いたような…そんなような顔つきであった。
「…こいつは…」
明らかに話すのが嫌だという顔をしているコズミが口を開いた、その時である。
「あら~! コズミちゃん、お久しぶりねぇ~! あなたの荷物だったのねコレ。その腰にいるマイダ~リンと交換しましょ!」
もう一人、浮遊した女性が遅れて出て来たのである。
「アタシこそ、コイツなんてこっちから願い下げだワイさ!」
そう言うと、コズミは自身にぶら下がるような状態でいたその男性を、彼女の方へ吹っ飛ばした。
「ありがとね~。じゃ、お荷物渡すからコレにサイン頂戴!」
そう言いながら、コズミの元へフヨフヨと寄ってくる桃色の髪色をした女性。どうやら二人共コズミの知り合いらしいが、女性に関してはコズミや投げ飛ばされた緑髪の男性と比べると少し年齢が上に見えた。
「あの…貴女達は…」
「ん? あなたはコズミちゃんのお知り合い?」
「ええ、まあそんなところ…」
「そうなんだ! アタシはね、クリスティーネ=ディッセンバーよ。で、こっちはエメラ=エフェメラル。このダ~リンと一緒にエントロピー商事のトランスポーターをしてるのよ」
「トランスポーター…ああ、もしかして配送の事か」
「そういう事ネ!」
少しセクシーなウインクをされたが、俺には刺さらなかった。
言われて気付いたが、確かにコズミが普段着用しているあの『オレンジと紫の幾何学模様の服』を二人とも着ている。どうやらこれはエントロピー商事の制服のようだ。
「…それはそうと、コズミちゃん面白い物を頼んでるわねぇ~。コレ、『インスタント異世界機』の替えフィルムよねぇ?」
「い、インスタント異世界機?」
クリスティーネが頷く。
「な、なんなんすかそれは」
「あら、初耳? 『インスタント異世界機』はね、頭の中で考えた世界観を念じながら人を撮影すると、被写体になった人たちがその世界を体験できるものなの」
「…そうなのか、コズミ」
「…」
相変わらずムスッとした顔のコズミは、さらにネタバラシ攻撃を喰らって眉間に皺を寄せながら、俺の投げかけに対して頷いていた。
「因みに…異世界機で撮影して出て来た世界観の効果は一時間。その世界で効率よく行動すれば早く出れるし、一時間たっぷりその世界を堪能することもできるわ」
「またとんでもない物を用意してたんだなお前」
そんなことを話していると、クリスティーネがひょいとコズミの手からカメラとフィルムを取り、セッティングする。
「例えばね…エイッ!」
その一声と共にインスタント異世界機のカメラが切られたその瞬間。
「え…」
「こ、ここは…?」
「アタシがまだ使ってないのに!」
<<こ~んな感じで、カメラマンの考えた世界に飛び込めるワケ!>>
何故か遠くから…いや、まるで天空から聞こえるクリスティーネの声が響くこの空間に放り投げられた俺とコズミ。…と、もう一人何故か送られてきた人物がいた。
「あれ、オレも映ってたのか…」
緑髪で背の高い宇宙人———エメラ=エフェメラルである。
「うギャン! エ、エメラ!? なんでいるだワイさ!」
そのセリフとほぼ同時に、コズミは俺を盾にするように、俺の背後へと隠れた。
「なんで…って言われても、なぁ…」
「ち、ちょっと待ってくれ! 何にも状況が理解できないんだが! コズミ、お前この人となんかあったのか?」
俺の肩をがっちりと掴み、出来るだけエメラと顔を合わせまいとする彼女に聞く。
「何があったも何も…! アタシはアイツの事嫌いなんだワイさ…!」
「…う~ん、イマイチ掴めないなぁ」
「エンちゃん、それじゃあこのヒトには伝わらないと思うぞ。実を言うと俺達…」
「待つだワイさ! アタシの口から言うだワイさ!」
事情を説明しようとした彼を遮るようにコズミは声を上げた。
「コ、コズミらしくないな…」
「サトル、今から伝える事に対して…怒らないでほしいだワイさ…」
やっと俺の背中から離れ、俺の真正面にコズミは立った。
「その…。実は…アイツ…エメラはね…」
「お、おう…」
「その、同級生だったって言うのもあるんだけど…」
…そこでいったんコズミが言い淀んだ。
重苦しいような、でもどこにでもありがちな、そんな空気が漂う。
その間に俺は何となく察しがついた…が、ここは彼女が言うのを待つことにした。
「その、あの…元彼だワイさ…」
2-意之外高校 二年四組(半壊状態)-
「あれ、いない! マイダ~リン! どこなの!?」
コズミ達がクリスティーネが作った世界に放り投げられた最中。
―彼女は自分のダ~リンを探していた。
