第六惑星 『私をヤツまで連れてって』
1-とある日の学校にて-
—おい、聞いたか? 二年六組の転入生。
—ああ、聞いたぜ。なんでも頭脳明晰、超絶美麗とか言われてるんだろ?
—クラスの男子はもう彼女に首ったけらしいわ…。
「騒がしい。なんだこのざわつきは」
いつも通りの朝、いつも通りの通学経路、いつも通りの登校時間。
コズミと共に学校に足を踏み入れた俺は妙な空気を感じていた。
こう、とてもむさくるしいというか…ターゲットに気付かれまいと知らぬ素振りをしている時のような…そんな空気感。
それも一人ではなく、大勢。…だが、全員が全員集中しているわけではない。
俺達二年生の男子のみである。
「なんだんだ…? コレ…」
「主に男子から異様なオーラのようなものを感じるだワイさ…」
何も知らない俺とコズミは不思議に思いながら靴を履き替え、教室のある二階へと昇っていく。その時だった。
「お、ウチのクラスの安貝くんとコズミカさんじゃない」
俺は声をかけられ、後ろを振り向くと、そこには翡翠色の目をした、金色の髪の女性がいた。
「あ、黒崎先生…」
「おはよう!」
俺たちのクラスの副担任、黒崎礼子先生だった。
*
「はぁ~なるほど、転入生…」
「それでね、その子が二年男子の注目の的ってワケなの」
先生と話しながら、俺は教室を目指していた。
どうやら体調不良のゴウセツの代わりに暫く担任として俺達を見守るらしい。
「それで、その転入生はどういった子なんですか?」
「それがなんでも頭脳明晰・超絶美麗! なんて噂されてる子みたいなの。事実、この高校に転入する際にあるちょっとしたテストも模範解答以上の回答で、点数上は満点だけれども、教師の中ではそれ以上の評価を貰っている程なの」
どうやら生徒だけではなく、教務室内でも噂されているようだ。
「ただ…」
と、右手親指を顎にかけた黒崎先生は何か引っかかりを覚えている様子だった。
「なんかあるんだワイさ?」
「うん。そもそもそんな良い点数を取れるような子であれば、過去の模試や何らかの新聞記事になっててもおかしくないんじゃないかって思って調べたんだけど…ないの」
「ないって…?」
「いくら学校関連の情報を調べてもないんだよね…」
どうやらゴウセツをはじめとするこの学校の教師たちのネットワークを駆使し、他校の情報を調べてみたものの、その点後世に関する情報は一つもなかったというのだ。
「だからね…私一個人の意見としてなんだけど…もしかしたら…」
「もしかしたら…?」
急に不穏な空気を感じた俺は、少し緊張しながら聞き返す。
「もしかしたら…みんなで見てる集団幻覚だと思うの」
…。
「さ、今日も一日頑張るだワイさ」
「後で転校生探しに行こうなコズミ」
「ちょっちょっと! 無視しないで!」
今日も意之外高校は平和である。
*
「今日はよく会うね~二人とも」
「そりゃあ会うだろ」
「授業内容的にそうだワイさ」
四限が体育であった俺達。当然だが、再び黒崎先生と顔を会わせることとなる。
授業の冒頭に行われるランニングと準備運動が終わり、各々が選択したスポーツを開始して少し経った頃。俺とコズミは先生に呼び出される。
「少し聞いても良いか? 安貝くん」
「はい」
「そう言えば何で彼女は空中に浮いてるんだい?」
言われてみれば、コズミと礼子先生が互いに顔を合わせているのを見たのは今日が初めてであった。
「ああ、これは…」
「地球人じゃないからだワイさ」
俺が言う前に本人の口から答えが出て来た。
「…と、言うと…?」
「宇宙人ってやつだワイさ」
少し得意げな顔をしながら宙に浮いているコズミをみた先生は、眉間に皺を寄せながら彼女を見つめ始めた。
「冗談言ってるわけじゃないよね…?」
当然の反応である。
「本当だワイさ! アタシはケイオス惑星からやって来たコズミカ=エントロピーだワイさよ!」
「まぁそんなわけで先生、現実味がないかもしれんが本当なんだ。俺自身、此奴の星で作られた訳の分からない道具や果物のおかげで性格まで弄られてしまったんだ」
「…たしかに、なんか前より節操ない感じが…」
「どういう目で俺を見てるんだ!」
反論した俺を見ながら、先生は笑っていた。
「そう言うの、今の時代やっていいギャグなのか! 先生!」
「いや、すまないすまない!」
ひと段落した後、何となく先生が理解してくれたところで、先生は俺を残してコズミを授業に戻した。
「…なるほどなるほど、彼女も宇宙人だったか…」
「そうなんですよ…って、先生。どういうことですかそれ」
ちゃっかり聞き流しそうになったが、俺はとある言葉に引っかかった。
先生は『彼女も』と言ったのである。
「どういう事って…?」
「『彼女も』って言ってましたよね? 誰かほかの宇宙人が来てるんですか?」
恐らく三十度以上ある夏日のグラウンドの下、俺は問い詰める。
「…そろそろ本題に入っても良い頃かな」
そう口にした先生は真剣な顔つきになる。その独特の視線は、近くでサッカーやテニスをやっているクラスメイトを置き去りに、俺と先生のみの空間になっていくような感覚だった。
「あのね、安貝くん」
「はい」
「実は今日転校してきた娘なんだけど…」
そこまで聴いた俺は、なにかピンとくるものを感じた。
俺の名前は安貝 悟。その名の通り、時々勘が冴える時があるのだが…。いや、正確には散らばったパーツを正しい形に完成させるのが早いと言った方がよいか。
「まさか…宇宙人?」
「…かもしれないの」
やっぱり。
「彼女の名前…『音理江 樽陽(ねりえ だるひ)』っていう風変わりなお名前だったんだけど、転入前テストの名前にローマ字でne rien=enthalphy…つまり、ネリエン=エンタルピーって記入してたんだ…」
「エンタルピー…」
確かにコズミの名前によく似ている。
エントロピーに対してエンタルピー…つくづく変わった名前だが、地球外だとそう言う名前が普通なのだろうか?
