第五惑星 『何である ラブデアル』

1-意ノ外町のとある場所-


「ムッ…この風の気は…」

 一人の女性が眉間に皺を寄せながら警戒する。

 次の瞬間。

「ハッ! 何という事だ…」

 彼女が持つ、オオヌサにヒビが生えた。

「私のオオヌサ…いや、この常式神社(とこじきじんじゃ)のオオヌサに傷が入るのは、私が知る限りでは初代が記した体験記録のみしか知らん…」

 彼女の首筋には嫌な汗が流れる。

 何かが起こる。

「常式神社神主、常式 識(とこじきしるす)に降りようとしている強大な力は何なのか…調査せねば…!」

 彼女自身が持つ、ヒビ割れたオオヌサに付けられた紙垂が不吉なまでに指し示す方向に従い、歩みを進めて行った。

「不吉…不吉だ…!」


                 *

「やった! 完成だワイさ!」

「また悪趣味なの作って…」

 六月のある土曜日の家。この時期にしては三十度越えという暑さの中、俺は宇宙からやって来たヘンテコ娘の工作を、いかにも日本的な部屋であるこの和室で見届けながら暇をつぶしていた。

「何なんだこれ」

 彼女が自慢そうに見せて来たのは手に装着するハンドガードような、不思議なものであった。

「フフフ…これこそ今我がエントロピー商事が売り出そうとしているアイテム…『心情マッサージ』なのだ~!」

 ものすごい安直そうな商品名にはもう驚かなくなってきた。

 不思議なもので、何か月か一緒にいるだけなのに、彼女が初めて見せてくる『商品』についての概要が、おおよそ見当がつく。

 恐らくだが、相手の心をマッサージして、つけている人に伝わる…と、いったところであろう。

「これの使い方はね…」

 コズミが使用方法を説明しようとしたその時である。

「待った!」

 俺は彼女の言葉を遮る。

 ちょっと試したくなったのだ。

「なんだワイさ」

「『心情マッサージ』とか言ったよな、それ」

「ウン」

 コズミはこくりと頷く。

「その使用方法、今から俺が当ててやる」

 そう言いながら、俺はビシッとコズミに指をさした。

「どうしてだワイさ」

「特に深い意味はないが…試したくなったのだ。数か月も共に過ごしていると、何となく分かってくるものがあってだな」

「分かってくるもの…?」

 彼女は首を傾げる。

「そう! お前の感覚が知らず知らずの内に、読めて来るようになってきたのだ。だからその手袋の使い方をこれから当ててあげよう」

 俺はにやりと口角を上げてコズミに言った。

「…面白いだワイさ」

 コズミ本人も乗り気になって来た。

「そうか、乗り気になったか」

「そんな挑戦、初めて受けただワイさからね」

 互いに良い空気になって来た。

「じゃあ、説明してもらうだワイさ! …ただし、一つ条件を設けるだワイさ…」

 今度はコズミがにやりと笑い、此方に話しかけて来た。

「もし…もし、外れた場合…」

「おう…」

「もっとウチの商品を理解してもらうために関係を深めてもらうだワイさ」

 ・・・。

「結婚か」

「そうだワイ「それだ」さ」

 俺は遮るように言った。

「なんか言っただワイさ?」

 自身の声に被せて俺が言葉を発したためによく聞き取れなかったらしい。

「俺はいま、『それだ』と言ったんだ」

「と、いうと…?」

 まだ不可解な内容に、コズミの眉間に皺が寄る。

「それなんだよ、その手袋の効能は」

 俺は立ち上がり、ひょいとコズミの手にあるソレを取り上げる。

「ああっ、返すだワイさ!」

 俺は焦って取り返そうとするコズミに、片方だけ返す。

「この手袋…『心情マッサージ』は、何らかの方法で相手の心を解きほぐし、その対象の心を読み解くアイテム…と、俺は踏んでいる!」

 俺は探偵になったつもりでキリッとした顔で彼女に言う。

 暇つぶしとしては最高の瞬間である。

「な…なに…! どうしてそのことが…!」

 彼女も俺のノリに便乗してきた。

「フフフ…そのノリもそうだ! 俺はお前が週末にサスペンスドラマを真剣に見ている姿を知っている…! だから今このテンションで語りかけている…!」

 彼女は更に愕然とした表情で俺を見る。

「この先回りをして語りかけているこの状況こそが、この手袋の効能そのもの。…俺はそう踏んでいるが…違うか…?」

「ぐっ…そ、それは…!」

「…チェックメイトだ!」