「どこに行ったの~!?」
自分が破壊した二年四組の瓦礫をどけながら、マイダ~リンの名前を呼び続けている。
「…なあ、ヒサシ」
「どした、亜希子ちゃん」
「…俺ァ、この目の前にいるヤツあんまり好きじゃねえんだが」
「それは確かに…俺も思うよ。なんというか…」
「それ以上言うと多分、逆鱗に触れるわよ」
二人の会話を近くで聞いていた未央が口にバッテンをしながら言う。彼女も同様、この二人と同じ感情を目の前の宇宙人に抱いていた。
先程までいた男性の宇宙人…エメラの、コズミに助けを求めていた事から、どうやら彼女が一方的にアタックしているのであろう。その様子を見るに、かなり『オンナ気質』である事には違いない。
恋愛経験をしてないヒサシ、性別を間違えられるが故に特殊な恋愛もどきの事しか体験していない亜希子、そしてコズミに幼馴染を取られそうになっている未央の三人でも『アレとは恋愛関係では関わらない方が良い』というのが、言葉にせずとも、その空気感で共有と理解できた。
その時であった。
「貴女達も見てないで! マイダ~リンがどこに行ったか知らない!?」
クリスティーネが指をさす先に立っていたのは亜希子達である。
「お、おう。俺たちゃあ何にもわからんぞ!」
「ホントに? …っていうかアナタ、女のくせしてそんな男みたいな喋りなのねぇ…」
「んだとこの野郎!」
「亜希子ちゃん、落ち着いて!」
既に殴り掛かろうとしていた亜希子をヒサシと未央は静止させるように彼女の腕をつかむ。
「こんな女、例え宇宙人だろうが放っておけねえだろうが!」
「と、とにかく落ち着いて!」
「そうよ、落ち着きなさいよ。たかがそんな男みたいだからって言われたところで…」
「て、テメェ~!」
今にも飛び出しそうな亜希子の身体を抑えていた二人には、彼女の体温が上がっていくのが感じられた。
「…あ! そうだ!」
この荒れた空気の中、未央が閃いたかのように声を出した。
「写真に写っちゃったんじゃないですか…? エメラさん…」
一瞬教室内が静まり返る。クリスティーネと未央の目が合う。
「…あなた! それよ! そうに違いないわ!」
その静けさの中、いち早く声を上げたのは目の前にいる宇宙人であった。
「でも外部から干渉できるんですか? この『インスタント異世界機』っていうのは…」
「出来るも何も、制限時間内ならこの現像されたフィルムに手を突っ込むだけでこの世界に入れるのよ! それにね…!」
そう言いながら彼女はフィルムを上に投げた。
その瞬間、そのフィルムが頭上で回転し始め、未央や亜希子たちを覆うレベルの大きさになったと思ったのも束の間、大きな渦となり、彼女たちを一気に吸い上げる。
「こうやって投げれば作った世界との一方的な次元空間が広がるのよ!」
「おわぁぁ!?」
その叫び声と共に一番最初に吸い込まれたのは気を抜いていたヒサシであった。
その次元の裂け目に吸われておおよそ二秒程度で彼の姿は見えなくなってしまった。
「お、おい! お前! 一人で行けばいいじゃねぇか!」
「そ、そうよ…っ! キャッ!」
踏ん張っていたのも限界が来ていたのか、次に未央が吸い込まれていった。
「折角なんだし良いじゃないの!」
「理由になってねぇ! 俺は巻き込まれたかねぇ!」
「ええ~い! 折角好意的に接してるのに! 付き合い悪い人ねぇ!」
「てめぇ! 人の事男と間違えてる分際で何言ってやがる!」
言葉の攻め合いがヒートアップ仕掛けたその時である。クリスティーネの目が光ったかと思うと、一気に次元の裂け目の威力が上がった。
「つべこべ言わず入んな! さっきお前さんたちが小言いってた仕返しがしたくてたまんないんだよ!」
「なっ…! てめぇ…! やってやらぁ! じゃあてめぇから入りやがれ!」
時限の裂け目の威力を上げることに集中していたクリスティーネの胸ぐらをガシッと掴んだ亜希子は、彼女を放り投げる形でその次元の裂け目に自ら飛び込んでいく。
「おわぁあぁぁぁあ!」
上に飛び上がったと思いきや、その裂け目の中に入った瞬間に「下に落ちる感覚」に一瞬で切り替わる。
「まさか自分から入ってくれるとはねぇ! またあとで会いましょう! この国のゲームマスターであるアタシに会えるか…楽しみにしているわ!」
「てめぇ逃げる気か…!」
クリスティーネを追いかけようとするも、一瞬で彼女の姿は見えなくなってしまう。
「…チッ、逃がした…! あのひねくれ野郎、ぶっ倒す!」
急降下していく中、亜希子の心の中には打倒クリスティーネの文字がメラメラと燃えるように湧いてきた。