「ともかく…来週の土曜日にある体育大会で確認してほしいの。…できるかな…?」
俺は先生がこんなに真剣な顔をするのは初めて見た気がする。
「俺も気になるし…いいですよ、先生」
「やった! ありがとう安貝くん!」
俺の承諾を聞いたとたん、彼女は先生ではなく一人の女子として跳ねるように喜んでいた。
だかもう一つ気になる事がある。
何故先生がこんなに真剣に真相を知りたがっているのだろうか。
「俺が宇宙人かどうかを探るのは、コズミとの関係があるからいいとして…なんで先生は知りたいんです?」
俺はストレートに投げかけた。
「なんでってそりゃあ…」
ニヤリと笑いながらこう続けた。
「面白そうじゃん?」
今日も平和である。
2-体育大会当日。グラウンドにて-
「今日は目一杯頑張るだワイさ~~!」
「よ~張り切れるな!」
「当たり前だワイさ! 地球の競技大会はこれが初めてだワイさ!」
腕をぶんまわし、体育着のコズミは張り切っている。
意ノ外市立意之外高校の夏と言えば「運動大会」。一般的な高校では春先の五月や、秋口に開催することの多い行事であるが、この学校においては何故か終業式直前に行われるのだ。
「お、コズミにアンガイじゃねえか」
「亜希子ちゃん! 遅かったじゃない」
「まあな。ちょっと裏で作業してたんだ」
既に多くの生徒がそろってる中、ゆったり歩いてきた俺達よりもさらに遅れて彼女はやって来た。聞けば彼女の友人が所属している部活の出し物で使う道具の準備作業を手伝っていたらしい。
「そういやアンガイ、お前とコズミは全体競技以外では何に出るんだ?」
「俺は騎馬戦と大玉転がし。そういやコズミは何に出るんだ?」
「玉入れだワイさ」
この高校の体育大会は全員が出場する競技に加えて、最低一競技以上、自分で選んで何らかの競技に出場しなければならない。
俺も今初めて聞いたが、彼女の出場する競技は玉入れ。おおよそ戦い方は見当がつく気がするが、それはズルではないのだろうか。
「コズミ、まさかお前飛ぶ気か?」
どうやら亜希子も同じ懸念を抱いているようだ。
「ダメなんだワイさ?」
「せめてジャンプしたついでにごまかす感じで頼めないか」
亜希子はしっかりとした勝負をできれば見たいとのことだった。
「俺もその意見に関しては賛成だ」
俺も亜希子に倣う形でコズミに言う。
実はこの大会、優勝チームには毎年なんらかのご褒美があるのだ。
「う~ん…二人にいわれちゃあしょうがないだワイさね…」
少し残念そうにな声。コズミは渋々納得した様子であった。
「さ、もうはじまるぜ」
校舎の時計の方に首をクイッと動かしながらそういう亜希子と共に、俺たちは自分たちの座席に着席した。
*
「え~と、次は玉入れだな…コズミのやつ、大丈夫かな…」
朝、競技中は不正防止の為に宙に浮くなと注意してあるが、やはり少し心配である。もしその宙に浮く行為で不正とみなされ、俺らのチームが失格となった場合、何故か俺に責任の刃が向けられることが、昨日のクラス内の打ち合わせで決定した。
「別に俺はコズミの保護者じゃないんだがなぁ」
などと途方に暮れていたその時である。校舎のグラウンド出入口付近の木陰で待機していた俺に、声をかけて来た人物が一人いた。
礼子先生だ。
「調子はどう? 安貝くん」
「ぼちぼちです…。コズミがこの後玉入れに出るんですけど…」
「成程…そういえば、転校生も玉入れに出場するみたいだよ」
「え、なんで知ってるんですか」
「知ってるも何も、校内にいる男どもはあの娘の話題で持ち切り! 特に騎馬戦に関しては『俺が運ぶんだ!』って目の色変えてる生徒だらけだったよ」
隣に座った礼子先生の話を聞き流しながら、俺はグラウンドで着々と玉入れの開始準備が進んでいる様子を見ていた。
噂によれば、その『ネリエン』とやらは青い髪の毛であるという事は聞くことが出来たが、いかんせんテスト期間真っ最中に転校してきたものだから、未だに顔すら見たことが無いのである。
「どんな奴かだけでも見に行ってみるか…」
礼子先生と共にその場を立ち、歩き始めようとした。
…その時だった。
ドスンッ!
「のわぁ!」
突然背後から突き飛ばされたかのような衝撃と共に、俺は前に倒れこむ。
とっさの判断で礼子先生が俺の身体を支えてくれた為、何とか俺は転ばずに済んだが、衝突を感じたその方向の先には、一人の女生徒が廊下で尻もちをついていた。
「あ、ごめ…ん?」
俺は謝り、彼女を起こすために手を差し伸べたところであることに気が付く。
この生徒…青髪なのだ。
「…っつ…なんじゃいおのれは…」
少々口が悪そうではあるが、その特徴的な見た目は、まさに俺が探していたあの女性の特徴と一致する。
彼女こそが、噂の『ネリエン=エンタルピー』なのである。
「ああ、すんまへんな…」
「貴方…ネリエンさんですか…?」
何気ない俺の質問。その瞬間、彼女の顔が一気に強張る。
「な! おどら、なんでワテの名前しっとんのや…」
そう言われて俺はハッとする。
そう言えば彼女…音理江 樽陽として生活してるんだった…!
