第四惑星 『意外な町の眠れない夜』

1-金曜夜の安貝家の和室にて-

「ほう、ピクニック」

『みんなで行きましょ?』

『俺も賛成〜』

 午後八時半ごろ。俺はスマホを使ってヒサシと未央と共に今週末の予定を立てていた。

「しかし、ここら辺でピクニックというと…大意外山のでっかい公園なるが…それでも良いのか?」

 俺は皆に提案をする。

 ここ、意ノ外町は海と山両方が存在する地域である。

 春や秋は山へ、夏は海水浴が楽しめる場所となっている。冬に関しては雪が積もる為、除雪が面倒ではあるが風情を感じることは可能である。

「サトル〜。ピクニックってなにするんだワイさ?」

 ふよふよと浮きながら和室に入ってきたのはコズミである。

「お前、こんなに俺らと同じ姿してるのにピクニックを知らんのか」

「うーん、もしかしたら『ピクニック』とは言ってないかも知れないだワイさ」

 なるほど、そういう事か。

「ピクニックというのはね、山や公園などに言ってご飯を食べたりして、ゆったりとした時の流れを過ごすんだよ」

 そう言いながら会話に参加してきたのは、作務衣を着た風呂上がりの親父であった。

『あら、お父さん!』

『どもっす』

「どうもどうも〜」

 俺の父に、画面の向こうの二人が挨拶をする。

「して…君達は大意外山に行こうとしているらしいじゃないか」

『ええ、そうですけども…』

 よっこいしょ、と言いながら二人が見るカメラ映像に映る位置に座る。

「確かにあそこは中腹には町が一望できるように作られた大きな公園がある…しかし!」

『し、しかし…なんなんです…?』

 もったいぶる親父に対してヒサシが問う。

「あの山にはな…『ある伝説』があるんだよ…」

「『ある伝説』…」

 隣にいた俺は息を飲む。

「そう。あの大意外山には古くから鴉天狗が住んでいるという伝説があってな…その伝説を解き明かそうと公園を超え、進入禁止エリアに足を踏み入れたものは全員帰ってきていないという…」