*
「ほう、やはりか」
「…やはり…って?」
「何となく反応見てれば分かるわい」
俺は彼女…コズミに言った。
今俺達と共にクリスティーネの世界に閉じ込められたこの宇宙人…エメラ=エフェメラルとコズミの関係。
「どうして…分かるだワイさ?」
少し怯えたような、申し訳なさそうな顔でコズミは俺に質問してきた。
「お前が地球に来た理由と、俺に話すことによるデメリットだよ」
「デメリット…?」
「ああ。コズミ、お前は元々俺の家を『エントロピー商事地球支部』として使うために居候しているわけだ。認めてないけど」
「確かに…」
そう言いながら俺とコズミはゆっくりと地面に腰を下ろす。
「そ、そうなのか!?」
「そうなんだよ。認めてないけど」
何もかも初耳なコズミの元彼は興味津々で俺の話を聞き始める。
「…でだ。お前の親父さんも家に来て『商談』という名の脅しまでしてきて、お前を俺の家に置かせてくれないか…と言いに来た。その数週間後、電話越しに親父さんが言ってきた事、覚えてるか?」
俺は胡坐をかき、膝の上あたりに肘を置き、頬杖を突きながら彼女に問う。
「え~と…」
コズミは一瞬思いだしたような顔を見せたが、分からない振りをしている気がする。
「『コズミを息子殿にやる! 結婚結婚!』」
「けけけ…結婚!?」
俺に被せるように反応したのは隣にいる彼女の元彼である。当然だろう。
「落ち着け落ち着け! 結婚と言ってもその中身は『地球を侵略せずにエントロピー商事を地球に広める為』なんだよ!」
「な、なんだ…社長の戯言か…」
オレは興奮して攻撃してきそうなエメラをなだめる。
「ただ、それだけならよかったが、お前『心情マッサージ』で俺の心を読んだ時があったよな…?」
「そう…だワイさね…」
「…この辺は俺から言うのは恥ずかしいから少し割愛するが、あの時の気持ちも満更嘘ではない…とだけは言っておく…そのうえでだ!」
「その割愛したところを聞かせてくれ! 君が敵かどうか…!」
「ええいうるさい!」
…何だかコズミがこの元彼を嫌っている理由がなんとなく分かって来た気がする。
「俺は簡単には捕まらないし、結婚もせん! ただもし、コズミが俺に言う事で以前見た俺の心が消えてしまうような事になる原因と言えば一つ! 付き合っている彼・もしくは付き合っていた元彼がいる事の報告に他ならない!」
バシッとそう言い放った俺のテンションは、怒りとかそう言うのではなく、それこそ以前『心情マッサージ』の効能を当てる時の「名探偵ごっこ」的なノリであった。
「まあ、俺は過去に彼氏が居た程度じゃあ怒りゃせん。…だからと言って今すぐ結婚なんてことはしないし、俺の家を地球支部にするのは許してないけどな」
「サトル…!」
怒ってない事を察してくれたのか、はたまた違う感情だったのか…。とにもかくにもコズミの曇っていた顔が晴れたような気がした。
…時である。
「エンちゃん! 嘘だろ! うそだといって頂戴よ~~! これまでの俺の思いはどうなるんだ~~~!」
まるで赤子のように地団太を踏むかのような勢いでコズミに泣きつく奴がいた。
「エンちゃ~~~ん! 幼馴染を置いていかないでよぉ~~~! こんなにいい顔なのに! あんな年上のキツイお姉さんより俺はエンちゃんの方が好きなんだ~~~!」
「離れるだワイさ! 試しにコイツと付き合ったのが運のツキだったワイさ~! サトル助けて~!」
飛べる宇宙人同士、空でもめ合っている。
「…なんというか」
…エメラをみていると、こっちが恥ずかしい。悪い意味で。
-3 異次元空間内-
「あ、街が見えて来ただワイさよ!」
「ほ~、よくできてんなぁ~…」
ひと悶着があった後。俺たちはクリスティーネが作った世界から出るべく、広い草原を歩いていた。この世界に入ったその瞬間こそ、この草原と森の境界線上のような少し薄暗い場所であったものの、明るい方向に歩いて行った先には古くから存在するような街並みが出現したのだ。
「これもクリスティーネが作ったのか?」
「そうだワイさ。…それにしてもすごい細かいところまで作っているだワイさねぇ~」
「…そういうもんなのか?」
俺は感心しながらそのレンガ調の建物が並ぶ街を見ているコズミに聞いた。
「そういうもんだワイさ! あの『インスタント異世界機』は、使用者の想像力の大きさや細かさによって精密度が変わるんだワイさ!」
「ほう…」
イマイチパッとしないが、つまりはクリスティーネの想像や妄想が上手いという事だろう。