「ちょっと!」
俺は礼子さんに引っ張られる。
「なんでいきなり本名いっちゃうの! あっちも驚いてたでしょ!」
「宇宙人が居るのにすっかり慣れてるもんだから…」
エンタルピーによく似たエントロピーが家にいるもんだからつい気が抜けてしまった。
「なあ、おんどれら…なにコソコソはなしとるんや…? 私も寄せてぇな!」
「ああ、すまない…」
彼女の目はその言葉とは裏腹に、割と真面目そうなソレであった。
「なんというか、俺の配慮が足りなかったな…すまんすまん」
「? どういうことや?」
「そのなんというか、本名隠してたでしょ」
その言葉でまた『ウッ』となった表情を見せる。
「だから、申し訳ないなと…」
「…知ってんのならエエんよ」
少しバツの悪そうな顔をして、彼女は俺に向かって言った。
やはり偽名を使ってまで宇宙から来て早々、男からはむさ苦しい目を、女からは羨ましさからくる嫉妬を向けられては精神的に参ってしまうのだろう。
…俺だけでもそう言うのは出さないでおこう。
「…そうだ、そういやアンサンの名前なんつーんや?」
「俺か? 俺は安貝 悟。二年四組に居る生徒だよ」
そう言った時、今度は彼女の眼の色が変わった。
何か、『捜し求めていた』と言わんばかりの…何かを感じる。
「アンサン、ホンマか…? ホンマにサトルはんか?」
俺はぎゅっと両手で握られる。
「そ、そうだけど…なんかしたか?」
そう言った直後、彼女はガハハと笑い声をあげた。
「いやぁ~! そうかそうか! お前さんがサトルはんかぁ! やっぱええコなんやなぁ~! 会いたかったで!」
俺と礼子先生は何が言いたいか分からずチンプンカンプンな状態だったが、俺の手を握って笑う彼女は、確かに何かやり遂げたとか遂に見つけたとか、そういう印象だった。
「われ、お前さんを探してたんや! …まあ取り敢えず今はエエ! 玉入れが終わってからや! おんどれとは仲よう出来そうや! ありがとうな!」
そう言うと彼女は俺達の横を過ぎ去り、小走りにグラウンドへと向かっていった。
「…なんか不思議な娘だね、安貝くん…」
「…宇宙人なんてあんなもんですよ、多分」
「…そう言うもんなのかな…」
俺と礼子先生は困惑しながらグラウンド近くまで歩いて行った。
*
「おい! なんだ、あれ!」
「すげぇジャンプ力じゃねぇか!」
ものすごすぎる。
何が凄いのかというと、今年の玉入れ合戦の話である。
俺は礼子先生と共に、ネリエンが出場するタイミングの玉入れ合戦を見届けていたのだが…。
丁度ネリエン率いる青組が相手をしている赤組。そこには俺達二年四組の生徒が居るのである。
当然、二年四組が居るという事はコズミも居るのである。
居るのだが…。
「何なんだ…あの二人は…」
俺達が見ていた光景。それは各チームに居る変わった名前…宇宙人と宇宙人認定している人物が、ほぼネットの近くまでジャンプして玉をいくつも放り込んでいるのだ。
いや、正確にはジャンプをするふりをした浮遊である。
「もはやあれは玉入れというより…」
「玉渡しだねぇ…」
上から玉を投げる係の人とほぼ同じ高さまで浮遊し、かごにぶち入れている。かき集めてはジャンプする二人に渡す数人が連動して素早く渡すその姿は、おおよそバケツリレーの様相を呈していた。
『赤組と青組の…お二人、頑張ってください!』
もはやアナウンスも徐々に二人に対する実況になってきている。
「おんどれら早く渡さんかい! はやく!」
「はい! 音理江様!」
まるで戦闘に立つ騎士団長と部下の兵士のような結束力でどんどんと玉を運んでいくネリエンチーム。
「お、おい! コズミ! ばれないように使うんだぞ!」
「わかってるだワイさ!」
こっちはケイオスパワーによる大量投下を行っている様子。
不正がなく、正当な強さを見せるネリエンと、あくまで出鱈目かつリスキーに、けれど上手く隠せているコズミチームの玉入れは恐らく今日一で盛り上がっていた様子であったことは間違いない。
*
『結果は…六十対六十! 同点の為、それぞれに勝利チームがもらうポイントの半分を付与します!』
大接戦を繰り広げた玉入れの結果は引き分け。真面目とズルが拮抗する、誰が見ても白熱する戦いであった。
「いや~! 見てるだけでも盛り上がったねぇ!」
「たしかに、それは否定できないな…」
大いに盛り上がっていた礼子先生の隣で、俺も感心していた。
そんな時である。
「お~い! 悟はん!」
「あれは…」
異様に士気の高い青組の取り巻きの相手を終えたネリエンが此方に走って来た。
「ど…どやった? わしらの玉入れは…」
「ああ、めちゃくちゃ燃えたよ!」
答えたのは俺ではなく礼子先生だった。
「あのなぁ! 礼子先生に聞いとるんやない! わしゃ悟はんに聞いとるんや!」
デッドヒートを繰り広げた直後だからか、少し荒い感じで先生をあしらう。
「ま、まあよかったと思うよ」
「ホンマか?! よかったわ~ アンサンの組のやつらも強かったで!」
その時である。
もう一人、俺の方向に走ってくるものが一人。
…いや、あれは浮いてこっちにスライドしてきてると言った方が正しい。
「サトル~~~! どうだったワイさ!?」
何にも事情を知らないコズミは遂に、ネリエンの丁度隣位にまでやって来たのだ。
「あ、ああ…その良かったよ」
俺は何となく不思議な状態の並びに戸惑い、お茶を濁すような返事をしてしまう。
妙な俺の感じを悟ったのか、コズミは頭にハテナが浮かんだような表情を見せていた。
「…あ、この子が新しく入ってきた転校生だよ」
と、言いたかったが、実際に言葉にすることはなかった。
彼女たちが顔を合わせた途端、何か空気が変わった。
「悟はん…こいつは…?」
「サトル…こいつは…?」