『全員…』

『帰ってきていない…』

 親父の話を聞いた二人の中で静寂が走る。

 たかが昔話。伝説である。それなのに、ヒサシと未央の顔は妙に真剣であり、同時に「嘘とは言い切れない」と考えているのが伝わってくる…そんな表情をしていた。

「お、おい。なんでみんなそんな神妙な顔つきなんだよ。たかが伝説、昔話の類だってのに。そんなこと言ったらトイレの花子さんとかも信じることになっちまうけど…」

「トイレの花子ってな~に?」

「学校に出る妖怪みたいなもんだ。まあ、妖怪という大きなカテゴリで見てしまえば鴉天狗も花子さんも同じ種族みたいなもんだな」

「妖怪か~…面白そうだワイさね!」

『面白くないわよ! 大体ねぇ~…私たちが鴉天狗がいるかもしれないって思ってる原因は貴女の存在も大きいのよ!』

 話を聞くに、地球の外からやって来た人型宇宙人の存在を目の当たりにしてから、そう言った類の話は嘘とは思えなくなってきたらしい。

「と、いう事はアタシも妖怪か?」

「まあある意味西洋風の妖怪みたいなもんじゃないか、お前は」

 胡坐をかき、何か誇らしげに腕組みをしながらコズミは宙を浮いていた。

「分かった! 明日はみんなでピクニックついでに鴉天狗探しをするだワイさ!」

 ワクワクを抑えきれないその明るい声で、カメラに近づきながらコズミは全員に言う。

「ホントに、探すのかい?」

 コズミにそう問いかけるのは俺の親父だった。

「ウン!」

 それに笑顔で応じる彼女。

「ヨシ! それならば…私も行かせてもらえないか? 車は私がだす。みんなの足代も浮くし…どうかな…?」

『え、いいんすか?』

「勿論、合点承知だよ!」

 今じゃ誰もやらないような、素人のマッスルポーズを見せつけていた。

「それじゃ、明日は七時頃に家の玄関に集合で頼むよ」

『了解で~す』

『わかりました! ありがとうございます』

「いや~、良いって事! それじゃあね~」

 …と、俺が特に考えもせず親父と二人が喋っているのを見ているうちに勝手に通話を終了させてしまった。

「なんで親父が勝手に通話切るんだ!」

「だって、もう用事済んだじゃないか」

「あのなあ!」

 少しだけ俺は不機嫌になりながら、机に置いていたスマホを持って立ち上がる。

「明日楽しみだワイさね!」

 横にはなんとまあ能天気な地球外生命体が目を輝かせている。

 俺にとっては鴉天狗なんかよりずっと、このハチャメチャな世界の方が何十倍も恐怖するべき事項なのではないかと考えている。

「そうと決まれば…悟! さっさと一緒にお風呂入って歯磨きして寝るだワイさよ!」

「ぬぅわ~んでお前と一緒にお風呂に入らないといけないんじゃ!」

「どうしてだワイさ。折角背中流してあげようとしたのに」

「そうだぞ悟。折角こんな綺麗な彼女が一緒に風呂に入ろうって提案してくれているのにもったいない…」

「だ~からじゃ! 高校生の俺が易々と同年代くらいの異性と入るなんて易々とできるかぁ!」

 そう言いながらさっさと俺は二階の自室へと戻る。

 …もうちっとちゃんとした空気でそう言うのはやってほしいんだよな…。


             *


 某所での出来事。

「さ、サナトさま! マズイです!」

「…ん、何じゃい。そんなに焦りおって」

 まるで空を飛ぶ大船のような、移動船…の、前に建ててある大きな一軒家で、この会話は始まったのだ。

「そ、そのですね…奴らが現れたんです!」

「奴らとは何だ。奴らとは」

「そ、それはですね…ああ、口に出すのも恐ろしい…」

 問い詰められ、思わずブルブルと震えてしまう。

「ええい! だからなんだと言うのだ!」

「いや、その…」

 ソレ…サナトの家来はモジモジと、言ったら怒られないかと不安な表情をサナトと呼ばれているその人物に見せていた。

「あのなぁ。妾はそういう焦ったいのは嫌いじゃ! 第一妾が驚くようなことなど早々ない! …例えばケイオス系の愚か者共が前に現れない限り、妾は微動だにせん!」

 サナトはどかっと椅子に座りながら言う。

「で、ですから…その、ケイオス系星人が…明日のお昼頃我らを探しにくると…」

「ほう。ソレで何時ごろなんじゃ」

「ピクニックついでに探すようですから、恐らく十四時ごろからだと…一応我々も応戦する構えではありますが…」

 サナトはメモをとりながら、家来の話を聞いていた。

「成程わかった。ならば妾も早めに昼食を取って出迎えるぞ」

「は、はい! 了解です」

 サナトとの会議が穏便に終わり、家来は他の家来のところへ戻ってゆく。

 ―ちょ、ちょっと! あれはどういうことなんです!

 ―さ、さあ…なんでケイオス系の人間が近付いてるのに…

 ―たまに鈍感なんだよな〜あの人。


               *


「明日はゆっくり過ごそうと思っておったが…そうか」

 サナトは風呂に浸かりながらぼんやりと考えていた。

「ケイオス星人、かぁ…」

 チャプっと自分の肩にかけながら呟く。

「…ん、待てっ」

 妾は今、なんと…? 自分で誰が来ると言った…?

「ケ、ケ…」

 あ、あの忌々しき惑星の住人………!