 まるで俺の後ろから追い風が吹き、彼女の身体をつんざくような雰囲気を想像しながら決め台詞を言う。

 それを受けた彼女は「アアッ!」という声を発し、膝から崩れ落ちる。

「ど、どうして…」

 へたり込む彼女に背を向け、俺は一言。

「貴方と一緒に居た時間こそ…この謎を解く最大のカギだったんです…」

 と、勝利者の特権のようなセリフをいい、部屋から出て行く。

 …最高の暇つぶしが出来た気がする。

「…と、まあおおよそこんな感じだと思うんだが、違うか?」

 すぐに部屋に戻って来た俺は普段通りのテンションでコズミに声をかけた。

「大正解だワイさ! サトルがこんなに理解してくれているなんて嬉しいだワイさ!」

 先程とはうって変わって笑顔になったコズミが、俺にハグしてきた。

「暑いから離れろ!」

「だって嬉しいんだワイさ!」

 そう言い、俺から離れる様子はない。

 …こうして見ると、案外普通の女の子なんだよな…。

「でもこれ、どうやって使うんだ?」

 流石に暑くなったのか、ハグを終えた彼女に聞いた。

「手袋を付けた状態で相手の胸辺りにタッチする。それだけだワイさ!」

「なるほど」

 なるほどではない。

 男はあんまり不用意に使えないアイテムであることは確かだった。

「それ、胸じゃないとだめなのか?」

「う~ん、本当は肩とか手でもできるようにしたいんだけど、現状は胸じゃないとうまく読み取れないんだワイさね」

さっき『できた!』と言っていた位だから、恐らく試作品段階なのだろう。

「まあ、何れにしろ、今は男が使うと確実に変態扱いされそうだし、返す」

 俺は持っていた片方の手袋を…。

 返す前に手袋を付け、彼女に触れてみた。

「なっ、なにするだワイさ!」

 コズミの少し顔が赤らんできた。が、吹っ飛ばされる様子もない。

「…実験だよ実験」

 普段はこういう事はしないと心に決めているのだが、たまにやってしまう。

 恐らく親父の遺伝である。

「じゃあアタシも実験だワイさ」

 そう言うと、彼女ももう片方の手袋を付け、俺のみぞおち辺りに手を置く。

・・・。

・・・。

―これも恐らくコズミに見られてるんだろうが、別にふつうにしてりゃあかわいいんだけどな、こいつも…—

「どういうことだワイさ」

 少しムッとした顔で彼女が見てくる。

 ―ま、そういうところがサトルっぽいんだワイさけどもね…―

「意外と悪い印象じゃないんかい」

 思わず突っ込んでしまう。

 …まあ、悪い気はしないな。

 …そう言ってくれると嬉しいだワイさ…。

「ハッ…!」

 ふと二人で我に返る。少し互いの感情に対して入り浸りすぎたようだ。

「ま、まあそういう事だから…伝わっただろ! 返す!」

 今までに彼女に対して、明確にそういう気持ちを抱いたことはないのだが。

 そんな恥ずかしさと変な気持ちを忘れるべく、俺はポイと手袋を彼女に返した。

「…うん」

 …コズミも予想外の出来事に少しドギマギしていたようだ。

 彼女も「結婚しろ」とは言ったものの、それは父親の会社都合…つまりビジネス上で言っていた事である。

 彼女にも何か、思う事があったのだろう。

「ま、まあとにかく…! こいつはいったん持って帰ってパパに見てもらうだワイさ!」

 少し素っ気ない感じを出しながら、彼女は宙に浮き、窓から出て行った。

「…悪くは、ないのかもな…」

 俺は段々と小さくなっていく彼女をぼんやりと見ながら考えていた。



 2-一時間後の安貝家-


 コズミが出かけた後、俺はぼんやりとしつつもどこか不思議な気持ちになっていた。

 彼女が家に来たその当初の理由は、『ただ面白そうでお金を払わなくてよいから』というかなり適当な理由であった。

 特別どうというわけでもない。ただ、興味本位で家に招いた。

 が、ふたを開ければ思いの外危険な人物だとわかって興味が警戒に変わった。

 …しかしどうだろう。

 慣れというものは非常に怖いもので、今では彼女と喋る機会が無い日…まさに今こうして彼女が居ないこの時間が思った以上に退屈に感じてしまう。

 …けれど俺にはもう一人、昔からの付き合いをしている人物がいる。

 未央だ。

 彼女の気持ちが蔑ろになるのだけは避けたい。

「どうしたモノか…」

 物思いにふけっていたその時であった。

 バタン!