全く同じ文言を違うイントネーションで聴かれた。
「音理江さんの方から処理させていただくと、これは家に居候している宇宙人だ」
「な、なるほど…」
ネリエンは眉間に皺を寄せつつも頷く。その顔は「既知の情報の確認」に近い。
「そしてだな、コズミ…この人が、俺達が気になっていた美少女転校生の…」
「ネリエン=エンタルピーだワイさね」
俺が言う前に彼女はそう言った。
やはり何らかの関係がある。
「元気にしてただワイさ~!?」
「ええ! もちろん!」
互いにハグをしつつ、再会を喜び合っていた。
「問題は…なさそうか…。これでいいですか先生」
「うん! まさかホントに宇宙人だったとは…とにかくありがとう!」
取り敢えず、礼子先生に関するお願いは解決できたらしい。が、お礼を言った後の先生の顔はどこか腑に落ちていないような、しっかりと着地ができていないような…そんな表情であった。
『次の競技は大玉転がしです。出場する生徒は…』
「あ、俺が出る競技だ」
気が付けば一つ程競技が終わっており、俺の出る大玉転がしの時間になっていた。
「じゃ、そういう事で」
「あ、うん! 分かった! ありがと~!」
グラウンドに向かい始めた俺より少し遅れて、先生の声が聞こえた。やはり彼女はどこか引っかかる点があったようだが、今の俺には関係が無い。
特に気にもかけず、俺は競技に参加する生徒の列に並んだ。
3 -意ノ外高校の校庭の端っこ。薄暗い木陰にて-
「どうしてオンドレがココにおるんや!」
「どうしてって言われても…」
アタシは詰め寄られていた。
誰にといわれたら…勿論、もう一人の宇宙人にである。
サトルが競技に出るためにグラウンドの中央にむかったそのタイミングで、アタシはネリエンに半ば強引にこの場所に連れてこられたのである。
「さあ、理由を教えてもらおうか!」
「理由って…何のだワイさ」
「ココにいる理由や!」
怯むアタシに顔がくっ付きそうなくらいに迫ってきて彼女は言った。
「アタシは、パパの会社の手伝いでココにいるんだワイさ!」
実際そうである。地球にも自社の支店を構えるべく、アタシに営業のような事を任せて来たのである。
「ほう…なら私と同じ理由か」
「…え?」
アタシは素っ頓狂な声を出す。
「だから、オンドレと同じ理由でワシも地球に気取るんじゃい!」
威圧感のある訛りがアタシに飛んでくる。
「お前もワシの家が製作所なことぐらい知ってるだろうがい!」
フン!と言わんばかりの顔をしながらそう吐かれる。
ネリエン=エンタルピー。彼女は『エンタルピー製作所』という、ケイオス惑星でもかなり有名なモノづくりの企業の娘である。機械系を専門としているが、そのノウハウを使って、最近は日本で言う百均アイテムなどにも着手しているらしい。
何故アタシがこんな詳しく知っているのかというと…。
「何度オンドレのとこのヘンテコ商品を作ってると思ってんねん! ヘンテコすぎて在庫が余ってるのが他の企業さんより多いんじゃ!」
「そんなこと言われても…アタシが考えてるわけじゃないんだワイさ…」
そう。彼女は『エントロピー貿易』の大半の製品制作を受け持っている企業の一人娘なのだ。
互いの親の関係は良好。それゆえ、小さい頃から頻繁に顔を会せており、いわばネリエンとアタシは旧友のような関係なのである。
ただ、いつもニコニコしているかというとそうではなく、突然ネリエンにキレられたり追っかけられたりすると気があり、その点だけはちょっと苦手なのである。
「まあええ…とりあえあずココに座れや」
指さしたところには大きめの木の下。アタシが動く前に先にネリエンが座り、ポンポンと近くの地面をたたく。
「で、ほかに何が聞きたいんだワイさ?」
アタシはネリエンの隣に体育座りになりながら問いかける。こういう時の彼女からはできるだけ早く身を引きたいところである。
「コズミ、今どこ住んでんねん」
「どこって、家だワイさ」
「そうじゃなくって!」
バン!と彼女が地面を掌で叩きながら言う。
「ワシはでっかい自分用の宇宙船があるからええけどな、おんどれが持ってる話は聞いた事ないねん! その辺でキャンプでもやっとるんか!?」
「そ、そうじゃないだワイさ!」
「じゃあどないしとんねん…」
「居候してるだワイさ…」
気の立っているネリエンを落ち着かせるようにアタシは答える。
「居候ねぇ………」
何かもっと面白い答えを期待していたのだろうか、ジトっとしたつまらなそうな顔と共にため息をつかれた。
「で、こっから近いんか?」
「近い…というか、サトルの家にいるんだワイさ」
「サトルゥ? …ああ、さっきのサトルはんか…」
…。
…。
「ちょっと待て。なんでオンドレがサトルはんの家に居候してんねん」
さっきの興味のなさが嘘のようであった。
アタシがサトルの家に言う理由。それはパパの会社の地球支部にアタシを選ぶ為、まずは地球人の心を一人でも多く掴む事…。
もっと具体的に言えば、ビジネス的な面で地球の人間と親交を深めることにある。
「なんで黙ってんねん」
「い、いやー…その」
ネリエンはジリジリと座る位置をアタシの方に近づけ、もうすでにアタシに寄りかかってくるぐらい(既に倒れているが)まで詰め寄ってきた。
「これ言うと怒られそうだし…」
「なんでや。しっかり言ってもらわんと。どうせしょーもない理由なんだから、怒りゃあせん」
「ホントに…?」
「ああ、ホンマや」
こう言う時は大抵怒られる。
そう思いつつもアタシは口を開くことにした。
「実はね…」
「ほう」
「どうにかしてサトルと結婚しなくちゃいけないんだワイさ」
「ほう………」
その一言から、暫くその場が静寂に包まれた。時間にしておおよそ数十秒。
―今の本当なのか…?