「ケイオス星人だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」



2- ピクニック当日。大意外山(おおいがいやま)中腹にて-


「いや〜ついたついた!」

「これ、果たしてピクニックって言えるのかしら…」

「まぁ、着いたしいいんじゃないの」

 大意外山の中腹にある公園についた俺たちは、親父の車から降りながら思い思いのことを口にする。

 この山の中腹にある、「大意外山公園(おおいがいやまこうえん)」は、五月の週末は行楽目的で来る人が多い。その為、そこまでの道のりは結構混んでいるのだが…。

「偶然『物質カーソル』の在庫余りがあってよかっただワイさねぇ〜!」

「な〜んか違うんだよな…お前にゃ風情というもんがないのか?」

 俺たちを乗せた車は、大意外山の麓から、空中を経由して大意外山公園の空き駐車場にワープしたのである。

 この地球外生命が属している会社の珍品によって。

「まさか位置情報設定して、専用マップの地図をタップするだけでそこに飛んでいくとはな…つくづく非常識というか…」

 俺は半ば呆れたように言った。

「ちょっと早いけど、午後の予定もあるしお昼食べましょうよ!」

 そういうのは、しれっと公園内にある休憩スペースを確保してきたという未央の声であった。

「まぁそうだな〜。ピクニック以上に気になる事があるしな」

 俺と一緒に車から自分の荷物を降ろしているヒサシに至っては、もう頭の中は鴉天狗でいっぱいらしい。

 渋滞を加味して計画していた予定である俺たちは、ピクニックにしては恐ろしく早く、午前十時頃から昼飯をとっていた。

 もう誰も、鴉天狗捜索を止める者はいない。


                *


「で、今どんな状況だ?」

「先ほどの観測情報だと、十時半ごろに麓の方におりましたので恐らく公園に到着するのは十二時過ぎだと…」

「そうかわかった。下がって良い」

妾は家来の鴉天狗を下げる。

「全く、今日は休みの日だったのに…」

 ため息を吐き、いつもの服に着替えながら妾は呟いた。

「まぁ良い、あの忌々しきケイオス星人に痛い目を見せる日が来たのだから…」

 白い綿毛のイヤリングを付け、笑いながら言う。

 何故、妾がコレほどまでにケイオス星人に敵意を抱いているのか。

 思い出しただけでも虫唾が走る…!

 ……

 …


 …

 ……

「ほぉ〜、またコレは古そうな…」

「生前、お爺様…いえ、先代国王が大事になされていた品の一つ…ケイオス系から取り寄せた『適材適所ツール』でございます」

 あれは妾が十三の頃…約三百年前に、亡くなった父方の祖父の遺品整理をしていた時だった。

 当時の国王でもあった祖父は大の珍品コレクターであり、どこかに出張に行ってはその地域のおかしなものを大量に購入していた。

 ただのおもちゃのようなモノから、果ては生物兵器のようなものまで数えればキリがないくらいである。そんな大量の土産物を、妾の住まう星…金星にて住まう皇族達や国民に抽選でばら撒いてたのだった。

 その中の一つがケイオス惑星で購入したとされる『適材適所ツール』だったのだ。

 形状としては現代の地球でいうところでいう、『部屋の中央に置いて焚くタイプの殺虫用スプレー缶』のようなモノである。

「何々…? 『旅先や派遣先で慣れない環境にいる時、この缶を開けるとあら不思議! その環境に適応した体に変身できちゃいます』…ですって」

 手に持っていた妾の家来(この時はまだ妾と同じ人型だったが)が説明書を読んでいた。

「ふむ。だが、その缶…排出口が二箇所あるぞ?」

 彼が持つその円柱の缶の真ん中には仕切りがあり、其々の箇所にガスを出す口がついているのだ。

「えーと何々…『付与口・解除口』…なるほど、必要なくなったら解除口の方を開けると元の姿に戻れるみたいですな〜!」

「なるほど確かに便利な道具だ。…そうだ! どうせ今度地球に滞在しなければならんのだ。妾とお主らの部隊全員でコイツを使ってみようではないか!」

 妾は家来に提案を促す。

 当時女王になりたてであった妾は、勉学も含めて様々な惑星を飛び回っていた。その最終目的は『地球を監視する』という事。

 そのための準備として地球に基地となる建物を作りに行く予定があったのだ。

「小手調べに丁度良いだろう…! そうと決まれば早速行くぞお前ら!」

「「「「「「了解!」」」」」

……

 …


 …

……

『だから、それ何百年も前の商品なんですよ…』

「消費期限なんか書いてなかったじゃないか! どうしてくれるんだ!」

 現在地、地球。日本国内の、意ノ外町。その内陸側に聳える大意外山の八合目付近。

 妾たちはココに拠点を作り、『適材適所ツール』を散布したのだ。

 その結果、見事に当時の日本国内で流行っていた妖怪ブームに乗っ取った姿…つまり現在の妾の姿に…鴉天狗に変わったのだ。

 そこまでは、そこまでは良かったのだ。

「しかし…」

 今、『適材適所ツール』についている二個のプルタブは、見事にペロリンと剥がれているのである。

つまりどういう事かというと。

 妾と、共に地球に来ていた家来たち全員は元に戻れなくなったのだ。

「高々三百年程度しか経っておらんのだぞ! それなのになんで正常に使用することが出来ないんじゃ!」

 移動船内部にある通信機器の画面越しに、販売業者を問い詰める。

『は、はぁ…ウチに聴かれても何とおっしゃればよいのか…元々消費期限は設定してないからこそ表記をしてなかったんですがねぇ…今、過去の販売データを遡ってるけど、この商品に限ってはそう言った類のクレームや返品は起きてないんですよねぇ。考えられるとしたら…初期不良ですかねぇ』