「それだけじゃないぞ」
そう発したのは、俺たちと共に同行している宇宙人―エメラ=エフェメラルである。
「そ、そうなのか…オワッ!」
エメラの方を向くと、いつの間にか無数の大人の女性がまとわりついていた。
「こ、これは…」
「クリスのせいだろう。全く…困るんだよな…」
そういいながら、無数によってくる女性を振りほどきながら歩みを進める。
「エメラも大変なんだワイさねぇ」
「全くだよエンちゃ~ん…!」
相変わらずコズミと会話するときだけ気が抜けているというか、本性を出している気がする。…そういえば幼馴染だとは言っていたが、その辺の話を聞いてみるのもありか。もしかしたら早く帰れる方法を見つけられるかもしれない。
そう考えた俺は、街中にあるお洒落なカフェテリアで詳しく聞いてみることにした。
「ちょっと、二人ともいいか?」
「なんだワイさ?」
「そこのカフェでいったん休憩しないか? 俺もエメラとコズミの関係とか、クリスティーネのことについてもう少し知りたいし」
「え~! 早く出たいだワイさ!」
「まあまあそういわずに! …ちょっと耳かせ」
俺はコズミに手招きをし、エメラに聞こえないようにささやく。
―これからカフェで昼食をとりながらクリスティーネとエメラの情報を聞きたい。
「なんでだワイさ」
―シッ! お前も小声でしゃべってくれ。
―…わかっただワイさ。で、なんで探りを入れたいんだワイさ。
―早く帰る方法を探るためだ。
―なるほど。でも聞いたところで何かつかめるだワイさ?
―わからんのか。ここはクリスティーネの世界。今はこの世界の外にいるだろうが、彼の姿が教室に無いとなると探しに来るはずだ。
―…なるほど…?
―なるほどってお前、エメラのこと「マイダ~リン」って呼んでるくらいだぞ?
―たしかに…。でもその割には女がいっぱい寄ってきてるだワイさ。
―それは恐らく…。
と、カフェテリアの前でコソコソ話していた時である。
「ちょっとお前さんたち。入るのかどうかハッキリしてくれよな」
「あ、ごめんなさい、店の前で…ってアレ」
店から出てきた店主に俺は急いで頭を下げる。が、なにか心に引っかかった。
「あ! なんでここにいるんだワイさ!」
「なんか俺たちも強引にこの世界に入れられたんだよねぇ」
コズミの、まるで顔見知りと会話した時のような声を聞き、下げていた頭を上げるとそこには俺ですらよく知る人間がいた。
「お前…何やってんだ?」
「そりゃあ、ねえ。俺も聞きたいぐらいだよ」
そのカフェテリアの店主。それは俺の昔からの友人、夏野ヒサシであった。
「協力すっからさ! 俺にもその話聞かせてくれよ、な?」
*
「マイダ~リン! どこにいるの~! …あのガキンチョたちをちょっと弄るだけの予定だったのに…まさかこんな事になるなんて…」
異世界上空。世界の境界のギリギリ外側から、妙に色気がある声でクリスティーネは『マイダ~リン』を探していた。
「もしこの世界の中だったら探知能力は使えないし…なにかすぐに見つけられる方法はないかしら…」
世界のルールを決めている張本人でも『最初に決めた基礎ルールを捻じ曲げることはできない』というインスタント異世界機の制約をすっかり失念していた彼女は、あろうことか「この世界で仲間を探知するツールや技の使用は禁止」という基礎ルールをつけていたのだ。
エントロピー商事で長年配送業務を行っており、その能力に長けているクリスティーネの世界だからこそ、彼女の空間を楽しむためのスパイスであったが、今回ばかりは自分の悪戯を恨むしかなかった。
しかもエメラが持つ能力は、『気配遮断』。もしこの世界の中で『マイダ~リン』が自分の作った何者かに追われているのであれば、彼もまた運送業務上で使用している犯罪防止のための気配消失の力を使うはずである。そうなるといよいよこの世界の維持限度である一時間を待つという以外に彼がここにいるかどうかの判定ができないのだ。
「なんかないかな~…ステキなマイダ~リンを見つける方法…素敵な…ステキ…イケメン…あっ! そうだ!」
世界の外側で、彼女は気持ちの良いくらい良い音の『指パッチン』を響かせた。
「正直使いたくはないけど…イケメンだからこそ使える技があるじゃない!」
先ほどとは打って変わって不敵な笑みを、けれどどこかまだ複雑な感情を持ってるような顔をしながら、彼女はその世界に手を向け、何らかの呪文を唱え始める。
「…ハールトルワルシノモノ…ハールトルワルシノモノ…」