―まさかネリエ様の話以上に、悟の方がビッグスクープだったとは…。
―でも俺たちはネリエ様の後に続くんだ…。ネリエ親衛隊だから…。
「じゃあかしいわい! 乙女の話を盗み聞きするんじゃあねぇ!」
「ヒエエー! お許しを〜!」
外野を追い払い、再び静まり返った場。一瞬ニヤリと笑ったネリエンは立ち上がる。
「そうかそうか。コズミィ…。おんどれ、またワシの目の前で飄々と出鱈目なことやって成功するところを見せつけてこようとしてるんやな!?」
「な、なんでそうなるだワイさ!?」
「うるさーい! 小さい頃から真面目にコツコツやってきてるワシの前でしれっと適当なことやったかと思えばいつも成功しやがって!」
こうなるともう手をつけられない。
「決めたわ…ワシゃ、オンドレが結婚するよりも先に相手を見つけて結婚しちゃる! オンドレより先に未来への投資の成功を遂げて見せてやるからな! この野郎負けへんどコズミィ!」
まさに劇画タッチの熱血漫画さながらの闘志を表した彼女は、高らかに笑いながら去ってゆく。
「まるで、嵐のようだワイさ…」
そう言いながら、さっきまで座っていた木の下を見る。彼女が叩いた地面は、ひび割れていた。彼女の能力の一つ、「周囲の力を一瞬で一点に収束させる」物による跡である。
真夏の日差しの暑さとはまた違う、紫色のメラメラとした炎を全身に浴びたアタシは、なんとも言えぬ、けれど非常に懐かしく嫌いではない疲労感に襲われていた。
4-意ノ外高校グラウンド 騎馬戦-
「うっしゃあ! やってやるぜ!」
そう意気込むのは、俺の隣で共に馬として支える役を担当する亜希子だ。
全競技が終わり、エキシビジョンマッチとして誰が一番かを決める為の騎馬戦。一位になったグループには一ヶ月分の食堂メニュー無料の権利が与えられる。
一応全員参加の競技となっているが、騎馬戦開始前までに事前に運営本部係に申告することで辞退が可能であり、見渡せば隙間がそこそこあるくらいには人数が絞られて、丁度良い程度の参加人数となっていた。
因みに俺達のグループは、騎馬役に俺・亜希子・ヒサシの三人と、騎手役として上に乗るコズミの四人である。
「ありがてぇことに多くのチームが辞退してる。俺が聞いた限りじゃあ大体三十組ぐらいしかいねぇ。ヒサシ、アンガイ、しっかりコズミを支えろよ」
「アイアイサー!」
俺とヒサシは声を出して返答する。今回は珍しく全員の意見が一致している為、自然と気合が入る。
実況の競技開始のアナウンス。それを聞いた俺達は早速他の騎手の様子を見て動こうとした。
…。
しかし、司令塔のコズミからは特に指示がない。
「みんな、ちょっと聞きたい事があるんだワイさ」
「どうした、コズミ」
「なんかいい作戦があるか!?」
俺や亜希子が、近づく他のチームから少し距離を取りながら答える。
ちらっと俺はコズミの方を見るが、何か言いだし辛そうな顔をしている。
「どうしたんだコズミ? 具合悪いか?」
「ううん、そうじゃないんだワイさ…」
「じゃあどうしたってんでい」
亜希子も少し気になっている様子だ。
「敵も来てるから、チャチャっと伝えてくれ」
「う~ん、分かっただワイさ。えっと…」
もうすでに他の騎手が此方に手を伸ばし始めている。
とられまいと騎馬側の俺達で華麗によけながら、返答を待っていた。
そして口を開いたコズミはこう言った。
「そう言えば騎馬戦って…どうやるんだワイさ」
一瞬、俺達は姿勢が崩れたことによるリタイアになる…位バランスが崩れた。
「なんでい! コズミおめぇやり方知らずに騎手選んだのか!?」
「どーりでさっきから取らないと思ってたけど、やっぱり…」
亜希子からは驚きの声が、ヒサシからは「やっぱり」と聞こえてきそうなトーンの声が聞こえて来た。
「あのなぁコズミ。騎馬戦って言うのは…」
と、俺が説明しようとしたその時である。
「敵のハチマキを多くとったら勝利なんだよ!」