「ちょっと失礼!」

何者かが勝手に家のドアを開けて入ってきた。

「誰かおらぬか!」

 …知らない女性の声。怪しすぎる。

今は俺しか家にはいない為、急いで玄関に向かう。

「誰だ!?」

 少し大きめな声を出しつつ、玄関に来た俺が見たのは…。

「お主、ここの住人か」

「そうじゃなきゃこの家で寝てないわ!」

 すっとぼけた質問をしてきたのは、巫女装束を身に纏った大人の女性だった。

「この家から相当な邪気が感じられる」

 そう言うと彼女は、自身が手に持っていた「お祓い棒」を俺に見せて来た。

 よく見るとそれは今にも朽ちて粉々になりそうな程ボロボロになっていた。

「このオオヌサは、お主の家に近づくにつれて朽ちていったものだ」

 そう言いながら彼女はズカズカと家の中へと入っていく。

「ちょっ、ちょっと待て! 全然意図が掴めん! 訳を話せ! 誰だ一体!」

 予想だにしない出来事に俺は怯む。

「せめて訳を話してから入れ!」

 俺は彼女に言うと、彼女はピタリと足を止め、こちらを向いてこう言った。

「私は常式 識。この意ノ外町に古くから存在する常式神社の現職の神主じゃ」


                *


「俺の家から邪気が…?」

「左様」

 そう言うと、彼女はアイスコーヒーをズズッと飲む。

 あの後何とか俺は話し合いできる態勢に持ち込ませることに成功した。

 彼女は常式 識。年齢は二十七歳。身長は一六五センチの俺より頭が半分ぐらい出ているので、おおよそ一八〇センチぐらいだろう。

 かなり大きいが、先程の力強さや足音からすると、巫女装束に隠れているその身体はかなりスポーティーかつ綺麗な曲線を描いているに違いない。

「なんじゃ」

「あ、いえ…なんでも」

 まさに「容姿端麗」という言葉が似合う女性である。

「まあよい。とにかく私はこの家から放たれる邪気を沈めなければならない」

 そう言うとまた立ち上がろうとしていた。

「あ、待ってくれ!」

「止めるでない!」

 そう一喝される。

「せ、せめてもうちょっと落ち着いて話すことはできないんですか…?」

 柄にもなく俺は下手に出てみた。

「ええい! まだ止める気か! もし止めたいというのならスイカでも持ってこい!」

 そう言うとズカズカと歩き始める。

「待ってくれ!」

 とっさに俺は彼女の腰を掴む。

 情に訴えかける作戦でいくことにした。

「本当に…何もないんです…」

「ほーそうかそうか何もないか。しかし私は歩みを止めん」

 俺の作戦など一ミリも通用せず、それどころかぶら下がった俺を気にも留めず、ズカズカと階段を登っていた。

「いたぃ!」

 腰に回していた手をがっちりと両手で掴み、階段を登り始めたものであるから、俺は彼女が一段上る毎に階段に身体を打ち付ける羽目になった。

「何なんだこの女は…」

「なんか言ったか!」

「何でもありません…」

「ならよろしい」

 その瞬間、まだ階段の中腹だったにもかかわらず、掴んでいた俺の両手をパッと手放した。

 その後は言うまでもないだろう。

「この鬼~~~!」