そう唱えた瞬間、その呪文に呼応するように、一瞬だけ世界の境界線が桃色になった。
「今だ!」
クリスティーネはカッと目を開き、次にこう宣言した。
「異世界主催者宣言を発動! この世界に新たなルールを追加する! イケメンにまとわりつく美女をランダムに生成せよ!」
*
「コズミちゃんの元彼だぁ!?」
「やめるだワイさ! 恥ずかしいから!」
異世界内、ヒサシが店主を務めていたカフェには彼自身の驚く声が響いていた。
「こ、こんなキザイケメンと…!」
「こんなとはなんだ! こんなとは!」
「だって周りに女侍らせてるし…」
「だからこれはクリスの仕業で!」
「やめるだワイさ! 話が進まないだワイさ!」
「そうだよね~! エンちゃん!」
「ええ、エンちゃん!? おいサトルさんよ! いま君の相棒がとられそうになってるんだぞ! いいのか!?」
初めてその事実を知るヒサシは新鮮な反応を、コズミは俺に打ち明けた時とはまた違う感覚に戸惑い、エメラはまたしてもコズミに未練タラタラになっていた。
「ええい! おま~らなぁ! まともに議論もできんのか!」
堪忍袋の緒が切れた俺は思わずドンと座っていた席の卓を叩きながら言った。というかここでワチャワチャしていた所で早く帰れるわけがないのだ。
「まずはここから帰るのが最優先だろ! そんな痴話げんか一時間続けるつもりか!」
「だって悔しくないのかよぉ! サトルは! こんなイケメンにコズミちゃんとられて!」
「とられるも何も、元彼だしそもそも本気で付き合うつもりなんてなかっただワイさ!」
「そ、そうなのか!? エンちゃん…幼馴染のボクを…たぶらかして…」
このままでは痴話げんかの無限ループに入ってしまう。
「人の話を聞いてんのかお前らは! 俺が知りたいのはエメラとクリスの関係なんだよ!」
ダンッ!と先ほどよりも強く、語気を荒げて全員に言い放った。
「そんなこと知ってどうするんだ!?」
ちょっと怒り気味にエメラが反応する。
「とにもかくにも教えてほしいんだ!」
「じゃあ教えん!」
「じゃあ一時間ここでワチャワチャやってるほうがいいか!?」
俺もエメラの頑固な反応につい乗ってしまう。
―…ならば言うしかないか…。
イライラを抑え、いったん深呼吸をした。その行動はなぜか、今まで馬鹿みたいに騒いでいた三人に「安貝悟が何かを言う」ということがほんのりと伝わったようで、一瞬だけ静かな間ができる。
「じゃあこうしよう、エメラ。…もし俺の言うことを聞いてくれたら、一度だけ、もう一度だけ、少しの間だけコズミと一緒にいる時間ができる…といったらどうする?」
今度は三人の空気が完全に変わるのを感じた。まさかこの俺から、コズミを好きにしてよいという言葉が出てくるとは誰も思わなかったのだろう。
「…じ、冗談じゃないだワイさ! サトル!」
いち早く声を上げたのはコズミ本人だった。その声は一見怒り声にも聞こえるが、どちらかというと焦りに近いソレの方が強かった。
「おちつけ、コズミ。まだ完全に渡すと決まったわけじゃない。まずはエメラ、お前とクリスの関係がどういうことかを聞きたい。交渉はそれからだ」
「ど、どういうことだワイさ…」
「悟…お前一体…」
店の中の空気が重くなる。
「これは俺の仮説だが…エメラ、お前確かクリスティーネに『マイダ~リン』とか呼ばれていたよな?」
「…ま、まあ…」
先ほどの痴話ゲンカで床にいたエメラは、俺と同じ席に座り直しながら答える。
「けれどお前はいまだにコズミに未練タラタラ。幼馴染とは言えその行き過ぎたアタックにウンザリしているコズミを求め続けている…」
「ほんとに困るだワイさ!」
そう言いつつ、コズミは俺の後ろに移動してきた。
「ここで考えてほしいのは…お前さっき、お前自身に際限なくまとわりついてくる美人女性は誰のせいって言った…?」
「それは…クリスのせいだと…」
そこまで聞いてハッとした顔をした人物が一人いた。
コズミである。
「さっき小声で言ってたのって…!」
「コズミはもう気付いたみたいだな」
「え~っ、でもそのために!?」
一早く気付いたコズミはどうやら俺の魂胆を感じ取ったようだ。
「ど、どういうことだ…?」
対して鈍感なのは目の前にいるイケメンだった。
「あ~、なるほど…そういうことねぇ」
その鈍感さは右隣に座っているヒサシにも負けるほどであった。
「つまりこういうことよねぇ。クリスさんとエメラは一応恋人同士。…というかクリスさんがガンガンアタックしてきているけど…。一応、クリスさんの何かを知っているからこそ…え~っと、エメラは呼び捨てでいい?」