「しょ、初期不良…」

 妾はがっくりと肩を落とす。

「王女様、お気を確かに…」

「…」

「お、王女様…?」

「妾は暫く部屋にこもる」

 そう言うと、家来や通信相手にかまわず、退席をした。

 この時ばかりは、さすがの妾も扉が壊れても構わぬ位の勢いで、ピシャリと閉めたのを今でも覚えている。

 ……

 …


 …

 ……

「はぁ~、なるほど…」

「大変だったのねぇ」

「まさか天狗伝説の正体が金星人だったとは…」

「なんか当事者じゃないのに悪い事した気分だワイさ…」

 俺達は女王サナトの話を聞きながら、昼食で食べきれなかった残りのごはんやお茶を飲みながら話を聞いていた。

「全く、これだからケイオス系のやつらは…」

「アタシのパパの事バカにされたみたいでいやだワイさ!」

「誰もそんな事いっとらんだろう!」

 机をバンと叩き、前のめりに反論するコズミに、足を組みながらドンと拳で机をたたきながら女王は反論した。

「フンッ!」

 コズミは少し膨れた様子で水筒に詰めていたお茶を飲む。

 しばしの静寂が流れる。

 …

 …

 …

「ちょっと待て」

「どうかしたのか?」

 その瞬間、女王の顔が引きつり、血の気が引いていくのを目の当たりにした。

「ひ、ふ、み、よ、いつ…」

 何故か指をさしながら俺達の人数を数え始める。

「ど、どうされましたか? 女王様…」

「な…な…」

 俺の親父の声かけは恐らく耳に入ってない。

 それよりも。

「な、な! 何だお前たちはぁ~~~~~~~~~~~~~!」

 それぞれに舐めるように滑らかに指をさしながら、サナト女王は叫んだ。

 彼女がこの異変に気付くまで、おおよそ三十二分位かかっていた気がする。

「ちょ、ちょっと待て! お前たちはどこの誰だ! それに、妾の部下たちは…!」

「部下? ああ、もしかしてあのチッコイ鴉とかキンピカ妖精みたいなやつらか?」

 そう言いながら俺が指をさした先…この部屋のドアの辺りにはひもで括り付けた鴉天狗や、おおよそ地球人の服装とは思えない格好をした妖精のような生物がいた。

「姫~助けて~」

「バカッ! 不甲斐ないやつらじゃ…!」

 駆け寄った女王は文句を垂れながら鴉天狗や異星の妖精に括り付けた縄をほどいていった。

「ありがとうございます…奴ら、私達が想定してた時刻より二時間以上早く全ての行動を行っていたみたいで…」

「二時間も!? 今日の交通状況と先程の位置情報から計算すると、大体今頃にやっと公園内駐車場につくはずじゃなかったのか!?」

 そう焦る女王様を見てコズミが口を挟む。

「空路を選んだワイさ」

「何? 空路だと?」

「そうだワイさ! この…エントロピー商事が誇る人気商品の一つ、『物質カーソル』でぶっ飛んできたんだワイさ!」

 そこまで言った時、女王がパーの手をコズミに向けて出す。

「ちょっと待て!」

「? なんだワイさ」

「お前今…そのアイテムの製造元をなんといった…?」

「これ? アタシのパパが社長をやってる『エントロピー商事』が…」

 その瞬間、おおよそ人間の肉眼ではとらえられない速さで、コズミに詰め寄り、こう叫んだ。

「え…エントロピー商事だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


3-大意外山八合目付近奥地。鴉天狗のサナト邸にて-


「エントロピー商事ぃ!?」

「そうだワイさ。そしてアタシがその社長の娘のコズミカ=エントロピーだワイさ」