「当然の結果じゃ」

 颯爽と二階に上る彼女を俺は追いかけた。

             *

「この部屋じゃ」

「コズミの部屋…?」

 何故か家の中でボロボロになりながらも、何とか識さんについてきた俺が辿り着いたのは、コズミの部屋だった。

「この部屋からはどうにも地球のモノではない者の気が充満している! おそらく宇宙人の類だろうか」

 鋭い指摘に俺は感心してしまう。

「そうなんですよ。ウチ、宇宙人が一人居候してまして」

「やはりな…」

 何故驚かないのかは不思議だが、やはり神の管理をしている職業柄なのだろうか。

 その時である。

「あ~~~!」

 思いっきり大きな声で識さんが叫んだ。

「ど、どうされました…?」

「どうしたもこうしたも…この冷蔵庫にオオヌサを向けたら一瞬で灰になった」

 俺が一瞬目を離した時、どうやら彼女は冷蔵庫にお祓い棒を向けたとのことだったが、その瞬間、跡形もなく消えてしまったという。

「この中…怪しい…!」

 識さんは今までにないくらい警戒態勢…というかこれは臨戦態勢に近い気迫を彼女は出していた。

 …が、俺には全く分からない。

「ただの冷蔵庫にしか見えんが…」

 そういいながら俺はガチャリと扉を開けた。

「バカッ! お主気を付けろ!」

「へ?」

 何も知らない俺は、扉を全開にした。

「これは…!」

「ほう…! 色が反転しているが…間違いない…」

 俺と識さんが目にしたもの。

 その中にあったのは…。

「スイカだ…」

 スイカであった。




3-自宅の和室にて。奇妙なスイカと対峙中-


「スイカ…」

「うむ………」

 あの後、俺たちは冷蔵庫から取り出したそれを持ち、再度一階に戻った。

 どうやらこの「赤と緑が丁度反転したスイカらしきモノ」から異様な邪気が発せられているらしい。

「取り敢えず切ってみましょうか」

 俺は台所から持ってきた包丁を手に取り、スイカを切り始めた。

「ムゥ。切った時点では特に反応はなし…か」

 サクサクと切っている俺の横では、異様な空気を漂わせながらソレを凝視している識さんがいた。

「なるほど、やっぱり中身は予想通り緑か」

 俺は切りながらそう呟く。

 その見た目と色合いから、暫定的に「スイカ」と言っていたが、どうやらその線で間違いなさそうである。果肉部分が緑、皮が赤色と完全に「逆スイカ」である。

「なんか見た目が不思議だけどまぁ食べて見るか」

 俺は何の気なしに口に運ぼうとした、その時である。

「いかーーーん!」

「ドワァッ!」

 食べようとした俺の顔を平手打ちしてきた。

「な、なにすんだ!」

「馬鹿者! その逆スイカからはこの世のものではないエネルギーが放出されてるというとろうが!」

「んなこと言ったって、その放出されているエネルギーに関して、俺はもうわかってんだよ!」

 俺は識さんと言い争いになる。

 確かに、識さんが持っているお祓い棒が粉々に砕け散ったのを見ている(正確に言えば灰になった後だが)。しかしそれ以上に、そもそも「コズミが持っていた物体」なのである。