「エンちゃんと同じ学年なら呼び捨てでオッケーだ」
「じゃあエメラでいいや。…知っているからこそ、エメラは逆らえていない…」
「…ほかの女に一秒でも気に掛けたらにらまれる」
「…けれど自分はイケメンだから女に声を掛けられる…と」
「…それがこのありさまだ」
俺やヒサシが話している間ですら、どこかから突然湧いて出てきた女性が複数人べったりとくっついている。
「だからこそ、もしこの異世界の中に入ってしまったエメラだけを取り除きたい…つまり教室に戻したいのであれば、女性が周りにいればそこがエメラの居場所になるはず…」
「なるほど…!」
ここまで言ってようやく彼も察したようだ。
「しかし…」
と、またエメラの眉間にしわが寄る。何か問題でもあるのだろうか。
「俺たちはエントロピー商事の運送業務担当だ。ここに所属しているヤツらは全員、探知能力を持っているはずだ。配達先の住所を認識してその場所を把握するために必要だからな…。ただ、探知機能は使用禁止になってるみたいだ。さっき試しにクリスを探知しようとしたら強い力で跳ね返されて道で後ろ側にコケた」
「なるほど…さっきのはそういうことか」
「だからさっき尻もちついてたんだワイさねぇ」
実はこの男、ちょうどこの街に入る直前、俺たちの前で突然尻もちをついていたのだ。
「後…もうひとつだけ、ここに来る道中で一瞬試してみたことがあるんだ」
ここにきて漸くエメラが俺たちに真剣に向き合ってくれた気がした。
「俺の能力…探知能力のほかに、自分の気配を遮断する力があるんだ。あんまりにもこの美女たちがついてくるから一度試してみたんだが…効かないみたいなんだ」
「え、どういうことだワイさ?」
気配遮断の能力が使えないことを一番初めに疑問に思ったのは、やはりというべきか…コズミであった。
「エンちゃんは知ってるかもしれないが、俺の遮断は『感じさせなくする能力』であって、俺自身に備わるものではない。…つまり指定した相手のみが俺のことに気付けなくなる。業務中に使うとすれば、配送途中でストーキングしてきそうなやつを見つけたらそいつにかけることで不測の事態に巻き込まれないようにする…といったところだ」
どうやら地球上でも差あるように、惑星間で治安の善し悪しがかなり違うようだ。
「ただ、この湧いてくる美女にかけても、一秒で効果が切れる」
「…つ、つまり…?」
「つまり俺の周りにいる美女は、一秒ごとに同じ体の新しい個体が生成されているってことだ」
その声とともに一瞬、エメラの手の周りにオーラが出たかと思うと、美女がキョロキョロとあたりを見渡し始めた。
…が、その一秒後。
―あぁ、いたいた! もう! どこ行ってたんですかぁ~♡
―おいていかないでくださいよ~♡
「うわっ、よってきた」
「マジじゃん…」
見ていた俺とヒサシはちょっと引いてしまう。
「…ちょっと待った。今の美女のセリフ、おかしくないか?」
ドン引きした時に椅子とともに卓から少し離れていた俺は、位置を戻しながら言った。
「もし新しい個体が生まれているなら、前の自分…つまり、二秒前にいた美女の記憶なんてないんじゃないか?」
「た、確かにだワイさ…」
俺の発言を聞いたコズミは頷きながら言う。
「君も気付いたか…。俺も最初はこの美女たちが振り払えば消えるもんだから、てっきり新しい個体だと思っていたんだ。…でも違う。というか、彼女の能力を考えれば簡単だった…」
「彼女…クリスティーネの…?」
「ン。…彼女の特徴的な能力の一つ…それは物体のロールバック。以前の状態にもどすことだ。ただまあ…戻す時間や、対象物と自分との距離で消費するエネルギー量が変わってくる」
…ここまで話せばもうわかるだろうといった顔をしたエメラは話すのをやめた。
「エメラを利用した、探知ができない世界で探知する方法…ってことだワイさ?」
俺たちが言いたいことを代表したコズミのその一言は、「アチラ側から確実に距離を詰められている」という、何かとんでもなく厄介なものに巻き込まれる虫の知らせをキャッチしたかのような、重苦しいともまた違った、絶妙な空気に染まっていくのを肌で感じた。
4-異世界内、とある城。おそらく地下-
「…っつつ…なんなんでぇ…!」
「あっ! 亜希子ちゃん!」
聞きなじみのある声で目が覚めた亜希子が最初に見た光景は、薄暗い地下牢だった。
「やっときたんだ!」
「…未央じゃねぇか…ってお前! なんて恰好してんだ!」