 そう言ったのも束の間、サナトはガシッとコズミの胸ぐらを掴んだ。

「なっなんだワイさ!」

 突然の出来事にコズミは対処ができない。

「あのなぁ! お前の星のモノ…いや、お前の会社の下らん商品を使ってから! 妾は三百年間ずっと鴉天狗なんじゃ! ええ!?」

 その手でつかんだ彼女をブンブンと揺さぶる。

「し、知らないだワイさ! アタシはまだ生まれて十七年位しか経ってないだワイさ!」

「ええいうるさい! こちとらお前が生まれる二百八十三年前から迷惑被ってるんだ! せめて金を返せ! 今すぐ! 三百年分返せ! さあ返せ!」

 躊躇いなしに続く怒涛の言葉の雨と、先程見た(見えなかったが)あの速さで揺さぶられ続けているコズミは、軽い脳震盪を起こしたのだろう。泡を吹いて意識を失いかけていた。

「あれぞ、サナト様の特技! 『音追い抜く加速』! その目にもとまらぬ速さで相手の行動を許さない!」

「しっかし…なんというかクレーマー気質というか」

 ヒサシがボソッと声を漏らす。

「君たちも怒られてるときあれやられてるんじゃないの?」

「ええ! 勿論。私たちは日々、あの訓練を受けているのです…。あれ喰らって命を落とした奴もおりますぞ」

 自分の胸をポンと叩き、鴉天狗が言う。

「『おりますぞ!』じゃあないのよ! どうにか止められないの!?」

「と、言われましても…あのお方がああなると、怒っている事以上に関心を寄せられる事が起きない限りは一生続きます…」

 今度は妖精のような部下が、未央の発言に回答した。

「というか、鴉天狗は分かるんだけど…アラビアンなお前らは何なのだ?」

「わ、私達ですか?」

 俺は鴉天狗と同じくらいの、チッコイ妖精に声をかける。

「私たちは先の商品の影響を受けなかった者たち…つまり、金星出身者のありのままと言いますか…」

「ほう、なるほどな」

 どうやらツールを使った後のタイミングで地球に降り立つ班があったようで、そちらは鴉天狗にならずに済んだのだとか。

 そんなことを話している最中、ある一人の人間が動き出していた。

「しかし、悟…みてみなさい」

 俺の親父である。

「なんだよ」

「アノ人、今は怒ってるから気付きにくいが…結構美人なお方だぞ」

「あのなあ」

 この危険な状況下で、唯一相手のビジュアルに触れて来たのだ。

 …と、言いつつ俺も少し目を凝らしてみてみる。

 地球人とは全然違う感性を持っているようで、アルミのような鉄板のような胸当てを付け、その下には何かモチーフがあるような、ないような…不思議な模様をあしらったハイレグのようなレオタードのようなものを着ている。色は白地に肩から骨盤あたりにかけて太い赤のラインが二本縦に入っている。

 そして、臍から股間にかけては…何だろうか。烏の顔のような模様も入っている。

「アレは恐らく日本の鴉天狗をモチーフにしてデザインして作ってある…つまり、彼女はクリエイティブな才能がある方なのかもしれん…」

 親父はそう付け加えた。

「確かに…白いオールバック、もみあげ上の羽根のような黒い毛に似合う、タイトな服装は、ただ適当に選んだものではない気がするな…」

 横から更に入ってきたのはヒサシである。

「お父さん! 俺達で彼女の気を引かせましょう!」

「合点承知!」

 俺が反応するよりも前に、オス全開でサナトに突っ込んでいった。

「サナトさん! ウチに居候しませんか!?」

「いえいえ、そこは俺と…!」

 この変態共が…!