 それはつまり、「コズミの星の植物」である可能性が高い訳である。

 …しかし。しかしだ。

 そもそも地球に持ってきた時に突然変異を起こしていない時点で、『地球の環境においても問題は発生しない』という事が裏付けられているのだ。

 つまり、どういうことか。

「我々地球の人間が食べても問題ない、そう考えることはできないか?」

 俺は考えていた事を識さんに伝える。

「…そこまで言うなら、私はもう知らん。勝手に食えばよかろう」

「ホントはスイカ食べたいくせに」

「…フン!」

 彼女はプイっと顔をそむけてしまった。

「それでは…!」

 こんなに暑い中、目の前に冷やしてあったスイカをお預けされていた俺は、思わず舌なめずりをしてしまう。

 やっと食べられる。

 …コズミには悪いが、先に頂くことにした。

「いただきま~す!」

 そう言いつつ、俺は食べ始める。

 シャクリ、シャクリ。

「…どうじゃ、不味いか」

 横で見ていた識さんが声をかけてくる。

「そりゃあ! 貴方、不味い訳がないない! もう本当に普通のスイカで!」

 その言葉通りである。

 色は違えど、味は地球のスイカそのものである。

 先程まで冷蔵庫にしまってあったその「逆スイカ」は、その保持した冷たさに見合ったシャキシャキとした歯ごたえを、遺憾なく俺に発揮してきた。

「識さんも食べなよ」

 俺はにっこりと笑いかけ、識さんに切った逆スイカを渡す。

「い、いらん! まだ安全と決まったわけではない!」

「美味しいのに…」

 俺は彼女に気にせず、ガツガツと食べる。

「…ほんとにスイカなのか…?」

「ん」

 俺はコクリと頷いた。

 それを確認した識さんは、恐る恐るソレに手を伸ばし始めた。

 …が、結局踏ん切りがつけられなかったのか、彼女は逆スイカから垂れ、皿に溜まっていた汁を指につけ、ペロリと舐めた。

「…ね、スイカでしょ」

 彼女はテイスティングをするように、その水滴を舌で転がすように口を動かしていた。

「…確かに、味はスイカだが…」

 まだどこかで疑っていそうな識さんは、そのひと舐めだけで終わってしまった。

 その時である。

「げほっ! げほっ!」

 く、苦しい…。

「み、水…!」

「それ見ろ、やっぱりおかしなことになった!」

 そうではない。変な所に入ってしまったのだ。

「ほれ、水じゃ! 早く飲め!」

 あらかじめ持ってきていたコップ一杯分の水を俺は飲み干す。

「…ぷはぁ! やっと息ができる…」

 今の一瞬でとんでもなく汗が吹き出してしまった。

「だから食べるのをやめろと言ったんじゃ!」

「でもこれはただむせただけだし…」

 そんな事よりもだ。

 俺はのそりのそりと識さんの方へと近づく。

「な、なんじゃ…お前…」

「やだなぁ、識さん…お前じゃなくて『安貝 悟』って名前があるんだよ。僕には…」

 とても不思議な気分だった。

 普段、俺が隠していたその煩悩の塊のような考えが、最優先で出て来た。

 …先程から気になっていたが、やはり彼女は相当良い女性である。

 一八〇センチもあってかつ、丁度健康的な体系な女性はそうそう現れない。

「識さん…やはり貴方、お綺麗ですよ」

「ななな…何を急に!」

 俺は彼女の言葉を無視してグッと近づく。

「識さん…好きだ!」

 ギュッ!