その言葉と共に狙っていた他のチームの騎手が一気にコズミのハチマキを取りにかかって来た。
「右周りだ!」
亜希子のとっさの一言により、三人でその場でバスケで言うところのピポットを行い、回避する。
急な旋回をされた相手のグループは勢いに対応できず、その場で崩れてしまう。
「成程、そう言う事だワイさね…!」
「グッ…なんて能天気な奴…」
崩れたグループの一人が、地面に横たわりながらそう声を漏らした。
「…とにかくだ、この騎馬戦のルールとして、取り合いになった相手が崩れてリタイアになった場合はその対峙したグループに獲得したハチマキを渡すことになってる…受け取りな…」
すぐさま体を起こした相手騎手の生徒は、コズミにハチマキを渡す。
「ありがとうだワイさ!」
「礼なんかいい。それより、お前さん達、今年の騎馬戦は気を付けた方が良いぞ」
そう言いだすのは、相手チームの騎馬役の一人。この人はどうやら三年の先輩だ。
「お前さん達の学年に入ってきた『音理江』とかいう奴…二年にいる親衛隊のやつらが彼女にハチマキを渡すためだけに騎馬戦に名乗り出てる奴がいる」
先輩はグラウンドの中央にいる混戦状態の集団を指さして言う。
「な…そりゃあ不正なんじゃねぇか!?」
一番最初に反応したのは亜希子。こういう事が一番嫌いな彼女のその手がグッと強く握られるのを、共に騎馬役として動いてる俺にも伝わった。
「それがよ…ただ渡すんじゃなく、しっかり親衛隊員以外のグループから一本以上取った後、音理江チームに渡すためにわざと手加減して彼女に取らせるか、親衛隊のチーム同士で同様の事を行ってる…」
「何だそりゃ!」
思わず俺も声が出る。
「しかも音理江本人はそういう事をしている事に気付いていない…相当タチが悪いぞ…」
「明らかに不正なのに、あたかも自然に戦っているようにカモフラージュしてるってわけっすね…」
ヒサシと騎馬役の先輩のいう通りである。
「とにかく今回勝つにはそこの一大勢力をどうにかしないわけには行かないんだが…」
と、先輩のアドバイスを聞こうとしたその時である。
「分かっただワイさ!」
俺達の掌の上に足を乗せる宇宙人の声。
いつの間にかコズミの闘志に火が付いたようだ。…ルールもわかったようだし。
「そんなせこい手を使って勝利をもぎ取るのは言語道断! 例えお友達でもこの勝負には絶対に負けないだワイさ! 不正の魔の手からネリエンを救う! このコズミグループが成敗するだワイさ!」
ほんの数分前とはけた違いの、やる気に満ちた顔になっていた。
「おお、その通りだ! アンガイ、ヒサシ、行くぜ!」
「「お、おう…!」」
二人の熱量に合わせて俺達も返事をし、先輩たちに見送られながら中央の混戦状態の中にまぎれていった。
その途中、玉入れの際に大不正して引き分けにまで持ち込んでいた事を思い出したが何となくボコボコにされる気がして俺は心の中の奥底にしまった。
*
あれから数分が経った頃。残りのチームも数組になった時である。
「よし、あのグループが多そうやな…みんな、行きましょう!」
「はい! 音理江さん!」
親衛隊が結託して回収したハチマキをネリエンに改宗させに行こうとしたちょうどその頃の俺達はというと。
「やっぱこっちの方が早いだワイさ!」
「正々堂々ととるんじゃなかったのかよ! コズミ!」
「そんなこと言ってたらネリエンに全部取られるだワイさ!」
結局、以前俺に喰らわせた時に使用した、エネルギーから生み出された半透明な手を5つほど用意し、ハチマキをぶんどっていた。
「あ! なんだそれ! おい、コズミちゃん! 幾らなんでも汚ねぇぞ!」
そう起こるのは俺のクラスにいた、音理江親衛隊の一人である。
全く隠す気のないその戦術は、誰がどう見ても不正であるし、当然ほぼ全校生徒に人間離れした力を持っている事もバレまくっていた。
—ねえ、もしかしてコズミカって人、人間じゃないんじゃない?