「ええい! なんだ貴様ら! 気色悪い!」

「そうよ! ヒサシくんもお父さまも、みっともないからやめて!」

 二人の傍で見ていた未央が、その剛腕で何とか二人を引き留める。

 今ここで女王との関係の悪化をさせては命が持たない。

 直感でそう感じた俺は、女王の前に、親父らと向かい合う形で立ちはだかる。

「バカ! この色ボケ! サナト女王との関係が今悪くなったら命はないんだぞ!」

「し、しかしコズミちゃんが…」

 その言葉とは裏腹に、このオス共の目の先は女王の方に向いていた。

 …親父は流石にヒサシよりはコズミを気にしていた様子だったが。

 その時だった。

 俺の身体に何かが触れる。

「な、なんだ…?」

 振り返ると、いつの間にかコズミをソファに横にさせ、ピットリと俺にくっ付く女王の姿があった。

「お、お前…敵ながら、感心したぞ…」

「は、はあ…どうも…ハハハ」

 照れる俺の目に映るのは、同様に頬を染め、一人の女性として感謝を述べるサナトの姿であった。

「悟~!」

「悟! 父親である私の目の前でそんな口説き落とすとは!」

「口説いてないわ! …ま、ただ一つ言うならこういう時は守ってあげる方が落としやすいという事が証明されたんだがな…!」

 この状況は俺も想定外だったが、なんだかんだ女王。この美人さんから好感を持たれることはやはり気分が良い。

「お前、名をなんというのだ…?」

「あ、俺ですか…? 俺は安貝悟です。『安い』に貝殻の貝、そして物事を悟るの悟って字を描くんですよ」

「悟…覚えたぞ」

「ど、ど~も…」

 などと照れていた時の事である。

 不意に女王が離れた。この時一瞬警戒すべきだった。

「悟、少し距離を取らせてくれ」

「え、女王様、それってどういう…オワァアア!」

 振り向いた俺の首はものすごい衝撃と共に、身体と共に一回転をした。

「サトル~…! しれっと女王を口説いただワイさね!」

「悟君…! コズミだけじゃなくこんな大人の人まで…! 再起不能にしてやる~!」

 薄れゆく意識の中。意識が戻ったコズミ・未央とヒサシ・親父による共同戦線の結果である事だけは理解できた。

 ガクッ…。


4-一悶着あった後、改めて座り直した頃-


「話を戻すぞ」

 そう言ったサナトの声で俺は目を覚ます。

 俺の意識が戻り、目を開けた時。もうすでに先程の騒動は落ち着いていた。

「で、女王様は何でそんなに怒ってたんです…イテテッ!」

「ああ、急に動かないでくださいよ! 包帯ズレちゃいますから!」

 俺は鴉天狗とチッコイ金星人から手当を受けながら尋ねる。

「さっきも言ったが、この変な服を着たケイオスの娘のトコから購入したとされる商品を使ったら、鴉天狗から戻れなくなったんじゃ」

「だからアタシの代のものじゃないだワイさ!」

 明らかに不信感を抱く女王。それに反発するようにコズミもまた、怒っていたのだ。

「お前の代じゃなくてもお前のところの商品だろう。そう言うのは当時の代表が亡くなろうが、責任はいつまでもついてくるんだぞ。…ったく、何で腹が立つ相手に妾が説教をしなくちゃならんのだ…」