「ややや! やめんか! この突然変異出鱈目男が!」

「ギャッヒン!」

 俺の頭には強烈なエルボーが入った。

「お前…さっきと目つきが違うぞ…!」

「やっぱり識さんもそう思います? そうなんですよ! 何か俺、普段は心の奥底にしまっている気持ちが今日は一段と出てきちゃって…」

 実際そうである。

 つい先日、大意外山に出かけた時に見た、俺の父さんが鴉天狗に取ったような行動が出てきてしまうのだ。

 まるでいつもと逆のような…。

「やはりさっきの逆スイカを食べた弊害なのではないか」

「まっさか~!」

 そう言いながらも俺は識さんの膝を枕にするように頭を置く。

「なんか段々…眠くなってきた…」

「だからと言って人の膝で寝るのかお前は」

「もとはと言えば識さんが勝手に家に入ってきたから今の状況があるんでしょうが!」

 その言葉は彼女を少しひるませた。

「確かにそれを言われると…そうかもしれん…」

「だからこれはその償いってことだ。まぁまぁ寝るだけだから何にもしませんよ」

 そう言うと俺は早速目を閉じて本格的に寝ようとした。

 …その時である。

「あ~~~~~~!」

 ものすごい大きな声が聞こえて来た。

「な、なんじゃ今のは!」

 俺の頭を拳でグリグリしつつも、諦めて膝枕をする気になっていた識さんは一気に我に返り、寝ている俺をかまわずそこに立ち上がる。

「イテッ!」

 当然俺は和室の畳に顔をうちつける。

「な、なにすんだ…!」

「お前は今の声が聞こえんかったのか!」

 ものすごい警戒心を顔に出しながら、識さんは俺に言ってきた。

「こ、声って…?」

 そう俺が質問した直後、二階からバタバタと物音が聞こえた。

 その音の位置からして、和室のすぐ上…俺の部屋より少し奥の辺りから聞こえる。

 …位置的にコズミの部屋である。

「コズミ…帰ってきたのかな…」

 俺はすくっと立ち上がり、二階へ上ろうとする。

「ま、まて! 今行くのは危険じゃ!」

「大丈夫ですよ! 多分さっき言ってた宇宙人が来るだけだから」

「いや、そういうわけでは無くてな…」

 識さんが何か言おうとしたその時。

「ない! ない! ないだワイさ~~~~!」

 俺に気付いていないコズミが、階段に沿って思いっきり滑空してきた。

「ドワァ~~~!」

 俺はコズミに思いっきり体当たりされる形で階段下に転げ落ちる。

「あれ、サトル! 居たんだワイさ!? ごめん!」

 …と、言ったところでコズミが識さんに気付いた。

「あれ、アナタは…」

「私は常式 識。巫女だ。この家にはびこる邪気を払いに来たのだが…」

「そんなことはどうでもいいだワイさ! それよりも、大変だワイさ!」

 俺達よりも焦った顔でコズミは訴えて来た。

「…ッテテ…何なんだよ、人を突き落としておいて…何かそんなにヤバイ事が起こったのか?」

「ヤバイんだワイさ! 『ヒョウリ』が消えたんだワイさ!」

「ひ、ヒョウリ…?なんじゃそりゃ」

 俺は首を傾げる。そんな名前を持つ物を聞いたことがない。

「ふぅむ…ヒョウリ、というと日本語にも『表裏』という言葉がある。表・裏と書いて表裏…」

 と、そこまで喋った時、俺はあることを思い出した。

「表と裏…」

「…まさかな…」

 気付いたら俺と識さんは顔を会わせて確認しあっていた。

「どうしたんだワイさ?」

「い、いやあなんでもない! なんでもない!」

「ちょっとな…! アハハ…」

 俺たちは笑いながらごまかす。

―――どうするんじゃ! 恐らくアレのことだぞ!