「しょうがないじゃない! 目が覚めた瞬間これだったんだから!」
その壊れた…というかおそらく目の前の人間が力技でこじ開けたであろう牢屋を挟んだ先にいる彼女の姿は、なんというか踊り子のような、男性を刺激するような衣装を身にまとっていた。
「…な、なによ…そんなジロジロみて…」
「これ、お前…」
「あたしが着たくて着たんじゃないんだって!」
「お前がこの牢屋こじ開けたのガッ…!」
*
「ともかく、俺たちは今あのセクシー女の世界の中にいるってことだよな…」
「そうよ! あの人の趣味って言われればこの服装もなんとなく分かる気がするわ…」
再び気絶から目が覚めた亜希子は、未央と共に城内を探索していた。
「ていうかなんで俺までこんな格好させられてるんでぇ!」
「そんなこと言われても!」
未央曰く、亜希子が気絶している間、突然体が発光したのち、今のような服装になったのだという。
「ったく、歩きにくいったらありゃしねぇ…」
普段身に着けないような衣装に文句を言いつつ、薄暗い廊下をズカズカと歩いていた。
未央が民族風な、羽衣をまとう天女のような妖艶さを持つ服装であったのに対し、亜希子はまるで俗にいう『ディスコ服』のような、ギラギラのスパンコールであった。しかもアシンメトリーをモチーフにしているのだろうか、右足は腿まで見えるような短さであるのに対し、左足は足が余裕で隠れるほどに長く覆われている。
おまけに靴もハイヒールになっており、普段裸足かスポーツシューズの二択の亜希子にとってはとても重い足枷となっていた。
「…これが大人の女なのか…?」
「う~ん…ちょっと偏りがあるというか、古いというか…」
「だよなぁ…こんな服、俺たちのばあちゃんが持ってた古い雑誌に載ってる『ディスコ服』ってやつじゃあねぇのかな…」
怒り以上に亜希子もこの前時代的なチョイスに疑問を感じていた。
「それにしてもよぉ…未央」
「どうしたのよ」
「この建物の中、暗すぎねぇか…?」
「確かにちょっと暗いわね…って亜希子ちゃん?」
「あっ、待ってくれよ…!」
この時、未央は気付いた。
まさか亜希子ちゃん…。
「バアッ!」
「きゃぁああああ!」
その叫び声とともに高速のパンチが未央を襲う。
「きゃあッ!」
何とかパンチが来そうな予測をたて、それに反応した未央は事なきを得た。
やはり彼女、暗いのが駄目なようだ。
「あ…亜希子ちゃんごめん! っていうか…かわいい声出すのね…」
「ば、馬鹿野郎! てやんでい! 俺だって怖いものぐらいあるんだよぉ!」
むすっとしながら叫ぶ亜希子のその目からは恐怖故の涙が出ていた。
「ごめんね! でもなんかちょっとやってみたくなっちゃって…」
「…馬鹿ッ」
…可愛い。
驚かしたことを悪いと思いつつも、いつも男勝りな亜希子の隠れた魅力…「女子力」的なソレを未央は初めて発見した。
そんなことをしつつ、城内を探索していたところ、ある場所にたどり着いた。いや、この場所だけ、この城とはちょうど真逆のような、異様な光景であったから目に付いたといった方が正しいだろう。
「え、なにこれ…!」
「こ、こりゃあ…!」
階数で言えば二階の、しかも端っこや隠し部屋でもない、はたまた大広間でもない微妙な位置の部屋の中には無数の『女性の服』や何かのメモ、そして巨大な「閉じた眼」が部屋の中央に浮かんでいる。眼に関してはその眼球から肉のような、繊維質のものが壁に張り付くように伸びており、それらの支えによって部屋の中央に浮いているように見えたのだ。
「これは…なんでい…」
「…あ! 亜希子ちゃん! これ見て! この城の地図よ!」
すべてがあまりにも乱雑に置かれているその部屋の端―壁際にあった机の上に残っていたメモの中にこの部屋が記載された地図が混じっていた。
「『マスタールーム』…ってなんでい…」
そう亜希子がつぶやいたその時である。
「マスタールームってのはねぇ…。この世界を動かすコアがある場所よ」
その声を聞いた二人の身体が固まる。
「せっかくアタシの世界に入ってくれたんだし…お手伝いしてくれなぁい?」
このねっとりとした、あからさまな女性を醸し出した、けれども非常に冷徹にも聞こえるその妖艶な声の持ち主といえば一人しかいない。
「こんの宇宙人女…!」
「まあまあ! そんな焦らないで! …ちょっとマイダ~リンを探してもらうだけだからぁ~!」
そういうと、その場から動けない二人の額をそれぞれちょこんと触れる。その瞬間、亜希子と未央の感覚がそれぞれの身体からスッと抜けた。
―わっ! 何しやがったてめぇ!