「そうだワイさ! アタシはコズミカ=エントロピー! このケイオス惑星から来た宇宙人だワイさ!」
「そんな事大声で言うんじゃねぇ!」
俺もあせっていたが、何故か亜希子も焦っている様子だった。
「な、なんで亜希子ちゃんまで焦ってるの」
「バカ野郎! わかんねぇのかアンガイ! 元々俺の店に忍び込んでたやつだぞ! しかもこんな公に宇宙人公言することをためらってねぇんだ…! いつか絶対俺の店にいた時の事喋るぞ…!」
「成程…」
…そう言えば天堂家が経営しているAIロボット販売の商店『天堂商店』で初めて会ったんだっけ。
確かに、今の彼女のフランクさからすると、何れ『何故地球に来たのか』という話を持ちネタとして話す気がする。多分早くて明日辺り。
「そしたら俺の家も変な噂立っちまうんでい…」
そんな心配事をしていた最中、コズミが上ではしゃいだ声が聞こえた。
「サトル、アキコ、ヒサシ! やっただワイさ!」
「ん、どーしたのコズミちゃん」
特に心配事もなく俺達の話を笑いながら聴いていたヒサシが答える。
「見てこれ! 親衛隊っぽいグループの人からこんなにいっぱいゲットしただワイさ!」
にっこりと笑うその腕には、恐らく全体の半分位のハチマキが引っ掛けられていた。
「おお、すげえじゃねぇか! コズミ!」
「やっただワイさ~!」
「おいアンガイ! 残りも取りに行くぞ!」
「え、ああ…!」
一瞬ボンヤリとしていた俺は、亜希子の声で我に返る。
…今のコズミのはしゃいでいる様子は、俺らと何ら変わらない、ただの一人の人間のように見える。
なんとなくだけど、この何でもないことが一瞬だけ引っかかった。
「ま、いいか」
亜希子の声で目が覚めた俺はそんなことはふっと忘れ、残りのグループを探す。
「あ、あそこのグループも親衛隊の残りじゃないか?」
「ほんとだワイさ!」
俺達は少し離れたところにいる、腕に参加人数の三分の一程のハチマキを付けたグループに照準を合わせる。
「これでお昼ご飯一か月無料だワイさ~!」
意気揚々と、何の惜しげもなくエネルギーで作ったハンドを一気に五本も飛ばす。
「こんなのが正々堂々っていえるわきゃねぇだろ!」
「こうなったら取れればいいんだワイさ!」
正々堂々を貫きたい亜希子をそっちのけでハチマキを取ろうとしたその瞬間だった。
—シュッ。
…。
俺達は一瞬言葉を失う。
目の前からグループが消えた。
いや消えたというより…。
「よこしなぁ!」
声が聞こえる方向に、一瞬にして瞬間移動したのである。
そしてその声の正体こそ、俺達が一番注目していた青髪の女学生—ネリエン=エンタルピーなのである。
「えっ!? あれ、いつの間に…」
飛ばされ困惑している間に、そのグループの騎手の腕と頭から、ハチマキはすでになくなっていた。
この事態に、戦況を見守る観客も言葉を失い、一切の音が鳴りやんだ。
静寂が続く場。その中を歩く、残り二組の内の一つ。
ついに俺達…コズミチームに、ネリエンチームがロックオンした。
そして未だザワザワと先程の現象について驚いている全員に応えるように、声を上げたやつがいた。
「みんな! よく聞くだワイさ!」
コズミである。
「さっきも見てたかもしれないけど…今から行われるのはちょっと変わった騎馬戦だワイさ!」
—さっきというと…瞬間移動した、アレの事?
—そうなんじゃないかな…。
「実はアタシとネリエンは人間じゃないんだワイさ! れっきとした…宇宙人なんだワイさ!」
「ば、バカかオンドレ! イキナリ何言うとんねん!」
突然の大声の告白に、誰よりも焦っていたのはネリエンだった。
それもそのはず。
—え~! 音理江さんも宇宙人だったんだ。
―コズミの友人なのかな。
この校内ではコズミが宇宙人なのは既に多くの人間に知られているのである。
「…コズミ、オンドレ随分いい度胸しとるやないけ…」
「何がだワイさ?」
「何がって…ワシが宇宙人であることを必死に隠してたのが分からんのかい! この大ボケ野郎が! 今まで真面目にひた隠しにしてた努力が全部水の泡やんけ!」
叫ぶ彼女のその目からはちょっとだけ涙が出ていた。
「ほんま、いつもオンドレはワシが真面目にやっとる所を適当に素通りして成功させやがって! それが気に喰わんのじゃい!」
「そんなこと言われても、しらないだワイさ!」
指をさされて叫び続けられるコズミは反論する。
「それじゃい! オンドレ自身は気付いてないかもしれんがなぁ! そう言うところが癪に障るんじゃい! わかっとんのか!」
「そ、そんなこと言われても…!」
コズミは俺達に顔を向けてくる。一応頷いて「負けるな」というサインを送る。
…何故俺達が言葉にしなかったのかというと、若干思い当たる節があったりするからであるがこれは別の話。
「決めたで、コズミ…いまからオンドレの婚約者の口をうばってやるからな!」
「こ、婚約者…!?」
驚愕してしまったが、恐らくこの場合は俺の事だろう。
「コズミ、お前いらん事言っただろ!?」
「ちゃんと『経営戦略上』って言ってるだワイさ!」
「じゃあ言ってるのと同じだわ!」
コズミと口論していたその時、ただならぬ視線を感じる。
「アンサンたちがけぇへんのなら、こっちから行かせてもらうで! オラァ!」
ネリエンがそう言った直後、俺達はとんでもないものを目にする。
俺達の眼前に、おおよそ三十人ぐらいのネリエン=エンタルピーが出現したのだ。
「げぇっ! なんなんでいコレは!」
「ネリエンの能力だワイさ! アタシがエネルギー溜めてる間みんな逃げるだワイさ!」
「り、了解!」
亜希子とヒサシ、そして俺は戸惑いつつも、追ってくる本体と他三十人のネリエンの分身から逃げ始める。
その光景を見ていた他の生徒たちも、段々とその状況を楽しみ始めていた。