―――俺だって分からん! 見た目はただのスイカだったし…。

 小声で話す俺と識さんをよそに、和室へと入っていくコズミ。

 …恐らく次に彼女はこう叫ぶであろう。

「あ~~~~~~~~~~~~~!」



4-和室。コズミと逆スイカを添えて-


「あ~~~~~! ち、ちょっとコレ…食べちゃっただワイさ!?」

「い、いやぁ…その…」

 俺と識さんは、コズミが居なかった時の事を全て話した。

「それで…ヒョウリを調べていた…と」

「左様」

「そ、それで…どうなっただワイさ…?」

 先程は妖怪退治のような妖しさが漂っていたこの和室の空間が、一気に取調室の空気へと変わっていった。

「どうなった…って言っても」

「実はこれと言った症状が出とらんのじゃ」

 俺は首を傾げ、識さんは腕を組み、眉間に皺を寄せて答えた。

「そんなはずはないと思うんだワイさけど…」

 今度はコズミが腕を組みながら首を傾げていた。

「そう言えばこのヒョウリってどういう症状が出るんだ?」

「そうだワイさね…具体的には、食べた人の表と裏が逆になってしまうんだワイさ」

 人差し指を立てながら、コズミは言った。

「お、表と裏が逆になるって…つまり俺はこれから…」

 俺は識さんの方を見る。

「皮膚と内臓が逆になるだろうな。観念せい」

「嫌だ~~! どうにかしてお祓いしてくれ~! 識さ~~ん!」

 俺は識さんに泣きつく。

「あ! サトル! 離れるだワイさ!」

「だってもうこの身体じゃあ後数時間くらいしかこんな美人なオネーサンと触れ合う事すらできないんだぞ! それでもいいってのか!?」

 俺はいたって真剣にコズミに言う。

「取り敢えず離れるだワイさ~~~! シルス! サトルをパスするだワイさ!」

「…承知!」

 その直後、識さんに抱きついていた俺は腕を掴まれ、まるでバスケで味方にパスをするように、少し距離を取っていたコズミの方に投げられる。

「どわぁあああ!」

「ナイスパスだワイさ! サトル! 久しぶりに受けるだワイさ!」

 その言葉とほぼ同時に俺は、久方ぶりにケイオスキックをもろに喰らった。

「あはぁあぁぁぁぁぁぁ‼」

 俺の身体はその宇宙エネルギーから生成された巨大な足による踵落としによって畳にめり込む形で沈められた。


              *


「成程、精神的な逆転が」

「そうだワイさ」

 あの後、俺は最低限の治療を受けながら、識さんと共にコズミの話を聞いていた。

「つまり、俺が異常に識さんにふっつこうとしているのは、この『ヒョウリ』が原因だったのか」

 俺は隣にいる識さんの膝に手を置こうとする(バチッと彼女の手ではじかれたが)。

「やっぱりな。なんかそんな気がしたんだよな」

「どういうことだワイさ?」

「いや、あのさ…。コズミは大意外山での俺の父さんの事、覚えてるか?」

「サトルのパパのこと?」

「ああ…」

 俺とは対照的に、割と欲に忠実に生きている人間である。大意外山での一件で言えば、サナトに対して、ヒサシと共に「男のだらしなさ」を全開にしていた場面である。

「たとえ俺は魅力的な女性が居たとしても、心の中で思うだけで決して安易にナンパなどしないと決心していたんだ。しかし、父さんは違っただろう」

「確かに、サナトに対して『家に居候しませんか!』って突っ込んでいっただワイさね」

「安貝家の男どもはどうなっとるんじゃ…」

 俺とコズミの会話を聞いていた識さんは若干引いていた。

「けれど今回、俺はヒョウリを食べてしまったことで、そこが逆転してしまった…という事なのではないだろうか…?」

「確かに…それなら辻褄が合うだワイさね…」

「私には最悪な辻褄合わせに見えるが…」

 何となく事の顛末が理解できたところで、識さんは立ち上がった。

「あれ、識さん…」

「全く…すべてがデタラメな感じではあったが、全容がわかってしまえばもう用はない。私は帰るぞ」

「ああ、待って識さん!」

 俺は彼女の手を掴むが、怪我している身では全然力が入らず…。

 パシッと払われ、彼女は外へと出てしまった。

「ああ…愛しのお姉さん…」

「サトル!」

「イタイッ!」

 俺はまたバシッと叩かれる。

「この執念深さ…しっかりと効果が出てるだワイさね…」

「そうなのか…?」

「そうだワイさ」

 叩かれ、玄関に横になっていた俺を抱えフヨフヨと浮きながらコズミは和室に戻る。