 この女王、頭ごなしに怒っているのかと思いきや、案外しっかりと物事を考えている人である。

「アタシは謝らないだワイさ!」

 プイッと横を向くコズミ。あくまで先代の責任であると言うのを貫こうとしていた。

「でもね、コズミちゃん。社会…それもサービスを提供する会社であるならば尚更、そう言うところは敏感にみていかなくちゃなんだよ」

 そう言うのは俺の父さんである。やはり俺ら高校生連中とは違い、情け無用の世間をあ現在進行形で歩いてる事だけあり、女王寄りの意見であった。

「でも………」

「コズミちゃん、ここは歯を食いしばって、取り敢えず頭を一回下げてみよう、ね?」

 まるで新入社員にミスした時の対処法を教えている上司である。

 …ある意味コズミの父の思惑通りなのかもしれない。

「こ、この度は…アタシの企業がご迷惑をおかけしましただワイさ。…申し訳ないだワイさ…」

 ものすご〜く歯切れは悪いものの、何とか彼女は謝罪の言葉を述べていた。

「ふん…初めからそー言えば良いんだ、そー言えば」

 まだ納得はいっていないようだが、一応腑に落ちた顔で女王は言った。

「まるで新人研修だなぁ」

「本当よねぇ」

 横で見ていた未央やヒサシが呟く。だいたい俺と同じことを思っているのだろう。

「ま、でもコズミちゃんのとこの商品、面白いの多いから色んなの見て貰えば良いんじゃない?」

 そう言うのは『見えるクン』を面白半分で買ったヒサシである。

「なんか悩みとかないんすか、女王様は」

 なぜかルンルンとしながら、ヒサシは投げかけていた。

「悩みか…」

「天狗が治らない以外で」

「うーん急に難しくなった…」

 口を挟んだコズミへの返答を見るに、やはりまだ全然許してなさそうだった。

 そんなことが薄々分かった時、彼女が声を出した。

「あ、そうだ…宇宙娘」

「コズミカだワイさ」

「いや、お前は宇宙娘だ。そんな事より、何か…こう、一つのものをコピーできるような物はあるか?」

 意外な質問であった。

「それなら地球の物でも代用できるのではないか…?」

 物をコピーするだけなら、コピー機を始め現代日本でも用意できる。

 …といっても、もう紙のコピーはあまり主流ではなくなってきているのだが。

「うーん、妾が欲しいのはそう言うのでなくてな」


          *


「ほう、これが…」

「そうだワイさ」

 コズミが操作する画面を見ながら女王は何かを理解する。

 あの後、詳しく話を聞いた所、親父のいう通り、サナト女王はアートが得意な金星人だった。

 聞いたところによると、古い作品で修理不能と言われた作品をなんとか維持していきたいが、そうなるとどうしても展示するにはそれに完璧に似せた「レプリカ」を作らなければいけず、困っていたとのことだった。

「そんなときにこの『永遠の完写(えいえいんのかんしゃ)』がおススメだワイさ!」

 その画面に映っているのは、トレースシートのような紙であった。

「この薄っぺらいのを使うのか?」

「ウン!」

 サナト女王の反応を見るに、まだ信じていないらしい。

 この薄い紙にコピーしたい物に巻き付け、十分ほどおく。その後剥がすとその紙に形状が記憶され、後は取り出したいときに紙の後ろをデコピン程度の強さで跳ねてやれば複製品がその紙から出てくるという仕組みだそうだ。

「だが大きい物を保存したいときはどうすればよいのだ?」

「確かに。この紙、サイズ的にはポスターサイズくらいしかない気がするな」

 女王やヒサシが言うように、もっと大きなサイズに対応していないと、超巨大なアート作品は保存ができない。

「その場合は髪と紙を貼り合わせて大きくすれば良いだワイさ」

「なるほど、結構原始的だが…それでできるのだな?」

「ウン!」

 コズミはにっこりと笑いながら頷く。

「よし、その紙買った! 一万枚よこせ!」

「お買い上げ有難うだワイさ!」

「だがしかし、まだお前を許したわけじゃない。その紙が本当に実用的かどうかを判断しない限りは許せん。して宇宙娘、今頼んだらいつ届く?」

 …その何気ないサナト女王の一言でふと、俺は思う事がある。

 地球とケイオス星はどのくらい離れているのだろうか。

「そういやこの前俺の家を修復するときに持ってきた『こわせん銃』は二週間位かかってたな。最初は一週間って言ってたけど…」

「なに、ホントか悟」

 サナト女王が俺に目線を向けながら言う。

「ええ」

「う~ん、やはり怪しい…」

 予定より一週間遅れて届くことに関しての不信感は、地球でも地球外でもやはり引っかかるポイントらしい。

「しょうがないだワイさ」

「遅れて届くことの何がしょうがないのよ」

 流石に擁護できないと感じたのか、未央が口を挟む。

「あれ、言ってなかっただワイさ? アタシ住んでいる惑星…ケイオス星があるケイオス系銀河は不定期にワープしてるだワイさ」

 その言葉を聞き、みんながズッコケた。

「ワ、ワープ!?」

「そうだワイさ」

 驚く面々に至って真面目な顔でコズミは答えた。

「つくづく、金星の常識に当てはまらん星だな、お前のところは…」

「いや、地球でも考えられないわ…」

 サナト女王の反応を見ると、少なくとも比較的近い惑星同士の地球と金星は感性が似ているようだ。

「しょうがないだワイさ! そのワープエネルギーが無かったらアタシたちの商品を作ることもできないだワイさ!」

 これは後に聞いた話だが、エントロピー商事のように奇天烈な効果を持つ商品が製造できるのは、このワープエネルギーが発生したことによるエネルギーの残留物があるからこそのようだ。