「うおー! コズミちゃん達頑張れー!」
「応援してないで助けてくれ~!」
逃げる俺達を一番応援していたのは、ネリエンを調査してくれと声をかけた礼子先生である。よく考えてみれば、先生のあのお願いが今回の騒動の発端な気がしてならない。
「わ、アンガイ!」
そんなことを気にしている暇もなかった。
亜希子が声をかけてくれたおかげで正面から来ていた分身をひらりとかわすことが出来た。
…俺だけは。
「ん~~!」
俺と亜希子と共に、コズミを支えていた一人、夏野ヒサシが分身のキスをくらってしまう。
「ヒサシ!」
俺が声をかけた時は時すでに遅し。ヒサシの力が抜けていくのを、コズミを支える為に互いに握っていた手の力で感じた。
「アンガイ!取り敢えず二人で持つぞ!」
とっさの亜希子の判断により、片腕はコズミの腰に、もう片腕はそれぞれコズミの足を支える為に即座に組み替えた。
「オンドレちょこまかと…!」
「ヒサシになにしただワイさ!」
走りながらコズミが叫ぶ。
「オンドレの婚約者を奪うために、分身にワシに好意を持てるように媚薬魔術をかけておいたんじゃい! 分身全員に付いとるからな!」
「び、媚薬…」
「…くそ、宇宙人は変な事しか出来ねぇのか! コズミ!」
俺達は不可解な宇宙人に踊らされながら逃げ続ける。
「くそ…これじゃあ埒が明かねぇぜ…」
亜希子の言う通り、実質三十三対三の状態である。しかもコズミは何か攻撃を仕掛けるために集中している為に、実質亜希子と俺の二人しか残っていない。
「どうすりゃいいんだ…」
俺も亜希子も八方塞がりになったその時であった。
「おらおら! 婚約者の隣の漢も潰したるでぇ!」
俺達を追いかけるネリエンがそう発言したのである。
「アキコは女だワイさ!」
エネルギーをチャージしながらも、コズミが叫ぶ。
「嘘言え! どっからどう見ても、しゃべり方から力まで男やんけ! それとも何か! アレなんか!?」
アレとは何なのかよくわからなかったが、とにかくネリエンは言いたい放題だった。
罵詈雑言や出鱈目な事を聞いて逃げていた時、急に俺と亜希子の走る速度が変わった。
「ど、どうしたの亜希子ちゃん」
「アンガイ、オメェは肩車できるか?」
「まぁ、一人くらいなら…」
「じゃあ任せた!」
そう言った瞬間、コズミを支える手を一瞬にして離した。
「ワッ!」
急に離され、バランスを崩しそうになるコズミと俺。
コズミが浮遊能力を持っていてくれてこ助かったと思ったことはこれが初めてである。
「亜希子ちゃん…どしたんだ…」
突然の出来事に、少々戸惑っていたが、次の瞬間、その疑問は一気に解決した。
「俺は男なんかじゃねぇーーーーー!!」
その亜希子の怒号と共に、先程まで数多くいたネリエンの分身がどんどんと消えていったのだ。
「な、なんや…!?」
ネリエンが驚くのも無理はない。
分身が消えていく原因。それは宇宙の出鱈目な力でもなんでもない。
一人の女子高生の、性別を間違えられたことによる怒りの拳が、その計り知れない速さの脚力と共に次々に分身に突撃していたのだ。
その圧倒的な速さに、この特殊な騎馬戦を観戦していた他の生徒や教師たちは熱狂していた。
分身がすべて消えるのに、三分ともかからなかった。
気付けばネリエンの前には俺・コズミの騎馬、そして後ろにはいつでも殴り掛かれる状態の亜希子が、ネリエンチームを囲んでいた。
「さあ、観念するだワイさ!」
エネルギーチャージが完了し、漸くケイオスハンドを作ったコズミ。
その数大体五十対程。
一人に対して百人が一気に襲い掛かろうとしていたのである。
「さあ、そのハチマキを渡すだワイさ!」
「グッ・・・!」
余りの圧に怯むネリエン。
「さもないと、俺の鉄拳が飛ぶぜ…?」
後ろからは今にも殴り掛かりそうな亜希子。
そしてついに…。
「…ごべんなさい~~~!!」
…ネリエンが泣きだしてしまったのである。
「…あら…」
「ちょっとやりすぎたんじゃないかコズミ」
「そうだったワイさかね…」
先程まであんなに強気だったネリエン。しかしその面影はどこにもなく、ただそこには極致に立たされ、恐怖の末に泣く一人の女子生徒に変わり果てていた。
「あぁ…! ごめんだワイさ!」
俺の肩から離れ、いち早く彼女の元へ向かって言ったのは他の誰でもないコズミであった。
「よしよし、ごめんだワイさ…アタシもやりすぎちゃっただワイさ…」
「グズッ…許してぇ…」
「全然大丈夫だワイさよ、ネリエちゃん…」
*
「なんでそうなるんだワイさ!」
「おんどれがあの時肩から下りたのがいかんのじゃろがい!」
後日、ある日の昼食。俺とコズミはネリエンと共に学食を買いに来ていたが…。
俺達は金を払って食堂のメニューを注文していた。
「そんなことあるだワイさ!? アレはどう見てもアタシの勝ちだったワイさ!」
コズミの不平不満が食堂中に響く。
あの後、騎馬戦の結果はネリエンチームの勝利となった。理由は「コズミがネリエンを慰めるために俺の肩から離れたから」とのことだった。
「俺達が勝ちだったのになぁ~…」
そう口にするのは、俺達より一足早く食堂に来て席を取ってくれていたヒサシだった。
「そう言う文句に関してはコズミに言ってくれ」
不満を俺にぶつけて来たヒサシに言いながら食堂の席に着く。
「どういうことだワイさ!」
「あー知らん知らん」
俺はそっぽを向きながらさっと食べ始める。
「ま、サトルはんの答えが全てやな」
「ネリエンまで!」
「まぁええやないか。はよう食べんと、次の授業に間に合わなくなるで」
も~!…と声を出しそうな顔をしながら、コズミもランチを食べ始めた。
今日も意之外高校は平和である。
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