「元々この果物は食用じゃなくて、中のエネルギーだけを抽出して使う果物なんだワイさよ。さっき使った『心情マッサージ』もこのエネルギーを使ってるだワイさ!」

 そう言われると、確かに効能が似ている所があるような気がする。

「…つまりだ。さっき心情マッサージで見たような心が、俺の表に出てくると」

「…そ、そういうことになるだワイさ」

 コズミが少し照れている気がする。

「そうなるよな…うん…」

 俺はボソッと呟く。

 …が、呟くだけである。

「? どうしただワイさ?」

 その素っ気ない俺の反応に、コズミも疑問に思ったようだ。

「いや、今コズミが言ったとおりならば、今の俺はコズミに対してもっとちゃんと、直接向き合っている筈なんだ…」

 しかし、ソレが無い。

 先程コズミに見せたあの気持ちが出てこないと、ヒョウリの症状との整合性が取れなくなってしまう。

 まさか、俺だけ通常と異なる反応が出てしまったのだろうか。

 でも確かにアレは俺の本心…。もう、彼女が居ない生活は退屈になってしまっている…という、素朴だが不可逆な感情。

 あの気持ちだけは…確かなんだが…。

「…そう、なんだワイさね」

「でも、俺は別にコズミに嘘をついたとか、そう言うんじゃないんだ。現に俺はコズミに対してはさっきと同じ気持ちだ。だから…」

 と、言ったところでコズミは俺を床に降ろした。

「ううん、大丈夫だワイさ! 気にしないで良いんだワイさ!」

「コズミ…」

 戸惑う俺をよそに、コズミは俺と識さんが散らかした机の上を片付け始めた。

「大丈夫だワイさよ、サトル…。本当に…大丈夫」

 俺ににっこりと微笑み、彼女は台所へと向かっていった。

「…」


               *


「…ちょっと、ヤバかっただワイさね…」

 台所に来たアタシは少しポカポカした気分でいた。

 理由は簡単。サトルは本当にアタシの事が少しずつ気になってきている事が判明したからである。

 本来ならば、「アタシに対して気になっている、真剣に向き合おうかな」といった感情が心の中にしまわれているのであれば、ヒョウリを食べた後に出てくるものだ。

 しかし、出てこなかった。

 ところがその感情は今でもサトルの心の中にある。そしてその状態でヒョウリを食べた後には、しっかりとその「隠していた父親譲りのだらしなさ」が症状としてあらわれているのだ。

 つまり、アタシが心情マッサージでサトルの心を見てからヒョウリを食すまでの間に、サトルが『本気で考え、それを表に出すタイミングが発生していた』という事になる。

「本当はビジネス目的で結婚を迫ってたけど…。フフッ、地球の相棒も…悪くないだワイさね」

 久しぶりにルンルンな気分で、アタシはお皿を洗っていた。


               *


「ほ~ん、そんなことがあったのか」

「だから、もしかしたらコレからはサトルの隠してた部分があらわになるかもしれないけど、よろしくだワイさ!」

 週明けの学校の昼休み。アタシはサトルに起きた事を、教室で昼食を取っていたヒサシやアキコに伝えていた。

「ま、悟の場合は隠しきれてねぇというか。俺は前から知ってたしな~」

 ペンを指で回しながらヒサシが言った。

「まあ、亜希子ちゃんは気を付けた方が良いかもしれないけど」

「俺はこの拳があるから心配はいらねぇ」

「ま、そうか! ハハハ」

 他愛もない話を三人でしていたその時である。

「ン」

 そう言ってアタシの目の前にコトンと缶ジュースを一本置いた人物が居た。

 サトルである。

「…昨日はその、変なこと言ってすまなかった…。一応お詫びの印だ」

 そう言うとサトルは自分の席に座り、突っ伏してしまった。

「…ヒュ~!」

 横でヒサシが口笛で野次を入れて来ていたがそんなことはどうでもよかった。

「サトル…!」

 思わず嬉しくなり、突っ伏しているサトルの顔を上げさせた。

「わ、なんだ、コズミ…」

「…ありがとうだワイさ」

「…恥ずかしいからやめろ」

 彼はまた突っ伏してしまった。

「もう、素直じゃないんだワイさから…!」

 アタシは先程居た場所に戻り、貰ったジュースを飲み始める。

 今日はとっても良い日である。


 …ちなみに、この直後、後ろでミオウとサトルの声がやけに聞こえたのはまた別のお話である。

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