「今のケイオス系の位置だと…大体一年だワイさ!」

「い、一年~~~!?」

 いくら何でもかかり過ぎである。

「お急ぎの便とかないのか!?」

「二週間ぐらいで届く方法もあるけど…」

「それでいい!」

「送料も込みで…日本円だと…百五十万円だワイさ」

 サナト女王はあまりの額に机に頭をぶってしまう。

「何というバカげた値段なんだ! 妾に買わせる気があるのかその値段は!」

 そりゃあ怒られて当然である。

「でも地球に持ってくる為にはこれぐらいの関税がかかるだワイさ」

「…現地で買えばいくらになる」

「現地だと…日本円で百枚三百円だワイさ」

 にっこりと笑う彼女に、全員が若干恐怖を覚える。

 …俺はこんなやつと将来を約束せねばならんのか。

「…今のケイオス惑星の場所を教えろ!」

「今は…一光年離れてるだワイさね」

 それを伝えた瞬間、女王が立ち上がった。

「ならば飛んだ方が早い。皆の者、三十分待っておれ」

 そう言いながらもう飛ぶ寸前だった。

「え、ケイオス系は今一光年離れてるって…」

「光でも一年かかるのよ!」

 信じられない俺や未央は、女王に声をかける。

「安心せい。伊達に女王をやっとらん。…妾の速度は…タキオンレベルだ」

 その言葉と共に一瞬にして消えた…というよりかは、人類では絶対に観測できないレベルで飛び立った。その証拠として、彼女が居た場所の天井に穴が開いている。

「タ、タキオン…ってどのくらい早いんだ」

「タキオンは常に光より早く動くものだワイさ」

「ほ~ん…」

 俺の頭の中はまるで宇宙が広がっているかのようにぼんやりとしていた。


                 *

 五分後。

「そろそろ帰ってくるころだな…」

 と、言おうとしたその時。

 ―ズドォォォォォォン!

「な、なんだ!?」

 思わず驚いてしまう。

「あ、帰って来た」

 鴉天狗の一匹が言ったその一言により、女王が帰還した音であるというのが判明した。

 降りる時もあの速度で突進するらしく、毎回大穴が開くらしい。

「買ってきたぞ!」

「はやいだワイさね~!」

「早すぎるわ!」

 俺は思わず突っ込む。

「で…何をコピーしたいんだワイさ?」

「そういえば聞いてなかったな」

 俺とコズミは質問する。

「実は今着ている服を何着か増やしたくてだな。これも妾がデザインした一点物なのだ」

 そう言いながら、女王は一瞬で着替えを済ませ、帰還するまでの間に片付け、きれいになった俺たちの目の前にあるテーブルに先程まで着ていた服を置く。

「じゃあ、これに紙をくるむように置いて…って、アレ…?」

 後は十分待つだけとなったその段階で、コズミが首をかしげる。

「ねえ、サナトさん」

「なんだ宇宙娘」

「コレ用の『のり』って貰わなかっただワイさか?」

「なんだそれは」

 その瞬間、女王とコズミ以外の全員が凍り付く。

 何かに似ている作業ではあると思ったが、ようやく気付いたのだ。

 障子である。


                *


「なんでもっとはやく言わんのだ!」

「これ買う時は大体付いてくるんだワイさ…」

 またしても失神してしまう勢いで胸ぐらを掴まれ、揺さぶられているコズミの姿があった。

 専用の液体のりでしかこの紙同士は情報の整合性が取れず、更に性質上出来上がりまで剥がれないその紙。

 苦肉の策として普通の液体のりを塗ったものの…。

 十分後に不安手に記憶されたソレは中途半端にバラバラに復元され、とてもではないが着用できるものではない『布』だけが完成した。

「そののりはいつ届くんだ!? なあ!」

「あ、あれはこういうグッズにのみ付いてくるから一般販売してないだワイさ…発注するなら三年は…」

「ええ~~~い! もういい!」

 そりゃあ怒って当然である。

「ま、まあ…紙自体は嘘じゃなかったし…落ち着きましょうよ…?」

「うるさ~~~い! 女、そんな慰めの事はいらん! みじめになるだけだ!」

 未央が励まそうとするも、彼女が喰らった精神的なダメージは癒えることはなさそうだった。

 俺は紙からはみ出し、べっとりと服に染み出た俺たちのよく知る液体のりをまじまじと見つめる…ことはできなかった。

「鴉天狗になるわ、三年以上もかかってデザインしたあの服もべとべとになるわ…お前の所のハチャメチャな商品はもうコリゴリじゃ~~~~~~~~~~~~~!!!」

 女王らしからぬ大きな叫ぶような泣き声は、俺の耳に一週間程度こびりつき、地方新聞には、写真こそ取られていないが、『鴉天狗は実在した!?』というような特集が組まれていた。

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