―ど、どうなってるの…!?
「ちょっとあたしのお人形になってもらうだけだから大丈夫よぉ~!」
―人形っててめぇ! さっさと元に戻しやがれってんだ!
「だ~か~ら! 焦らないでって言ってるじゃない! あなたたち自身を俯瞰で見せるのもアタシとしては大分優しくしてあげてる方なのよ? 操られてる人間なんか、普段自分がどんなになってるかなんて絶対認識できないんだから! かなり譲歩してるのよこれでも」
そういうと少し眉間にしわを寄せ、抜け殻状態になってる二人を抱え、呪文を唱え始めた。
「…ハールトルワルシノモノ…ハールトルワルシノモノ…」
―な、なんでい…!
「主催者宣言による追加ルールを記述する! この二名に対し、先に追加したルール『イケメンにまとわりつく女』のルールを適応させる! ランダム生成の対象として二人を追加せよ!」
―適当なルールがあるこった! おふざけも大概にしやがれぇ!
霊体にも関わらず、亜希子は殴り掛かる。
「ッハハハ! あんたそんな霊体になってまで血気盛んなのねぇ~…そういうところ、むしろ嫌いじゃないわ」
―てめぇ~! ぶっ飛ばす! こっちむけぇ!
「ほら、こっち向いたわよ~! 殴ってみなよぉ~!」
―そんじゃあお望み通りいくぜ!
完全に逆鱗に触れられた亜希子は自分の持てる全力で殴り掛かった。
「そんなの当たるわけないでショッ!!!」
その瞬間、亜希子と未央は霊体共々その場から消えてしまった。
…。
「そ、そんなことってあるの!?」
先の追加ルールによりランダムで選ばれ、恐らくイケメンの近くにテレポートさせられた二人を見届けた彼女…クリスティーネは驚いていた。
「なんでアタシ部屋の隅に飛ばされてんのよ…!」
亜希子の逆鱗が、世界のルールを無視して実体化したからである。
「…と、ともかく…これでアタシがコントロールする物体が強くなったから、より正確に場所を探知できるわ…! 待っててねマイダ~リン…!」
鼻血を出しつつも、あくまで「マイダ~リンだけ」をこの世界から取り除こうとする彼女の目にはさらに闘志の火がメラメラと燃えていた。
*
「ごめんごめん~! 遅れちゃった~! …ってあれ、何々このありさまは!?」
半壊した二年四組。何も事情を知らず、先の予定の関係で遅れてこの教室にやってきた人物が一人いた。
「せ…先生…」
「ん? どしたのこの半壊具合…あれ、なんかカメラあるじゃん!」
―黒崎礼子。意之外高校二年四組の副担任である。
「それインスタント異世界機って言って…触らない方がいいですよ!」
「えっ! 異世界!? へぇ~! なんか面白そうじゃん! でも結局カメラなんでしょ? アタシの世代もこういうの再ブレイクしてたんだよな~! 技術が進歩してるとかそういうのじゃなくて、このあえて古い感じの、大きいカメラがいいんだよねぇ~!」
そういう彼女は何も知らずにそのカメラのシャッターを切ってしまった。
「で、こうやって出てきたフィルムをペラペラって振ると早く写真が出てくるんだよねぇ~!」
何も知らない彼女はブンブンとカメラから出てきたフィルムを振り回してしまった。
地獄の始まりである。
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